褒められて泣く
鹵獲した大型ロボットは倉庫屋の人達に任せて、ドワーフの姿をした師匠を連れて離れた場所に移動した。
師匠の変装は完璧だ。ドワーフに有りがちなズングリ胴もさることながら姿勢や立ち振る舞いもどこかで見たことのあるドワーフに違いはなかった。酒と汗と鉄の混じり合った匂いなんてまさに、と言いたいところだ。
ただ一点、帆馬車から降りた時の足音の無さだけが、ドワーフらしくなかった点だった。それでいきなり私に話しかけて来るのだから、すぐに師匠だとわかった。
「まぁったく……明らかにおかしな事を言うでないわい。どこに一介のドワーフに教えを乞うハイエルフ様が居るというんじゃ」
「師匠という名前のドワーフなのかもしれない」
「そんなヤツ居らんわい」
確かにそんな言い訳通らないだろう。その所為で少し機嫌を悪くさせてしまった。どうやってご機嫌を直そうかと考えたが、そういえば名ばかりの対ドワーフ抵抗軍の皆から貰ったリンゴがあったはずだ。カバンからそれを師匠に手渡すと、勝手知ったる食べ物とばかりにリンゴを豪快に齧り付いた。
「……まずはココまで出向いた礼くらい言ったらどうじゃ?」
「お疲れ様。早速なんだけど、お願いしていた情報ってどうなってる?」
「労えという意味ではないのじゃぞ? じゃが、もうよい……。もしかしたら、今回の件でお主と供に行動するのも最後かもしれんからのぉ」
「え?」
それはどういう意味だろうか。耳に入ったはずの言葉がどうしてか認識できなかった。
それでも師匠はただ淡々と、口を動かした。
「ワシとて、ただの飼い犬の一人じゃ」
「犬? 猿じゃないの?」
「そっちの意味ではない」
飼い犬……。師匠は犬には到底見えないし、誰かに飼われているようにも思えない。でもこの文脈を察するに、なぜか師匠の背後にはアリッサの影が見えた気がした。
私がアリッサの情報を聞きだそうとしたとき、師匠は確かに自分が飼われているといったのだから……つまりそういう事なのだろうか?
それに気が付いた瞬間、とても表現しがたい不安を覚えた。受け入れがたい事実というのは、重たい金棒で腹を殴られたような衝撃がするらしい。今、私の心の中がそんな感じだった。
「……それが答え?」
「そうじゃ」
「……いつから?」
「なあに、昔も昔、大昔からじゃて。ワシが生まれる前から、暗殺ギルドはエルタニア国王の私物だった。たったそれだけの話じゃ。そもそも、あんな巨大な街を地下なんぞに作って、ずっと放置されとるワケがなかろう。
下水の地下街を仕切っておる暗殺ギルドはな、大昔のエルタニアの王様が表だけでなく、裏さえも操ろうとした結果に作られた街なのじゃ。暗殺ギルドの長は代々、その時代の国王に忠誠を誓って、王は表裏全てをコントロールしとったんじゃ」
「……それで、次期国王に決まっているアリッサにも、忠誠を誓っている?」
「仕方が無かろう。既に決定しておる事じゃからな」
そういう事らしかった。なんとも言いがたい状況だ。開いた口から言葉が出ない。無法者であるはずの暗殺ギルドの長で、いつだって信頼してきた師匠が、まさかアリッサ側の人物だったとは、夢にも思わなかった。
でも、どうしてだろうか。何故か師匠からはまだ裏切られたような気がしなかった。正直に話してもらったからだろうか。
『暗殺ギルドの行動が王国様に筒抜けとはね。そりゃ知らなかったな……。で、それで何か問題あるのか?』
大有りなんですけどね……。
参った。ここでゼンタロウに相談していなかった事が裏目に出てしまった。もっと前に相談しておけばこの状況にもすぐに納得してもらえたはずなのに。
「ええっと、あのですね……」
『ああ、そっか! 暗殺したと騙してきた行為が王様から伝わって依頼主の耳に入ったらマズイよな!? そっか、スノーはそれを危惧してたのか。すまん、俺の頭が鈍ってたわ』
「――そう! そうです!」
本当は「そうだった」と言おうとしたのです。が……何故か口が裂けても言ってはいけない気がしてきたので言えなくなってしまった。何故、私は過ちを過ちで隠そうとしてしまったのか。妙に自分が悪い方向に歪んできている気がします……。
そ、それはともかく、ゼンタロウの疑問を師匠に聞かねばなるまい。
「し、師匠! その、依頼達成の虚偽報告、国王やアリッサは、どの程度まで、いえ……全て知っているんでしょうか?」
「そんなもの、一つたりとも言っとらんわい」
「は、はい?」
思わず聞き返してしまった。自分でも酷く恥かしい反応だった。それ以外の反応ができなかったからだ。
