忍者と竜騎士の殺陣
お待たせしました。全然忍んでいないスノー様の【SHINOBI The ELF】劇場でございます。
スノーには、わざわざ人々の注目を集めるような位置に着地してもらった。でなければ簡単には歴史に名は残せない。
歴史に名を遺すとは『二つ名』を手に入れる事である。
それこそがサモルドに置いて、最もスコアを多く入手する方法である。
俺がそれを知ったのは、本日Xデーの一週間前だった。
武勲を挙げたり、商業で大成を収めたり、優れた治政者として名を馳せたり、伝説の聖剣を引き抜いたり――
理由は様々だが、どうやら神様自らが認めたプレイヤーへ『通り名』やら『異名』やらを与えて、一緒に特大のスコアをプレゼントしてくれるのだ。……なんていう面白い話が、サモルド攻略班の間で持ち上げられていたのだ。それには己の興味でしか動かない研究班も喰いつき、同じく俺もハイエナの如く検証組に参加するのだが、そんな機会はなかなかない。
――のだが、丁度いい機会があるではないか、とXデーが思い浮かぶ。
いっそ、大暴れして衆目を浴びてやっちまおうではないかと、小田とアゲイルの協力を得て最高のクリスマスを彩る計画に移行したのだった。
俺はこういう時の特別な一品、砂糖菓子よりも甘いコーヒー味の『緑の魔物』の底に穴を空け、プルタブを空けると底から一気に飲み干してしまう。
「……今日は久しぶりに大真面目だ。本気だすぞ」
『いつもそうしてください』
現在のスノーの声は完全に別人の声音だった。風属性の魔道具による音の変化だ。
音は空気の振動を利用しているから、その空気を風魔法が干渉できる……という理屈らしい。ちょっと必要になりそうだったのでメロンソーダの倉庫から勝手に借りてきた。死んだら返す予定だ。
今回の目標はエルタニア王国の列、その後ろで立っている人物だ。
一気に駆けだす事はなく、むしろ最初は悠然とした足取りで目標に向かう。
「おい、そこの怪しい白い女! 止まれ! 今は大事な時だぞ!」
予定通り、警備兵の何人かがスノーの前に現れて止めようとする。コチラも怪我をさせるつもりはないので、少々手荒だが行動不能にはなってもらう。
『コキュートス』
魔物の雑魚散らし専用に作った混合魔法『コキュートス』。
風と闇と氷の三種を混ぜたこの魔法は、スノーの半径3mに及ぶ範囲にのみ、氷属性のスリップダメージと、バッドステータス『氷結』を付与する。なお、スノーは凍土適正の隠れスキルがあるみたいで、自分にはダメージもバッドステータスも付与されない。コキュートスはスノーの任意のタイミングで終わらせる事ができ、発動中はMPが減り続ける。……が、エルフの種族適正である魔法特化のMPタンクならば、超長時間の戦闘をしない限りは心配ない。
何も問題はないというように、目の前で凍てついた兵士たちを通り抜けて、不気味に演台に向かって歩き続けた。
「じゃあ小田、頼むぜ!」
「これが何も知らない第三者視点だったら、熱い展開だと思えたになぁ」
「グチグチいうなよ。美味しいところだろ?」
ちなみに俺と小田のチャットは現在、1on1、つまり自分のキャラとしか会話が共有できない状態になっている。そうでなければこんな風に無駄口をする事なんてできない。
画面の中で、スノーの頭上から仔竜の甲高い咆哮がした。アゲイルが騎乗している炎竜“エルドラ子”ちゃんだ。一応、メスらしい。命名は俺ではなく小田である。
曰く『ファイアードレイクの仔竜かぁ。……うーん、ドレイクつったらフランシス・ドレイクなんだよなぁ。いっそ別名で付けちゃうか!』と、よくわからない事を言っていた。ファイヤードレイクからどうすればエルドラコになるのか知らんが、妙に歴史の知識を溜め込んでる小田の事だ。きっとその辺の話が分かる人間なら納得するのだろう。
ともかく、仔竜のエルドラ子と共に、アゲイルが空から降ってきた。仔竜はまだドラゴンとしては小ぶりが、アゲイルを乗せるくらいなら問題ないほどの成長ぶりを見せていた。そういえば7月に卵から孵ってから、もう半年くらい経っていたのか。
ともかくスノーの目の前に、見事に竜騎士として生還したアゲイルが立ちはだかり、威勢よくアゲイルが声を上げる。
