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柳のように構えよ

 戦闘が終わった後、キャンプの被害確認もせずに、あてもなく周辺を歩き廻る事にした。


 気持ちが抑えきれなかった。


 よくわからないまま、何をしてもいいのかわからなくなって……。

 月明かりを頼りに散策しては、見つけた崖の前で足をぶら下げて太陽を待っていた。


 自分でも、何をしているのかはわかっていない。


 脳裏に埋め尽くす歯痒い感情だけが、自分を支配していた。



『おはようスノー! 今日は一日休み――……なんだ、どうしたんだ?』



 朝日が昇る直前、空が朝焼けでオレンジの光と、ゼンタロウの声が同時に現れた。


 いつもより、とても早く帰ってきた。

 偶然なのか、理由でもあるのか。この様子だと偶然だと思うけど、今はそれが凄く嬉しくて、頼もしくも感じた。



『血まみれじゃないか! 戦闘があったのか? 怪我は……してないか。うーん? おーい、スノー? スノーさん?』


「怪我は……ありません。すべて敵の血です」


『そっか。ならいいんだけど……。いや、良くないな……。なんだこれ、性格欄がバグってる。何があったんだ?』


「私にも、私がわかりません」



 何かが、変だった。胸の中が騒がしいくせに、静となって押さえつけられている。


 まるで、もがきたいのに手足を縛られて動けないような、そんな感じだ。



『全然落ち着いてないな。……今、周りに誰かいるか?』

「いない、と思います」

『そうか。じゃあ、そうだな。一旦、目を瞑ろう』


 目を瞑って、何かが変わるのか。

 でも、言われた通りに目を閉じてみた。


 だが、相変わらず落ち着かない気分は解消されない。



「あの、これになんの意味が?」


『ちょっとしたリフレッシュ。脳って筋肉みたいに疲れても痛いとは思わないからさ。知らないうちに疲れてるもんだ。……本当は寝たら休むんだけど、落ち着かないままじゃあ眠れないだろう。とりあえず目を瞑るだけでもマシになるから、騙されたと思ってやってみ』



 脳が疲れる。よくわからない理屈だ。



『深呼吸してみよう。それで、話したい事が出てきたら、好きに話してほしい』



 話したい事。聞いて欲しい事。解決してほしい事。


 ある。いっぱい、あった。今、それをすぐにでも言いたかった。



「落ち着きません。焦ったり、苛々したり、気分が冷めたり、心が落ち着きません」

『……それは一つの事で?』

「いいえ、いいえ。違います。違うんです。色々あって、色々重なってて、それで――なぜか、どうしようもなくなりました」


 ダメだ。上手く説明できない。色々なんて言ってわかる訳がない。

 情けない言葉だ。自分でもわかってるのに、それをうまく解消できないでいるのが、もっと情けない。


『色々かぁ。そりゃあ難題だな』


 それなのにゼンタロウから、もう大丈夫だと、言われたような気がした。


「わかるんですか?」

『なんとなくだけどな。でも、もうちょっと詳しく話してほしいかも。順番に、教えてくれ』

「……えっと、はい。初めにキャンプに近づく集団を感じたので、それを確認しに行きました。それから――」


 人を見つけて、怪しかったので去るように警告した。死なせないように配慮したつもりだったけど、いきなり現れた黒装束の男に邪魔をされて、無力化して――


 殺してしまった。たまたま殺した。残すと危ないから殺した。腹が立ったから殺した。


 全員で四人、この手で殺した。



『……スノーは人を殺すのが怖いのか?』


「怖くはないです」



 それだけはハッキリとわかる。この手で人を傷つけようが構わないと思っているのは間違いない。


 罪悪感など、毛ほども感じなかった。



 でも、死なせるのは嫌だと思っている。



「私はただ、死なせたくなかったのに――」



 でも奴らは、自ら死にに来た。ムカついた。許せなかった。怒りに指が震えた。


 だから、あんな奴等は魔物と同じだ、関係ないと決め付けようとした。

 魔物であれば、こんなにも心を動かされなかったはずなのだ。


 でもそんな私の心を見透かしたように、奴等は自分達が人であると言うように、私の言葉で撤退を決めた。傷ついた仲間を連れて、帰ってしまった。


 それが彼等を“魔物”ではないと証明せしめた。



「――腹が立ちました」



“人”が死ぬなんて許せない。人が死ぬ度に、私の心が冷たくなる。

 それがまたどうしてなのかもわからないけど、腹が立って仕方がなかった。



『どうして怒ったのか、理由はわかるか?』

「わかりません。ですから困ってます。ゼンタロウはわかりませんか?」

『いやぁスマン。俺も人なんか殺したこと無いから、ちょっとわかんない』


 ゼンタロウは「ハハ」と一笑してから答えた。途端に頼りなくなり、どころか憤りに変わりそうだった。


「真面目に聞いてください」


『聞いてるって。でもな、スノー。なぜ“怒っている”のかは、スノーが自分で答えを決めてくれなきゃ、わかんない話だ』


「答えを決める?」


『そう。決めつけるって言っても構わない。この世に万人にとって正しい答えなんか存在しない。考え方は十人十色だからな。どうしてスノーが怒りを覚えるのか、よく考えて、選んでくれ』


