第20食目:焼いた果物のシロップのせ
「元々の転生体はタチアナだったんだよ」
おばあちゃんと二人で部屋でお話しする。
「なるほど、確かに素晴らしい人でしたものね」
「ミルの事も気に入っていたみたいだな。転生体とは思わなかったようだが」
「はい、国に来ないかと誘われました」
「二年前の悲劇が無ければな。こんな事態にはならなかった。オーディルビスの腐りようは深刻だ。目の前まで病が押し寄せているのに、なにもせずに王座に座っているだけだぞ?聖女様の祝福を待っているならば、すぐにでも連絡をするべきだ。なのに、それすらしなかった」
「聖女様への敬意と信頼が悪い方にでてしまったのですね」
「怠惰なだけだ。その時は本当に大変でな。流行り病はこの大陸にも来ていたんだ。そちらの治癒に全力を注いでいた。まさか海の向こうのオーディルビスまでもがやられているとは思わなかったんだ。聖女様が気付いた時は手遅れだった。死人が大勢でた。いや、正直規模にしては死人の数は多くない。深刻だったのは、優秀な人材を多数失うことになったことだ」
「王子様ですか」
「そうだ。タチアナもそうだが、あの兄弟はそろって優秀だったんだ。オーディルビスは今の王はともかく、将来は安定。そう思われていたのだが……」
「病で死んだ」
「三男は生き残ったが、生きているのが不思議なぐらいだよ。聖女様の祝福でなんとか息をしているだけだ。彼らは民衆の為に最後まで陣頭指揮をとった。あの病で死んだのはな、真っ先に民衆に飛び込み、救おうとした優秀な人々だったんだ」
「王子の死と病気をもって、タチアナさんは候補から外れた」
「ああ。今回の転生のタイミングで国に帰り、即位をさせる予定だった。だがその前にクーデターが起こったから、前倒しになったがな。タチアナとしても王の方がいいさ。あいつ男好きだからな」
「そうなんです?」
「候補生でありながら、男を逆ナンパしていたぐらいだ。まだ幼いのにな。性欲は半端ないし、食のこだわりもすごい。魚を隠れて食っていたし。まあ欲望だらけだよ。王の方が似合ってる」
「わたしも食べるの大好きです!」
「そうだな。ミルもそうだ」
おばあちゃんに頭を撫でられる。
「で、次がスティアナさんですか?」
「いや、ルピアだった」
「え!?ルピアでいいじゃないですか!?」
「後宮の主がもうダメでな。次を考えたらヤファだったんだよ。でもあんないじめを開始するから、ヤファは外されて、ルピアが後宮の主になった」
「……???あれ?順番おかしくないですか?なんで後宮の主の方が優先?」
「その話はおいておこう。それが本題だからな。先に話の続きだ。次はビネハリス、なんだが、こいつがとんでもないことしでかしてな」
「なんですか?」
「教師とセッ〇スしやがったんだ、あいつ」
「ええええええええ!!!」
なんだそりゃ。
「女同士はともかく、男はダメ。そういう決まり。なので候補から外れた。あいつは自分が選ばれる訳ないと高をくくっていたんだ。それで好き放題していたんだが、その身体付きから有力候補扱いされて、さぞや微妙な気分だろう。現にあいつだけノリ気じゃないだろ?」
たしかに。微妙な顔してましたね。
「で、スティアナ。あのイジメに打ち勝てれば、という条件付きだったが、だめだった」
「その後に私と」
「そういうことだ」
「候補としても落ちこぼれですね!5人目だったわけですか!」
「その話も本題になる」
「?あ、そうだ、なんかマイセクローラさんの名前が出てこないです。あの人は?」
「あいつは候補体としては精神が脆弱すぎるし、後宮の主になるには融通が効かなすぎる。初めから妾以外の価値はない」
「まあ、わたしが落ちこぼれなのは再確認しました。それで、なんで後宮の主が優先なんです?」
「ああ。いいか、ルピアが後宮の主に選ばれた今だからこそ言う。転生体なんてな、ただの器なんだよ。正直、生きていればなんでもいいんだ」
「……また、学園の存在全否定しますね」
「実際にそうだ。昔は何百人もいたんだぞ、候補生。転生できればなんでも良かった。ところがだ」
「精神の問題ですか」
「そうだ。聖女様は魂の劣化と直面している」
「劣化」
「転生の儀式は、能力と記憶がなだれ込むんだ。この記憶が問題だ。人の性格は、記憶の積み重ねで構築される。記憶が大量に入り込むことは、自我の破壊にもつながりかねない。現にその衝撃に耐えられず、吹き飛んだ娘は何人もいる」
おばあちゃんは憂鬱気に話す。
「無事残ったとしてもだ、元の性格はかなり変質されてしまう。それを繰り返しているうちにな、聖女様の核となる魂がどんどん劣化してきたんだ。要は『聖女』とはなにか、という話になるんだが」
「難しいお話です。ですが、なんとなくわかってきました。転生を繰り返すことで、大元の、初代の聖女様を構成していた重要なものがどんどん消えていってしまっているのですね」
「その通りだよ。ミル。そしてスティアナの自殺で聖女様はご決断されたんだ。時代を変えようと」
「私を選んだのが、時代を変えることになるのですか?」
「はっきり言うんだが、お前さんはスティアナが死ぬまで候補生じゃなかったんだよ。転生体にするには重大な問題があった。それが自我の強さだ」
「……わかってきました。自我が弱いのは、転生の余波で吹き飛ぶから困るけれども、強すぎると、まずいわけですか。それは聖女様の魂のさらなる劣化を招くから」
「聖女様は今までと同じような無難な選択をされようとした。ところが、次から次へと候補生や、周辺がやらかした。それで決断されたんだ。もはや、核にこだわらないと」
「おばあちゃんが、わたしに美味しい料理を食べさせてくれる理由がわかりました。自我を強めてくださっているんですね」
「ああ。この大陸は変わらないといけない。聖女様も限界を迎えていらっしゃるんだ。新しい血が必要だ。ミルティア、転生の衝撃を乗り越えて、自我を保持して世界を変えるんだ。もうこの大陸は腐りはてた。聖女様の恩恵に甘えきった。新しい考えで、新しいことをするんだ」
おばあちゃんは目をつむると
「もう、人がいないんだよ。パズルのようだ。大陸中を探しても、この大陸に人がいない。数少ない使えそうな人を適材適所で配置してもなお足りない。ミル、あなたの転生体確定には猛反対が出たんだ。本来ならば官僚になるはずだったんだよ。その頭の良さ、生き強さなら、優秀な内官になれる」
「全然実感がわきません。私が内官ですか」
内官は内政を司る官僚。向いているの?
