マリー・アントワネットの真偽
エルタニア王国に戻ってから数日後の事。
王都では現在、花火を打ち上げたりして盛大な祭りを執り行っていた。
商店街や中央通が賑わう様子がスノーを通じてよく見える。アリッサはメインである高台付きの馬車の上で、威風堂々とした姿で民衆に迎え入れられている。
彼女を囲んだ魔法使い達が花吹雪を魔法で降らせ、その後ろから音楽隊が高らかに音色を轟かせて追随している。街は多くの人で盛り上がり、アリッサを祝福していた。
アリッサが聖剣を引き抜く。その瞬間に立ち会いたいと思う民衆が国中から集まったのだとか。
スノーは現在、騒音に耐えかねて教会よりも離れた場所の魔法学院の塔の上で、足を宙にブラブラとさせて、その様子を見ていた。
俺も学校の中庭ベンチで『サモンズワールド』のアプリでその様子を見ていた。
「賑やかなモンだな」
それに比べて、俺は溜息を半分吐きかけた。あの騒動の事を思い出してしまったからだ。
結局、抜け策王子はその場に放置してきた。アリッサも、極めて何事も無かったかのように振舞って王都への帰路に戻った。
だが、彼女からにじみ出る不機嫌なオーラに、誰も言葉を掛けることができずに、居心地の悪い空気で王都へと帰還する羽目になった。あの時の締め付けるような沈黙はしばらく忘れる事はできそうにない。現在は本格的な縁切り状態である。
それというのもスノーとの不和が原因であるので、俺としてもなんとも居心地の悪い立場だ。今回は本当に失敗した。ちゃんと俺がストップを掛けていれば、ココまでアリッサとの関係が拗れなかった。今度からは細心の注意を払って円滑にパーティを盛り上げていきたいものだ。そのためにも、既に何人かのプレイヤーがこのエルタニア王国目指して移動をしている。その中には魔法研究分野で有名な“ころぽん”さんや、以前スコアランキングで10位だった“奏”のプレイヤーさんもいる。
これは勧誘したいところではあるが、気が合うかどうかが第一条件なので、それとなく誘ってから切り出すべきだろう。
とにかく、彼等を迎えるまでは特に大きなことをする予定はない。
それに今回の王座争奪戦で資金は潤沢になった。
王族の護衛依頼として受けた報酬分と、討伐した魔物の討伐賞と素材の換金。初期の武器購入などでアリッサから借りた分など、とうに通り越していた。これだけ手持金があれば、しばらく武器などの購入にも困らないだろう。バデレールとナックルダガー一本は敵に投擲した後、そのまま持っていかれたらしく、再び購入したいと考えている。できれば、ドワーフの国の武器が良い。あっちの武装は魔鉱と呼ばれる特殊な鉄を使っていて、軽くて丈夫なのだとか。ミスリル鉱とかそのあたりだろう。高いらしいが、是非とも欲しいものだ。
そもそもスノーは傷を負うことが少ない。回避重視に考えたスタイルなので、怪我をしないことがほとんどだ。回復薬や包帯などを買う分が少なくて済む。
今後の事を考えると、夢が広がる。
それに近くゴールデンウィークが待っている。三日間引き篭もる準備は順調に進んでいる。クラスでは既に中間テストに向けての復習をしている者達がちらほらと見られるが、俺にとっては知らんことだった。
『ゼンタロウ、少し聞いてもよろしいでしょうか?』
「お、なんだ?」
『ユリアス王子を二度も殴った人、あれは結局どういう事だったのでしょうか?』
「今さらその話する?」
以前もそうだったけど、スノーは数日前だったり一週間も前のちょっとした事をずっと覚えている節がある。また一人でわからない事を考えて悩んでいたのだろうか。
それとも気まぐれな性格になったから、これも気まぐれなのだろうか。
「その質問って真面目に答えてほしい? ふざけてほしい?」
『できれば真面目に』
「OK任せな。待っててくれ、無敵のストーリーテラーが今から銀河鉄道に飛び乗って時空を超えお届けするぜ。昔々ある所に大変美形で頭の弱い男の子と、髭の生えたイケナイオジ様がおりまして――」
『ゼンタロウ、怒っていいですか?』
「俺の嫌いな言葉は一番が真面目で、二番目がクソ真面目なんだぜ!?」
『インフェルノ』
はいはい、わかりましたよ。遊ばせてもくれないんだから。
とりあえず気まぐれじゃあなくて、いつもの通り悩みの迷路に嵌まって抜け出せない方だったんですね。
仕方ないから、思考を切り替えてから話し始める。
「そもそもスノーはアレを見て、どう思ったんだ?」
『……悪人だから殺さなければいけない。という理屈はわかりました。ですが、彼はその悪人を庇った』
そういえばあの時、兵士の一人を殺して王子を殺せなかったのは、義経弁慶のやり取りの如く、彼が王子を庇ったからだという。
これは、ラックさんから聞いた話でスノーが知っていたとは思わなかったが、よくよく考えてみればスノーの感知能力はずば抜けて高い。事、音に関しては人間の想像を遥かに超える精度を誇っている。それを思えば、スノーにとって小声のやり取りなど無意味な事だったのかもしれない。
『あの兵士は自分が殺される事によってユリアス王子を守りました。精霊ブラックラックが言っていたように、生きているだけで周囲を不幸にするのがユリアス王子であったなら、彼が王子を庇おうとする考えが私にはわかりません。ゼンタロウなら、答えを知っているのでは?』
相変わらず無駄に考えていらっしゃる。確かに答えられるけど、俺のは正解ではないはないからな。
「スノー。『月の御神殿』でゴブリンを像に飾った時の事を覚えているか?」
『ええ、あの悪趣味な芸術ですね。それが何か?』
「ものの見方はそれと一緒だ。前だけ見てもダメなんだ。横からや裏から見ると、物事の見え方も違ってくる。“物事とは二次元的ではなく、常に三次元である”」
『にじ……? さんじげん? なんでしょうかそれは?』
困った。知識のない者に教えるのは難しいな。平面と立体の説明はやめにして、もっと良い具体例を考えた。
「スノー、今度は真面目な昔話だ。誰もが知る有名な国で、一つの時代の節目に、とある王妃様がいたんだ。その人は美しくて純粋で皆に愛されるような人だったけど、反面、お金を湯水の如く使う人で軽率、わがままって言われた人なんだ」
『その人も悪人なのですか?』
「さぁてな? この辺が一番スノーに聞いてもらいたいところなんだが、この人はちょっと前までは、どうしようもない王妃と思われて、世界中にその名が悪名として広がっていたんだ。いわく民衆が餓えで苦しんでいる際『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』という台詞があるくらいだ」
『無茶苦茶ですね。その人』
「と思うだろう? でも今では全く違った評価を受けている。王妃は確かにお金をよく使っていたけど、それは貧しい人達のために必要な資金で、王妃は自分の家財まで売り払って国民を愛した……まるで太陽のような人だとか。パンが云々の台詞は言ってないし、悪評は全て作り話だなんて言われてる。今では悲劇の王妃なんて扱われているよ。その原因は、他の貴族達が王妃を悪者にするために悪評判を広めていたのだとか言われてたな」
『……その人の最期は?』
「多くの民衆に恨まれながら処刑された」
まあ、かなり端折ったけど、概ねマリー・アントワネットとはそのような人であるらしい。まあ、俺だって可哀想な最期であるとも思うけれどな。あるいは報われない悲しい結末にしんみりしてしまうかもしれない。でも、俺はひねくれているのからなぁ。
『酷い話ですね』
「今の話を真に受けるのか?」
『では、嘘だったと?』
「嘘かもしれないし、本当かもしれない。俺は考えるだけ無駄とさえ思うよ。こんな事言うと歴史家達は怒るかもしれないけど、あいつ等いつも間違えてるからな。『あの歴史の人物は、本当は~~かもしれない』なんて何度聞いてきた事か。だから正直、真実なんてどうやったってわからないし、後出しでいくらでも変えられるからさ、鵜呑みにしないことにした。今のところ誰も否定していないのは、王妃は実在して、最後には本当に処刑されたってことだけさ」
だから俺はマリー王妃を悪と否定する事もしなければ、善と肯定する事もしない。よくも知らない他人がその人を決め付けるのも良くない事だしな。
「話を戻すぞ。今回の抜け策……ユリアス王子の件だけどな。同じ事が言えるかもしれない。確か、疫病が流行った時に奴隷乱獲したとか、疫病を広げたとか、家畜をダメにした後で売りつけたとか、貴族の女の子を買ったとか、兵士を使って乱暴したとか。ラックさんはそんな事を言ってただろう?」
俺も意外と憶えているもんだな。数個ほど抜け落ちている気はするけど、まあいいだろう。
「もしかしたらユリアス王子は、疫病を持ち込まれない為に難民を捕まえて追い返したかもしれない。疫病が広がったのは単純に事故だったかもしれない。家畜がダメになった村へ質が悪いという理由で安く売ったのかもしれない。貴族の女の子の件は身内の誰かが恨んでいたからで、その恨みを晴らさせる為につれてきたのかもしれない。まあ良い風に考えればいくらでも脚色ができる。そもそもその問題は、俺達は全く関わってないし、何一つ正しい情報のない、又聞きレベルの話だ。解らなくて当然だ」
『何故そこまで考えるんですか……。まさかゼンタロウは精霊ブラックラックを嘘つきだと思っているのですか?』
「情報なんてどこで捻じ曲がってるか知らないものさ。ラックさんじゃなくて、アリッサから聞かされた時に歪んだ可能性もあるし、アリッサの前のどこかで、なんて事もある。……いや、問題はそこじゃあないか。アリッサ達にとってユリアス王子は圧倒的悪だった。でも死んだ兵士にとってユリアス王子は善なる存在だった。たったそれだけの話だ」
『……なんだか、考えても仕方がないように思えてきました』
「そうそう、そんなもんでいいんだよ」
まあ、俺としてはユリアス王子なんて、やっぱり抜け策王子で、スノーに戦士ギルドを差し向けたのは間違いないのだから、敵認定していいんだけどね。あれは救いようのない敵である。……今のところは。
「で、悩みは済んだか?」
『悩むのを全否定された気分です』
「そんな事ないって。大いに悩むべきだ」
本当は全否定してますけどね。まあ、言わぬが花である。本来、自分の哲学なんてモノは自分で悩んで獲得すべきものだと俺は思う。
スノーのAIがそこまで進化するかどうかは知らないけど、面白そうだからこのままでもいい気がする。
それに、俺自身、ココまで話し込んで楽しんでいる気がしている。やっぱり女の子と話すのは楽しい。特にリアルじゃないのが良い。現実の人間関係なんて本当、面倒くさいだけだからな。
『……ゼンタロウ。もう一つ、よろしいでしょうか?』
「なんだ、まだ悩みがあるのか」
『悩み、とはまた違いますね』
その時、教会の方で、ワッと歓声が響き渡ってきた。
たぶん、アリッサが聖剣を引き抜いて教会から出てきたんだろう。長いこと話し合っていたものだ。
それを遠いまなざしをしてスノーは口を開いた。
『私は、もっと人を知りたいです。知識を得たいです。経験したいです』
なんだか、いつものスノーらしからぬ言葉であった。
「どうしてさ?」
『強くなりたいです。強くなければ、アレに使い潰されるかもしれませんので』
アレと――聖剣と思わしき白金の直剣を手にしたアリッサに向けて、スノーは確かな敵愾心を持って言った。どこで染み付いた感情なんだか、ほとほと困ったものだ。無闇に人を敵と見定めるのはよくないと思う。
でもスノーが強くなるのは俺としても大賛成だ。
「任せとけ。スノーが望むんなら世界最強くらいにしてやるよ」
『はい。よろしくお願いします』
スノーは最後には遠くで歓声を挙げている集団を見下ろしては、ついに見ることを止めて塔から去った。




