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檻の鍵はキミの手の中に

 精霊が今日はもう村で休むようにと言ってきた。ダメージ回復に専念して欲しいらしい。


 それは目の前に空から降ってきた鎧の人物も同じだった。村に案内して怪我を治療して欲しいとも言われた。


 危ないところを助けてもらったのだ。嫌な気はしない。



「助けてくれてありがとう。立てる?」

「問題ない。それよりも、精霊から色々と世話になると聞いた。いいのか?」

「あなたには危ないところを助けてもらった。だから気にしないで」


 彼は怪我をしている素振りも見せずに立ち上がると、私と向き合った。


「自己紹介がまだだったな……。私は竜田アゲイル。アゲイルと呼んで欲しい。皆そう呼ぶ」

「アゲイル、わかった。私はスノー」

「スノー? すまない、キミの名はゼタだと我が精霊より聞いたのだが?」

「前はゼタだったけど、精霊が勝手に改名した」

「……そうか。前の名に思い入れは?」

「ない。もともと、精霊に魅入られたと告げられたときに付けられた名前だったから」

「なるほど、私もその口だ」


 どうやらアゲイルは私と同じ境遇らしかった。少しだけ親近感が湧く。村にまだ人が残っていた頃、私と同じように精霊に魅入られた者はいなかったからだ。


「……外には、我々と同じように精霊付きが多くいる。私の知人にも一人いた」

「その人は?」

「騎竜に乗って何処かへ行ったまま、帰ってこなくなった。私の精霊は“お願い”をしてくれる。だが彼の精霊は、どうやら“命令”が好きだったようだ。最後に彼を見たときには、疲れきった様子だったよ」

「……。精霊によって、扱われ方が違う?」

「だろうな」


 それを聞いて、自分の精霊はどうなのだろうか。と考えてみた。


 毎日筋トレなる事をさせられて、筋肉痛で辛くない日はほとんどない。


 それに少しばかり、抜けているところがある。


 有無を言わさず戦闘をしようとするし、明らかに格上でも関係なかった。


 まあ、それだけ自信があったのは認めよう。事実、精霊が操作していた間はほぼ無傷だった。どういう訳か、あの精霊は敵の動きを全て知っているように動いていた。予想外の行動にも、的確に対処していた。


 普通に考えれば回避不可能な猛攻を、針の穴に糸を通す繊細さと、隙あらば攻撃するという堅実さ、チャンスならば賭けに出る大胆さで最後には強敵を同時に葬った。



 きっと私の精霊は、無茶はするが無理はしないのだと思う。勝てると踏んでから戦いを挑む。勝てないと思ったら挑まない。どこか冷静で達観している。



 案外、私はあの精霊を信頼しているのかもしれない。


 思えば、あの精霊はよく会話してきた。どうでもいい日常会話のようなモノも何度もしていた。それが気遣いによるものなのかは、わからない。少なくともそれが私を蔑ろにしてはいないと思える要因でもある。


 私自身、話すのは嫌ではなかった。



 結論を言うと、私の精霊は良い方なのだろう。






 誰も待っていない村に戻ってくる。扉が壊れたままの教会に入り、包帯や傷薬を持ってくる。

 これらは死んでしまった同胞達が残してくれたものである。もともとも使う機会がなかったので、出し惜しみもない。


 しばらく入り口で待っていたアゲイルが壊れた扉を見て訝しんでいた。


「教会の扉が壊れている。誰がこんなマネをできたんだ?」

「精霊が宿った時に、少々……」

「……それは、災難だったな」

「精霊のする事ですから。神様もきっと、苦笑いで許してくださるでしょう。……ここは冷えますので、家に来てください」



 その後、暖炉で暖かくした家でアゲイルの傷の手当てを施した。


 鉄のヘルムを脱ぐと、そこには二本の角を生やした以外は普通の大男の顔があった。顎髭を蓄えた、如何にも厳つい形相であったが、その瞳は穏やかなモノだった。


 角以外は、自分達エルフと、それほど変化無かった。


 さらに鎧の下も人の皮膚そのもので、唯一特別だと思えたのが背中に肌色の鱗をまとった、小さな突起物が二つあっただけだ。


「驚かれたかな? 竜人族とはいえ、人間とほとんど変わらない事に」

「そう、ですね。知識と少し違って驚いています」

「竜人族というのは、もともと人と竜が交わって生まれた種族だ。人の血が濃いと私のようになる。逆もまた然りだ。身体能力に差もあるが、この姿でも飛べることは変わらない」