『何用かは知らんが、今は大事な時だ。これ以上の妨害は死を招くぞ』
竜骨から練り上げられた紅に輝く刃のパルチザンをスノーに向かって突き出しながら、堂々と警告する。
アゲイルも全て承知の上だというのに、このノリの良さである。思わずサムズアップしたくなる。
『私はただ依頼を全うするだけ。関係ない』
スノーは肩から竜骨小太刀を引き抜き右手で握り、更に短く加工した短刀の影丸を左手に握りこむ。
スノーの台詞も重要なファクターの一つだ。ちゃんと自分が依頼を受けただけの雇われだという事を周囲にアピールしないといけなかった。何せこれから起こす事件は、ダンケルクを根城にしている『ダークブラックスミス連合』とかいう捻りのないチームに擦り付けるからだ。
さて、いよいよスノーとアゲイルの短い一騎打ちだ。
ちゃんとこれにも複数の意味がある。その内の一つはエルタニアは自衛しましたよ、というアピールもあるのだが、まあそれは物のついでだ。
「そういえば、アゲイルとスノーが戦うのはこれが初めてだったな」
「練習は何回もしちゃってるけどねぇ」
「ハハ、そうだな。……小田、とちるなよ」
「ゼタっちこそ」
小田と視線を交わしてから、画面に向き直る。
スノーが一歩ずつ、前に進み始める。
アゲイルはスノーの混合魔法『コキュートス』の範囲に入る前にユニーク魔法、炎の盾を豪快に使って自分の周囲を炎で守った。初期とは比べ物にならない程の範囲と熱量で、見た目は盾ではなく壁となっていた。
スノーは炎の壁を気にせず歩み続けた。
一歩、また一歩と迫り、コキュートスの範囲と炎の盾がぶつかる瞬間、接触した箇所が霧の晴れた空のように消えてなくなり、何もなくなった空間でお互いの斬撃がぶつかり合った。
槍が振るわれた瞬間に短刀がそれを受け流し、小太刀の振るわれた刃は棒術のように振り回しす槍の柄が弾き飛ばす。
スノーとアゲイルの武器が切り結び合い、竜骨同士が奏でる独特の音を響かせながら、一瞬の気も抜けない攻防を演じる。
接近して懐に潜り超接近戦を仕掛けたい暗殺者、それを拒もうと槍と棒術の中距離で牽制しながら振り払い追い払おうとする竜騎士。
もちろん、操作しているのは俺と小田だ。
「ゼタっち、もうそろそろ指限界! さっさとアレやって!」
「おいおい、もうちょっとくらい楽しもうぜ」
「こっちはゼタっちみたいに指が鋼鉄でできてないの! 超絶技巧が三十秒しか持たない指なの!」
せめて三分は持たせてくれよヒーロー。とは言いつつ、もう一分くらい経っていた。ちょっと物足りないけれど、無駄に長引かせて援軍が来ても仕方がない。
「じゃ、いくぞ」
お得意の魔迅残影剣でアゲイルに突撃すると、振るわれた槍を目前にしてスノーの姿が消え失せ、一瞬でアゲイルの背後に回りこむ。スノーがチャンスとばかりに下段から切り上げるように小太刀を振るうのだが、アゲイルの変幻自在の炎の盾がそれを受け止めた。
『詰めが甘いぞ!』
『ッ!!』
アゲイルは槍を一時手放し、腰から片手持ちのブロード・ソードを引き抜き、背後にいたスノーに向かって翻りながら袈裟切りに剣を振るった。
結果、スノーはそれを影丸で受け止めるが、受け流す事ができなかったように見せかけて、無理やり逃げるように後退を選ぶ。その苦し紛れの演技をした際に、腹を少し切られたと衆目に見せたくて、事前に用意していた血の入った袋を破り、一緒に一枚の封筒を落としておく。
さて、今度は魔法の演目に変更する。
『エルドラ子!』
アゲイルの声に、仔竜が雄たけびで応えた。口を開いた先からドラゴンブレスの光が口からあふれ出そうとしている。
それをスノーが氷魔法“アイシクルタワー”で防ぐ。この魔法は防御特化に成長させた下級魔法で、ドラゴンの炎とは言え、そう簡単には消えてくれないだろう。
エルドラ子の口から灼熱の炎がスノーに向かって放たれると、その炎を裂くように一本の巨大な氷柱がスノーを守るように現れる。
現場一面が火炎の海となると、誰もスノーの安否などわからなくなる。それを期に、お馴染みのなんちゃって土遁の忍術を使用する。地面に向かって魔属性の魔撃を撃ち込み、足元の地面を消失させて潜り込んだのだ。
