新たな火種
しばらくゼタ君休業の予定
悪さをする精霊付きの取り締まりを開始してから数日が経過した頃だった。
王都の警備中に魔法学院の屋根の上で耳を済ませていると、アゲイルが見回りでやってきた。
「スノー殿、ゼタ殿は居られるか?」
「精霊ゼタは壊れた」
「そ、そうか……。スノー殿、その件、よければ詳しく聞かせてもらえないか?」
「わかった」
という事で、アゲイルには事のあらましを伝える事にした。
ゼンタロウの症状は深刻だった。
何もいわずに静かだと思ったら、突然叫びだしたり、休みをくださいというフレーズが印象的な歌を延々と繰り返していた事。……あれはちょっと怖かったな。
そんな事があって、気分転換にゼンタロウにはしばらく休むように精霊ブラックラックから言い渡された。以後の地下牢運営は政務官の一人、ゴルゴンという中老の男性が引き継ぐ事となった。仕事のはかどり具合を見る限りだと問題はなさそうだった。
しかし私が考えるべきはゼンタロウのやっていた作業の引継ぎ先ではなく、ゼンタロウが無理をした理由についてだろう。
原因は間違いなく自分だ。ゼンタロウはお願いすれば何でも叶えてくれたし、自分もわがままを言い過ぎた。特に今回は長期に亘って、おねだりし続けてきた。
打てば響く、とでも言えば良いのだろうか。最近、ゼンタロウにはできない事など何もない、と思ってしまうほど、私の中で存在感が明るさを増していた。……いや? そんな事も無いか。抜けている部分は多かったし、たまにとんでもないミスをするのは出会った時とあまりかわらないハズだった。でも、ゼンタロウは何故か最終的な帳尻は合わせてくるのだ。
不思議な精霊だ。
それに、あの調子の良さについつい乗せられてしまったのも原因の一つだ。
なんだかゼンタロウも甘えられるのに嬉しいみたいで、妙に喜ぶのだ。
それでついつい、私も無理を言ってしまっていて……まあ、これは言い訳か。
それにゼンタロウと一緒に居ると、楽しくなるのだ。少しからかうだけで笑ってしまうほどだ。だから止め時を見失ってしまっていた。ゼンタロウを心配する事を忘れていたのだ。
偶然、王城周辺で遭遇できた精霊ブラックラックとアリッサが居なければ、きっと未だにゼンタロウに頼り続けていたことだろう。
今回の件は私も反省しないといけない。
頼り過ぎは良くない、という事を今回、私は学んだ。次からはキチンとギリギリの線を見極めようと思う。
「……なるほど。だ、そうだ。マダオ殿」
『ほーん。そっか。それでいま、スノーちゃん一人なのか』
「……精霊マダオ? 居たのですか」
最近、精霊マダオはコミケと呼ばれる戦場に行ってくるとかで何日も声を聞いていなかったが、生きていたのか。
『うん、今家に帰ってきたとこ。今年は現地人の協力者も居てくれて、かなり制覇してきたからね! 戦利品も去年の三倍だぜ』
「よくわからないのですが、無事に帰ってこられてよかったですね」
戦場と言うから死ぬかもしれないと考えていたのだから、本当に無事に帰ってきてよかった。ゼンタロウもどれだけ精霊マダオを待っていた事か。
『しかし、そっか。ゼタっち遂に壊れちったかぁ、相変わらずブレーキ利いてないなぁ』
「どういう意味ですか?」
『ゼタっちは一度やると決めた事はとことんやるし、やりたくない事は一切やらない。どうしてもやらなきゃいけない事は手短に。良くも悪くも極端なのよね』
「わかります、思います」
「確かに、ゼタ殿はそういう雰囲気がある。今回は特に、急いだ様子だった」
急いでいた、か。
確かに、今回のゼンタロウは何かに迫られるように何でもかんでも即決していたような気がする。それが今回は良い結果となったと私は思う。もう少し全体の進捗が遅れていれば、今も増え続けている精霊付き達を押さえ込む事が不可能だったかもしれない。タイミングとしてはベストだった。
『要領がいいんだか悪いんだか。……ま、頭空っぽだからね。しょうがない』
「……それはさすがに違うのでは?」
ゼンタロウはよく考えている。考えて結論を出していると思っていた。だけれど精霊マダオは真っ向から否定する。