 アゲイルはおもむろに翼を広げて見せてくれた。それは薄い、半透明をした朱色の竜翼だった。竜というよりは、妖精の羽のようだとも思えた。


 最後にアゲイルは「もっとも、政治的立場は後者の方が圧倒的に上だがね」ととぼけた様子で付け足した。



「キミは、普通のエルフとは少し違うな。それに、この村には人の気配がしない。訳を聞いても?」

「構いません。ただ、愚かなエルフの一族が、そろそろ根絶やしになるところだったというだけです」

「愚かなエルフ? ふむ、ダークエルフというヤツか?」

「それは闇の森に棲む、人間と交わった方のエルフです。ですが、大罪人という意味では変わらないかもしれませんね」

「なるほど。……キミが一人でいる理由は?」

「精霊様に魅入られたから生き残った。それだけです」



 本当にそれだけだ。運が悪いとか良かったとかではない。


 この地の闇エルフは、年に一度、人身御供をしなければいけなかった。今日、精霊が素材と喜んでいたあの神獣の事でもある。


 私は精霊に魅入られたが故に、13歳になるまで神の加護で生き残る事が定められていた。だが他の闇エルフ達はそうではない。


 もともとエルフは繁殖時期が限られている。村の規模にもよるが、一年に一人を失うというのは根絶やしにすると言っているのと同義だった。私が生まれた頃には、老若男女合わせても村には10人しかいなかった。それに死んでしまう原因は生贄だけではない。


