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暗殺ギルドの所在

 エルタニア王都の地下には生活水の排水のために地下水路が通っている。長年かけて整備された排水路はいつの頃からか迷宮の如く広がり続け、その全貌を把握している者は数少ない。


 そんな地下迷宮とも言える水路の入り口の一つが、下町と呼ばれる貧民街の一角にあった。元は排水路の整備・管理のために用意された入口だったが、現在は下卑た酒場の看板と薄暗い雰囲気が似合う怪しい酒場が建っている。


 誰も口にはしないが、その酒場は闇系ギルドの拠点として知られている場所でもあった。でも事実は、ちょっと違う。




「いらっしゃい……。見ない顔だな」




 扉を開けると、カウンター越しに不愛想な店主が私を一瞥して顔をしかめる。



「人と会う約束をしています。ハサンに会いにきました」

「あいにく今日は見てないな。何か飲むか?」

「では香りの強いお酒を」

「奥に行きな」



 店内の奥に設置された扉を開いて向こう側へ行くと、今度は個室の扉が並ぶ通路がある。その一番手前の右扉を開くと、今度は一見酒樽の倉庫に見える一室だ。入口からでは酒樽で隠れて見えない場所に地下へと続く階段がある。そこが地下水路の入り口であり、エルタニア王国の闇の世界、地下の街の入口でもある。



 地下水路の中は明るく、ある程度は生活空間の余裕があった。


 そんな中である一定の人々が活動している。表に出られない者だとか何処かから逃げ出したとか、脛に傷のある者ばかりだ。


 その上、偶に人に扮して紛れた魔物もいるのだから驚きだ。ターバンで顔を隠したホブゴブリンに獣人のフリをしたコボルトだ。そうした魔物は知識を有し、人の言語を操り、我々の生活に入り込もうとしている。一般的な魔物のように本能で暴れたりはしないのが不思議で仕方が無かった。初見の時は怪しさのあまり殺すべきかと思ったが、現在は放置している。


 魔物は神様への反逆者でしかないというのが教会の教義にあったが、彼等にその意図を感じることは無かった。むしろ、あの手の魔物が今後どうなっていくのか、観察する方がよさそうだとも考えた。


 私もある意味、彼等魔物と似ているからだ。

 なにせ私も、神の意に背いた闇エルフの末裔なのだから。



 そんな私だけれど、こんな場所に住むのだけは嫌だとは思う。なにせ、臭い。


「相変わらず鼻が潰れるほど酷い場所です」


『生活排水に死体の腐乱臭、薄汚い犯罪者とドブネズミの巣窟だからな。でも違法薬物を垂れ流してたアホは処分したんだから以前よりマシだろ。その辺で馬みたいに糞垂れる奴も減ったし』


「……その話は思い出したくないですね」



 その話題は、私が暗殺ギルドの仕事で数少ない殺害(しっぱい)をした一つだ。


 標的はとても如何わしい薬を売り捌いていた貴族だった。一応説得しようと試みてはいたが貴族は耳を貸さず、最終的には殺めてしまった。死んでほしくなかったが、下町の人間が奇病になるのを減らす方が大事だったので「已むを得ない事だった」のだと自分に言い聞かせていた。……ちなみにその後、ゼンタロウの提案で教会に多額の寄付をして奇病の人達に治療の依頼をして『慈善事業みたいな仕事だったな』と最後に締めくくっていた。その一言のお蔭で、あまり気に病む事も無かったのだから今も暗殺ギルドにいる。


 人殺しに善悪などないと頭ではわかっているが、誰かに許してもらえると気が楽になる。それがたとえ実態のつかめない精霊だったとしても。


 自分でも難儀な性分だとは思う。

 人が当たり前のように死ぬこの世界で、人が死ぬ度に物悲しい気分になるんだから。




 妙に感慨深い気分になりつつも、地下水路の中でも入り組んだ通路を進み、やっと目的地である壁に設置された重い扉までやってきた。この先が暗殺ギルド……というより、暗殺ギルドの長で私の師であるサルタルの隠れ家だ。


 本来はノックを三回、間を空けてから更に二回、それから返事を待つことになる。


 しかしそうしていると時間が掛かるのを知っているので、無断で鍵開けをして侵入する。鍵を氷で作るだけで割と簡単にできる。



「サルタル、いる?」

「やはりスノー、お主か。相変わらず気配も消さずに、ようするわい……」

「シノビは忍ばないものだと精霊ゼタが言っていた」

「……まあよい。さっさと上がれ」



 部屋に入って変装を解く。一般女性としてのマントや服を脱ぎ捨て“狩人ユキノ”としての姿になる。


 黒髪は単なるカツラで、それを取るとエルフによくいるらしい金色の髪を見せる。こっちの金髪は魔法学院で作られたマジックアイテムを使っている。一滴ほどの雫を飲むと、自毛の色が特定の色に変化する効果がある。持続時間は24時間ほどだ。


