みんなで仲良くなろう作戦!
精霊付きだけで行われた会議が終わり、王城の自室に久方ぶりにお茶の椅子に座った。
少し待っていると、私に仕えて長い老執事が静かに温かい紅茶を用意してくれた。
老執事の名前はベクター。
私にとって、真に忠実な駒の一人である。
だが、ベクターには精霊の声などわからない。精霊に見初められた者しか、精霊の声は聞こえない。だから退室するように合図を送って一人の空間を作り出す。
誰と話しているかもわからない……どころか、ただの独り言のような会話など、他人から見たら気持ち悪いだけだ。
ソーサーを手に取り、紅茶の香りでひとまず癒されてから、精霊に対して口を開いた。
「なあ、ラック……本当にお前の言った通りになるモノなのか?」
今回の作戦……というよりは国家的な戦略か……。とにかく、それを考えたのは私の精霊ブラック・ラックだ。私はメッセンジャーのように、それを他方の大臣や将軍に吹き込み、最後には国王である父上に進言することになる。
こんな時、私は常々思う。
精霊からすれば私が失敗しても、他の誰かに憑けばいいだけの話だろう。
だが私は違う。
これは私の国の問題だ。
敗戦した国がどのように蹂躙されるのか、想像するのは容易い話だ。それを思うと、気が気ではなくなりそうになる。
だからこそ、ただの第三者である精霊などの言葉を信じても良いものなのか。
その辺を考えるといつだって不愉快な気持ちにさせられる。
『大丈夫さ。そこは安心してもらっていい。間違いなく、奴は自らドツボに嵌まってくれる』
「間違いないな?」
『こればっかりは信用してもらうしかないよ。そんなに心配かい?』
ああ、心配だし、信用もできない。
戦争とは時の運だ。それを絶対に大丈夫だなどと言う奴は必ず嘘をついている。今の私には、ラックの言葉がただの気休めで言っているとしか思えない。
だが表向き、そこまで口を出す事もできない。
奴らは簡単に人の体を乗っ取る事が可能なのだから。
なるべく機嫌は取らねばならない。
「正気とは思えないだけだ。まさか、徴兵を行わないなど……」
戦争は数と質が物を言う。
もっと言えば、数さえ揃えば大半が素人の集まりでも、どんな争いでも勝てる。
だから決して低くない金を支払ってでも、戦い慣れていない平民(農民や町民)に剣や槍を持たせて戦場に連れていくのだ。
『問題ないよ。使うのは常備兵と戦士ギルド、冒険者ギルド、魔法ギルドの雇われだけでいい。もっとも、常備兵はなるべく使わないけどね。NPC……精霊付きじゃあない人が戦場に出たところで、無駄死にさせるだけさ』
「未だに理解できん。本気で勝つ気があるのか?」
『“勝つ”というよりも、今回は“相手に負けさせる”のが目的かな。それについては会議で説明した通りさ。……それに今回の戦争は世の常である“大軍が常勝する戦争”ではなく“個が支配する戦場”になる。なにせ『精霊付き』と『一般人』では、とんでもない実力差があるんだからね。アリッサだって、以前砦を一人で潰しちゃったでしょ? 普通はそんな事は不可能だし、有り得ない。でもそういう“個”がいるだけで戦争が左右される事もある』
大軍ではなく、個が支配する戦争。
そんなものは今まで聞いた事がない。
『まあ、受け入れがたいと思うかもしれないけど、アリッサだってわかるだろう? アリッサのいる世界は、英雄一人で戦況が簡単にひっくり返ってしまう世界なんだよ。そっちではたった一人の英雄が強すぎる。そして、今はその英雄が多すぎる』
「……精霊付き、という名の英雄か」
『その通り』
全く、精霊付きが英雄とはな。中々に酷い話だ。悪魔みたいなものだろうに。
……悪魔と契約して強大な力を得た代償に、自分の魂を死後に差し出すという作り話はあるが、まさにそれのようだ。
もっとも、精霊は死後ではなく、生きているうちに縛り付けてくる上に、本人が望まなくても勝手に憑いてくるのだが……。
そう考えれば、まだ悪魔の方がマシだな。何せこちらから望まなければ、悪魔は寄ってこないのだから。
