第23食目:テネリアードのステーキ
「おばあちゃん、そんな物騒な話よりも、お肉をお代わりしたいのですが」
「ああ、これは悪かった。お代わりを頼もうな」
「本当に、美味しそうに食べるのね、ミルティア」
ダリスグレアさんが微笑む。
「はいです!グレアミールのお肉も負けないぐらい美味しかったですよ!」
「ミル……まあ、ミルはいいや。それよりも、スパイって」
「スパイなんてどこにでもいるさ。龍姫の館みたいな、ヤバいところにも潜んでいるんだぞ。我々も努力はしているが、混ざるのは避けられない」
「とは言え、今回のは深刻」
ヒルハレイズさんが髪をかきあげると
「わ!角!角が生えてます!」
「ああ、そっか。ミルティアは知らないんだ。ヒルハレイズは正確には人族ではないんだよ。鬼族と呼ばれる者だ」
「鬼族ですか」
「人は人。隔世遺伝で、稀に生まれるのよ。特徴は額の角。最近は大分目立たなくなったのだけれども。見た目若く見られるのは、その血の影響ね」
へー。
「その話は脱線するから止めよう。で、スパイの話だな。このタイミングで後宮の主を下ろした理由は、自覚的にスパイを後宮に入れ込んだからだ」
「……また、凄い話ですね」
ルピアの顔がひきつっている。
「本当はルピアは、病を治してからだったのよ。タチアナといい、イレギュラーが多すぎるわ」
ヒルハレイズさんはため息をつく。
「美少年連れ込んで依存症になっちゃったんでしたっけ?前の人。その囲いの言いなりになったのでしょうか?」
私が聞くと、ヒルハレイズさんは満足げに頷き
「ミルティア、貴女の予想が聞きたいわ」
「予想ですか?おばあちゃんからの話は、美少年囲っているのはしばらく前からみたいなニュアンスでした。
スパイを紛れ込ますには絶好の機会をいつまでも放置しておくとは思えません。
スパイは早い段階からいたはずですし、それに気付かないおばあちゃん達でもない。
つまり、手が出せない、出すには大きな問題になる相手だった。多分神教」
ルピアが、私を尊敬したような目で見てくる。
そんな目でみないでー
「ふんふん、それで」
にこにこしながら、ヒルハレイズさん。
「今、この時に殺そうとするというのは、龍姫と友好関係を結べたから。
今の神皇を龍姫は見捨てた。今ならば問題にならない。
恐ろしいのは神教そのものではなく、その支援者の龍姫」
「ジュブ、やっぱり転生体って変わらないの?この娘なら、今すぐ宰相やっても大陸は安泰よ」
「変わるか、バカ」
お酒を飲み干すおばあちゃん。
「あら、ジュブにバカ扱い。ショック」
「私は頭が悪いし、ヒルは頭がいいが、お前は時折底抜けのバカになる」
酒をつきつけて
「酒が足りないんだ、飲め」
「はいはい。本当にお酒好きね、ジュブ」
「60近くにもなって、未だに女漁りしているお前に言われたくない」
……女漁り?
いや、聞かなかったことにしよう。うん。
それはともかく
「まあ、そんな話よりもお肉のお代わりが全然来ない……」
「お待たせしました!」
「お待ちしていました!美味しそうです!これはコウホークではないのですね!」
「はい。これはテネリアードという鳥の肉です」
「鳥?テネリアードは知っています。大きい鳥ですね、確かに。あれが、こうなるんですか?」
目の前には大きなステーキ
美味しそうなのだが
「鳥は骨が多くて食べにくいから珍しいだろ?」
「そうですね。スープの出汁には使われますが。ステーキで見るのは初めてです」
「捕まえて、過剰に太らせるのです。結構な手間がかかりますので、あまり見かけない料理となっています」
「へー。まあ頂きます」
一口食べると
「うん!結構ジューシーですね!味はさっぱり目ですが。いっぱい食べられる味です」
ウマウマと食べる。
するとルピアが
「あのね、ミル」
「なんですか?ルピア?あげませんよ」
「要らないわよ。ミルは、その、後宮の主についてどう思っているの?」
その言葉におばあちゃんが、面白そうに微笑む。
「今の、ですか?それともこれからの?」
「その、全体的に。どうあってほしいとか」
「自分の頭で考えて欲しいです」
「……」
傷付いた顔をするルピア。
あ、言葉が足りなかったのかな。
「美少年との乱交で依存症に陥ったそうですが、それ以前にダメすぎます。話を聞いていると、後宮のトラブルにはなんの介入もしていない。それは聖女様の行動になんの頭も使わず従ってきたからです」
ルピアが聞き入る。
「聖女様の痛みを分かち合うのが、後宮の仕事だとするならば、その痛みを分散する上で、調整するのが主の仕事の筈です。
ところが、タチアナさんに聞くと死亡者が多すぎる。
ロクな調整もせず、荒れる聖女様のいいなりに、人を送り出したからそうなったのでしょう」
「せ、聖女様の、ご批判は」
「聖女様を批判していません。後宮の存在意義がそうなのですから、それは仕方がないと諦めてもらうしかない。
それよりも、調整すべき人間が、なにもせずに言いなりなのがダメなんです」
ルピアを見つめる。
「聖女様がこうおっしゃったから、やりました。それでは困る。自分の頭で考えて判断してほしい。という意味です。伝わりましたか?」
「う、うん!ありがとうね。ミル」
ルピアは微笑む。
「良かったです!お肉は冷めると美味しくなくなりますからね!」
「……結局ご飯……」
「まあ、それがミルだからな」
おばあちゃんが微笑む。
そして
「私達がいう前に伝えてくれて有り難いよ。ルピア、ミルティアが伝えたように、今こそが絶好の機会。今こそ神教のクソ共を血祭りにあげる時。
だがな、ルピア。指示はあんたがするんだ」
「わ、わたしが」
「病を取り除く時に、どちらにせよ、人殺しは避けられない。今から慣れておくんだ。お前の指示で、人が死ぬのを受け入れろ」
「……わたしは」
苦しそうな顔をするルピア。
傷付いた顔。苦しそうな顔をするルピアを見るのは辛い。
胸がざわめく。
ルピアには、笑っていてほしい。笑いながら、ちょっと呆れながらも、美味しくご飯を食べたい。
「……ルピア」
私は心配そうな顔でもしていたのだろうか。
ルピアは、私の顔を見ると吹き出し
「そんな、晩御飯は生の穀物、と言われた時のような顔をしないの」
「絶望的な顔しますね、それ」
「ジュブグラン様。後宮の主として決断します。スパイは皆殺しに」
「ああ。承った。そして、ミルティア」
「はいです」
「お前さんは明後日から食べ歩きツアー開始だ」