 よく考える。

 考え方を選ぶ。


 人が死ぬのが、許せない理由。


 わからない。

 わからないけど、それを今から決める……?


「それは――」



 死んでほしくない理由。


 なぜか。


 ……誰かが死んだら、人が消えていなくなるから、だろうか。


 人が消えると寂しくなる。

 寂しいと余計に寒く感じる。元から寒いのに、音もなく消え去ってしまう。



 この時、どうしてか脳裏には故郷の雪の村を思い出していた。



 一人、また一人と、私の視界から消えてゆく。


 最後にはたった独り、雪の景色の中に取り残される光景。



 雪と氷と白い獣に阻まれた氷獄の村。



「――ひとりぼっちに、なるから。寂しくなるから。死ぬのが、許せない。みんな、私を残して先に逝ってしまうのが、許せなかった」



 辛かった。


 一人で過ごす雪の朝も。

 ただ生きるためだけに過ごす昼も。

 吹雪に荒れる風音に怯えて、一人暖炉の前で身を抱く夜も。

 凍える夜に虚しく布を被り、ひたすらに13の歳を待ち続けた毎日が、死んでも構わないと思う程に、辛かった。



「私は……独りっきりになるのがイヤだった」



 それが知らないうちに、人の死を忌避するようになっていた。という事なのだろうか。

 そう、かも知れない。他人が死ぬ事で、同情ではなく、自分の感情で怒りを覚えるなんて……。


 ずいぶん、独りよがりな思考だと思えた。


 我ながら身勝手で、歪んだ思考だ。



『一つ答えができたな』

「……自分が嫌いになるかもしれませんが」

『自己分析なんて大概そんなもんだ。それにあんまり深く考えない方がいい。答えなんてコロコロ変えても構わないんだからさ』

「いい加減ですね……」


『世の中、いい加減なくらいで丁度いいんだぞ? 有名な話を聞かせてやろう。太くて硬い大樹は一度の嵐で簡単に折れる。だが細くてしなやかな木は嵐を受け流して決して折れない。考えは柔軟に変えないとダメだってことさ』


「……ただの詭弁なのに、なぜか納得してしまいそうな言葉ですね」

『納得する。良い言葉だ。それさえあれば大概の事は受け入れられる』


 そう、なのだろうか。ゼンタロウが言うのならば、たぶんそうなのだろう。

 間違っているとも、思えない。


 ただ、真実とも違う気がする。


 ただの個人的な思想の話。


 生き方の問題だ。


 むずかしいな。

 あるいは難しく考えすぎているだけか。



『そうだ。スノー、自分の頭をちょっと撫でてみ』

「また、なぜですか?」

『いいから。ちょっと頭のてっぺんから、後ろに向かって優しくな』


 何がしたいんだろうか。よくわからないが、言われた通りにしてみる。


『もうちょっとゆっくり……そうそう。そんな感じ』

「いったい何をしているのでしょうか?」

『いま、画面でスノーの頭を撫でてる。その感触は今、俺が撫でている速度と同じだ』


 また意味が解らない事を……。

 それに、なんだかバカにされている気になってすぐにやめた。


「やる意味が解らないです」

『いや、俺が直接スノーを触れたらいいんだけどさぁ。俺そっちにいけないし。だから代わりに?』

「……やろうとしている行為は解りましたが、行動原理が理解できません」



『だって、一人が嫌なんだろう? 俺が一緒にいるよって言いたかっただけ』


「――――」



 言葉を失った。


 勝手に開いた口が閉じられない。


 息が一瞬止まってしまった。



 私をそんな風にしたゼンタロウは、あっけらかんと、なんとなくで、そして当たり前のように……今までの不安が全て消し飛んでしまうような言葉をくれた。


 ゼンタロウにはわかるまい。


 今、私がどんな気持ちになってしまったのかを。



 今まで纏わり付いていた不安が、一瞬でどうでもいいやって気になってしまった事など。

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