『それに徴兵をしないメリットもある。食糧を過剰に備蓄する必要もないし、その時になってからギルドに依頼を投げ込めばいいだけさ。……あんまり戦争の準備をしすぎて、相手に気づかれる心配もないし。できれば、ダンケルクにはその時が来るまで、普段通り遊びまわっていてもらいたいところだ』
「……お前の策略が上手くいけばな」
結局、私はラックが有能である事を祈るだけか。……そこはいつもと変わりがない。
「だがラックよ。一つだけ言わせてはもらえないか?」
『なんだい?』
「その“皆で仲良くなろう作戦”という名前だけは、何とかならないか?」
つまらない戯言を精霊の耳に届けながら、指で挟んだベクター宛の紙をソーサーの下に忍ばせつつ、私は私の思惑を進める。
(皆で仲良く、か。私は御免だな)
有能でありながら、私の敵になり得る存在ならば、特にな。
・・・・・・・・・
戦争に参加するのは後日改めて聞くと宣言された。
ちゃんと時間を掛けて、自分のキャラと相談して決めてくれ、と。まるでRPGの最終決戦のような展開だ。……などと考えてみるのだけれど、今回ばかりは説得が難しいだろうと予測していた。
俺はもちろん、戦争には参加したい。こんな大事、自分達で起こせるのかわからないけれど、もしも本当に戦争に発展したらサモルド研究チームの一人として、とても有意義な事である。それにラックさんは完勝すると言っていたし、是非ともそれに乗っかりたい。
だが、スノーは違うだろう。
なにせ戦争だ。
それに参戦するとなれば、否応なく人を殺めてしまう結果が待っている。
スノーは精霊騎士団の会議中、ずっと黙っていた。
まるで一人だけ別の何かを考えている時のような上の空であった。
現在、スノーには好きに行動させていた。その結果、彼女は行く当もなく夜の王都を歩き回り、中央の広場の長椅子に座って呆けるように空を眺めていた。
スノーは広場から誰もが居なくなるまで声を出さなかった。
もしかして雰囲気作りだろうか。ああ、どうしよう。俺の意地悪な心がスノーの粋な計らいをぶち壊してあげたくなっちゃう。
でも我慢する。僕、えらいもん。ちゃんとネトゲでは空気読むもん。……こんな事考えてる時点で既に雰囲気なんて壊れてるか。
『ゼンタロウ、いますか?』
「はい。いますよ。今、貴方のすぐ後ろにいます」
『……ゼンタロウはどうしたいですか?』
「ぐふッ!?」
あのスノーが……いつも俺に優しく(?)してくれていたスノーが! ついにスルースキルを手に入れてしまった。どうしよう、泣きそう……あ、こういう時こそ使わねば! 辛過ぎツララたん。
「辛過ぎツララたん!」
『……もう一度聞きなおしたほうが良いですか?』
「あ、はい。もう満足しました、結構です」
思った以上にゴロが悪かったし、使いにくかった。もう使いません。
「まあ、あれだよな。それは戦争の参加の件だよな?」
『もちろんです』
いつもは俺の方が先にスノーの心情を確認していたので、先に質問されるのは慣れないな。こう、不思議な感慨があった。それに質疑応答は後攻よりも先攻の方が有利だと思っているので、今回は言葉を選ぶのが難しいな。ちなみに質問を質問で返す趣味はないのでまともに回答はする。
「そうだなぁ。まあ、色々と参戦したい理由はあるけど、スノーが嫌だと思うんなら不参加でもいい。でも俺は、今回はスノーが決めた方が良いと思うんだよなぁ」
『どうしてですか?』
「無理に付き合わせたくないから」
ふむ、この程度が無難だろう。あまり無理強いはできない。そんな事してしまったら、今まで築いてきた信用が崩れて瓦礫に変わってしまう。信用とは積み木のようなものだとは誰が言ったのか。積み上げるのは時間が掛かるのに、失う時は一瞬という表現には頷く他あるまい。
だからスノーに対しては無理強いなんて、俺は怖くてできない。
無論、本音では戦争には参加したいよ? 活躍して手柄取る気なんて満々ですよ? もう絶対に勝てる未来しかないモノと信じている。
でもスノーでその方法を考えるのが難しい。
不殺を貫いて戦争できるほど、プレイヤー同士の争いは楽じゃあない。だからきっと、何人かは殺すことにはなるのだろう。それはスノーが嫌う行為のひとつだ。
