第XXX食目:戦争と平和
聖女の宮殿。
ここは表向きは、信仰の対象である聖女を奉る、信仰の象徴でしかないが、実際は、この大陸の行政、外交すべてはここで決められていた。
聖女は、普段はにこやかな笑顔を浮かべ臣下の話を聞いているが、今日は憂鬱な顔をしていた。
「アラニアとエネビットは戦争は避けられない情勢、ね……」
帝国内の争いなので、本来は聖女は関係が無いのだが。
「聖女様、アラニアには大勢の信者がおります」
「大丈夫よ。アラニアは攻める側。それに、皆兵の部隊は解散したのでしょう?
自ら兵士を志願した人達まで心配してもね。
それよりも、帝国の本国は?動く様子は?」
「あくまでも公国内の問題だと、静観しているようです」
「馬鹿じゃないの?エネビット公国が落ちたら、他に皇帝を守る国なんてないでしょう?」
「エネビット公国のマヤノリザは直言の士です。
皇帝にも度重なり苦言を呈していました。皇帝としても心証が悪いのでは」
「そら龍姫も見捨てるわ」
聖女が天を仰ぐ。
「エウロバが皇帝とか困るのよ。間違い無く帝国をまとめきって、こちらにも襲ってくるわよ」
「アラニアの民は、聖女様を信仰されています。それでも来ますでしょうか?」
「来るわよ。大義名分なんかいくらでも作れるわ。そもそもアラニアの公王共は神教だしね」
「エネビットの善戦を期待しましょう。共倒れを願いたいけれども。それと内部の問題ね。ヒルハレイズ」
宰相のヒルハレイズに呼びかける。
「はい。もう既に準備は出来ました。スパイを処分するのは号令待ちです」
スパイ、という言葉に宮殿はざわめく。
「速やかに実行しなさい」
その瞬間。
臣下の一人の首が吹き飛んだ。
「な!?」
「なにが!?」
首が飛ばされたのは文官の一人。
「文官のダラスは神教に情報を流した為に処分をした」
後ろから現れたのは、引退したジュブグラン。
「じゅ、ジュブグラン様」
周りがざわめく。
「全て浚いだしなさい。今は絶好の機会」
聖女は血塗れの臣下を気にせず指示を出した。
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アラニア公国。
兵達の前に現れたエウロバを見て、歓声が沸く。
エウロバは兵達に人気があったのだ。
エウロバはにこやかに兵達に手を振ると、静まるのを待って、演説を始めた。
「兵士諸賢!私は、皆兵制を廃止した!守るべき家族、守るべき畑のある人で、まだここにいるという人間は、遠慮なく戻ってほしい!」
エウロバは呼びかけをしたあと。
「それでも、なお残る勇猛な兵士諸賢に呼びかける!
もはや、帝国は腐りきった!皇帝一族の無策は、国に混乱をもたらし続けている!
我が国はまだ良い!だが他の国では内乱が相継いでいる。
それは各公国の責任というよりも、皇帝の無策が原因だ!」
兵士達は微動だにしない。
「私は戦争が嫌いだ!ここにいる勇猛な兵士諸賢が死にゆく姿など見たくはない!
だが!このまま皇帝の無策を放置していれば、この帝国は多くの混乱と死がもたらせられる。
私は!平和の為に兵士諸賢に誓おう!
