失、我が家
西南に位置する森に向けて移動してから既に数時間も過ぎた頃、もうそろそろ森が見えてくる位置まで来ていた。
ここまで帰ってくるには、自分の足だと一日ほど掛かるだろう。
でも今は馬のような鹿に手綱を付けて乗馬しながら帰っている。トナカイとかいう種らしい。
白と茶の毛並みが綺麗で、二本有る角も左右揃って整っている。魔物みたいな見た目だけれど、寒い土地に住む自然界の動物だそうだ。
もともとは暗殺目標の貴族がコレクションとして飼っていた一頭だったが、可哀想だったので檻から解放したのが切っ掛けだ。その後、何故か懐かれてしまって現在に至る。普段はルピアに預けていたり、何かある時は足として利用している。
名前は『カリオット』と名づけた。吉兆を運ぶ乗り物という意味が込められている。愛称はリオだ。
ゼンタロウからは『ヤック○って名前にしない?』と言われたのだが、危険な予感がしたので却下した。
「久しぶりの我が家ですね」
二週間も離れてたからか。ひとり言を漏らしながら率直に思う。
本当は一夜くらい、王都の宿で休んでから帰ればよかったのかもしれないけれど、早く家に戻ってくつろぎたかったというのもあった。
村に居た頃は自分の家なんて愛着も湧かなかったのに、色々と外で活動をしていると、自分の住処というか……誰にも邪魔されない自分のエリアというのが、とても恋しくなる時がある。
それになにより、立派な千年樹に住めるというのが嬉しくて仕方が無かった。
エルフにとって木とは両親や御先祖様と同じように、愛し、慈しみ、敬う存在でもある。千年もの間、成長し続けた大樹というのはそれだけ偉大だという事だ。
本来、私のような森で生まれ育ってこなかった“闇エルフ”が大樹に住む事など許されるハズがないのだが、森に入った際に千年樹の方から「住んでもいいよ」と声を掛けてくださったのだ。その時は嬉しくてつい飛び付いたほどだ。
どうやら月の女神から受け賜わった『ルナイラ』の弓が、偉大なる森の主たちの心証を良くしてくれたのだろう。同じく、森の中で生活していると遠くでエルフを見かける事もあるのだが、彼等と敵対した事は一度も無かった。ゼンタロウからは「種族友好度が最低ランクだから危ない」と聞いていたのだが……これも弓のお陰だろう。
家はエルタニアの職人達に頼んで、わざわざ木に登って建ててもらった木造の一軒家だ。広さは一部屋分しかないが、それでも夢にまで見た憧れの森の住処だ。
雪も降らないし寒くもない。ほがらかで優しい風が駆け抜けていく。朝は小鳥達が美しくさえずり、昼には陽気な風が葉を踊らせ波鳴らす。夜には月明かりが夜空を照らし、静かに眠りを包み込んでくれる。
考えていると更に待ち遠しい気持ちになる。はやる気持ちが落ち着かなくなる。
千年樹のすぐ横に垂直に伸びる梯子。一段登るたびに激しく揺れるのだが、それがまた心を躍らせる要因のひとつでもある。ちょっとだけ楽しいのだ。
登りきった先に見える扉を一押しすると、ふかふかの羊の毛布で用意された寝床があり、軟らかい狼の毛皮を包まって眠れる。朝陽が上ると丁度顔に光が差し込まれ、心地よい目覚めを迎えることができるのだ。今はそれが欲しくて堪らない。
……少し前までなら考えられなかった贅沢だ。でもそういった嬉しい事が、今後どんどん増えていくのだろう。
そんな風に、思っていたのも束の間だった……。
異変を感じ取ったのは、森に入る手前だった。
夜中で動物達も寝静まる頃、暗闇に融けて活動する者達でさえ物音を立てずに活動するのに、やけに騒がしかったのだ。
人の声、だろうか。それに森から聞いた事の無い、悲鳴のような風が流れ去っていくのを耳で感じた。
「……リオはちょっと待ってて」
カリオットから降りて一人、森の中を疾走した。何故か、自宅に進む度に怨鎖のような悲鳴が続けて聞こえてくる。
嫌な予感はしていたのだけれど、ギリギリまでその事は考えたくなかった。
そして見えてきたのは、火を焚く明かりだった。
何かが、居た。
何者かが、居た。
何者達が数をそろえて居た。
人間よりも低身長で、横に大きい。ほとんどの人物が毛むくじゃらで動き回っている。
