大事なのは結果よりも教訓だよ
現実でも神話って(頭の)おかしな話が多いですよねぇ
古の時代。
まだ神が地上に居られました“神話”と呼ばれる頃の御伽噺。
最果ての森で、動物たちと仲睦まじく暮らしていた女神さまが居りました。
女神さまは神々の中ではまだ幼く、それ故に神々からたいへん可愛がられ、“神の務め”を未だ一つもしたことがありませんでした。
ある日、女神さまの目の前に、一人の青年が現れました。
青年は険しい森の奥まで一人で辿り着き、やっとの思いで女神さまと出会ったと言う。
そして青年は、女神を一目見てこう言いました。
「貴方のような美しい方とは生まれて初めて出会いました。どうか私奴と結婚していただけないでしょうか」
女神さまは初めての求愛に困ってしまいます。
ここで大神主様が女神さまに一計を案じます。
「決して手に入らない物を持ってくるように言いなさい。さすれば青年も諦めるでしょう」
女神さまは『なるほど、確かに』と納得すると、青年にこう伝えました。
「美しい白の枝で拵えた、私に似合う弓が欲しいわ。絶対に折れず、曲がらない枝で作った弓を私の為に作りなさい」
絶対に折れない枝など、この世の何処にも存在はしない。
たとえそれが手に入ったとしても、弓は曲がらなければ矢を放てぬ。矢が放てぬ弓は弓ではない。
これを聞くと、青年はとぼとぼと重い足取りで来た道を戻っていきました。
しかし、翌年の事です。
青年はふたたび、女神さまの前に現れました。
そして白くて美しい枝で拵えた弓を、女神に手渡しました。
「この弓こそが私の求愛の証明です。どうか美しい女神さま、私奴の愛をどうか受け止めていただけますでしょうか?」
女神さまはその枝を見て驚きました。それはこの世に存在しえない未知の枝だったのです。
白金で拵えた握り手は小さく、まるで可愛らしい女神さまの為に作られた大きさでした。
そしてその力強さは、たったの一矢で竜をも射殺す業物でした。
女神さまは約束を違える事は無く、青年を迎え入れました。
それどころか女神さまは青年の情熱に心を打たれ、青年の事を甚く気に入ってしまいました。
それに怒った神がいました。
恋愛と夫婦を司る愛神様です。
「神と人が夫婦になるなどあってはなりません」
しかし愛神様の言葉は女神さまは受け入れられませんでした。女神さまは既に青年の事を心より愛していたのです。
大神主様は女神さまを許し、愛神様には今回ばかりだと説得しました。愛神様は渋々ながらにそれを了承しました。
ですが神々の努力もむなしく、青年はとんでもない事をしてしまうのです。
青年は女神さまとの子を儲けました。子息を作る種神はこれを了承し、もっとも古いエルフの誕生を許しました。
それと同時に、なんと青年は森の動物たちとも愛し合い、動物達との子も儲けました。種神は青年と動物の行いを了承し、新に獣人族が誕生したのです。
それを知った愛神様は激怒しました。
「女神という妻が居る身でありながら別の種を、それも複数と愛するなど言語道断です!」
大神主様は一度の許しを条件としていたため、今度こそは愛神様の訴えを拒否することはできませんでした。
青年は女神さまと引き離されてしまい、人の住む町で別の女性を宛がわれました。
一方、可愛らしい女神さまは自分を裏切って町で自分以外の家族を作った青年に対して、深い怒りを覚えました。女神は大神主様に自分の役目を与えるように懇願しました。
「大神主様、どうか私をあの月にしてください。夜を明るく照らし、いかなる時でも愚か者を射てるように致します」
こうして森に住まう女神さまは“月の女神”となり、女神さまは月から青年を千度、矢で射殺しました。
おしまい。
どんとおはらいで、めでたし、めでたし。
「なんですか、その全く共感できないお話は……?」
「“ルナイラ”の神弓にまつわる逸話ですよ」
長い耳が下に垂れ、髭を伸ばした白髪の年寄りエルフが、神妙な面持ちで私に語っていた。
ルナイラの弓の改修のために、この歳を取ったエルフに会いに来たのだが……なぜかそんな御伽噺を聞かされた。なんと言って良いのか……どうしようもない話だった。
でもとにかく一言、これだけは言いたい。
青年、貴方はいったい何をしているのですか……。
「ルナイラとは即ち“月の怒り”という意味がございます。愛深くあったが故、怒りも深い。愛憎は表裏一体です。相手を深く思いやる程、裏切られた憎しみも増します。きっと月の女神様も、貴方にそれを伝えたくてこれを託したのではないでしょうか?」
それは……はたしてどうなのでしょうか?
