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他人の痛みに共感できないのが冷血の所以

 ドワーフ関連の騒ぎがまたやってきた。今回は間接的だけれど。



 しかし、いきなりやってきて、助けてくださいと乞われるとは思わなかった。


 色々と戸惑いはしたが、まずは事情を聴くべきか。さすがに「興味ないから、バイバイ」で帰す程、礼儀知らずでもない。



「事情が見えない。ちゃんと説明してくれませんか?」


「はい。初めは、水源の汚染が原因でした。ドワーフ達は長年の盟約を破り、シターニア大森林の水源である“ルエ山脈”の頂に無断で砦を築き、挙句に汚染した水をそのまま流すなど……」


「ドワーフが水を必要としているの?」



 それに水を汚染するとも言っているが、その理由がよくわからない。


 事情を話したい様子だったけれど、一旦待ってもらってメロンソーダが私の疑問について答えてくれた。



「まあ確かにユキノは道具とか作った事なさそうだしなぁ。あー……良い鍛冶屋には純粋な水が必要不可欠なんだ。そうじゃないと水で冷やす時、鉄が汚れちまうからな。ただし、水の方は当然汚れるし、普通はそのまま排水したりはしない」


「あれ? オルレ庵も水なんて使ってたっけ?」


「彼奴は鍛冶師の前に錬金術師だ。分野も違うし、物を作るプロセスも違う。仮に錬鉄作業があったとしても水魔法も使えそうだから汚染水を綺麗にする術もあるだろうよ」



 確かに竜骨小太刀を作ってもらった時なども、一般的な鍛冶などではなく、鉄を粉末にして混ぜ合わせていたような気がする。錬鉄している作業は、まだ見たことがなかったかな。



「すまない、続けても?」

「うん、ごめん。もういいよ」


 お待たせしました。続きをどうぞ。


「一応、奴等に陳情を何度か届けていたのですが、ドワーフ達は一向に聞く耳を持たず。どころか連中、最近は森から木を伐採する始末……」

「それはヒドい」


 ついこの間、私も体験したことか。私の住んでいた家を勝手に切り倒した。ただ、あの時はドワーフ……というよりは、精霊達が問題だったのだけれど、どちらにしても許せない行為なのは間違いない。怒ってしかるべきだ。


 当然、撃退したのだろう。



「ドワーフ共を懲らしめようとしたのですが、結果は残念ながら完敗でした。ドワーフ達の強さは尋常ならざるモノがあり、その所為でエルフの村が一つ、奴等に占領されました」

「そうですか」


 それだけ返すと、エルフ一同、私に何かを期待するような視線を送ってきた。


 なんだろう、その目。

 なんというか、御気の毒様とでも言えばいいのか、それとも何も言わない方がいいのだろうか。わからないな。


 返答に迷っていると、いままで静かに黙っていた獅子のブラスが口を開いた。


「ユーステッドのいう事は事実だ。奴等は水を汚し、森を喰らい続け、大地を我が物顔で支配している。このままでは大森林だったシターニアが、奴等の蹂躙によって不毛の土地になってしまうだろう。そうすれば我々森に住む者達は、故郷を失う事になってしまう」

「そう、なんですか」


 今度は獣牙族のブラスが、目を使って何かを聴きたそうにしていた。


 ええっと、なんだろう。やっと判ったのだが、さっきから「貴方も悲しいですよね?」と同意を求められているような気がする。

 そんなの知らないし、個人的には全然、これっぽっちも興味はない。


 なんだか変な気分にさせられる。こう、モヤモヤしてくる。



 どうしてそれが私と関係があるのだろうか。



「どうか、ユキノ様! 我等の力になってください。今の我々には、貴方のような武に長け、リーダーの素質を持った者が必要なのです! どうか、我等を導いてくださいませ!」



 なぜそうなる……。



「全然、意味がわからないです」


「え?」


「いえ、何故私を頼るんですか? 武に長けただけの存在なら、後ろのアゲイルだって強いですし、金を払いさえすれば戦士ギルドからいくらでも強い方を雇えますよ。リーダーとか言われても、知らない他人の面倒をみるなんてイヤですよ」


 メロンソーダがお腹を抱えて笑い出した。そんなに面白かったのだろうか。アゲイルを見ると頭を手の平で隠していたが、口角が緩く上向きになっており、彼も少なからず面白がっていた。



 でも、どうしても彼等が鬱陶しいと感じるのだ。……こう、困っている時に頼ったら無条件で助けてくれると思い込んでいる様子が気に入らない。



 すると、後ろで付き人のエルフの一人が気にしたように口を開いた。


「あ、あの! 貴方は、ハイエルフ様ではないのでしょうか?」


 やはり勘違いというか、だまされてきたのか。思わず溜息を吐いてしまった。もうハイエルフだなんて嘘だと言ってしまってもいいような気がするが……ゼンタロウならこういう時、どうするだろうか。適当に誤魔化すんだろうか。


 まあ、やってみようか。ちょっとだけ、意地悪をしたくなってきたし。


「……そう思いますか? 貴方は何を知っていて私をかのハイエルフと断定するのですか?」

「い、いえ。その……世界樹の枝で拵えた神弓と名高い“ルナイラ”をお持ちで、数千年前の古代文字を操るとの事で……」

「浅はか」


 呆れてインフェルノな気分だ。


 ハイエルフでなくても弓は手にできる。そもそも私がそうだし。

 古い文字なんて習得する機会がさえあれば可能だ。なんならヒュードラ山脈の極寒地から私の教材であった本を取ってきてもいい。そうすれば目の前のキミだってハイエルフを名乗れるかもしれない。


