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もう少し時間があればきっと……

 シターニアの森からエルフと獣人達が順調に退避を済ませている中、アリッサとアモンに先駆けてルエ山道の砦へと下調べをしていた。


 できるだけ戦闘をせず、目的地へと目指せば四日で山の麓まで辿り着くことができた。とはいえ、魔物との遭遇は幾度かしてしまった。しかし魔物は無視を決め込めば襲ってくる事はなかった。ここの魔物は刺激しなければ比較的穏やかだ。……関わり合いたくはないけれど。



 アモンとアリッサは後ほどやってくるとの事だった。それまでに私がドワーフ達の砦の様子を確認する作戦だと。



 精霊ブラック・ラック曰く、近代戦術でも一応通用するのが隠密活動らしい。恐らく、私の暗殺ギルド方面のスキルを期待している作戦であっただろうが、どうしても気がかりな事があった。


「良かったんですか、ゼンタロウ?」

『なにが?』

「……私はあまり、隠密に対する心得がないですよ?」



 そう言うと、ゼンタロウに黙られた。またいつものウッカリだろう。こんなやり取りも、もう何度目だろうか。


『そんな溜息つかないでくれよ。ただの遠足だろ?』

「そうですね、見つかったら殺されるかもしれない、ただの遠足みたいなものなんですよね」

『なにそれ凄く楽しみになってきた。奴らに格の違いを見せ付けてやろうぜ』



 なにやら自信満々であるが、おそらく根拠はないのだろう。精霊マダオとの会話のお陰でそれが少しだけわかってきた。


 それに今回は精霊ブラック・ラックが主導する事になっている。その場合において、ゼンタロウは勝手な行動は慎む。なんでも、そこまで場の空気を乱す訳にはいかないのだとか。きっと精霊達の間でも、階級のようなモノがあるのだろう。


 そして有力者であるところの精霊ブラック・ラックは慎重に物事を動かそうとしている。相手の装備状況に応じて作戦を組み立てるとのことだったので今後どのような行動をするのかは不明だが、あまり出過ぎた事はしないようにとも釘を刺していた。



 それくらい、ドワーフ達の“近代兵器”という武器は難敵だという事なのだろう。




 そのロボットも、シターニアの森の中ではあまり数は多くないらしい。初日からここまで移動してきて約一週間経つが、ロボットとの遭遇は最初の一回だけである。恐らく、広範囲のシターニアの森の中を勝手気ままに動き回っているのだろう。


 キャタピラという車輪の跡だけなら16回も見た。それだけ彼等も蛇行して彷徨っているのだろう。




 そしてシターニア大森林に来て10日目の夜。


 できるだけ早く終わらせようとしていたのだが、無理をして逆に遅くなってしまった。やはり途中で拠点に寄ってカリオットに乗ってくれば良かったと今さら後悔した。


 なんだか長い旅でもしている気分だったが、遂に攻略目的であるルエ山脈の頂にあると言われた砦をこの目で捉えた。横に長い山だったので、山頂と言ってもどの辺にあるのかはわからなかったが、一番高い所に件の砦は建っていた。


 こんな場所に水源が本当にあるのかわからないが、川は確かに流れていた。水神の加護でもあるのだろうか? その疑問も、しばらく探索すれば解消されたけど。



「それにしても、変な形の砦ですね。壁の中が丸見えですよ?」

『あれはフェンスだよ。というか、砦じゃなくて完全に生産工場みたいな場所だな、こりゃ。それより水源どこなんだよ。全然わかんねえな』



 初見の感想を述べた後、私とゼンタロウで一日掛けて、ルエ山脈の工場周辺を探索し、動き回った。



 わかったことは幾つかあるけど、まず一つ目は水源の場所だ。


 貯水湖のようなモノがある訳ではないので周辺を調べると、どうやら山脈の地下から湧き出ているらしかった。


 そして見つけたのが何某かの神を祭る洞だった。なんとこの場所には水神の眷属が住んでいた。


 この地域全体へと水を送るために、昔の住民達は一番高いルエの山頂に神殿を作ったのだそうだ。洞の奥にいくと、水神の眷属と話をする事ができたので詳しい事を知ることができた。


 ただ、その神様はいい加減な性格なのか「別に川が枯れてる訳じゃないんだから良くない?」と、ドワーフ達の汚水問題に関しては全く気にした様子を見せなかった。どころか、容認すらしている節があったので、この水神の眷属は単なる水源装置の一つなのだな、と思うことにした。