「ゼタっち、ドラ子ちゃんは十秒しかブレスできないから、早くしてね」
「わかってるよ、スノー!」
『大丈夫です。こちらも問題ありません』
覚えている方角へと同じく魔撃を打ち込み、土の中を一本の道を作り上げ、迷いなく走り出す。
そしてまもなく十秒になると言うところで、スノーが立ち止まり、真上に向かって魔属性の魔撃を使って穴を空ける。
「ビンゴゥ!」
スノーが自分で掘った穴から飛び出した丁度目の前に、あの抜け策王子の姿があった。そいつはピクリとも反応せずに、ただ自分が壊されるのを待っていた。
最後の仕上げにと、今まで誰にも使ったことのない“ケイオス フレア”という魔属性の中級魔法を繰り出した。
禍々しい黒炎の塊がスノーの目の前で膨れ上がると、塊が怪物の口のように開き、怪物の形をした炎が人影を飲み込んだ
『ウぎゃッ!? ウギャアアアアアアアアアッ!!!!???』
広場の全体に男の絶叫が轟き届いた。妙に気持ち悪い声だが、まあ焼かれているのだからこんなものなのだろうか。
実際、飲み込まれたのは小細工をした何処かの誰かの死体で、声の正体は人の声を真似る虫の魔物だ。九官鳥のようなモノを想像してもらえればいいだろうか。
死体を生者のようにここまで動かせたのは闇属性の魔法なのだが、スノーはそれほど闇魔法に優れているわけではないので、今回は適役としてとある人物に頼んだ。いつもありがとう、メロンソーダ。キミは僕等にとってのドラ○もんだよ。
とにかくこれで、一応の攻防を経て、抜け策王子を殺害したように見せる事はできた。あとはスノーを急ぎ撤退させて、アゲイルが例の封筒をエルタニア国王に見せてやればミッション完了だ。
風魔法を使って特大のジャンプで素早くこの場から退く。王都の外へと逃げた後は下水道へと侵入し、暗殺ギルドの隠れ家に寄ってユキノに変装し、何食わぬ顔で王都に戻ればいい。
「よし、追っ手は居ないな……」
「いや、ダイジョーブっしょ。誰も追う気配なかったし。むしろ今の何だったの? って現場が大混乱してる」
「なんだ、大成功じゃあないか。じゃ、計画通り上手くやってね、アゲイル!」
『承知した』
追っ手が居ないとの事なので、後の事はスノーに任せて俺は小田のゲーム画面を覗き見る事にする。アゲイルがエルタニア王の目前で膝を付き、スノーが落とした封筒の中身を手渡す。
その内容は以下の通りである。
『暗殺依頼・刻限はナガラエ之月、最終節の始め。目標エルタニア王国国王アイデンテス・ドラン・エルタニア、並びに時期王となる存在アリッサ王女の殺害。可能であれば王族の血を一人でも多く流す事。尚、失敗した場合には遠くの地にて自害する事。以上。Dより』
エルタニア王は酷く不快な表情を浮かべており、Dと呼ばれる存在に心当たりのある方へと視線をやる。その先には当然、ドワーフ族のバッハである。他にDを名乗る者は居ないし、バッハのフルネームにもDが入っていた。雑なあらすじだが、これがなんと通用してしまうのだ。
本来ならば、こんな状況は絶対に起きない。起きてはならない。
暗殺者が任務に失敗する事も、簡単に諦めて逃げ出してしまう事も、ましてや依頼主の情報を漏らす事も有り得ない。やらせでなければ有り得ない。
冷静な人間ならば、すぐにこの矛盾には気付いたはずだ。
だが王はそれに気が付かない。何故なら、彼は自らを標的にされて、次代の王を担うアリッサも狙われ、さらには息子を殺されて、今は冷静ではない。いられないのだ。
だから通用する。してしまう。
そして何より、今のダンケルク国は“疑われて当然”な事をいままでしてきたのだ。その程度しか信用されていないし、また他の国々にもそう思われている。これは紛れもない事実だ。
『和平など、止めだ』
王の荘厳な声が響いた。
『我は決めたぞ。ドワーフ族のダンケルク等よ。貴様らとの和平など、もはやあり得ん。どれだけ譲歩しようとも、貴様らは所詮知性なき魔物と同じだと良く理解した。我は今日を持って、ダンケルクに宣戦布告する』
大混乱を極めた和平調停の儀式は、盛大に砕け散った。
Xデーはここになされたのである。