 まったくバカバカしい。


 そんな事でしか判断できないとしたらエルフは案外、頭の弱い連中ばかりなのかもしれない。森に住むエルフはプライドの高い連中と言われていたので、そんなイメージは全くなかったのだけれど。


 それとも本当にハイエルフ云々の噂に乗せられなければならないほどに、切羽詰まっているのか。


 まあ、それも私には関係がない。



「そ、それに、どんな魔物でも一撃で屠る程の強さだとも――」

「それは精霊付きだからです。精霊付きが強いのはご存知でしょう?」


「あえて命を奪わない慈悲深さをお持ちだとも聞いており――」

「目の前で死なれるのがムカつくだけです。それに性格はハイエルフに関係ないでしょう」



 一時前になるけれど、ゼンタロウがウンザリしていた時の気持ちがよくわかる。相手にするだけ無駄だと感じる。



「一応言っておきますが、私は別にシターニアの出身でもなければ、一般的なエルフ族の出身でありません。もし、同族意識を期待して助けを求めて来たのでしたら、残念ですが他を当たってください。私も暇ではないので」


 王都の警備は人手不足だ。精霊付きの足を止めるには同じく精霊付きでないと難しい。最近は冒険者ギルドで依頼を出して、他の精霊付きの冒険者に引き受けてもらっている間だけが休息時間だというのに。


 いまだって、警笛の音が鳴ればすぐにでも話を切って外にでるつもりだ。



『ユキノちゃん、何で怒ってんの?』


「怒っている、というよりも、勝手に頼られるのが気に入らないのです。私にも私のやるべき事があります」


『人助けは嫌いなん?』


「興味ないですね」


『うわー……見事にゼタっち二号になっちってる』


 褒められている気がしない。けどゼンタロウと一緒と評価されるのは、なんだろう……複雑だ。一言では言い表せない。不安なのと不満なのと否定したい気持ちが同時に湧き上がる感じだ。あとちょっとだけ嬉しかったりもする。……ホンのちょっとだけ。



『でもさあ、多分これイベント扱いにならんかな?』

「……“イベント”ですか?」


 確か、ゼンタロウが行動指針を取り決める基準の一つに“スコアポイント”の有無があったはずだ。


 そういえば最近、私が王都の警備隊に入りたいといったっきり、イベントとやらを行ったり、異名持ちの魔物と戦っていない。それらが基本的にスコアポイントに繋がるらしいのだが……まさかそれが手に入らなくてゼンタロウは苦しんでいたのか。


「まさか……」


 私の我が侭を優先したあまりに、ゼンタロウは精神的に追い込まれるまで我慢してくれていたのだろうか。その事が身に余るほどの配慮を感じた。


「う……」

「おい、マダオ!? なんかユキノが泣いてるぞ!?」

『ええぇ? なんでぇ?』

「すみません、ゼタ……。私のために……そのせいであんなにも気が狂ってしまうなんて……」

『……なんか俺、ユキノちゃんがすっげぇ心配になってきた』


 ついつい感涙してしまった。

 まあ、ゼンタロウなどのために一縷の涙を零したことなどどうでもよくって、問題はイベントに参加するかどうかだ。



 ゼンタロウの欲しがるスコアポイントやらは欲しいとは思う。ゼンタロウが喜ぶなら、私もうれしい。


 でも勝手にそんな事を決めてもいいのか。いや、それこそゼンタロウに確認を取った方がいいだろうし。何が危険か判らない。



 それに気が進まない事もある。


 複雑な理由はない、ただ気分的にお願いを拒否したいだけだ。



 彼等を助ける魅力が何一つ感じないのが原因かもしれない。


 むしろ、私の知らないところで勝手に死ぬならそれはそれでいい。同じ種族とはいえ、所詮はただの他人。

 積極的に助けたいとなる道理が見当たらないのだ。別に死んでほしいわけではないけれど、決して生きてほしいと思うこともない。その程度の存在でしかないのだ。


 それに争いになるのは目に見えている。そうなれば私はまた誰かを殺すかもしれない。


 殺しの加担をお願いされていると考えれば、私にとってはマイナスしかないのだ。




 ゼンタロウの欲しがるスコアポイントか、気分に反する殺しを担うか。


 どっちかだ。



「……うーん。精霊マダオ、どう思いますか?」


『ええー? まあ、ゼタっちのアバターに勝手に吹き込むのはマナー違反とは思うんだけどな。まあ、待ってもらったらいいんじゃない? 一晩考えさせてくれって言えば、ゼタっちともコンタクトの時間も取れるっしょ?』


「なるほど、ありがとうございます。


 ――エルフの統括者ユーステッド。獣牙族の長ブラス。とりあえず、話はわかりましたので回答は明日にさせてください。それと、漆黒の鎧の彼は冒険者ギルドで一番頼りにされている竜田アゲイルです。実力もあるので、彼を雇うことをオススメしておきます」


「……承知いたしました。失礼する」

「色よい返事を期待しています」



 少しの間の沈黙で何を思ったのか知らないが、彼等は何事もなかったかのように学長室の異界から姿を消した。何が癪に障ったのだろうか。


「ユキノ殿、私を押したのはどうしてだ?」

「純粋に頼りになるから」

「……森の民に対して、業火の化身である竜の血を分けた竜人族を招くのは、彼等にとっても好ましくないハズだが……」

「そうなんだ。知らなかった」



 礼儀知らずではないと自分では思っていたが、常識はまだ足らなかったらしい。


 でも、そんな些細な事でアゲイルを仲間に加えないと判断するんなら、彼等が淘汰されるのは自分で選んだ道ってことになる。それはそれで好きにすればいいことだ。




 こうして、会談は一旦の終わりを迎えた。

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