善太郎は頑張らない
九月半ば、平穏だと思われていた日々が突如として暗転する。
『三年一組、辻風善太郎。職員室に来てください。繰り返します。辻風善太郎は職員室まで来てください』
その正体は、校内放送での呼び出しだ。
絶対に嫌な予感がする。……そりゃそうだ。
何せ夏休みの宿題を全て未提出でこの一週間を過ごしたのは、学校でも俺だけらしいからな。担任の教師がホームルームにそんな事をほのめかしていたのがまだ記憶に新しい。
自慢じゃあないが、俺は怒り狂った大人にだってNOを突きつけてきた程には、己の信念を曲げずに生きてきた。
うん? どこからか「柳のように信念も曲げろよ」などという声が聞こえたが、知らんな。都合よく解釈してなにがいけないのさ。
よし、帰ろう。
まだ昼休みだがそんな事はしらん。後から病欠して帰ってましたとか言い訳してズルズルと問題を先延ばしにし、気がつけば卒業してましたという未来に辿り着けば良いだけさ。それに昨今の教師というのはブラック企業顔負けのスケジュールらしい。俺一人のためにそこまで時間を割く訳がないのだ。
誰が俺なんぞを呼び出したか知らんが、辻風善太郎はクールに去るぜ。
「ん? ゼタっち、職員室にいくん?」
「ああ、ちょっとな」
「ふーん、いってら。……無事に戻れるといいね」
「なにフラグ立ててんだよ」
バカめ、無事に戻るどころか二度と学校には帰ってこんぞ。俺が帰ってくるのは嵐が去った後だけだ。
カバンは置いて帰ろう。どうせ中身なんて空みたいなものだ。それにまだ学校にいるというカモフラージュにもなる。
下駄箱まで悠々とやってくると、変な存在が見えた。
どうしてなのか、体育教師が立っていた。嫌な予感がする。あの姿はまるで何かを待ち構えているように見えたからだ。
自分の第六感を信じる事にして、行き先を学校敷地内の焼却炉に変える。
焼却炉と隣り合わせにあるのは、コンクリートブロックでできた灯油などを保管しておく倉庫だ。その裏手には俺が何かあった時のためにと、使わなくなった体育シューズが隠されている。コイツを外靴として利用して学校に出よう。
倉庫の裏は茂みになっており、こんな場所は用務員さんでさえ確認しない。計算どおり、そこには見覚えのある靴の入った袋が隠されていた。
「さてと、靴も手に入れた。逃走径路も問題なし」
すぐ近くにある木は、まるで猫が登って下りられないテンプレのような木の形をしている。
そんな木の枝と傍にある高い塀はほぼ同じ高さで、ジャンプすれば手が届く距離にある。
そして塀の向こう側は人気のない道路に通じている。
これこそが俺の完璧な脱出径路だ。まったく、上手くいき過ぎていて笑いが止まらないよ。
迷いなく木を登り、枝から塀に飛び移り、難なく塀を乗り越えた。
最後に三メートルの高さのある塀から飛び降りて、俺は遂に支配されたこの学校から脱出した。
勝った。勝ったぞ。世の中の理不尽に俺は勝ったのだ!
「日々、最悪を予想せよ。そして予測した最悪に対処せよ。これこそが成功の鍵なんだよなぁ」
「最悪なのはお前だよ、辻風」
「なにやつ!? アギギギッイタイイタイ!?」
自由になったと思ったら頭を鷲掴みにされてアイアンクローされた。
「ばかなッ! キサマぁ、何故俺がここを通ると!?」
「担任に向かってキサマはないだろ、バカモノめ。あと辻風ならきっとココから出ていくだろうと小田君が話してくれた」
「小田アアアアアアアア!!」
あんの裏切り者、今度こそ許せねぇ。今度会ったらアイツのジョニーの首を根元から切り落としてやる! ……あ、いや、想像しただけで痛そうだからやっぱりやめよう。性的に痛いのだけはダメだ。
なんだかんだで抵抗してみたが、結局俺は職員室まで連行されました。
だが、ここで全てを諦めるわけにはいかない。
教師と生徒が相談をするための個室に連れてこられると、すぐさま俺は胸ポケットからボイスレコーダーを取り出した。
「……なにをしているんだ、辻風」
「被疑者には黙秘権がある。それに最低限の人権は保障されるべきとも主張します。先生の俺に対する一問一句、全てココに記録させていただきます。理解できましたらどうぞ、用件をお話しください」
「教師やってて15年経つが、辻風ほど面倒臭い生徒には今まで出会った事がないよ」
ほう、15年の逸材とな。褒められてしまった。なんだか照れるな。
すると俺の綻んだ表情に対して担任教師が頭を痛そうにして手で押さえていた。大丈夫だろうか、○ファリン飲んだら治るかな?
