知らず内に手に入れていたのは――
ゼンタロウがやってくるまでの間、いつも通り王都の警備をするだけだった。
ただ、いつまでも魔法学院の上にいるだけではつまらないので、意味もなく移動してみたりもする。
アゲイルはルピアに用意してもらった竜小屋へ行き仔竜の世話をしに一旦戻ると言う。メロンソーダも自分の研究室に帰っていった。ただ、最後にメロンソーダが「さっきのアホ共がなんかしでかしたら、手くらいは貸してやるよ」と、言い残して去った。
多分、メロンソーダは自分の故郷に対する感情を私に重ねているのだろう。彼女は事あるごとに、自身の出自である魔女を軽蔑しているから、それくらいは察せる。私の故郷には誰もいないので、その気持ちは理解しがたいけれど。
「あ、ユキノだ! やっほー」
初めて王都で仕事をした時に一緒になった相手が自分の名前を呼んでいた。ジェシーである。
どうやら今はホークとニルは一緒ではないらしい。首から下げた警笛と腰につけた精霊付き捕縛用の縄を持っているのを確認すると、どうやら彼女は巡回の仕事中らしい。
「ジェシーは相変わらず元気ですね」
「どもども。いやー、最近よく会いますね」
「王都警備の仕事してたらそうなる」
一応、暗殺ギルドに入る以前にスノーとして出会った人たちには別の顔として接している。ただし、ユキノとスノーは同郷の出身でお互いに顔見知りであるとは説明しているので、仲を取り直すのは簡単だった。
「そういえばユキノさんって、精霊騎士団とかいうのに所属してるんでしたっけ。あの何を目的としてるのかよくわかんない騎士団」
「よく、わかんない……ですか」
まあ、確かに各々自由に行動しているし、騎士団とは名ばかりで、特に目標もない集まりみたいな組織だ。それにギルドのような明確な目的があって作られた訳でもなかった。
自分でも今までの精霊騎士団が何を思っての事で作られていったのかはわかっていない。倉庫屋などは確かに便利にはなったが、それは商人が考えるべき事だし、わざわざ自分達が関わる必要があったのかどうかはわからない。
そう思っていたのは、この王都に住んでいる人達も同じらしい。
「あ! でもでも、今回の精霊付き逮捕を先導してくださったのがユキノさんだっていうのはしっかり聞いてますよ! 凄く尊敬してます!」
「私がやった? 誰がそんな事を……」
「同じ精霊騎士団のカナデって人が詩ってたよ? ついさっきも冒険者ギルドで演奏してたし」
……あの人、警備隊の作業手伝ってくれると聞いていたのに、仕事せずに演奏なんてしてたのか。いや、吟遊詩人ならばそれが仕事なのか?
今更、アレを戦力として考えてはならないと考えた。
「皆、ユキノさんには感謝しまくりですよ! ホント、みんなも一時期はどうにもならないとまで思ってたんですから」
「そうらしいですね」
一番酷かった時期に私は竜の卵の件で王都には居なかったから、あんまり知らないのだけど。
「ありがとね! ホントのホントにみんなユキノさんには感謝してるんだから! じゃ、これ以上巡回サボってると怒られそうだから仕事もどりまーす!」
相変わらず彼女は元気な様子で好きなだけ喋り尽くしたら走り去っていった。見ていて飽きないといか、毒気が全然ないから一緒にいても気分がいい。
「……感謝、か」
感謝されるのは慣れてない。胸の奥が高鳴る感じが、どうにもこそばゆい。
やめて欲しくはあるけど、一方で嬉しくもある。そんな感じだ。
でもやっぱり、心の中で否定したい気持ちの方が大きい。
だって感謝されようと思って行動していた訳ではないのだから。
私はただ、自分の望みを叶えただけでしかない。
暴走した精霊付きをまた殺すのも嫌だし、騒ぎが目の前で起きるのも煩わしい。
悪魔じみた精霊がまた現れるのも面倒だし、あれ等は気分が悪い。居なくなってもらいたかっただけだ。
それを何とかしてほしいとゼンタロウに頼んだだけで、私のやった事といえばゼンタロウの橋渡しだけだ。本当に、たったそれだけだ。王都の人たちを助けようとなど、考えた事もなかった。
……自分の思惑とは違う方へと、人は考えて、納得する。
その結果が、今回のシターニア大森林の厄介ごとを運んできたと考えるべきなのか。
なんとも、ヒトとは勝手なものだ。
ちょっと煩わしい気分になってしまった。
他の事でも考えてよう。
何か目に見える存在で気晴らしに使えるような物がないかを探してみると、もう少し先に教会のある地区まで来ていたことに気が付いた。
「……そうだ、教会へ行こう」
精霊付きを捕縛する地下牢には完成以後、あまり行った事がなかったな。
ゼンタロウが私を通して多方面に指示をする。そのお陰で地下牢の事情にも少しだけ明るかった。増築、増設を繰り返して、いまどうなっているのか、ちょっとだけ覗いてみてもいいかもしれないと興味が湧いたのだ。