「あの、どうしてですか?」
「言ったら面白くないじゃろうて。それにワシは人を騙すのは大好物じゃてなぁ」
師匠が「ケッケッケ」と妙に悪ぶった笑い方をしていた。その上で、彼の否定によって安堵の溜息が口から漏れていた自分がいた。でもどうして、それ程までに私に気を掛けてくれるのだろうか。
「師匠、私の為にそこまでしてよろしいんでしょうか?」
「フン。今更野暮ったい事を聞くでないわい。ワシはお主の事は、ヒトとして好いておる。……まあ、なんと言うかのぅ? お主と出会った時にも言ったかの……。『力に奢らず、名誉にも囚われず、権力になびかず』」
「はい。そんな私を、無欲だとも言っていました。あまり、そんな気がしませんでしたが」
「そうじゃな。あの時のお主は、ただ欲を知らなかっただけかもしれぬ。だが、この半年でお主の魅力は別のモノに変わった。変に頭の堅い連中と違って、お主は『自分で考える』という行動をしておる。……そう思うのは、もしかしたら、お主を介している精霊の思考によるもので、実際は精霊がそうなのかも知れぬが……。
それでも、お主は己で決めようとしている。己で道を切り開こうとしてきた。それはとても大事な事だと、ワシは思うておる。ワシは、そんなお主を心の底から誇りに思うておるのじゃよ」
褒められていた。とても、とてもだ。
私はそれほど褒められるような人柄ではない。それに師匠の言ったように、その良い部分というのは全てゼンタロウの意志によるものなのだろうと私も思っている。
……でも、なんだか照れくさかった。
妙に、こう、顔を隠したくなってくる。相手が師匠だからだろうか。
どうして、こんなに胸からこみ上げてくるものがあるのだろう。心の奥で苦しくなっているのだろう。
「なんじゃい、お主。なぜ泣いておる」
「……わからない。ですが、きっとサルタルの所為です」
「褒められて泣くか。しょせんお主も、まだまだ子どもだったという事か」
師匠が、今はゴツゴツしたドワーフの手つきで私の頭を乱暴になでてきた。
この感触には覚えがない。ないのだけれど……父親がまだ生きていたら、きっとこんな風にしてくれたのだろうか。……なんて、決して叶わないハズの妄想を……。
そんな諦めていた想いが叶った瞬間、心の波を塞き止めていた防波堤が一気に崩れた。
どうしよう。涙が止まらなくなった。止まらなくなった上に、感情が制御できなくなった。
師匠に褒められて、頭を撫でられて、まるで父親みたいだと思っただけなのに、どうしてこんなに涙が溢れてしまうのだろうか。
「おぅおぅ……いよいよ、童みたいに泣きおったか」
「うるさい、です。酒臭い、汗臭い、鉄臭い、煙臭い」
「そりゃあドワーフの変装中ならば仕方あるまいよ」
「あとハゲ臭い」
「ハゲに臭いはなかろうが!」
いきなり頭を撫でていた手がグーの形に変わり、振り下ろされてしまった。痛かったけれど、これで少しは正気を取り戻した。……というかサルタルは別にハゲていなかった筈……。まさか変装で頭を誤魔化して……?
とにかく、師匠の事情は知れた。いえ、知らなくて良い事も知ってしまったかもしれないがそっちは関係ありません。そっとしておきましょう。
それに師匠のお陰で、しばらくの間は今まで通り、偽装暗殺もできそうだ。もしかしたら、何か予想もできない事になってしまうのかもしれないが、抜け策王子の件は早く進めよう。
「師匠、もういくつかお願いしたい事があります」
「相変わらず人使いが荒いのぉ。お主、ワシが師匠だと本当に認識しておるのか?」
「師匠にしか頼めないことです」
こうして、シターニア大森林に居るハズの私の役を師匠に任せて、変装用のエルフの革鎧服を全て渡して成り代わってもらった。
もちろん“ルナイラ”の弓も渡した。むしろこれこそが私の象徴のようなものでもある。これさえ持っていれば、大抵の人は私だと思うはずだ。
それにドワーフが来なくなってからしばらく経つし、戦闘もないだろう。きっと大丈夫だ。
そして私はというと、師匠のドワーフの変装をそのまま借りてドワーフに変装した。これで王都まで倉庫屋の馬車に乗って戻り、抜け策王子に直接会いに行く事にする。
さて、これで当初の予定を進められると思っていたのだが、一つ忘れていた事があった。
『……なんか口出しできない雰囲気でついつい黙ってたけど、なにさっきの空気? そろそろ説明してくんない?』
そろそろ、打ち明けないとやっぱり駄目な気がしてきました。