今の話を聞いて思ったのは、昔の男から貰った物を使える人に押し付けただけに聞こえる。その女神にとっては昔の男から貰った、捨ててしまいたい物だろうし。
「ちなみにこの御話で最も大切な教訓は、異種族との婚姻は愛神様の怒りを買うのでやめなさい、という事です」
「どうして異種族はダメなのでしょうか?」
「それはわかりませんが、おそらく種族が増えるからでしょう。今では考えられませんが、神がまだ地上に居られた頃は人と動物が交わっただけで、獣人という新たな種が生まれたのですから」
とても考えられない事だ。そもそも、人と動物が愛し合うというのが……なんだか非常に、何とも言えない。あえて深くは考えない事にしよう。
それにエルフの祖が半人半神だったなんて、初耳も良いところだ。私はエルフというのは妖精から進化した森の民だと聞いていたのだけれど。
果たしてどっちが嘘で本当なのか。あるいはどっちも嘘だったりして。はたまた、逆もまたという事もあるかも?
こういう時、ゼンタロウならきっと『どっちでもいいよ、そんなもん』とでも言うのだろうか。言いそうだなぁ。
「はい、ユキノさん。ルナイラの改修、終わりましたよ。魔力導線の幾つかが切れていたので繋ぎ直しておきました。それから弦だけは普通の鉄線なので、これは普段から張り替えてください。それと、ミスリルを織り交ぜた鉄線は引きが堅いですが、非常に長持ちしますよ」
「わかった。ちょっと伝手を頼ってみる」
弦に関してはエルタニアに戻ったらオルレ庵にでも頼もうかな。ミスリル鉱なら倉庫の中にまだあったハズだ。きっと大丈夫だろう。
……今更思ったのだが、ルナイラの白枝の折れず、曲がらずは伝承にあったことらしい。
実際に、この枝は刃物で切られても傷一つ残らない丈夫さがあった。
が、酷いズルだと思ったことが一つある。
白金と白枝を繋ぐ部分、ここだけがよくしなるのだ。枝が弓のしなりの役割を担っている訳ではないのだ。
これはズルではないだろうか? ……いや、女神が認めたなら良いのだろうけど。
「弓、ありがと」
「御礼を言うのは我々の方です。シターニア大森林に住むエルフの一人として、感謝をさせてください」
「別にいい」
へんな思いに駆られながら、私は老人の仕事場から足早に出ていった。
いい歳のエルフが私のような子供に頭を下げる。これがへんな気分になる正体だった。そもそも、最終的に一番の手柄を立てたのは精霊ブラック・ラックとアリッサだ。感謝なら彼女等にすべきだろう。
……その精霊ブラック・ラックとアリッサだが、どうにも今回は不透明な事が多かった。
燃え盛る工場を背景にアリッサを見つけた時、おかしなやり取りがあった。途中でゼンタロウも黙っていたし、その後何事も無かったかのように事後処理を始めた。もしかしたら精霊同士で何か秘密の相談でもしていたのだろうか。
それにアリッサが私に会いに来た理由も行動も、何故か不機嫌になったのかもよくわからない。精霊がいる間の、あのシレッとした態度も、どことなく不気味だったし。
なぜか不安になる。
ドワーフ達が死んだのは、まあこの際考えない。本当は考えてしまいそうになるのだけれど、そう思う事にした。だって考えるのが怖いから。
なんだか心の中で空洞ができるみたいな怖さがあるのだ。それを認識すると、心の部屋に冷たい風が入り込んできて、いつか誰でも、簡単に殺せるようになる気がしてくる。
そういう風には、ちょっとなりたくない。
曖昧でフワフワとしていて、いまいち要領を得ないのだが、今はそういう気分だった。