『ゼタっちは空っぽなんよ。空っぽなのに頭は常にフル回転してる。バカだけど馬鹿じゃあないんだよなぁ』
「言葉遊びですか?」
『言葉の意味そのままだよ。今度ゼタっち本人に聞くといいよ。曰く、普段から何も考えてないからこそ、様々な物事に対して柔軟に対応できるんだってね』
確かに、ゼンタロウが言いそうな台詞だな。
なんだか、らしいな。
そんな感じでしばらく、三人でゼンタロウについてのあれこれの話をタネにして談笑していた。昔、釣り糸で誰かの鼻を引っ張って血まみれにした話とか、親にお金を借りる話とか、不正をしようと必死に何かを計画していたとか……。変なエピソードが多かった。
その途中だった。
警笛の音がした。メロンソーダが一言「必要だと思ってつくっといた」と用意した特別な笛だ。受信機となるペンダントを持っていると、笛の音がよく聞こえるようになった。普通ならば聞こえない距離でも、勝手に音が聞こえるようになる魔道具だ。
今回は割と近場で警笛が吹かれていた。
「ちょっと待ってて」
ルナイラの弓を構えて、氷魔法で矢を作る。
ここからなら射てるはずだ。
よく引き絞って、今だと思う瞬間に矢を放つ。
すると、目標地点に飛び出してきた人間の足元に突き刺さり、氷の矢が火柱でも立つように氷塊が出来上がる。見事に相手の下半身を氷漬けにして、相手の自由を奪うことに成功した。
これは氷の魔弓術の一つだ。最近になってゼンタロウの精霊としてのフォロー無しでも、簡単な術なら使えるようになってきた。たぶん、使用回数の問題だとゼンタロウは言っていた。
あとは警笛を鳴らした巡回警備兵に任せよう。彼等は精霊付きを捕縛できる縄を所持している。
メロンソーダが言うには「手錠なんて対象の腕の大きさ揃えるのは難しいし、考えるだけ無駄。いっそ縄で括った方が万能。以上」との理屈で縄での捕縛が採用された。縄には魔力と活力を奪う呪いが掛けられていて、しばらく縄に縛られ続ければ自然と抵抗ができなくなる。衛兵達は特製の手袋を装着してそれらを扱っているので問題ない。
『さっすが、検挙率ナンバーワン』
「さすがだ。これには敵わない」
「これくらいは簡単です」
まあ、簡単にいかない相手もいるのだけれど、そういう相手は難しい。直接向かって、この手で凍らせなければいけなくなるからだ。一度、ゼンタロウが一緒でないと難しい相手も居たくらいだ。そういう相手がこない事を祈るしかない。
「おおー。相変わらずスゲーな。ユキノの弓術」
今度は空飛ぶ箒の上に胡坐をかいたメロンソーダが屋根の上までやってきた。
「メロン、どうしたの? 珍しく外に出るなんて」
「うんにゃ、魔法学院から外に出てなきゃセーフ。アタシは魔素濃度が薄い所がヤなだけ」
「魔界の地では魔素が濃いと聞くが、こちらはやはり薄いかな?」
「ぜんっぜん違うね! でも学院はまだマシ。ちゃんと魔素管理してるから快適……ってそんな話をしにきたんじゃなくって、ユキノに客が来てるから呼んでこいってジジイに言われて来ただけ」
ジジイ、とは誰の事だろう。魔法学院の教授方は御老人が多いから、誰の事か分からない。
「たぶん重要だと思うぞ。なんかお前んとこの同郷の奴等が深刻な顔してユキノを尋ねに来てるから」
「同郷?」
その言葉で一気に怪しくなってきた。
私に同郷の者が居ただろうか。そんなの、もうどこにもいないはずだ。
『ああっと、ユキノちゃん? たぶんアレだ。同郷って要するに同族って意味だよ』
「……つまり、エルフが私に何か用事?」
「あー、なんか説明がメンドイな。もう行って確認してこいよ」
「メロン、しっかりして」
「アタシもしらねーっての。なんかエルフとビーストが来てユキノをご指名してきたから、たぶん同じ森出身の故郷連中がやってきたんだろってジジイが言ってたんだよ」
エルフと、ビースト?
なんだろう、全く記憶に無い組み合わせだ。いったいなんだというのだろうか。
「……ユキノ殿、一度行かれてみてはどうだろうか? 良ければ私もご同行しよう」
「ありがとう、アゲイル。お願い」
「アタシが部屋まで案内する、ついてこい」
『……なぁんか、ゼタっちのいない間に妙な話が進みそうな予感だなぁ』