 色々な要因があって、私が7歳になる頃には、この村には私しかいなかった。


 いまでも思い出す。


 ふと気がついた時には誰も残っていなかった瞬間を。

 まるで雪のように、溶けて消えてしまったと錯覚する。



「寂しくは、ないのか?」



 暖炉に汲んだ薪がバチっと弾けた。



「もう、慣れました」


 積んだ薪を投げ込み、何故か自然とため息が出てくる。


「毛布は好きな物を自由に使ってください。私は別の家に行きますので」

「……わかった。ありがとう」


 家を出て、扉を閉じた瞬間に、目の前の景色を見まわしてみる。


 音もなく降り注ぐ雪と、灰色の汚れた雲と、人の住んでいないカラッポの群達。


 もうずっと変わらない景色の筈なのに、あの竜人の一言で、胸の中にわずかに隠れていたシコリのようなモノが、覗きこんでいた。


 本当は、ずっと……――



「……少しだけ、今日は、疲れた」



 使えそうな家を探して、中に入る。普段は納屋みたいに扱っていたが、横にはなれそうだった。

 そのまま泥のように寝たいと考えていたら、精霊が声を掛けてきた。


『おーい。状態異常にまだ出血があるけど大丈夫か?』

「……そういえば、自分の怪我を治してませんでした」

『そのまま寝たら死んじゃうぞ。気を付けてくれ』

「そうですね。気を付けます」

『あれ? なんか素直だな。さすがに今日は疲れたか?』

「はい、どこかの誰か様のお蔭で、心身ともに疲労困憊です」

『はい、すみませんでした。つきましては以後、スノーの体力強化を図ります』

「……好きにしてください」


 体力強化と聞いて、また走らされるのかと毛布に突っ伏したくなった。




『あ、それとな。明日からなんだけど、村、出るから』




 予想外の事が、予想以上にあっさりと告げられた。



「な、なぜ?」

『この村に居てもしょうがないし。行先も決めてある。ヒュードラ山脈より西南にある『エルタニア王国』だ。王族プレイヤーが来ないかって誘ってくれてるんだ』

「そ、そう言われましても――」


 突然の事で困惑している。

 いきなりこの村を去ると言われて、しかもいきなり王国に行くとか王族が何とか言われても、よくわからない。


 しかし、だ。


「――それが、精霊様のお導きであるならば……」


 自分の立場は理解しているつもりだ。

 精霊の決めた事を、私が拒否することなどできない。


 ただ、この精霊があまりにも馴れ馴れしいので、立場を忘れかけていた。勘違いしそうになる。



 自分は生かされているのだ。



 この身は私のモノではなく、神のモノであり、精霊のモノである。

 最初から選択肢など……拒否権などないのだ。



『別に嫌なら嫌って言えばいいよ?』

「え……?」


 そのはずなのに、精霊は、私の意思を確認する。


『なんかその反応、すげえ覚えがある。本当は嫌なんだけど、断る事ができなくて、必死で体裁を整えた具合。わかる、俺にもよぉくわかるぞ』

「は、はぁ」

『無理強いはしないよ? してもなんか辛そうだし、ずっとここで田舎のスローライフをしてみるのも悪くない』

「……ですが、それでは、王国の話はどうするので?」


 まさか、そんな大層な話を私の為に蹴るなどと言うのだろうか。


『うん? そりゃあ、別のキャラ作っていくよ?』

「……はい?」


 精霊は時々、私の事をキャラと呼んでいた。恐らく、精霊付きの者達の事なのだろうと会話の文脈で察していたのだが、それが正しいのだとすると――


「あの、もう一度」

『別のキャラ作っていく。パソコン買い替えるからそのついでに別のアカウント作って始めりゃいいし』


 つまり、この精霊は――私を捨てる、と安易に言っていたのだ。



「……それは――」




 何故だか、とても凍えた気分になる。



 凄く、悲しいモノだと気がつく。



 急激に心の中で止まらない何かが湧き出した。




「絶対に嫌です」




 失いかけた瞬間、手放したくないと思って、考えるよりも先に口が動いた。


「私以外の方との契約はやめてください。お願いします」

『お、おう、そうか。(あれか? サブアカ対策の台詞か?)』


 精霊が遠くの方で声がするように何かを呟いていた。


「王国には私が行きます。それでいいですね?」

『う、うん。えっと、じゃあよろしく頼むよ。明日の朝、アゲイルのワイバーンに同伴させてもらって出発してくれ。それじゃあ、お疲れさまでした』



 そうして精霊は気配を消した。


 思わず村を出ていく事になってしまったが、不思議と後悔の念は無かった。


 むしろ、何か腫物でも落ちたように、心がとても落ち着いていた。早く寝てしまおうと思えてくる。



 明日が、待ち遠しいと思うなんて、いつ以来だっただろうか……。







 太陽が昇る直前に目が覚めた。頭は妙に冴えているし、目覚めたばかりなのに心臓が妙に高鳴っていた。

 出発するには早すぎる。だけれど今は何かをしたい気持ちでいっぱいだった。


 エルタニア王国……一体どんな国なのだろうか。こんな雪山よりも暖かいとは思う。お伽噺に聞いた人間やドワーフ、獣人たちを見ることが叶うのだろうか。


 母や大人たちから聞いた雪山の外の話を思い出す。


 幼い頃はそれを聞いていて、夢を膨らませていたものだ。思えば、自分が闇エルフ族で、この雪山から出ることが許されないのだと聞かされた時のショックは大きかった。それからあまり、夢や希望といったモノは考えないようにしていた。


 この閉じ込められた雪の村は、考えてみれば牢獄だったのかもしれない。


 精霊なんていう、神から自由という権利を許された存在がいたからこそ、私はこの村を出て行けるのだ。


 そして二度と、私はここへは戻らないのだろう。十三年も過ごした場所なのに、意外とあっさり受け入れられた。私は、情が薄いのかもしれない。



「……そうだ、あそこへ行こう」


 特に思い入れもないが、意味があるかもしれないと思い、そこへ行くことにした。



 教会の裏にある墓地。



 そこにはこの村に居たすべての同族の墓が並んでいる。


 中には自分の両親の名前が彫られた墓石だってある。


 情があるならば、少しは何かを思うはずだったが。



「……思った通り、何も感じない」



 両親の墓の前にきても、感情が湧かない。


 いや、考えてみれば当然なのだ。骨も肉も魂も、この土の下には最初からいない。


 石の下に、誰も眠ってなどいない。


 なにせ、神獣に喰われたのだから。ここにあるのはただの名前が彫られた石でしかない。

 口にする言葉などない。祈る必要さえもない。


 そんな石に対して、思いつく限りの別離の言葉を並べてみた。




「私、外の世界に行くよ。皆が知らない世界に行って、見たこともない場所を見て、面白い話を聞いて……。だから、行くね。バイバイ」




 返事は無い。


 ただ『いってらっしゃい――』と返事をしてくれる父母や、村の皆の姿は、目蓋の裏に思い描くのは簡単だった。

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