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腹が立ってつい……

 ――『太陽の御神殿』攻略後。妙な足音が聞こえてきたのは精霊たちが居なくなった後だった。


 明日の朝から移動を開始するため、アリッサ、アゲイルは早めの就寝を取っていた。


 私は今回、アゲイルやアリッサほど激しい戦闘はしなかったので、体力の消耗が少なかったこともあり、寝ずの見張りをしていたニルやジェシーと談話をしていた。その時――


「……人がくる」

「スノーさん?」

「どったの?」


 まだ遠くの方、目にも見えぬ彼方だが、確実にこちらに向かってきている連中が居た。


 柔らかい土をゆっくりと踏みしめる音。鎖のような小さな鉄が擦れる音。険しい道のりを越えてきた人間の息まく音。


 それらが手に取るように分かる。


 初めは偶然近くに来たのだろうと思っていた。だが、複数の人が一度に分かれ、最終的にここへ包囲する形で集まろうとしているのを知れば、怪しく感じるモノだ。


「警戒をしてください。三方向からこちらに向かってきています」

「え!?」

「それって敵?」

「わからない。でも、怪しい。全員で10人以上いる……」


 相手は確実にこのキャンプの位置を把握している動きをしていた。


 ここは精霊に頼りたいところだが、ゼンタロウの気配はない。他の精霊たちも居なくなっている。

 アゲイル達を起こすべきだ。



 ……その間に、私は……。




 どうしよう。




「スノーさん?」

「……みんなを起こしておいて。私は相手の様子を見てくる」

「わかったわ」




 まだ、敵と決まったわけではない。とにかく、連中を発見してから判断しようとした。


 この城の周辺は丘と森に囲まれている。キャンプより下っていけば森林地帯に変わってくる。そこからは木に登って枝から枝に飛び移って相手を探る事にした。


 ある程度まで軍団に近づくと、木の上から身を隠し、相手が目下を通るのを待ち伏せる。


 音で判断する限り、私の下を通っていくのが5人か……もしかしたら6人。一人はっきりしないけれど、たぶんそれくらいだ。


 それに、誰も一言もしゃべらない。まるで目の前の獲物に気づかれまいと配慮しているかのようだった。


 今度は顔を覗いて確認した。武器は剣持ちが3人、杖持ちが2人。


 その時、彼等の一人が小枝を踏み鳴らしてしまい、途端に周囲を警戒しはじめる。……用心過ぎる。



 色々と考えた結果、やはり目的は私達のキャンプなのだろうと察した。


 そもそもこんな夜更けに行動を開始する者が怪しくない訳がなかった。どうしてそんな簡単なこともわからないのかと思うかもしれない。



 でも、私は恐れていたのかもしれない。

 人を殺める可能性がある事を。



 自分でも、よくわからないが、他人の生き死には興味は無かった。



 それでも、心の中で誰かを殺すという事を想像すると、なんだかとっても嫌な感じがするのだ。


 その理由はわかっていない。



 ……いや、考えるのはやめよう。とにかく、同じ人数が他の二方向から来ていると思うと、人数の差が倍ほどある。


 アゲイルとアリッサは先の戦闘でかなり体力を消耗していた。分が悪い。


 戦闘は多分、起きる。だったら、何とかなる範囲で彼等を無力化しよう。





「……混合魔法『シルバーダークネス』」


 氷魔法と闇魔法を混ぜ合わせた魔法だ。この魔法は、大粒の雪を作り出し、その場に漂わせることで私に適した空間を作り出すのが目的だ。大粒の如き雪は空気を急激に冷やし、視界を一気に悪くする。それにゼンタロウ曰く、白銀の欠片が舞う景色の中では、白い肌に白い織物の私は誤認しやすいらしい。逆に、私にとってはこの吹雪にも似た光景には慣れている。


「……ん? なんだ、雪?」

「変な雪だな、ぜんぜん落ちないぞ」

「気をつけて、魔法の気配が――きゃッ!?」

「ぬぉッ!?」

「クソ、待ち伏せか!」


 アイスダガーを二本作り、彼等の後ろから、杖持ち二人に向かって投擲した。

 毎日練習したお陰か、左右同時に投擲しても、寸分違わず目標に当てる事ができた。二人とも太ももに氷の刃が深々と刺さり、その場に腰を落としている。


 傷は深く、筋肉や血管を冷やして、体力を奪う。視界も悪く、ちょっとしたパニックになっている。



「大人しく、質問に答えて。貴方達はなにをしにここへ来た?」



 彼等が私の声を頼りに振り向いた。



「くそ、せめて先に警告をしてから襲えよ!」


 確かにその通りだった。でも回復を行う敵は先に潰すのが上策だとゼンタロウも言っていたし、回復されたら怪我を負わせて撤退させる選択肢を作れない。この場合は仕方が無いと思う。


「今から撤退するなら見逃す。拒否すれば容赦はしない」


 一応の脅しはかけた。これでどうにかするしかない。と思っていた矢先――



「ッ!?」

「シッ――!」



 枝の葉を掻き分けて現れる黒い装束の影が私に向かって飛んできた。気が付いた瞬間に腰の剣を引き抜いて受け流し、がむしゃらになって剣を振った。幸い、事無きを得たが、枝の上からはバランスを崩して落ちてしまい、奴等と同じ地上に引きずり降ろされる形になった。