……やっぱり、スノーを納得させるのは難しいなぁ。残念だが、今回の戦争は見学組かな。もうそうなる未来が俺には見えていた。そう諦めかけていたのだが、スノーの返答は意外なものだった。
『なるほど。つまりどちらでも構わないんですね……』
答えが決まっていたはずなのに、スノーはまた一人で悩み始めていた。
変だ。決まりきった回答が何故出ないのかが不思議でならなかった。スノーであれば必ず不参加を願うと思っていたのに。
どういった心境の変化だろう。
「スノー。そろそろずっと悩んでいる理由を教えてくれないか?」
『……はい。いえ……そうですね。少し、決心が付かないだけです』
なんのだろう。
『湯呑さんの言葉を気にしていたのです。戦争は民間人を巻き込む、と。……エルタニア王都に住んでいる人達が巻き込まれるかもしれない、と』
「まあ、十分にありえるだろうな」
『この王都には、私の知っている人が沢山います。……私は、知らない誰かを助けたいとは思いませんが、知っている誰かが死ぬのは嫌なのです。エルタニアにはニルやジェシー、ホーク、師匠もいる』
「湯呑さんみたいに亡命させたら良いんじゃないのか?」
『それは……どうなるかはわかりません。逃げてほしいと思うのは私の勝手な願望ですから。それに、メロンソーダは残るみたいだし、アゲイルは戦士だからきっとすぐに割り切るから残ると思う。オルレ庵も武器の製作を頼まれたから、きっと残るし』
まあ、戦闘でレベルを上げた精霊騎士団メンバーは、基本的に残りそうだよな。もうそろそろレベル60に差し掛かっている彼等なら、余裕で戦争には勝てると思っているだろうし。
『それから、いつもお世話になってる宿屋のおじさんおばさんにもまだ死んでほしくない。長く留守にしても、ちゃんとおかえりって言ってくれるから。でもあの人達、長年受け継いできた大事な店だって言ってたし、多分、戦争になっても逃げないと思う』
「……そっか」
ごめん、スノー。お前は他人に興味のない物とばかり勝手に思っていた。
でもスノーはスノーで、守りたい人がちゃんといたのか。俺が知らないうちに、ちゃんと戦う理由ができてしまっていたのか。
こりゃあ、一本取られた。俺はどうやら視野が狭かったようだ。
スノー第一で考えていた、と言えば聞こえは良い。でも実際はスノーの事しか考えていない、ただの独り善がりだった。
スノーはちゃんと、精神的な成長をしていたのだ。これには俺もさすがに茶化す気は起きない。
その迷い、俺のいい加減さを以ってして晴らしてやろうじゃあないか。
「スノー、お前に次の成長を促してやろう」
『……はい?』
「迷った時は心に従え。いつだって心は頭よりも先に本質を掴んでいるモノだ。
だから己の正しいと思う道を選べ。たとえそれが間違いだったとしても心配するな。間違えるのが問題なのではない、同じ間違いを繰り返すのが問題なのだ。だからたとえ間違いだったとしても、間違いに気付いたのならそれでいいのさ。
いつでも胸を張って、恐れずに己の信じる道を選べ」
……と、世界の偉人名言集を読み込んだ俺が言う。まあアレを読んで共感する言葉は多いし、色々自分なりにミックスしてアレンジさせてもらった。うん? 名言の引用はズルいだって? ハハ、狡いのは生まれつきさ。
それに、心に従うというのはとても大事なことだ。
それがきっと、道を間違ったとしても、後の納得に繋がるからだ。
『ゼンタロウらしい、間違いを肯定するような台詞のオンパレードですね』
ちょっとだけ、スノーの声音の堅さが緩んだ気がした。ちょっとは迷いも失せたかな。
「もう大丈夫そうだな。ま、気楽に考えようや。戦争参加しますって言ってから途中で逃げ出したって良いんだからさ」
『またそうやって、いい加減な……』
「おいおいスノー、そうやって簡単に否定しちゃあいけない。逃げ道を作っておくのはとっても重要な事なんだぜ? 何せ世の中、逃げるが勝ちとも言うからな!」
……なんて、こんなのノリで言ってただけなんだけどなぁ。
まさかマジで逃げる羽目になるなんてな。
なんで執事の名前がベクターなのか。
最近「羊たち○沈黙」をみてしまったからさ!
良い骨格の老人の名前はみんな○クターになるのさ♪ ってそれハンニバ○ぅううう!




