悲しみの連鎖から抜け出したい
新しい朝が来た。そう思うたびに夏休みを一日消費したと感じるな。全然、希望とか感じない朝である。ラジオ体操をする気にもならない。
ああでも、強いて言うなら朝ご飯にベリージャムをたっぷり混ぜたヨーグルトを食べたいかな。あれはゲーム疲れの目によく効く。……小田の分も用意してやるか。
その小田は現在、静かに寝息をたてて床で丸くなって寝ている。夏休みに入ってからほぼ毎日いる気がする。
昨日のサモルドは、ぴよぴよ亭を出た後にお開きとなった。
その後、なぜか小田がもってきた『○太郎電鉄』を妹も巻き込んで三人で遊んでいた。本当になんだよ、あの苦悩ゲー。終わるたびに二度とやりたくないと思うのに、何故かニューゲーム時には忘れてリベンジしてやろうなんて考える。
結果はどうだったかって? 稼いだ額は一番高かったよ。……最下位だったけど。キングに全てを狂わされたとだけ言っておこう。
憂さ晴らしに格闘ゲームをしようと提案したのだが……小田の野郎、勝てないからヤダとか平気で宣言して逃げるし、もう俺ちゃん疲れたよ。
ああ、このささくれた心を癒したい。
そういえばスノーは無事に森の自宅に到着する事ができているのだろうか。早く確認したい。会いたい。会話して癒されたい。
でも今すぐにパソコンを点けてファンの音で小田を起こすのも悪いし、やっぱり先に朝食でも用意してやるかと携帯を持ってキッチンに向かった。朝食準備のついでに携帯のアプリからスノーに朝の挨拶だ。
それに、それにだ。
もしかしたら今、スノーは水浴びをしているかもしれない。
スノーの自宅の近場には綺麗に苔むした水の透き通る川辺と湖があるらしい。まだ一度もスクショには捉えてないが、スノーが嬉しそうに話しているのを俺はちゃんと記憶に焼き付けている。忘れる訳がない。
パソコンの大画面ではなく携帯なのが残念だが、芸術には変わりない。
……別に、小田のいないところでムッツリ助兵衛を働くために朝食の準備をしに来たわけではない。
この辻風善太郎が、決して違うと断言させていただこう。このニヤついた唇は朝食がおいしそうだから歪んでいるだけ。鼻の下が伸びているのは眠たい欠伸を我慢しているだけ。私のお馬さんがヒヒーンと元気よく立ち上がっているのは血が集まっているだけだ。それら全て我が煩悩とは無関係だと主張させていただきたい。
携帯のアプリをタッチしていく。
何の気兼ねもする事なくログインすると俺の欲望に反して、スノーは変装した“ユキノ”の姿のまま、高い木の枝に登って座り込み、幹に体を預けて目を閉じていた。
「……う、ううん? なんでそんな所で寝てるんだ?」
体を微動だにせずにマントに包まって眠っていて、下にはスノーがリオと呼ぶトナカイが青草を毟って食んでいた。ちなみに主食はキノコらしい。トナカイとは贅沢な生き物だ。
しかし特別、何か異変が起きた様子はなさそうだった。なぜ自宅で寝ていないのか。そもそも、ここは同じ森だろうか。
ステータスの確認などを行っても、現在地は『エルタニア西南部森林地帯』となっている。間違いなく自宅を作った森の中だ。
眠気が我慢できなくて家に着く前に眠ったとかだろうか。
……いや、違う。
よく見れば、マントに血がついている。目の前には不自然に空いた空間と、大きな切り株が一つ。さらに争った形跡を示すように血が飛び散った跡が残っている。
それにここの景色は何処か見覚えがある気がする。
「なんでか、得体の知れない嫌な予感ってのを感じるぞ」
スノーを起こして事情を聞きたい。けれど、寝ているのならそっとしておいてあげたい。心の中が騒がしくなってくると小田が俺を探しにリビングまでやってきた。その顔はいつものお気楽さはなく、口をへの字にしてバツの悪い表情を浮かべていた。
「ゼタっち、ヘンタイだぞ」
「な、なにが!?」
「まちがった。大変なんだ」
ふざけた間違え方しやがって。一瞬、スノーのスクショの事を言われたのかと思ったじゃあないか。
「ちょいコレ」
