ホーク達の勧誘
エルタニアの王座を賭けた聖剣入手のダンジョン攻略は、既に三つ目の終わりに差し掛かっていた。
『太陽の御神殿』は整然としたお城で、魔物はほとんどいなかった。城内攻略は楽だったが、ダンジョンに到着するまでが大変だったので、差し引きゼロと考えるべきか……。
どうやら精霊達は日中で到着するのだと思っていたようだが、王都からココまでかかった日数は三日である。
その間、森を抜け、谷を駆け、洞窟をくぐり、山を登った。大変な道のりだったが、精霊達は逆に楽しそうだった。よくわからない。
『瞑想終わりました、攻撃支援入ります』
「アイスダガー投擲します」
『“鼓舞する戦旗”の効果、あと10秒で切れる。かけ直すからアリッサ、前衛から抜けるよ』
「了解した、しばらく任せる」
『アゲイルまだ余裕あるんで任せてください』
「承知した!」
ともかく、私達は山頂の城の中を探索し、またぞろ妙な謎解きを終えて、大広間に現れた大型の魔物と戦っている。
フレイムタイガーの異名持ち“陽炎の獅子”。レベルは30だそうだ。
赤い鬣に火炎を纏わせた大型の獅子だ。ホワイトジャガーより一回り巨体で全身の肉も硬そうに見える。
正直、見ているだけでめまいがする。
ゼンタロウは奴と私は相性が最悪だとも言っていた。エルフ族は総じて炎に弱いのだとか。恐らく私では一撃でも攻撃を受けたら即死するらしいので安全マージンを取って後衛で氷・闇魔法で援護をしている。
一方、アゲイルは役割を重視して縦長い大きな盾を装備していた。上手く格上の攻撃を受け流しては獅子の目に槍を突き刺そうとしている。それが相手の怨みを募らせているのか、獅子はおおよそアゲイルを狙っている。
アリッサは戦旗を掲げては、毎度何かを叫び唱えていた。あれをすると、なぜか傷が治ったり、あるいは胸の内が熱くなって体が軽くなるから不思議だ。あまりアリッサには頼りたくないけど、動きが良くなるので何とも言えない。
『おっと、皆。自爆始まるよ』
精霊ブラック・ラックが言うと、実際に炎の獅子が雄叫びを上げた。すると炎の風が獅子を中心に渦まき、徐々に中央に向かって集束していく。それが終わると今度は奴を中心に途端に膨れ上がる炎の塊が広がるのだ。しかも本体には一切の傷はなく、周囲にいた物体を破壊しつしてしまう。
初めてそれを見た時はとんでもない威力だと思ってた。
でも、精霊たちは初めて見る攻撃でも慣れた様子で皆を退避させ、攻撃範囲を見切って攻撃をするようになった。
そしていつしか、その攻撃は自分たちにとってのチャンスとなっていた。
何せ奴はこの攻撃が終わらない内はその場から動かないのである。
『スノー、アイスコメット』
「もう3度目ですね」
覚えたての中級魔法“アイスコメット”。ただ敵の頭上に氷塊を作って、自重で落下させて相手を叩き潰す魔法なのだが、これで威力特化らしい。
氷塊の落下位置は決まっていてキッチリ10m前方。動き回る敵には使いにくいが、動かない相手には効果的だとゼンタロウは得意げに言っていた。
結果、大型の獅子よりもさらに一回り大きな氷塊が頭上から落下して獅子を踏みつぶした。前回、前々回と同じなら、轟々と炎を巻きながら氷を全て溶かしきり、溶けた氷の水が蒸発して周囲の景色が真っ白になる。……のだが、今回それは起こらなかった。
巨大な氷塊は解けずして、落下先の地面には奴が腰を砕き、腹を地面に這わせて、力なく手足を崩している炎の獅子の姿があった。
「たお、した?」
「……そのようだ」
「ふむ。大分てこずったな」
『づ、づかれた……みんなおつかれ~』
『お疲れ様。今回は相性が良かったね。竜人族の炎耐性がなければ勝利は不可能だった』
『お疲れ様でした。……というか、俺としてはモンスターのレベルシステムが全然信用できない件について問いたい。今のライオンレベル30のクセに、シャドウナイトのレベル35より断然強かった』
相変わらず精霊たちは思い思いにごちゃごちゃとしていた。あとはレベルアップしたとか、スキルレベルがどうのと語っていた。
しばらくして、各自軽い休息を取った後、探索を再開した。
すると中庭への通路の扉が開いており、そこで魔法の泉を発見した。何の迷いもなく、三人で魔法を習得する事になった。ちなみに、泉の水を飲むだけで魔法の習得は可能である。
今回の『太陽の御神殿』での習得魔法は『火焔の護法』。火属性の特殊な防御魔法を習得するというものだった。ゼンタロウが『またハズレかