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抜け策王子、来てたんだ

すみません、遅れました。あと短めです。


「フザケルな!」


 岩肌の絶壁と、生い茂る草木の合間にある開けた土地に、少年の怒鳴り声が鳴り響いた。


 少年は身形の良い服を着た美男子で、アリッサと同じ赤い髪をしていた。腰には細剣を装備しており、その装飾は平民階級が持つような無骨なものではなく、意匠を拵え、宝石をあしらった芸術品であった。


 彼こそはアリッサ・ドラン・エルタニアの異母弟、エルタニア王国第一王子ユリアス・ドラン・エルタニアその者である。


 王子は本来、王城内にて謹慎中となっているはずだが、現在王城にいるのはユリアス王子の影武者でしかなかった。本人はアリッサの読み通り、アリッサ達が攻略したダンジョンの後を追い、最後のダンジョンである『太陽の御神殿』にてアリッサを王座争奪戦から引き摺り下ろし、最後には自らが最終的に勝利を収める算段を企てていた。アリッサの弟であるユリアス王子も、これならば出し抜けると判断していたのだったが。


「リィン・ディーナ大佐! よくもおめおめと帰ってこれたものだ! この役立たず!」

「誠に申し訳ございません。私の力が及ばず……」

「そんな聞き飽きた言葉でこの状況がどうにかなるとでも思っているのか!? 戦士ギルドの手練18人が、たかが数人相手……しかもダンジョン攻略後に疲弊した奴等をなんで倒せないんだよ!! おかしいじゃあないか!!」

「……彼等が、想定以上に強すぎたとしか、言いようがありません」

「それこそフザケルな、くそったれ!!」


 ユリアス王子は怒りが抑えきれずに膝を突いたリィン大佐の肩を大胆にも蹴った。しかし大佐の体は岩の如く不動であり、逆にユリアス王子は蹴ったつま先を痛々しく掴んでうずくまっていた。

 それを心配して駆け寄ろうと思うリィン大佐は、ユリアス王子の恨めしそうな目を見て、目を瞑ることでその醜態をなかったことにした。


「クソ、クソクソ! ジェノバのクソッタレ! 勝手にくたばりやがって! アイツが全部悪いんだ。なにが全部自分に任せてくれだ! 大口叩きやがって! 自分は死なないだぁ!? 簡単に死んでるじゃないか!」

「精霊に見初められた者は精霊と出会うまでの間、不死の加護を得るという物でしたが、眉唾だったか……あるいは彼が嘘吐きだったのでしょう」

「そんな事、言われなくてもわかってる! そもそも、他の連中はどこへいったんだよ! あと、なぜベレッタがいない!」


 他の連中……というのは、リィン大佐と共にアリッサを討ちに行った者達のことだ。


 この場に少しだけ残っているのは王子直属の部下達3名で、彼等は戦士ギルドの傭兵として雇われた形でここに居る。


 しかし、王子とは関係のない約10名ほどの純粋な戦士ギルドの傭兵達は、怪我で離脱したり、敵に恐怖を覚えて逃亡したり、相手が盗賊団ではなかった事に不満や怒りを覚えて去ってしまったのだ。善太郎が想像していた“帰還時に待ち伏せをする”という作戦は戦力不足という面で既に破綻していた。



「傭兵達は残念ながら依頼を放棄しました。それから、ベレッタですが――」



 ベレッタはリィン大佐同様、ユリアス王子専属の一兵士で黒装束を纏った男の事だ。元は暗殺ギルドの一員でユリアスのお得意先であったが、引き抜きに成功したユリアスの専属となっていた。


「雇った傭兵の話では、精霊付きのエルフの少女に殺されたとの事です」

「また精霊付き……。なんなんだよ、精霊付きって連中は!!」

「教義には“神によって選定された運命の子等”とありますが、それ以上はわかりません。……ただ、精霊付きとなった彼等の成長速度はあまりに異常です。アリッサ王女ですらそうでした。三人の戦士を相手取っても、まるで大人が子供と戯れているかのような力量差がありました。以前のアリッサ王女と同一人物とはとても思えない、錬度や技術はもはや異次元だと言っても過言ではございません。いまや国内に……あの三人の精霊付きに勝てる者は居りません」


 リィン大佐は実感として、それが真実だと考えた。考えてしまった。もはや敵わないと、諦めたのだ。



『精霊付きに対抗できるのは、同じ精霊付きだけ』



 今、この世界(トラキオン)に蔓延し始めている風潮に、リィン大佐は間違いなく気がついた。だが、それに気がつくのが今では遅すぎた。

 ジェノバさえ、本来の精霊付きであったのならば少しは違っただろう。だが、アレでは何の役にも立たない木っ端でしかなかった。



「ふざけるな……そんな言い訳じゃ、どうにもならないんだ。もうお終いだ……」


 ユリアス王子が諦めるように切り株に座ってうな垂れると、リィン大佐が立ち上がって王子に近寄った。


「まだ、終わってません」

「……お前は、事の重大さがわかってない。まるでわかってない! このままじゃあ、王位をあんなイカレタ女に奪われてしまうじゃあないか!」



「ほお、私はそんな風に思われていたのか」



 その時、この場にいないはずの女性の声が場に割り込んだ。


 ユリアス王子が心臓を止めてしまったような態度で声のする方を見た。そこには、燃えるような赤い髪をしたアリッサの姿があった。リィン大佐もすぐに反転し、アリッサに対して睨みを利かせた。


「あ、姉上……な、なんでこの場所が……」

「ああ、ウチには索敵が優秀なエルフがいるんだ」


 王子達一行は気付いていなかったが、谷の上方に、木の上からスノーがずっと目視していた。スノーからすれば自分達がココにいると宣伝しているようで罠かもしれないと疑っていたようだ。が、そんな事は一切なく「そんなに慎重になるのなら一人で行く」とアリッサが単独で切り込みに入ったのだ。



「さて、久しぶりに見た顔があるな。確か城で謹慎中の愚弟が一人居たはずだが、彼奴と顔も声も背格好も何故か似ている。しかも私を姉上と呼ぶか。随分と、我が愚弟の真似が達者な奴がいるではないか」



 アリッサはワザと目の前の弟を偽者だと断定した。この際、切って捨ててしまった方が国のためだと。暗躍もまともにできぬ愚か者など、アリッサにとっては殺処分すべき対象でしかなかった。

 この場にいる全員が、アリッサの威圧に押されていた。



「さて、私は今機嫌が悪い。死にたくなければさっさと降伏するんだな」



 無骨で幅広い剣を腰から引き抜き、片手で剣先をユリアス王子に向けた。



「安心しろ、そこの愚弟以外は見逃してやる」



 アリッサは非常に愉快な表情で彼等を嘲笑っていた。

素でユリアスをユリウスと誤字ってました(修正済み)。もう本当、彼には早く退場して貰わないと……。

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