皆一様に大きな斧や、妙に新鮮で質の良い木材を持っていた。
悲鳴の正体は、引き裂かれて身をバラバラにされる、千年樹の音だった。
ナニをしているのか、ナニを働いているのか、ナニをしでかされているのか。
理解するのには、時間が必要だった。
私の家があったはずの其処には、私を受け入れてくれた千年樹があったハズで、そこには確かに力強く根を張った大きな大樹が確かにあったはずなのだ。
でも今では、空虚な切り株しか残されていなかった。
やっているのは、4人程のドワーフ達だった。
「なにを、しているんですか?」
思わず、小さな声が漏れ出していた。
でも誰も気が付かない。
奴等は全員、一心不乱に作業を続けている。
切り倒した千年樹の大木を、木材に替えるという作業に集中しているのだ。
「なにをしていると聞いているんです!」
慣れない怒鳴り声を上げた。思わず出てしまったのもあるが、怒りで喉が震えていたのでみっともない声になってしまった。
しかし相手方はそれで届いた用でやっと返事らしい言葉を聞けた。ただし、それはドワーフのものではなく、どこからか聞こえてきているのかわからない、精霊の声だった。
『なんだ? なんかちみっ子エルフがいるぞ』
『お、本当だ。つーか、金髪ロングの弓持ちとかテンプレだなぁ。NPCか?』
『さあ? てか、ほっとこうぜ。なんか面倒くさそう』
また精霊達は私の事をNPCと呼ぶ。いや、それよりも、この精霊達はいったいなにをしているのか理解しているのか。
文句どころでは収まりきれない怒りが、沸々とこみ上げてくる。
「貴方達、千年樹を勝手に切り倒して、どういうつもりですか! そもそも、あの木には家があったのが分かりませんでしたか?」
人の家があるのが見えなかったのだろうか。いや、それにしたって切り倒すなんて非常識にも程がある。
あの大樹が、どれほど偉大な存在だったのか、わからないのか?
『おいおい、面倒くさい相手になってきたぞ。つーかこのエルフ、エネミーじゃないか?』
『そもそも家とかあったのかよ?』
『何とぼけてんだよ、お前。切り倒した時にぶっ壊れたの見て笑ってただろうが』
『あ、そういえばそうだった』
『そもそも千年樹(素材)の上に家を建てるのがいけないのでは?』
四人ほどの精霊が皆して笑いだしていた
そして四人のドワーフ達が木材の加工を止め、斧や長槌、剛剣を手にし始めた。
『さっさと倒して作業戻ろうぜ』
『ほいほい』『了解』『ういー』
なんだ、この精霊達は……。
怒りのボルテージが充ち過ぎていて、まともな判断が難しくなってきた。
千年樹を素材扱い、家を壊した事を悪びれも無く笑い出し、挙句にまるで私が悪いかのように言う。
ふざけるな。貴方達は何様だというんだ。
もう会話する気も起きなかった。
「……精霊付きとは言え、容赦はしません」
ルナイラの弓を持ち、銀の矢を一本矢筒から引き抜き番えた。
ただ最後に、警告だけはしておく。奴等に慈悲などないけれども、これは自分の中でのケジメみたいなものだ。
「私は今、非常に怒っています。控え目に言って激怒しています。今すぐ逃げだして、二度と現れなければ許してやらない事もありません」
『おーい、なんか言ってるぞー』
『エルフとか最弱種族なのにな』
『なんか返事してやれよ、ドワーフぅ』
まともに取り合うことすらしないらしい。
警告は終わった。
右手で番えていた矢と弦は自由に放たれ、空を切って走った。
「……ころして、くれ」
「え?」
そこには、弱弱しく、しゃがれた声の、今にも死にそうだと喘ぎたがっている顔のドワーフがあった。
直後、一筋の銀閃により胸を突き破り、そこには抵抗する様子など最初からなくて、まるで最初から死んでいたような態度で、ドワーフはその場で息絶えた。
カリオット。
乗り物枠は馬(ゼ○伝のエポナ)にしようかビークル(魔道二輪車)にしようかと悩んだんですが、そういえば鹿は聞かないなあ、という事で乗り物はトナカイになりました。きっとスノーが近くにいると涼しいんでしょう……氷属性なところとか。




