第16食目:生の穀物がお皿に乗ったもの
「平和が料理を腐らせるのです」
「……ミル、大陸共通語で話してくれない?」
ルピアが疲れた顔。
「血を流すだけが戦いではない!闘争なくして向上なし!闘いを忘れたからこそ!こんなに腐った料理が出てくるのです!」
「新鮮な穀物じゃない」
パリポリと食べるルピア。
「新鮮か、新鮮ではないか、そんな問題ではありません。精神が腐り果てている」
「あなたがなにを言おうが、今日の晩御飯は、これ。諦めて食べて」
そう。
今日はおばあちゃんも、カリスナダさんも来ない。
2人とも急用が出来たといないのである。
そうなるとどうなるのか。
通常の寮の晩御飯であります、朝の残りの穀物が出てくる訳ですね。
なお、私達は最近はカリスナダさんにお料理してもらっているからちゃんとした食事ですが、今朝の朝ご飯は残らず頂きました。
いま、私の目の前には生の穀物がお皿にちょろちょろとあるだけ。
「これ考えた人、なんかしらの治療が必要だと思うんです」
「いいから食べなさい、あ、食べなくてもいいのかしらね。夜ご飯抜く娘多いから。実は私も夜食べる習慣なかったのよ」
「食べますよ!食べま~す!」
半泣きになりながら口に運ぶ。
ぱり、ぽり
「堅いし!味しないし!」
「調味料に味なれしたんじゃないの?塩とかふんだんに使った料理食べてるでしょ?ミルは。カリスナダさんの食事は結構気を使ってもらってるけど」
「それは否定しませんが、そんなもの関係無く、堅すぎて味が分かりません」
「堅いものを噛むと健康に良いらしいわよ」
「こんなもの食べる方が精神に悪いです」
カリスナダさん、かえってきてー。
「あ!そうだ!私が料理すれば!」
「絶対だめ」
即答される。
「なんでですか?」
「候補生は火に触れてはだめ。火傷はね。禁忌なの。候補生の資格を失う。それがために、絶対に調理はさせない」
「火を使わない料理にも例外はないと」
「もちろんよ。これだけは絶対に止めるわ。不浄な食事をしてもいいのかも知れない。でも料理はさせない。現に、不浄な食事を勧めたジュブグラン様やカリスナダさんも、絶対に貴女を調理場近くには寄せ付けなかった」
確かに。会話は聞こえる距離だったけど、近くには来させなかったな。
「分かりました。ルピア。従います」
「そう。分かってくれて嬉しいわ、ミル」
ルピアはホッとした顔を見せる。
「むー。でもー。これが、ばんごはーん」
泣きそう。
「たまにはいいじゃない。昔に戻ったみたいで落ち着くわ」
ルピアは笑っていた。
部屋に戻りベッドでゴロゴロする。
おなかすいたー。
転移石はあるから移動は出来る。
でも娘一人の危険性はある。
今回はルピアは来ないだろうし。
でもなー。屋台一軒寄るぐらいならいいか。
そう思ったとき
『……ミルティア、聞こえるか』
突然、声が聞こえる。
「わ!なんですか!?この声はエウロバさん?」
遠距離会話か。初めてされた。
『そうだ。うまいもの食ってるか?』
「聞いてください!今日は最悪でした!いつも来てくれるおばあちゃんも、カリスナダさんも、来ないので、穀物をポリポリ食べてました!」
『そうか。私のせいだろうな』
「ああ、お父さまを殺したのですね」
『読んでいたのか』
「はいです。ソレイユさんに許可もらったのですか?」
『ふむ、お前は、私が父上を殺そうと思っていながら、周りから止められていた、と思っていたのか』
「はいです。違いましたか?」
『ああ。私は殺そうとしたのだが、殺せなかった。父上を監禁しながら、殺すことが出来なかったのだ。だから、おばあさまに、子殺しをさせてしまった』
「……お父さまの愛を、信じていたのですか?」
『滑稽か?』
「はい。もっと割り切っているかと思ってました」
『ようやく、決心がついた。父上の血をすすり誓ったよ。必ず帝国を統一すると』
「……ひとつお聞きしたいのです。きっと、エウロバさんと私は似ています。でも分からない事がある。どうして、愛を信じていられたのですか?わたしの予想は、あなたのお父様は、貴女をレイ○しようとしていたはずです。それが、公王が生き延びる唯一の選択肢だから。それでも父の愛を信じられたのですか?」
『……ミルティア、話せてよかった。そうだ。わたしはそれでも愛を信じていた。父上は、娘であるわたしを、最終的には守ってくれるとね。だが、おばあさまが起きて、父上を殺したという事はそういう事だ。父上は私を道具としてしか認識していなかった』
エウロバさんの顔は見えない。
でもその表情は分かる。
修羅だ。
『わたしは、最後まで愛してくれなかった父上と兄上の屍を踏み越えて進む。私には愛が必要なんだ。ミルティア。愛があるから私は進める。わたしは、愛を求めて血を流す。帝国を統一する』
「エウロバ、愛とはなんですか?あなたの求める愛とは?」
単純に聞きたくなった。
私は愛なんて浴びたことがない。
両親からは無関心。
召使いからは同情。
貴族からは侮蔑。
学園に来てからも似たようなものだ。
愛とはなに?
『愛とは、絶対的な信頼だ』
エウロバさんとの会話が頭でグルグル回る。
『愛とは絶対的な信頼』
信頼。わたしは信頼しているのだろうか?
例えば、ルピアを信頼している?
おばあちゃんは?
カリスナダさんは?
「……あ、あははははは」
信頼してない。
欠片も信頼していない。
おばあちゃんはなにかを隠している。
カリスナダさんは龍族。本質的には敵。
ルピアは心に抱えている物が危ない。
「愛がもらえない理由は、わたしが誰も愛していないからか」
愉快な気持ちになった。
なんで誰も愛してくれないんだろう?
なんで誰も大切にしてくれないんだろう?
城にいたときに、何度自問自答したことか。
その答えは、似た境遇のエウロバさんが教えてくれた。
「誰も愛していないやつが、愛をくださいって叫んでもね」
エウロバさんは最後まで父親に愛を捧げた。
結果は裏切りだとしても、その思いはとても尊い。
逆にそんな思いを捧げたほどだ。
必ずや思いを成し遂げる。
ああ、だからか。わたしは自覚している。
異常な程の食のこだわり。
そうだ。
「食事は裏切らない。わたしは食事を愛している」
すっきりした。
なんというか、自分が分かった。
わたしは
「美味しいご飯が食べられればそれでいい」
私は生き残る。聖女様の転生の儀式でも意志を残す。
美味しいご飯を食べるために。