「各国、各町に出向いてな。食料の不足はないのか、余り過ぎてないか。それを食べ歩きしながら確認するんだ」
「天職ですね。私そっちがいいです」
「宰相のヒルハレイズは泣いていたよ。やっと引退できると思っていたのにな」
おばあちゃんは寂しそうに笑い
「カリスナダに来てもらったのは、とにかく旨いご飯を味わってもらって、自我を強めてもらうこと。それともう一つが、この大陸の現状と、帝国との比較をしてもらい、この大陸にはなにが足りないのか知ってもらうことだ」
「はいです」
「もうあと5か月、という話だが、あれはフェイクだ。実際はあと2か月で転生の儀式は行われる」
「なんでまた」
「龍姫の協力を得られたからだ。最大の問題は転生体のミルじゃないんだ。ルピアなんだ。あの娘の病を取り除くのに半年を見込んでいたのだが、龍姫の力を借りれば早い」
「ルピアの病とはなんなのですか?」
「私からは教えられない。ルピアが口を開くのを待ってくれ」
「わかりました。それと龍姫は敵なのでは?」
「向こうはそう思っている。だが、別に聖女様は龍姫を敵に回す理由はないんだ」
「どういうことです?」
「聖女様は、大陸を掌握した時にドラゴンを駆除したんだ。これにドラゴンたちは激怒した。オリジナル・ドラゴンである、龍姫も同じ理由で敵対している。これが一つ」
「はい」
「二つ目は神教。滑稽なのだが、龍姫はドラゴンでありながら、ドラゴンを否定する神教の熱心な信者だ。元々神教の信者だったのが、ドラゴンにさせられたというのが真相らしいがな」
「元は人だったのですね」
「それも強烈な人だ。ドラゴンを殺して、殺しまくっていたそうだよ。そういう点では聖女様と一緒なのだが、なぜかドラゴンは龍姫を同族に変えて囲ってしまった」
「……神教は、聖女様と対立している」
「そういうことだ。だがな、神教に対する嫌悪感は、龍族に広がっていた。特に神教との対応をしていたフェルラインは強烈だ。表立ってはドラゴンを否定し、龍姫の生み出す黄金だけ受け取る神教の連中に耐え切れなくなったんだよ。龍族の古参を集めて直訴したらしい。少なくとも、今の神皇は下せと」
「驚きです、龍族は龍姫に絶対服従ではないのですか?意見も言うのですね」
「それを許していたから、龍族の人材は豊富なんだ。誇るようだが、我々もそうだぞ。聖女様に直訴するものも多くいたんだ。意見の多様さを認めることが、人材を得る最大の秘訣だ」
おばあちゃんが誇らしげに胸をはる。
「まあ、そんなこんなでな、龍姫と対立する積極的な理由はこちらにはないし、向こうも意味が薄れてきたんだよ。だから、敵ではあるけれども、お互いの為に協力できるところはしましょうと」
「わたしはカリスナダさんに会えて感謝しています。あの人は私に大事なことを色々教えてくださいました」
「ああ、これからも甘えるといい。さあ、ご飯を食べようか。今日は果物の盛り合わせらしいぞ。カリスナダが作るんだ。単に盛り合わせただけではあるまい。楽しみだな」
「はい!行きましょう!おばあちゃん!」
部屋を出て、食事をするフロアに行くと、焼いた果物に凍ったミルクが乗せられたお皿が用意されていた。
「天国ですか?」
「食べてみて。美味しいよ。果物の種類によってはね、焼くとあまーくなるのがあるのよ。でも熱いと食べにくいでしょ?そこに凍ったミルクをかけると……」
「るぴあーーー!!!ご飯食べないなら、私が全部食べますからね!!!」
「はいはい。食べるわ……まあ!果物!」
因みにルピアにはミルクはかかっていない。代わりに氷がまぶしてあった。
「ルピアには砂糖水を凍らせたものをかけたんだ。ミルクは抵抗あるだろうからね。さあどうぞ」
「ほんとうに、いつもいつも……」
「ルピア、食べきれないなら私が食べますよー」
「安心して、全部たべるから」
みんなでお話ししながら、楽しい食事。
これができるのは後二か月。
少し寂しい気持ちになった。