小田が見せてきたのは自分のノートパソコン。その画面はサモンズワールド専用に作られた攻略サイト内の『魔物の出現地』だった。
寝起き早々、情報収集とは感心するがそこにはとんでもない画像が貼られていた。
・WANTED ENEMY
『ドワーフの敵・氷のエルフ』
氷属性を使う謎のエルフ。
レベル25以上のドワーフ4人パーティが一瞬で全滅。普通ではありえない強さ。生息地エルタニア西南の森林。
画像もバッチリ載っていて“ユキノ”の姿をしたスノーだった。
「……ええ? ちょ、はあ?」
もはや驚きを通り越して困惑だ。
なんだ、なにがどうした。どうして指名手配されているんだ。いや、そもそも、死んだって嘘じゃないのか。
だって、あのスノーだよ。毎回、暗殺任務一回にどれほど手間を掛けて相手を生かして逃がしてると思っているんだ。
そんなスノーが殺す相手と言えば、よほどの大馬鹿者か死にたがりくらいだ。
「なんか昨日の夜に遭遇したって書いてさ。しかも今、討伐募集されてる」
「おいおい、何でそんな事に……。とりあえず知らせてくれてありがとよ」
「ほいほい。あ、それ朝飯か? 部屋に運ぶ?」
「もち」
こうなればすやすや寝かせている場合じゃねえ。すぐにでもスノーを叩き起さねばならない。
それに何をしたのか事情も聞きだしたい。
「スノー。おきてくれ。スノー」
『んあ……? っ! はい、起きました。どうかしましたか?』
「そりゃあこっちが聞きたいんだが。簡潔になにがあったか聞きたい。三十文字以内で」
『……帰ってきたらお家が解体されて素材にされていたので報復しました』
「ちょっと待ってて」
一度、頭の中で取り込んだ情報を整理する。
たぶん、こうだ。
ドワーフ族のパーティ後一行様方が、我が家にやってきて断りもなく自宅のある千年樹を伐採したのだろう。それは目の前の惨状を見れば大体わかる。丁寧に墓標のように木の板が四枚地面に刺さっているし、スノーが戦ったのは明らかだ。
そもそも千年樹とはなにか。
千年樹は魔鉱鉄を鍛える際の鍛冶屋炭としてよく使われている。樹齢何百、幾千年という木で作られた炭でなければ、魔鉱をインゴットに加工する事すらできないのだとか。確か、ドワーフ国では大量に備蓄してあって、申請さえすればタダで貰えるのだとか誰かが言っていたはずだ。
何故、タダで貰える素材をわざわざ遠出くんだりしてまで採りに来たのかと思うが、そんなモノは想像すれば簡単だ。
取りに来るという事は、物が無い事を示している。
元々備蓄してあった物らしいから、備蓄分が底が尽きたのだろう。需要に対して供給が追いつかなくなったとか。だから千年樹の大木をそのまま必要とした。元々、レア度の高い素材だ。使い続けていればそりゃあなくなるだろう。
で、スノーがそれを撃退……いや、今回は殺したのか。
たぶん相手方のプレイヤーが勝手にスノーを敵と勘違いしたのだろう。そして返り討ちにあった。
『あの、大丈夫ですか? 私の言いたい事は伝わりましたか?』
「大丈夫、大体把握した。それよりスノーは平気か?」
『少し眠いです』
「そっか。それより今はそこにいると危ない。ネットで敵認定くらって指名手配されてる」
『はい? 悪いのはあちらですが?』
「その辺も移動しながら詳しく聞かせてくれ」
『……わかりました』
釈然としない様子のスノーだったが、今はそんな事を言っていられない。本当に攻めてこられたら溜まったものじゃあない。
既にパソコンの方でログインは済ませて、いつでも本気を出せる状態だ。警戒するのは早いほうがいい。
さらに第二パソコンも使用してネット掲示板を表示する。
そしてカリオットに乗ったスノーから昨夜の話を詳しく聞き終えたのだった。その感想だけど、最初から最後まで相手の不注意だったような気がする。そもそも人の家を切り倒して何様だというんだ。マイ○クラフトでも人の作品を壊したらダメだって常識なのに……。
まあ、俺が怒ってもしょうがない。ここは穏便に文化人として会話で片をつけようではないか。
指名手配した枝主に対して返信を入力する。
『そのエルフは僕のアバターです。攻撃しないでください』