王都の教会と言うだけあって、大きさもさることながら、厳かさも他方の教会とは一線を画する作りだ。
小さなお城のような物々しい壁と門に、神殿とも思える庭の手入れ。通りかかる教徒など常時、目にするほどだ。
一応、礼儀としてお布施盆に銀貨を一枚入れていく。こういうのは神様に対する挨拶みたいなものだ。最近は金よりも銀の方が感謝の気持ちをよく表せるのではないかと考えている。
聖なるモノの象徴としてもっとも使われているのが銀でもあるし、きっと神様も銀の方が好きだろう。聖遺物も銀が多いし。
そうして地下牢へと続く通路を進む事にする。
もしかしたらばったりリョクチャとも遭遇するかもしれないと思っていると、本当に彼女と思わしき足音が聞こえてきた。
「あら、ユキノさん。今日はどうかなされましたか?」
「リョクチャ。ちょっと近くまで来たから、地下牢の様子を見に来た」
「そうなんですか? えーと、本日ゼタさんはいらっしゃらないのでしょうか?」
「今日は一人。精霊ゼタに用事でもあった?」
「いえ、その……ゼタさんならココへはきっと来ないと思っていたので、腑に落ちたとでも言いますか。ユキノさんは心の準備などは大丈夫でしょうか?」
なぜか変なことを問われたのか。
「……なんで?」
「えーと、そうですねえ……。私としては耳に手を当ててから入られた方が良いとだけオススメしておきましょうか?」
「わかった」
本当はよくわかってないのだが、きっと喧しい場所という意味なのだろう。
でもリョクチャの様子から良い方向の話ではないという事を察して、一応彼女を先導に頼んで現在の地下牢の様子を見に行った。
見に行って―――――帰ってきて、後悔した。
「……耳鳴りで頭痛がする」
「そうなってもおかしくないでしょうね」
一言では本当に言い表せない歓迎振りだった。いや、歓迎されたのか? いや、もうよくわからない。一つのまとまった感情ではなかったからだ。
入って早々の事だ。
ドワーフ達に感謝されて迎え入れられたのだが、目の前の独房の人間に罵倒されて唾を吐かれた。あっちにこっちに、途端に大声が聞こえてくると、私の事を良く言う声、悪く言う声が反響して、善意だとか悪意だとか、よくわからない空間が誕生していた。
あれを混沌世界とでも言うのだろうか。
「ユキノさん。自分で保護した精霊付きや、確保した囚人と会ったご感想は?」
「……頭がパンクしそうだった」
情報量と心情許容量の限界を超えて襲い掛かってきた感じだ。
感謝されたのが4割。
罵倒されたのが4割。
残り2割は塞ぎ込んで蹲っていたり、酒を飲んだりして私に気付いていなかったり。
それでも私が見てきたのは浅い区画だけだ。奥に行けばもっと多くの囚人達と出会っていただろう。それを考えると、得体の知れない恐怖をこの身で感じ取った。
あの圧倒的な声には身が縮み上がる恐ろしさがあったのだ。
初めて、ヒトという大群に恐怖を覚えた。
「ユキノさんに対してはそれぞれ抱く感情が皆さん違いますからね。特にこの問題は……。
精霊達と上手く折り合えなかった者達は感謝をしています。
ですが反対に、精霊達と同意した上で犯罪行為に及んだ者達もいます。
ユキノさん。
貴方が誰かを救うつもりがなかったとしても、救われたと思う方がいます。逆に陥れられたと感じる方もいます。希望を持った者、絶望を感じた者、それぞれです」
「勝手すぎる……」
皆、勝手に決め込んで、私という存在に装飾を施す。
誰かが作り出した“ユキノ”という虚像を、まるで真実であるかのように脚色してくる。
私の意思と反しているのに、私の考えなど聞いたことすらないのに。
彼等の中で、いつの間にか虚実と空想で創り上げられた“ユキノ”ではない“ユキノ”が出来上がっていたのだ。
「すみません。ユキノさんが大衆慣れしていない事は知っていました。こうなる事を承知して通した事を、どうか許してください。ですが、現状を知っておいた方が良いかと思いましたので、あえてお見せしました。それをご理解頂けますでしょうか?」
「……リョクチャが謝る事ない。私が勝手に来て、見たいって言ったのも私だし……」
そう、だった。
勝手なのは自分もだ。
「ちょっと、どうするか、考えてみる」
「……そうですか。くれぐれも早まった行動は取らぬように、オススメしておきますね」
知らなければ、知らないままで、地下の芽が育っていた事に気付きもしなかった。知ってよかったとも思うべきだ。
自分の意志とは関係なく、他者が関わってくる。
どうすればいい。どうすればこの問題は解決する。
いつも簡単に教えてくれるゼンタロウは、今日に限ってやってくるのが遅かった。