「まったく、勘のいい奴だ」


 どうやら私と同じ、盗賊系のクラスらしい。軽装で短剣を二刀持っている。私が数え損ねた一人か。


「ジェノバの言っていた子猿だな、奴の誇張だと思っていたが、そうでもないらしい」


 ……またサルって言う。そういわれるのは嫌いだ。サルというのを見た事はないが、明らかに相手を見下した態度が許せない。

 それに、ジェノバって言えば、私が見逃した男だ。


 アリッサの言う通りになってしまったのが、腹立たしい。



「お前達はジェノバの列に合流しろ。そっちで二人を治療してもらえ」

「わかった。後は頼む」



 それは困る。

 治療されたら間違いなく戦列に加わってしまう。撤退の意識が消えてしまう。


 乱入してきた男がいかほど強いのか知らないが、向かわせるわけにはいかない。


 今、手に持っているのはシャドウナイトから手に入れた闇の魔剣を短く加工したもので、ゼンタロウが“影丸”と銘々した。


 影丸だけを右手に握り締め、黒装束の男と対峙する。



「悪いな、動物と遊んでる暇はないんだ」

「……私もそう」

「あ? ――なッ!?」


 残念だが、闇魔法には敵を欺く系統が数多い。精神干渉から姿を偽ったり、あるいは消す魔法もある。

 視界の悪い雪の中で『インジビブル』という姿を一時的に消す闇魔法を使う。短い時間だが仲間を抱えて逃げる連中を刺すくらいには時間はある。


 アイスダガーを2本精製し、左手のみで同時投げする。狙うのは、足を怪我した杖持ち二人を背負っている連中だ。最初の二人と同じく、足に命中した。お陰でその場に転んでしまい、これ以上何処かへ行く事はなさそうだ。


「そこかッ!!」

「ちッ……」


 面倒な事に、黒装束の男はすぐに私の位置を特定し、切りかかってきた。あともう一人と言うところで、邪魔をされた。お陰で逃げられた。



「じゃま」

「調子に乗るなよクソガキがぁッ!」



 相手の斬りかかる剣を影丸で受けずに、身を捩って避けた。剣戟はあまり得意じゃない。というより、投擲以外はそれほど得意ではない。実際、戦闘のほとんどがゼンタロウによって行われている。戦う時、私が意識するのはせいぜい投擲の狙いを間違えないようにするくらいだった。


 相手が猛攻を仕掛けている時にだって、私は一度も剣を前に出さずに、ただひたすらに避けた。剣で受けたら力負けするのがわかっているからだ。


 こんな至近距離で剣の切っ先が何度も自分に向かってきているのに、何故か冷静だった。


「なん、だよ! この、ちょこまかと!!」


 すると何故か、相手の息が上がり始めた。


 相手の動きがよくわかる。だんだん、相手が次にどこへ攻撃してくるのかがわかってくる。蓄積された知識と感覚が予測を立てる。『擬似心眼』の効果だ。



「いい加減――」



 大振りになった。今なら胸を一突きでき――いやダメだ!!




「――ぎゃあああッ!?」




 胸の中央に向かって飛んでいく刃を、体を捻って軌道を変えて右脇腹を貫通させる。

 闇属性の魔力剣で痛覚増幅と恐怖の状態異常を付与し、相手の意思を完全に消沈させた。



「ッハ――ッハ――はぁ……はぁ」



 心臓が異常な跳ね上がり方をする。一瞬、殺してしまえると思ってがら空きの胴を刺して、心臓を止めてやろうなんて考えた。


 だが、そんなことを考えた後、何かがいけない気がして、咄嗟に体が動いた。精霊ではない、自分の意思によって。


「……何で、イヤなんだろう」


 よくわからないけど、人を殺すのに忌避感のようなものがある。恐れともいうのか。

 自分でもよくわからない何かが、邪魔をする。


 自分の手を見た。


 自分の手が、驚くほど震えていた。




「こ、ろしてやるッ!」

「え」




 そんなバカなと。痛覚増幅で痛みが激しいはずだ。恐怖の状態異常でまともに戦闘なんかできるわけがない。



 そう考えていたのに、黒装束の男は怖気を誘うほどの形相で、黒い憎悪で握り締めた剣を振りかざし、襲い掛かってきた。



「ぁ」



 驚くほど。



 それは容易く。



 訳もわかっていないうちに、それは起きた。



 経過して、過ぎ去った。



 艶かしい触感などなにもない。ただ、咄嗟の脅しで突きつけた剣に、奴が勝手にやってきただけである。



 魔剣の刃がスルリと抜けていくように、首を貫通していった。



 私は、一人の男を、殺していた。




「ふざけないで」




 湧き上がってきた感情は、腹を煮えたぎらせる程の怒りだった。



 腹が立って、思わず刺さった刃で首を飛ばし、奴の体を蹴飛ばした。

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