エルフの里の住まいは基本的に木の上だ。巨大樹の幹の洞だったり、枝の上に家を作ったりなど様々だが、先ほどの鍛冶職人は木の根っ子の下の穴だ。
火を扱う関係か、土と水の傍である必要性があるらしい。
一度、周りをぐるりと見渡した。
里と言っても、エルタニア王都ほどでもないが、割と大きな街くらいの広さはある。
どこを見てもエルフ、エルフ、エルフばかり。他の種族など全然見なかった。
こういうのはなんだけど、他の種族が恋しくなる。自分もエルフのはずなのだけれど、なんだか疎外感があるのだ。
同じエルフだけれど、私はあれ等と同じではない。別の土地で生きてきた他人で、よそ者だった。
そう実感すると、どうしてなのか、早くエルフの里から出ていきたくなってくる。エルタニアの色んな種族が混ざり合った雰囲気の方が性に合っているのだろう。早くエルタニアに帰りたいものだ。
「……へんなの。エルタニアなんて、半年もまだ住んでないのに」
自分の帰るべき場所がエルタニアである気さえする。
可笑しなものだ。ちょっとだけ笑えた。
「――あの!」
借りている部屋を目指していた時、突然目の前に自分の背丈と同じほどのエルフが現れた。それも二人だ。
道を塞ぐようにして現れたけれど、少し申し訳なさそうにしている。邪魔をしているのに嫌気が湧かない、奇妙な存在だ。
「あなたがここにいると聞いて、急いで会いに来たんです!」
「きみが鉄の巨人から助けてくれた女の子だよね!」
「この間は本当にありがとう!」
鉄の巨人と言われて、やっと思い出した。そういえば追いかけられていたエルフが二人居たなぁと。
「別に気にしないで。大した事はしてないから」
そういうと、二人のエルフは目を輝かせて、まるで子供が無邪気に喜んでいる時のような顔をしていた。
「あの! これ……なんのお礼にもなってないかもだけど、良かったら貰って!」
なんだろう。赤と緑の木の実(?)をもらった。殻の付いていない変わった木の実だった。拳ほどの大きさで、瑞々しい重さがある。
それを三つ受け取ると、何かそわそわしたように私を見つめている。
なんだろう、期待されている気がするのだけれど、何をしたら良いのかがわからなかった。
「……ふむ」
とりあえず三つも持っていると邪魔なので、携帯ポーチのポケットに二つ入れて、変装している服の下に隠してあるナックルダガーを一本取り出し、木の実を真っ二つに切って中を確認した。ジャガイモを剥いた色に似ているが、とりあえず食べ物で間違いなさそうだ。
でも毒があるかもしれないと考えた時、迂闊に口に入れるのもどうかと考えてしまった。まさかそんなモノを渡してくるとは思えなかったが、一度覚えた猜疑心は簡単には拭えない。試しに二つに割ったそれを目の前の二人に突き出して食べるように促した。
一瞬、彼等は抵抗のある素振りをしたが、それも数瞬のうちには消えてしまい、二人仲良くムシャムシャとおいしそうに食べていた。どうやら毒はないと見て良いだろう。
それから二人に別れを言って、受け取った木の実……のちにそれがリンゴであると知ったのだが、この世の物とは思えぬほどに美味しかった。口の中がシャリシャリと小気味良い歯ごたえがする。それに瑞々しくて甘かった。こんな食べ物がまだあったのかと知らなかった自分を恥じた。
「……ふむ。こんな美味しいモノが手に入るのならば、人助けというのも決して悪くはありませんね」
いつかゼンタロウが言っていた『人に頼られる事に楽しみを覚える』という言葉が、少しだけわかったような気にはなった。
こういうイベントなら、私も大歓迎だ。