 次に砦――あえて工場内と呼ぶけれど、中にいるのはドワーフ達で間違いなかった。


 皆、一様に生き生きとして作業に取り組んでいた。のん気な者で、それで不幸になっているシターニア大森林に住む者達のことなど、特に気にする様子も見受けられなかった。


 彼等は剣や鎧などは作らずに、小さな金属を作る事に集中していた。

 ゼンタロウ曰く、パーツという物らしい。それを組み合わせることで大きなロボットを作ったり、銃や大砲といった物を作っているとか。



『いや、ドワーフ達の技術力、半端ねえなぁ。しかも驚きなのが、精霊付きでもないのにあの技術力ってところだな』



 あそこで作業している者達の大部分のドワーフ達が精霊付きではないと判断された。


 どうやって確かめたのかというと、わざわざ工場に忍び込んで、平らな屋根の上からゼンタロウが何度か対象を絞って『オープンチャット』とやらで呼びかけたのだ。精霊付きであるならばその声に反応するのだが、反応したドワーフは本当に僅かだった。反応しない方が圧倒的に多かった。


 そしてロボットに乗り込むドワーフ達……パイロット役が精霊付きであるらしいというおおよその推理がされた。多分これは正しくて、反応したそれぞれのドワーフ達は他の一般的なドワーフ達と違い、身に着けている作業着が違ったからだ。そしてその服装は、最初にロボットと戦った時のドワーフが着ていた服装と同じだった。



 それから最後に戦力面の話だ。

 同型の大型ロボットの数は全部で7機。ドックと呼ばれるロボットにとっての寝床(?)の数で判断した。……そういえば1機は私とアモンで行方不明にしたので現在は6機となるのか。


 ともかく、アモンとアリッサが集まっても三人で相手するには難しい数だが、常に工場に待機している訳でもないらしい。昼間は3機、夜になると次々と戻ってきて6機とも集まる事になった。



 それから戦力はロボットだけではない。


 精霊付きではないドワーフ達も筋力と耐久力が他の種族よりもあり、全員が戦士であると言っても過言ではない。その手に持った鉄を打つための槌が簡単に殺せる武器に変わる。それを放っておく訳にもいかない。その上、機銃……という物も置かれており、ゼンタロウの知識なのだが、あれも撃たれたらただでは済まないらしい。



 本当に、情報としては何とも実りのある一日だった。




「以上が、昨日一日で調べた内容です。何か質問はありますか?」


 新しく作った簡易拠点で、私とアリッサとアモンの三人が寄って身を潜めていた。と言っても、木の密集地帯の真ん中を切り開いてツタや葉っぱで周りを隠しただけの場所だ。ちなみにアリッサの世話役達は外で待機している。彼女達も相当に体力の持ち主だと思う。



『いや、大丈夫だよ。よくそれだけ調べてくれたね。ありがとう、二人とも』


 私の顔を澄ました様子で見つめたアリッサの方から、精霊ブラック・ラックが労ってくれた。だが、ゼンタロウは妙に疲れた溜息をして応えた。



『また夏が終わるなぁと思いまして。あと三日で夏休みも終わるんですよね』

『もうさよならなのかい?』

『おもちゃの時計の針を戻しても何も変わらないんですよ』

『その曲を聞くと自分が子供だった頃を思い出すよ。懐かしいなぁ』


 何をまた遊んでいるんだろう、この二人は……。あと精霊にも子供の時分があったりするのか。そっちに驚きだ。

 それはさて置き、いつまでも遊んでいられても困る。



「それで、どうすればいいですか?」


『あー、うん。そうだねぇ。どうしようか……。作戦を考えないとね。……その辺、研究チームに貢献してたゼタ君はどう思う?』


『まずは銃のダメージは物理カテゴリー内で貫通系に属してます。打撃、斬撃、貫通、衝撃。貫通は防御力を基本無視してキャラにダメージを与えてくるので、基本は避けるのが一番です。


 回避中心の戦闘が必須なので身軽で飛び道具無効のユキノは推奨、空を自由に動けて素早いアモンが準推奨、中衛ナイトのアリッサは不利なので不参加推奨でしょう。


 でも相手はバズーカも作ってましたし、もしグレネードや火炎放射器、焼夷弾などを使われたら回避しきれないのでユキノでもアウトです。アモンも同じ事が言えて、散弾銃なんか持ち出されたら一発でカモ撃ちになります。正直、不利がつきまくってます。まともに挑んでいい相手じゃないですね』


