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精霊憑き

 思考が、一時停止した。

 殺してくれと、今しがた死んだドワーフは呟いていたのか。



 ふと、怒り心頭で見えていなかったドワーフ達の顔を見やる事にした。


 そこには、怒り所が消え失せてしまうほどに、悲痛と悲惨を織り交ぜたような、力なく憔悴した表情のドワーフ達が居た。


 骨格だけは大きいのに、頬の肉は痩せこけ、皮がダブダブになって、恐ろしく不気味だ。

 服はよれて垢と木くずと砂だらけ、髪や髭はやつれてボサボサ、目の周りは青黒くクマになって沈んでおり、まともに休んでいる風には見えない。



 精霊騎士団にも一人ドワーフがいるが、似ても似つかなかった。ゴブリンの肌の色を茶色くすれば、あんな風になるだろうというくらいに酷い姿だった。



 なぜ、どうして、どうすればそんな風になってしまうのか。



『ササキのドワーフが一撃で死んだぞ!』

『気を付けろ! コイツ、ただのNPCじゃねえぞ!』

『プロテクション張るから集まれ!』



 一人のドワーフの目の前に、みえない壁が一枚出来上がった。


 残った三人のドワーフの精霊達が彼らの意思を無視して戦闘陣形を指揮している。

 だが、遅い。速度に欠ける。ノロノロと動いて、まるで亀みたいだ。


 もともとドワーフ族の足は遅いけれど、それだけという訳ではないだろう。反応速度が遅いのだ。

 まるで、誰かに操られるのを抵抗しているかのように――



「……たのむ……ころしてくれぇ」

「誰でもいい、わしらを止めてくれ」

「もうこんな事しとぉない」


 声にならない程の小さな風が口から漏れて、私の耳まで聞こえてきた。弱弱しくて小さい、簡単に掻き消されてしまうような、か細い声だった。


 そんな言葉とは裏腹に、彼等は武器を手に取り、土属性の防御魔法で身を守りながら彼らはジリジリと詰め寄ってくる。



 正直、気味が悪い光景だ。



『喰らえ!』



 足元の土が突然動き出した。中級魔法クラスの土魔法だろう。潔くそんなものに巻き込まれる訳にはいかないので後退して回避する。すると土が二枚の板に変わり、本を縦に閉じるように私が先ほどまでいた空間を挟み込んだ。