 錬金術と薬草学の知識が必要らしくて、結構な値段がする一品だ。それでも必要経費として購入している。


 ユキノでもない、自分本来の変装を解いた状態は、暗殺ギルドの任務時か、エルタニア辺境の森に建てた自宅にいる時だけとなっている。



 用意された椅子に座ると、さっそくサルタルが小言を漏らし出した。


「いつも言っておるだろう。ノックは3回、さらに2回だと」

「遅いから待てない」

「まったく、師匠不幸な弟子になりおって……」

「――て、精霊が言ってた」

『あれ、俺の所為にされた?』


 でも実際にそう言っていたのはゼンタロウのハズだ。

 それはそうと、アイテムを入れていたリュックからサルタルにお土産を渡す。


「火炎竜の鱗です」

「うむ? おやおや、竜の卵をとってくると言っておったから、てっきりドラゴンエッグが食えると思っておったんじゃがな」

「そんなのムリ。落ちてた鱗を拾うくらいしか余裕が無かった」



 火炎竜……ファイアードレイクというドラゴンは北東の遠い山の洞窟を根城にしていた。


 前評判ではかなり凶暴な性格で、口から火を噴き、全身が燃え盛んでいて、近づくだけで身体を燃やし尽くされる……とされていたのだが、アゲイルとの会話であっさり卵を一つ譲ってもらえたのだった。本当によかったと心の底から思う。


 勝てるなんて考えもできなかったほど圧倒されてしまったからだ。


 正直、ドラゴンなんて二度と遭遇したくない。


 そもそも口から火を噴く時点で相手にしたくなくなった。




「まあよい。無事に帰ってくるとは思っておったが、今回は長旅じゃったからのう。少し心配したわい」

「心配ありがとうございます。でも問題なかった」

「そうじゃのう。……だが油断するなよ。ただでさえ依頼未達成が半分以上を占めておるんじゃからな。というか、ワシはそっちの方が心配でいつも胃に穴が開きそうじゃわい」


 未達成……とは言っても、依頼主は標的が死んだと思い込んでいるし、標的は既に海の向こう側だ。別の大陸に移ってしまっている。標的自身にも戻ってきたら今度は容赦なく殺すと伝えている。戻ってくる事はないだろう。うん、詐欺じゃないかと自分でも思うけど、どうせ二度と会わないのならば死んだのとそれほど変わりないと思うのだ。


 それでも何かあったら……まあ、うん。――どうするかはその時に考えよう。



「大丈夫、問題ない」

「まったく、こっちは毎回顧客にバレんかヒヤヒヤもんじゃというに。お前さんみたいな奴は生まれて初めて遭遇したわい」

「そうなんだ。みんな、真面目なんだね」

「……ワシも相当なはみ出し者じゃったが、お主は一等突き抜けとるよ」

『本当にスノーは成長したよな』

「褒めないでください」

「褒めとらんわ」



 ゼンタロウに返答したのだが、サルタルに呆れられてしまった。あと、ゼンタロウの声に混じって精霊マダオが『スノーちゃん完全にゼタっちに毒されまくってるよね』と聞こえてきた。……自分は毒されていたのだろうか。少し、いや、結構、かなり心配になってきた。



「と、いつまでも歓談しているわけにはいかんな」

「お仕事?」

「ああ、そうだ。と言っても、依頼ではない。今は様子見をしておくべきじゃという話だ。しばらくは依頼を引き受けるなよ?」

「何か大きなことでも?」

「わからん。ただ、いつもは内側の暗殺依頼が多いのだが、最近は外の状況を知りたがる奴が多くてのぉ」


 内側と外……というのは国内と外国という意味だ。

 暗殺任務の対象者は国内の人物を消してくれ、というものが基本だ。稀に外国へ逃亡した者を獲ってこいという話もあるらしいのだが、経費も時間もかさむのであまり引き受けたくないらしい。よって、高額でなら引き受けるというスタンスなので、依頼はほとんど来ない。


 いや、今はそういう話ではなかったか。外国の情報を知りたがっている人が多いという話だったか。



「情報屋が怯えておるわ。権力者が外の情報を知りたがると、戦争になるかも知れぬとな」

「なぜ、戦争になると?」

「さあてな。ワシもその辺は詳しく語れるわけじゃあないからな。だが――ワシは今回の件、精霊絡みだとは思うておる。スノーももうわかっているとは思うが、精霊付き達は強い。たった一人で一騎当千の戦力がある。“戦いは数である”という兵法の常識を覆すほどだ。はじめは僅かな人々しか精霊付きではなかったが、ココ最近は国内外問わず、その数を増やしてきている」


 増えてきている、のだろうか。


 でも、普段は精霊付きかどうかなんてわからないし、気にもしていない。ひとり言をしていて、でも誰か相手がいる様子なら精霊付きだと判断できるが、そんな事を日常的にしている人はあまり見かけない。


 だから精霊付きかどうかは、本人がそうだといわない限りはわからないのが現状だ。



「精霊付きの騒動は、人間とドワーフに顕著に現れていてな。その手の揉め事がよく聞こえてきておる。まあ、妙な騒ぎには気をつけることだ。いいか?」

「わかった。気をつける」

「……本当にわかっておるのかのお、この娘は」



 この時はまだ、サルタルの忠告をどこか他人事のように受け取っていた。



 自分も精霊付きだ。


 ゼンタロウという心強い精霊がいる。


 大抵の精霊付きならまだ戦える。


 エルフ種の中でも一番強いと言われ続けた自負もあった。




 そんな風に思っていた。助長していた。調子に乗っていたのだった。




 だから、この後の出来事はきっと『調子に乗るなよ』という……神様からの天罰だったのだろう。

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