『……もっと少なく、三十字以内でまとめてくれる?』


『やるなら最大火力で一撃離脱。あるいはもう一日情報収集を行なう』


『だよねぇ……ピンポンダッシュくらいしか今はまともな作戦がないよねぇ』


『まるでテロリストみたいで品がない作戦ですよね……』


『でも実際、無難なんだよねぇ。……特攻さえしなければ』




 なんだか二人して意気投合したように分かり合っていた。でも、最大火力の一撃離脱が一番マシとは言っていたが、それだとドワーフ達が死ぬのではないだろうか。

 もともと、ドワーフは確保するはずだったのに。

 二人とも、その事を忘れているのではないのかと心配になってしまった。だが――



「あの、ドワーフの確保はしないので?」

『うーん。それは相手が自分と同じ土俵であればできた話なんだけど、これは相手が完全に有利だからね。いわゆる、手加減できるほどの余裕は許されないって話なんだよね』

「……そう、ですか」



 なんだか、途端に嫌な気分になってきた。

 あまりやりたくない。


 だが、他に良い案はない。


 もう一日様子を見ても、どうにかなる保証があるのならばいいけれど、たぶん時間は皆掛けたくないだろう。

 それを気遣ってくれたのか、ゼンタロウが無理に言葉をひねり出そうとしていた。



『……あの、ラックさん。とりあえず、俺はもう一日、様子を見てもいいと思いますよ?』


『というと?』


『まだ相手の武器貯蔵量を調べてられてないので、そこをチェックしてからでも決めるのは遅くないと思いまして。それに、今回の水神の神殿は何か役に立たないかなと思ってまして……』


『一時的に水源を止めてもらうとか? でも神様からダメって言われたんだよね?』


『水は止められないって言われただけです。……地下水脈を凍らせて塞き止めようまでは考えましたが、流れる水は凍らせるのに維持させなければいけなくって、原因を探りに来たドワーフに見つかって撃たれるところまで想像しました。他にも何か条件があればいけると思うんですけど……』



 一撃離脱の案をあえて除外しようとしてくれていた。それは嬉しいのだけれど、さすがに無理があったようで、精霊ブラック・ラックはあまり良い反応はしなかった。



『……もう一日か。時間に余裕があればいいんだけど、アリッサも無理に王都からこっちに遠征してきてるからね。できれば早めに片付けたいんだよ』

『そうですか……。いえ、無理を言ってすみません』

『ああ、別に良いんだよ。……うーん。ちょっと一旦、休憩を入れようか。それで答えあわせをしよう。ね?』



 衝突しかけた雰囲気を察した精霊ブラック・ラックが気を利かせて場を落ち着かせてくれた。


 私も少し拠点から離れて、遠くの星を見たくなったので散歩に出かけることにした。



『ゴメンな、スノー。あんまり良い案が浮かばなくってな』


「いえ、私の方こそ、我が侭を言ってすみません」


 そうだ。これは我が侭だ。


 別に、誰かが殺せない事はない。何度かこの手で誰かを死なせたことだってある。

 だがその度に、誰かが死ぬのを実感する。それが嫌だった。



 誰もが当たり前にこなしている。


 生きるためなら誰かを殺して生きていく。


 理屈ではわかる。


 でも感情が拒否をする。



 どうにも釈然としない。


 どこかで納得ができない。




 私は……生きていく事に向いていないのだろうか。




『しっかしどうすっかなぁ。どうすれば良いと思う?』

「私にもわかりません」

『……もういっそ、投げ出して逃げちまうか』

「……はい?」


 ゼンタロウがとんでもない事を言って笑っていた。


『いや、あの二人に砦攻略は任せて俺達だけさっさと帰るかってな』


「いえ、それは……どうなのですか? いけない事ではないのでしょうか?」


『んなコト言ったって、スノーは殺したくないって言ってんだから、必然的に他の方法を取るべきだろ? でもそれができないんなら、もう投げ出してアリッサに任せちまってもいいだろ。それにスノーは十分に働いたさ。だからココまでで良いんじゃないか?』


「……そんな、ものですかね」


『まあ、ちゃんと説明して、しっかりアフターケアまでサービス代を払えば許してもらえるんじゃない?』

「……ツケの後払いみたいに言いますね」

『人間関係なんて、金銭感覚と同じもんさ。人気になれば株が上がり、信頼がなくなりゃ紙くずだ。今回はちょっとした失敗で許してもらおう』



 何の話だかさっぱりだが、まあ、そういう事にしておこう。


 とりあえず、気が楽になったのは確かだ。


 ウダウダと周辺をぐるりと回って三十分も経ってから拠点に戻る事となった。






 しかし、その簡易拠点には誰もいなかった。


 まだ誰も帰ってきていなかったのか。ちょっと探しにいこうと思い、入口から空が見えると、妙に明らんでいた。いや、赤らんでいた。



 なぜか、煙が立ち上がって下から赤い輝きを照らされている。




「……なんで?」



 急いで燃え上がる方へと向かって走った。



 そしたら、ドワーフ達の工場が燃え盛っていた。


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