『人のキャラロストさせておいて殺さないではないだろ、PK野郎』
うん……。最初の一文で既に交渉にならない気がしてきたぞ。でも負けないぞ、僕ちゃん。
『しかし貴方がたが自宅を破壊したのも事実です。人の家を壊しておいてその態度は図々しいと思いませんか?』
『素材の上に家建ててる方が悪い。そもそもプレイヤーが行動してて何で会話してこなかったんだよ。こっちはチャットオープンしてたぞ』
『ログオフ時はAI自動モードに切り変わります。会話もできません』
『ふざけんな。お前の無責任で俺らのキャラが死んだんだぞ。お前も死ね』
『パソコンをつけっぱなしにしておけとでも?』
『常識だろがタコ』
……どこの電力無限供給会社がバックの常識なんだ、それ。
電気料金の無料プランがあるなら俺にも紹介してくれ。母が喜ぶ。
そもそもAIの自律行動を前提としたプレイスタイルが推奨のサモルドで自律禁止とか馬鹿げてる。
その上、この相手を貶す態度が板に染み付いた言葉遣いが気にいらない。きっと純度100%で自分は正しいと自己肯定しているオツムがハッピーセットな子供だ。お前みたいなのがいるから争いが絶えないんだよ。俺の一番嫌いなクズのタイプだ。
「……はあ。もういいや」
一気に三文書き連ねる。
『お前の常識おかしいわタコ』
『自分の事は棚上げしてる自己中なんかと会話なんかできねえよ』
『そもそも勝手に殺されるほうが悪い』
相手が言っていた文章を真似して言葉を返してあげる。チェスとか囲碁でもよくやる、面倒になると相手の手と同じ手で返すアレだ。自分の言葉を自分に聞かせろと願いを込めて笑顔で丁寧に返してあげる。ただのオウム返しだけどね。
相手も途中で飽きるだろうなと思って観察していたが、いつまでも懲りずに延々とコメントを返し続けている。なにが何でも俺を屈服させたいのか、ある意味感心させられるよ。
その熱意、素晴らしい。感動的だ。だが悲しいかな、無意味だ。
だって途中から俺の意志とは完全に乖離した言葉を使って返答しているのだ。もはや何の話をしているのか俺にはわからない。自分で言った事も忘れるとは俺の頭は鳥頭だな。オウムなだけに。
「あ、そうだ。スノー」
『なんでしょうか?』
「今、お前と戦ったプレイヤー……精霊と、次元の低い罵り合いしてんだけど、何か言いたい事がある?」
『……では、二度と現れないでくださいと。ドワーフ達がかわいそうでした』
「あいよ『貴方のようなクソザコナメクジに使われるキャラが可哀想だとウチの子が言ってました。サモルド向いてないよ、やめれば?』っと」
さて、管理人さんに通報でもして一連の流れの削除依頼でもしておこう。無駄に枠使ったし、残してても邪魔だ。あとでIPアドレスも変更しておくか。粘着されても困るし、IPアドレス変更なんてネットの接続を一時切ればいいだけだしな。
しばらくして鎮火活動も始まり、とりあえず表面的な問題部分は消え去った。
まあ確実に相手の心証を悪くしたし、いつか報復しにやってくるだろうなとは思うけど。
変装でユキノの姿を変えれば完全にもみ消せるけれど、変装したユキノという存在は、精霊騎士団に籍を置いているという設定もある。あんまり使い捨てにできない変装だ。今はとりあえず、エルタニア王都に戻って、今後どうするかを考えるか。精霊騎士団の会議も近く行う予定だし、問題の一角として取り上げよう。
しばらくトナカイに乗って移動し続けていると、スノーがおもむろに声を出した。
『ゼンタロウ……』
「なんだ?」
『精霊を望まない精霊付きを救う方法は無いのでしょうか?』
なんだ、そのかつて無いほどに重たい話は。
そんな話題を俺は望んでないぞ。
「簡単カンタン、そんなの楽勝で思いつくって」
『本当ですか!?』
「おう、マジマジ。今度精霊会議で提案してやるよ」
『では、よろしくお願いします』
よろしくお願いされちゃったよ。実は全然、これっぽっちも考えてないけどね。どうしようか。
なんでもいいから考えよ。夏休みの宿題と同じ運命を辿らなければいいが……。