「で、ウダウダしてるのも時間の無駄なので率直に聞きます。俺、何かしました?」
「……してないから呼び出されているとは思わないのか?」
「聞いてくださいよ。夏休みの課題は海外旅行先のホテルにカバンごと忘れてしまってまして――」
「この前は船に乗ったときに風に攫われて紛失したと言ってなかったか?」
はて、そうだったかしら?
覚えてないよ、そんなどうでもいい話。
「お前に何を言っても無駄なのはわかってる」
「じゃあ何で呼び出したんですか……」
「そっちが本題じゃないからだ。だというのに、お前が勝手に逃げ出すからややこしいんだよ……」
そりゃあ逃げるよ。嫌な予感しかしないんだから。
担任教師が極大の溜息を吐いていた。可哀想に、誰のせいだろうね。
だが彼も一人の大人だ。立派に顔を上げて話を再開した。
「……お前、松葉の事、何か知っているか?」
「松葉? 誰ですか、それ。美味しいカニなら知ってますけど」
「そんな話はしていない。三年三組の松葉真吾。知らないのか?」
本名を聞いても更に誰の事だかわからなかった。そんな奴、聞いた事も見た事もない。
「その松葉がどうかしました?」
「不登校になった」
へえ、それは大変ですね。
「誰にも会わないらしい」
そうですか。そいつ、デブになりそうだな。
「それなのに、辻風となら話してみたいと言っていた」
なんでやねん。意味がわかりません。
「という訳で、このプリントを松葉に渡してきてくれ。進路相談の懇談会の案内だ。住所はココだ。大事だからちゃんと渡してきてくれ」
無理やりプリントやらメモなんかを渡された。
しかも渡された住所は俺の住んでる場所から反対側、しかも駅二つ向こうだ。そんなの絶対にお断りだ。
「嫌ですよ。バカじゃないですか? 俺だって暇じゃないんです。無駄な時間なんてないんですよ。むしろ、不登校が許されるとか羨ましい家庭ですね。俺の親と交換してほしいくらいです」
「……今日日、俺はそんな台詞を聞いたことがないよ」
ハ、馬鹿馬鹿しい。
俺の親父なんて、ネットも漫画もない山奥にある山寺に出家させようとするイカレ頭なんだぞ。そんなのと比べたら引き篭もっても許してくれる親なんて羨ましい限りだよ。
甘えてんじゃあねえぞ。俺と会いたいなら会いにきやがれってんだ。
「大体、何で俺なんですか」
「わからない。一時はお前が原因を作ったのかとも思ったがな」
「俺が手を上げるのは正当な理由がある時だけです」
「正当な理由があれば同級生の鼻を裂いてもいい理由にはならないぞ」
いつの話をしているのだ。そんな昔の話は忘れましょうぜ、ダンナ。
「とにかく、お断りします。そんな全然エッチな予感のしないトラブルなんてお断りです」
「……俺の顔を立てて一度だけってのはダメか?」
「ハ、ご冗談を!」
……ま、一回だけならいいか。
でも会うまではしない。プリントを松葉とかいう奴の親に叩きつけて自分で何とかしろと言ってくるだけだ。
無言でプリントを受け取り、さっさと職員室から出ていった。なんだか安請け合いしてしまった気もするけど、まあ仕方がないか。
そして下校時になると、俺はふと何かに気がついた。
「……あれ? 会わないなら、ただの郵送と変わらなくない?」
そう思った瞬間に、俺は郵便局までやってきた。
うん。冗談じゃなく、送りつけてやったよ。即日配達の特急コースでな。ついでに俺のささやかな抗議文付きで。
そんな事よりもネトゲだ。他人の引き篭もり事情なんぞより、よっぽど価値がある。
スノーがやっとエルタニアに戻ってこれた。
それからダンケルクとの外交も順調に進み、今月の末にはアリッサ・オルレ庵・ティンがダンケルク国に行くらしい。やっと話が進むのかと思うところだ。
それから七・八月分のスコアランキング報酬も加工して武器にしたい。
今回貰ったのは黒い角だ。何の角なのかはオルレ君に鑑定してもらって、それからどんな武器にするのかを決めたいところだ。大方は短剣にする予定だけど、逆に言えばそれしか考えていない。
「オルレがダンケルクに行く前には何とかしたいよな」
独りごちりながら今日も俺はネトゲの世界に向かうのだった。
だからホント、なんでこんなのが主人公なのか。




