本心はどっちだ
ホーク達モブが死ぬかは4面ダイスで決めました。1なら誰も死なない。4なら全員死ぬ。
殺した。
他でもない、自分の手で。
人を殺した。
(だから、なに?)
抑えきれない怒りが沸々と腹の底から込み上げてくる。
思わず殺す事になってしまった張本人である死体に八つ当たりをしてしまった。
手の震えなど、もはやどうでもよく、今は一刻も早くこの怒り狂う感情を制御したかった。
(関係ない)
首なし死体を晒した男を見下ろし、二度と見たくない顔を掴んで、奴の仲間連中に向かって投げてやった。
適当に投げた頭が足を怪我した男の目の前に落下し、悲鳴を上げさせた。
(オマエ達もこうなりたいのか)
腕に血がついているのに気がついた。
よく見ると、目障りな鮮血が所かまわず周囲を汚していた。
それと同時に、自分もひどく穢れた姿に変わっていたのにも気付いた。
せっかくゼンタロウが選んでくれた、白くて綺麗だった織物が台無しになってしまった。
「そんなに死にたいなら、全員ここで死ぬ?」
殺したかった訳でも、殺したくなかった訳でもない。
ただ、死なせたくなかっただけだ。
だというのに自から死ににきた。
その理由はわからないけど。
今はどうでもいいとすら思えた。
「お、俺達は、雇われただけだ!」
連中の一人が、身を起して喚き始めた。
「……だから?」
「俺達は戦士ギルドの雇われだ! 依頼で、盗賊団の討伐を引き受けただけで、本当にそれ以上は――」
「誰に雇われて?」
「お、王子だ! エルタニア王国、第一王子のユリアン様だ」
「討伐対象が、アリッサ王女だとは?」
「そんなの知らない! 俺達は何も知らない!」
「……本当にそう?」
どうにも話が見え透いている。本当の事を言っているとも思えなかった。
でも、それがなんだという気もする。
彼等の真偽がどちらにしろ、敵には変わりない。
「いぎぃあああああッ!!」
とりあえず、氷属性の魔力剣で一番近くに居た男の左腕を切断した。誰でも良かったが、別に嗜虐のつもりは一切ない。
「おい! 正直に話しただろう!?」
「関係ない。首を刎ねなかっただけマシ」
それに傷口は凍りつき、血も流れていない。そのまま教会に直行して、高い金を払ってくっつけてもらえばいい。
ホーク達から聞いたことがある。
肉体欠損は高位の魔法でないと元に戻せないのだと。でも教会へ行けば神官によって治してもらえるとか。……まあ、聞いた話なので本当かどうかは定かではない。
「治療に専念すれば元に戻る……はず。それとも全員の両腕を落とさないと、理解できない?」
さっさと帰れと伝わらないのなら、やるしかない。これ以上、時間は掛けられない。
ただ、この場に残った全員の顔色が青ざめている事だけはわかったので、それで大丈夫な気はした。
黒装束の男のように、必死の形相で襲ってくるような連中には見えなかった。
もういい。思ったよりも時間を掛けすぎた。
別方向の二組は既にキャンプと接触間近だ。早く戻ろう。
息を切らしながらも、山林を抜けると、丘の斜面では既に戦闘が開始されていた。
ホーク、アリッサ、アゲイルが開けた場所で応戦している。ジェシーは後ろの方で援護射撃として矢を射ている。ニルは恐らく見つからないようにキャンプ奥に退避しているのだろう。
一方の敵の数は13人。数が多い。
得物はそれぞれ、剣、槍、斧、大槌……色々だが、近接戦闘者が多い。でも杖持ちの後衛が3名いる。一人は回復魔法持ちなのか、怪我をした者を手前に呼び込んでは治している。
さらに攻撃魔法も行えるのか、一人、火球を複数も作り出し、それぞれに同時に放っていた。
アリッサは昼間に覚えたばかりの『火焔の護法』でそれを防いだ。アゲイルも同じ魔法で防いでいる。だが、ホークだけはできなかった。
当たり前だ。彼はキャンプの見張りで魔法を取りには行っていないのだ。習得などしていない。
ホークが吹き飛ばされ、剣を落とした。
