バッハは諦観する
俺はバスティ。……精霊に魅入られた頃からバッハと名乗っている。
生まれは王子だが、別にダンケルクの王子だからと言って、何か特別な権限があるわけではない。あれはただの人間族の真似事だ。王が居ないと示しが悪いからだ。
それに族長の息子だからと言って特別な扱いがされる訳じゃあねえし、兄弟達もそれでいいと思っていたし、当然俺もそう思っていた。
それにドワーフは別に血族に縛りはねえ。皆が家族だ。だから何処の子とか思う事もねえし、全員で同じ窯の飯を食ってきた。
自分の父がどうだとか、王位継承権が何位だとか、そんな考えは持たなかった。
ただ、皆で鉄を掘って打って仕事して、土の固まりみたいなミートパイを食って、火酒でもあれば言う事なし、ただそれだけで万事幸せだった。そして皆が漠然と、いつか立派な鍛冶士になるのだとか、他の都へ行って一旗立てるんだとか、自分の店を持つとか……そういうのが一つの憧れというか、夢みたいな物が全員にあった。
その全員の中に、俺も含まれていた。
だが……そうはならないとわかったのは、今年の冬期が明けた頃だったか。
俺は教会で精霊と出会った。妙に偉ぶった奴だった。
それからしばらくして色んな事をさせられた。させられて、くたびれて、休憩もなく働かされ続けて、死に掛けたり、命がけだったり……。
半年もすれば嫌というほどに思い知った。
精霊という奴に逆う事など不可能で、ただ黙って従うしかないのだと。
『おい、お前。まだ飯終わってねえのか。時間なくなるだろうが、早く済ませろ。付き合ってやってるこっちの身になれよ』
やかましい精霊。お前の都合など知った事か。それに付き合わされているのは俺の方だ。
そもそも俺にはバッハという名前があるし、精霊に魅入られる前はバスティという名前があった。だがコヤツは俺を道具か何かだと思っているように、様々な注文を突きつけてくる。
そしてついこの間には、俺は自分の父である族長を、この手で……。
冗談じゃない。本当に、こんな奴を殺せるものなら殺してやりたいくらいだった。
だが、抵抗する事などできないし、不可能だったというのも事実だ。
今はただ黙して、この先の未来を眺めているだけに留めようと思った。
そうするしか、他にないだろう?
そして、俺が事態が深刻化しているのを察知したのはロガミナ之月の中頃だった。
ドワーフの精霊付きとやらが周辺国に進出して大暴れしているのだとか。ドワーフ族の中には精霊付きとうまく仲良くなれた者達もいる。そういった連中が主立って行動しているのだと思われた。
たった半年だけでこの街も半分以上が変わり果てている。ここが本当にドワーフの国、ダンケルクの景色なのかと疑ってしまう程だ。
案の定、周辺国でも特に最近発展著しいと言われているエルタニアから抗議文書と会談の申し入れの親書を受け取った。
そこでも精霊が無茶苦茶な話をするのだが、俺はただ黙ってみている事にしていた。どうせ俺が口を挟んだところで、もうどうにもならない事はわかっていたからだ。
結局、俺の精霊はエルタニアの連中を怒らせるだけして帰らせた。しかしエルタニアはその後もティンと名乗る黒狼族の獣人を寄越し、どうにかして和平協定を築こうと、折れるだけ折れて俺の精霊を納得させようとしていた。
エルタニアの連中は知らないのかもしれないが、無駄な事だ。
アレは何も考えちゃいない。和平など結んだところで、この精霊は平気で反故にするだけだ。
そもそも毎度の事のように「他の連中のしたことに一々面倒なんてみないし、知らん」とまで言っているのだ。それに俺なんて、所詮は王の皮を被ったただの奴隷だ。いや、まだ実際の奴隷の方がマシかもしれん。もう槌を握らなくなってから何週間目だ。今では妙な機械に乗って魔物を駆逐する日ばかりだ。自分でもよく精神を保っている方だと思う。
そんな状況は今後も続くのだろうと、俺は一人で予感していた。
しかし、それもナガラエ之月になると少しだけ面白い話を聞けるようになった。
シターニアで対ドワーフ抵抗軍とやらが活動をしているらしい、と。
「弱小なエルフ連中なんぞ」と息巻いていた精霊達が徐々に「おのれハイエルフめ」と精霊達が怒りを滲ませ、その数週間後には「もうヤダアイツ……」と弱音を吐いてシターニア大森林に行かなくなった連中を見て、俺は心の中で独りで精霊等に対して嘲笑していた。そして同時に、見知らぬハイエルフとやらに賞賛の思いも秘めた。もっとも、ホンのちょっとだけだがな。ドワーフが森の猿どもに感謝などおかしいだろう?
……その時期くらいか。
徐々に和平に乗り気になってきたのが他の精霊達だ。奴らは自らを『ダーク・ブラック・スミス連合』と名乗り、ダンケルクの実権を握っている。恐らく、今までの調子で略奪が上手くいかなくなってきたので、楽な方へと舵きりしたのだろう。精霊一人が言い出すと、釣られて他連中も共鳴するように「そうしよう、そうしよう」となっていく。まるで会議らしい話し合いなど一つもせずに、だ。
まったく馬鹿らしい光景だったが、俺は既に物言わぬと決めていた。だから勝手にしてくれと自ら傍観を決め込み、なりゆきをただ眺めている事にしていた。
そしてナガラエ之月の最終節の始め。
エルタニアの中央広場にて各国の代表、王達が大仰に式を挙げつつも、厳粛に取り決めを確認していた。
その内容は実に馬鹿馬鹿しいものであった。何か裏がなければ取り決める事など決してない条件だ。なぜならこれは彼等にとっての奴隷宣言だ。
何故、この条文でエルタニア国内で暴動が起きないのかが不思議でならない。
こんなのは普通じゃあない。だからきっと、何かを起こしてくれるのだろうと俺は期待していた。
期待したまま調停の最後、盟約の儀式の時になってしまった。
時刻は既に夜の9時を指している。それを期に、我々は一人ずつ、盟約に宣誓をしていく。
大臣の一人が条文の彫られた石碑を、全員の前に運んでくる。ここにいる国の代表者たちがこの石碑に名前を書けば、この条約は果たされる事となる。
まず、エルタニア国王が一歩前に出る。そして自らの名前を書こうとした時だ。
何かが起こった。
白い、白い何かが、幽鬼のように音もなく舞い降りてきたのだった。
一応、バッハさんの心境を書いとかねばと思いまして、ねじ込みました。
もしかしたらもう機会とかないかもしれないので。