必ずや!あなた方の血をもって帝国の平和をもたらすと!」
『うおおおおおおお!!!!!』
兵士達の歓声
「私は!今の皇帝一族を引き下ろし!皇帝になる!!!!」
『うわあああああああああああああ!!!!!!』
さらなる大歓声
「アラニア公国が皇帝を出すとか、そのような次元ではない!帝国は一つになるのだ!その頂点に私は立つ!アラニアのエウロバが!帝国の頂点に立つ!」
『うわあああああああああああああ!!!!!』
兵たちの興奮は最高潮になっていた。
皇帝になる。我らの王が皇帝になる。
「その道は近い!もはや、皇帝を守るものはエネビット公国のみ!かの公国を滅ぼし!我らは帝国を!世界を制覇する!」
『エウロバ!アラニア!エウロバ!アラニア!』
エウロバと、アラニアを称える歓声。
兵士達は熱狂していた。
「エウロバ様お疲れ様でした」
王宮に戻ると家臣から声をかけられるエウロバ。
実際にかなり疲れていた。
「……エネビットからの反応は?」
家臣に聞くと
「はい。戦争はやむなしとの構えですが、実際公王は和平も考えているようです」
「マヤノリザは優秀。戦争になればどうなるかぐらいはわかるでしょうからね。帝国本国は動かないのでしょう?」
「はい。調停の使者は来ていますが」
「バカが。エネビットが落ちたら守る国など無いのにね。調停なんてしてる暇ないでしょう」
冷笑するエウロバ。
「それと、アルネシア公国より使者が来ています。ミルティアという娘を派遣するとの事です」
「そう。楽しみだわ。準備している間に来てくれると嬉しいけど」
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エネビット公国。
その王座のマヤノリザは頭を抱えていた。
「……くそ。皇帝一族の腐り方は悲惨すぎる。エウロバが皇帝を狙うのも当然だ」
マヤノリザは、規律と伝統を大切にする。
だから、エウロバの帝位簒奪など認められる訳がない。
しかし
「公王、確かにアラニアの横暴は許せません。我々は抗うべきです。しかし、皇帝一族、帝国本国の腐敗はもはや、看過も出来ません」
「……」
黙るマヤノリザ。
すると別の臣下が
「マヤノリザ様、今の陛下はご病気です。子がおらず、ご兄弟も皇帝の器ではありません。かと言ってエウロバとは申しませんが、ここで両者がぶつかることは避けるべきではないでしょうか?」
「……なにが言いたい」
「年齢差はあります。ですが、王もエウロバも独身。婚姻関係となれば、エウロバの動きも止めようがあります。この二人の子ならば……」
「黙りなさい!」
突然、王座の後ろに控えていた少女が口を開く。
「お前が黙れ、ビルナ。彼の直言は貴重だ。すまんな。続けろ」
ビルナ。マヤノリザの妹。
「……はい。公王。私はエウロバの乱暴な簒奪は許すべきではない。しかし、皇帝一族はもう限界。率いるべき人間が、帝国を導くべきかと」
「私や、その子が帝位簒奪するべきだと?」
「いえ。最終的には皇帝の座など意味はありません。今の問題は、帝国の政策なのです。公国の王が、帝国の方針に口出しできる環境を作るべきかと」
「要は、帝政への政治参画か」
「その為にも、エウロバと今争い、両国の力が奪われるのは反対です」
「よく分かった。参考になる意見だ。他には無いか?」
誰も手をあげない。
「非常に良い提言だ。本格的に検討せよ。私も両国の力を削ぎ落とすべきではない。という意見には賛成だ。あとはエウロバが飲める条件を考えろ」
「畏まりました」
公王は部屋に戻る。すると
「お兄様!結婚だなんて!?」
「取り乱すな。エウロバが受ける訳がない」
マヤノリザとビルナは、兄妹でありながら、肉体関係があった。
マヤノリザは成人しているが、未だに結婚していない理由がこれだった。
「で、でも」
「今は、死ぬか生きるかだ。ビルナ。ありとあらゆる策を考えねばならない」
「でも、お兄様、あんな淫乱なメスクソガキが、お兄様にふれるだなんて……」
ビルナは見た目大人しいが、兄に近づく女には口が悪い。
今までも兄に言い寄る女達を撃退していた。
「ビルナ。いいか。これは対応を間違えれば我等は滅びる。その瀬戸際にいるのだ」
ビルナの頭を撫でるマヤノリザ。
「一人で考えたい事がある。部屋で待っていてくれないか」
「はい。お待ちしております。お兄様」
ビルナが部屋を出ると、マヤノリザは溜め息をついた。
「エウロバとの婚姻か」
それは何度も考えた。
最良の方策はなにかと言えばそれだ。
しかし
「エウロバの野望は婚姻などでは収まるまい。俺もビルナがいるしな」
厄介な妹。
小さい頃からこうだった。
兄に近づく女をひたすらに排除し、自分だけが兄を占領しようとする。
規律に厳しいマヤノリザは、なんとかこの関係を止めさせようとしたが、ビルナはそのたびに、離れるなら死ぬと騒ぎまくったのだ。
「しかし、戦争はマズい。アラニアには勝てない。多くの民が死ぬ」
単純な国力ではアラニア有利。
帝国本国は静観。
「どうすればいい。どうすれば、生き残れる」
マヤノリザは頭を抱えながら、考え続けていた。