フラフラと立ち上がろうとしているが、ダメージは色濃い。
(まただ。また、妙に)
倒れたホークにトドメを刺そうとする者がいる。剣と斧が同時に彼へと向かって襲い掛かっている。
(イライラする)
すぐにアイスダガーを二本生成し、右手、左手と交互に全力で投げた。狙う先はホークに近寄る戦士二人。
さらに命中を確認する間も無く、両脇に装着したナックルダガーを引き抜き、怪我人を治している回復魔法士の背中目掛けて一本、攻撃魔法を扱える者の頭に向かってもう一本投げる。
結果、剣持ちの戦士は首の裏……後頭部に突き刺さり、運悪く命を落とした。
次に斧持ちは太ももに命中し、転倒させた。
回復術士は背後から刺されて魔法を中断。
攻撃魔法を使っていた者は脳天を裂かれて、立ったまま死んだ。
二人殺した。魔法を使う者は故意だが、剣士の方は運が悪かった。
「後ろだ! 全員、背後から襲われるぞ!」
中央の、新品同然の綺麗な装備を着ている者がそんなことを言っていた。
たぶん、奴がリーダーだろう。
腰から影丸を抜いて、アレに標的を絞る。
『月の御神殿』のゴブリン戦の時と同じだ。敵のボスを一番に倒した方が手っ取り早い。私はそう、ゼンタロウから学んだ。
「子猿! テメエやっと出てきやがったな!」
一人だけ、妙に聞き覚えのある声の人物が居た。私の行く先を邪魔するようにそれが現れる。
アイアンヘルムを被っているが、背丈や鎧、持っている武器の種類が、ジェノバと酷似していた。
「あの時の屈辱、晴らさせてもらうぜ。今度は油断もしねえ、徹底的にいたぶってから、ぶっ殺してやる」
この男は何といったのか。晴らすとか、殺すとか。わけがわからない。理解に苦しむ。
恨まれる筋合いなど一つたりともないはずで、むしろ感謝されるべきはずなのに。
ああ、もういい。
コイツは一度逃がした。でも、また現れた。
よほど死にたいのか。
「……せっかく、死なずに済ませてあげたのに」
「ああッ!? 子猿ごときが――」
相手が目を一瞬閉じるのを見切り、その間に飛び込んだ。
ヘルムの下、首と顎の間に影丸の刃を滑らせるように入れて、引きながら裂いた。
すると、驚くほどの切れ味で頭と胴が別たれた。
「どうしてコイツ等は、自分から死のうとするのか」
頭がゴブリンと一緒なのだろうか。
たぶんそうなのだろう。
いや、こんな奴に構っているヒマはない。
背中に装備したバデレールを左手で引き抜き、下から振り抜く形で真横に投げ放った。
バデレールは杖持ちの女性の腹を貫き、その場に倒れ伏させる。回復術士でも魔法士でも構わないが、後衛を潰すのは楽で効率がいい。
でも、溜息が漏れた。
一々、死んだか死んでないかを気にして、死んでない事にホッとするのは、疲れる。
少しだけウンザリし始めた。
若干の期待を抱きつつも、敵のリーダーと思わしき人物に向けて剣を向けて警告をする。
「……まだ、続けるの?」
まあ、続けるだろうと予想はしている。相手は魔物と一緒。どうせ全員が死ぬまで襲い掛かってくるだろうと。勝手にそう考えていた。
「……やめだ」
「え?」
「引くぞッ! 撤退だ! 怪我人を担いで撤退しろ!」
だから、逃げるという選択肢をされた時、私は腑に落ちない感情に囚われてしまった。
なんで、そんなことをする。
確かに、撤退してほしかったと思っていた。そのために殺さなかった節もある。
でも、そういう……仲間を守って逃げ帰るという“魔物らしからぬ”行動をした事が、納得がいかなかった。
あいつらは魔物と一緒で、だから殺しても構わなかったのだと、思おうとしていたというのに。
気が付けば、敵は既に全員が森の奥へと逃げ去り、周囲には誰も残っていなかった。
私は一人、丘の中に取り残されていた。
「……私は、結局――」
だれかを殺したかったのだろうか。
だれかを生かしたかったのだろうか。
自分が、わからなくなった。
今回の女神様は友愛でした。