 ドワーフ族は炎と土の二属性に優れた種族だ。恐らく相手の魔法士は土特化なのだろう。プロテクションとやらも、おそらくは土魔法だ。


 ……相手が炎を使うドワーフでなくて本当に良かった。もしそうだったら、最後の確認ができなかったかもしれないのだから。


 氷と闇の混合魔法“シルバーダークネス”を使用する。支配した空間に雪を作り、滞空させ、視界を雪が埋め尽くす。


 気温が下がり、彼らの利用していたたき火も小さく弱まり、森は瞬く間に氷と雪が支配した。



『なんだこれ!? ボス特有の固有フィールドか!?』

『全然見えねえ、つか、SPが勝手に減ってるぞ!』

『エルフなのに氷系の魔法使うのか!?』



 対処法がないのか、それとも知らないのか、彼等は私の居場所を見失ったように見当違いな場所を見ている。

 ゆっくりと近づき、ドワーフ達に語り掛ける。



「貴方たちは、どうして死にたいの?」


 精霊たちはお互いにうるさくわめき散らしていたが、ドワーフ達には私の質問がちゃんと聞こえていたようだ。

 彼らは声にもならない小さな風を口から漏らすだけだったが、その意志はちゃんと私の耳に届いた。



「奴等は、精霊などではない。悪魔だ」

「ドワーフとて、元は妖精族。袂を分かち、独立した種族ではあるが、それでも自然の声は聞こえるのだ。千年樹を伐った時の叫び声が、頭から離れんのだ……」

「……これ以上、精霊共の好き勝手に自身を使われるのは、もうたくさんだ」



 まるで救いを求めるような声だった。

 求めてられているのは、他ならぬ私だった。



「頼む、耳長の。わしらを、楽にさせてくれ」

「…………そんなに、死にたいの?」



 彼らは一様に、その短い首を縦に振って答えた。



「……わかった」



 本当はわかってなどいない。


 なんて身勝手なんだと彼等に怒りを覚えた。


 なんで私に頼むのだと、どうして私なんだと思ってしまう。


 死ぬなら私の知らないところで死んでくれ。そうすれば私は何も思う事などないのだから。



 本当に、迷惑だ。



「さよなら」



 矢が勿体ないので竜骨小太刀を手に取る。

 風属性の魔力剣で切れ味を強化して、見えない壁の魔法に対して一振りを放った。


 見えない壁は蜘蛛の巣を散らすように吹き飛ぶと、プロテクションを唱えたドワーフの首も共に刈り取った。



 首を落とす。

 この殺し方が一番相手を苦しませないとゼンタロウは言っていた。死を実感する痛みと恐怖を極限まで短くする手段なのだと。


 だから首を狩る。一瞬で死なせるために。

 ドワーフの首は硬くて短いから厄介だが、それでも竜骨で鍛えられた“小太刀”という武器は、いとも容易く土のように乾いた皮膚を絶ち、筋張った肉を裂き、太くて強い骨すらも滑るように断ち斬った。


『おい、やべえぞ! なんかわかんねえけど一瞬で死んだぞ!』

『なんでもいいから攻撃しろ――あッ!?』


 更に三人目となる首を刎ねて息の根を止める。


 精霊付きだから強いのかと思っていたが、そんな事はまったくなかった。


 最後の一人は矢鱈滅多に大きな戦斧を振り回し、私の位置すらまともに見えていなかった。近づくのも馬鹿らしい。


 アイスダガーを一本作って軽く宙に放り投げてから、柄を蹴って三人目のドワーフの頭に放った。これくらい速度の乗った投擲でなければ、ドワーフの頭蓋骨を貫けないと思ったからだ。

 氷刃は標的に向かって無回転で直進し、濡れた布で包まれた重たい皿を割るような音を響かせて、頭部に深々と刺さった。衝撃で痛かったかもしれないが、刃の刺さった頭部は途端に氷結し、感覚もすぐに解らなくなったハズだ。きっと楽に逝けただろう。


 こうして、私は一夜にして4人のドワーフの命を奪った。




 もう必要ないと思い至り、混合魔法で作った銀幕の景色を晴らした。

 当然だが、そこには戦いとも呼べない殺戮後の惨状跡が姿を現した。


 首が2つ。死体が4つ。

 汚く散らかって、酷い臭いを放っている。森が汚れる臭いだ。



 落ち着こう。もうここには何もない。彼等の精霊の声も聞こえてこない。


 ここには誰もいない。この森には今、誰もいない。



 私、一人だ。


 ……心が寒くなってきた。



「気を病まないようにするというのも、難しいものですね」




 気分を変えるために肩の力を抜いた。


 まずはこういう時の気を紛らわせる方法を考えよう。



 でもその前に、どうしても憤りが脳裏に過ぎる。


 そもそも、なぜ私がこんな気分にならなくてはいけないのだと。

 どうして『ああ、また人が死んでしまったのか』と思い悩まなくてはならないのだ。


 ここへ帰ってくるまではただ、森の我が家が待ち遠しくて楽しみだった。なのに、それがどうして家を潰され、愛しい大樹を切り倒され、こんな死屍累々な光景を生み出さなくてはならないのかと。



 そう思うと、目の前の色々なモノをすぐにでも消し去りたくなった。


 そうだ、消そう。



「……死体くらいは、弔ってあげましょうか」



 丁度、木材がたくさんある。元は千年樹だったけれども、こうなってしまってはただの木材と変わらない。

 ドワーフの死体を集めて、木材を焚き木にして火葬した。



 その炎を見ている間は、少しだけ、寒さは凌げた。

切腹の介錯やギロチンなど、首を落とす事で苦しみを和らげる方法は現実にもありましたよね。

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