学長室と学院長
部屋に案内すると言ったメロンソーダは魔法学院でも異界認定を受けている場所だった。
存在が不確かな場所で、誰もその存在を未だに認知していない場所。
学長室。
「まさか本当に異界に通じてるなんて思わなかった」
メロンソーダに案内された扉を開くと、そこは学長室というより、色とりどりの花と緑に囲まれた植物庭園だった。
初めは何かの冗談かとも思ったが、壁もなければ天井も無く、空には太陽が浮んでいる。
それに、とてつもない程の魔素の濃度だ。エルタニアの空気では間違いなくこれほどの魔素は満ちていない。こんな所で魔法を使ったら軽く暴走するくらいには充満している。
そして、ここはいわゆる魔界と呼ばれる世界の一部なのだと理解した。
魔族にとっては生まれ故郷でもあり、聖地でもある。ここはその土地そのものだ。
特別な秘術で空間を模倣しているのか、あるいは魔界と魔法学院が繋いでいるのか。
考えられる次元のレベルが違い過ぎていて、理解するのは途中で諦めた。
「ようやっと来たのか。遅ぉではないか」
魔法学院学長。
人間とも半魔人とも言われているが、実際のところは不明だ。御仁の見た目は白髪白髭をこれでもかという程に蓄え、座りの深い椅子にドッシリと座り込むのが似合いそうな、ふくよかな御老人だった。厚手の藍色のローブを着込み、木の長杖を左腕で抱いて、もう片方の手でパイプに紫煙をくゆらせて楽しんでいる。
そんな御老人に対して、メロンソーダは対して労わる様子もなく、まるでココが自分の土地のように大手を振って紹介し始めた。
「どうだ、凄いだろう? 天然の魔界の土地だぞ! 現存する魔界でももっとも澄んだ貴重な場所だ! 空間そのものを切り取ってココに保管してあるんだ。どうだ、羨ましいだろう?」
「コレコレ、何を言っておる。まるで自分の庭のように言うでない」
「いずれジジイが死んだらアタシの土地になる」
「本人を前にして言うか、この小娘は……。御主はもう少し、常識や愛嬌というものを学んだ方が良さそうじゃな」
「そんな高尚もの、あの魔女連中が教えてくれると思うか?」
御老人はやれやれと困った様子で目を伏せながら、初めて会う私とアゲイルに視線を向けた。
「御主がハイエルフと噂されているユキノだな。学長のアウレリウスだ。今後も我が塔をご贔屓にして頂けるとあり難い」
「いえ、こちらこそ。いつも助かっております」
「うむ、礼儀については問題ないだろう。髪の件については黙っておいてやるわい」
恐らくは髪染めの件についての事だろう。髪染めの魔道具を使っていることをどこで知ったのかはわからないが、まあ考えても仕方がない。もしかしたら忍んで購入しているタイミングを偶然見られたとか、学園長ならば見ただけで看破できる……なんて事もあるかもしれないし。
「別にバラしても問題ない」
「ほぅ? その心は?」
「ただ敵と味方の区別がつくだけ」
「……最近は恐ろしい連中が増えたのぉ」
でもまあ、これはゼンタロウが言っていた事だ。
確か、味方だと偽ってくる敵ならば、隠し事は簡単に晒すだろうという事らしい。一見、不利になる事柄を別の観点で利用すれば良いだけ、だそうだ。その辺の知恵の巡らせ方が考えているのかいないのかわからないと思わせる点だ。本当のところ、彼が何を考えているのかは彼にしかわからない。(面白いか、そうでないかとしか考えてなかった)
「ジジイ、客待たせてんだろ。早くしなよ」
「それもそうじゃな。あっちに用意したテーブルがある。そちらで待っておられる」
「そんじゃ、ささっと行こ」
……なぜかメロンソーダが音頭をとって、しかも自分も顔を出す素振りをしている。
「メロンも来るの?」
「関わりたくないけど、話の中身には興味があるだけ」
相変わらず自由だ。でも私としてもメロンソーダが傍にいるのは心強い。メロンは普段からふざけているけど、これで意外と鋭いところがある。今回はそれを頼りにさせてもらおう。
庭園の池の傍に設置されたテラスのテーブルに、金髪で長髪の男性エルフと、タテガミの見事な獅子の姿の男性獣人がいた。どちらも服装はしっかりとしている召物で、地位のある人物なのだろうというのが窺える。
その後ろに付き人が4人立っていて、エルフ二名、獣人二名と数が揃っていた。何かしらあるのかと、思わせる人数だ。
長髪のエルフと獅子の獣人の二人が私に気がついて席を立って一礼をした。何で自分がそんな風に扱われるのか心当たりが――……一つだけある。
私がハイエルフだと、何故か皆が思っている。
ハイエルフ。
存在そのものが私たちエルフにとって敬うべき相手。原点であり、始祖である。その名を騙ろうなど考えるエルフなんて決していない。おこがましいにも程がある。ある種の崇拝対象と言っても過言ではないのだ。
私だって、自分がハイエルフなどと名乗るつもりもないし、思われたくもない。……無理がある。
いままでに感じた事のない嫌な予感というのを体で感じながら、彼等の一礼に対してどう返していいのか判らずに呆然としてしまった。
「ど、どうなされましたか?」
エルフの男性が反して恐る恐るといった様子で私の態度を窺っていた。
なんだかやりづらい。
「いえ、別に」
「後ろの連中が頭下げてないのが気にいらないの?」
「メロン、やめて」
全然思ってない。むしろそんな事言われたら目の前の人たちが更に度を増して頭を下げてくるから。……ああ、思った通りになった。
「も、申し訳ありません! す、すこしの間、見惚れておりまして」
「馬鹿者、恥の上塗りなどしないでくれ」
「ゆ、弓の話です!」
「どっちでも失礼だ、もう貴方は黙ってなさい!」
「本当に、もういいから。お願いだから頭を上げて」
まだ何も話を進めていないのに、頭痛の予感がしてきた。
こういう、自分が上の立場として見られるのは初めての体験だ。どうすれば良いのかわからなくなる。
とりあえず、席に座ろう。話が進まなくてはキリがない。
「初めまして、でいいんですよね? 私がユキノです」
「申し遅れました。私はここより南西にある、シターニア大森林でエルフの統括をしております、ユーステッドと申します」
「同じく、シターニア大森林にて獣牙族の長をしております。ブラスと申す」
エルフのユーステッド。
獣牙族のブラス。
……エルフはわかるけれど、獣牙族は初耳だ。小声でアゲイルに確認を取ってみることにした。
「ビースト族の分類だな。獣牙というのは地上で生きるビーストで、鳥獣族になると翼を持っている連中になる。第六席のアモンは鳥獣族。第八席のティンは獣牙族ということになる」
なるほど、そういう事か。
確かにアモンはフクロウ頭で鳥っぽいし、ティンは黒狼で牙って感じがする。
「それで、用件っていうのは? 別に私は貴方達とは接点がないはず」
同郷と言われても困るし、見知った連中でもない。それなのに私に会うために近くない距離からやってきたのだ。何か理由があるのだろう。
「……実は折入って、お願いをしに参りました」
エルフの男性が、恥を忍んでなのか、とても言いにくそうに口を開いた。
「我々の森を、住処を……。どうか、ドワーフ達の侵略から救ってください、ユキノ様」
「……はい?」
またドワーフ騒ぎの話だった。




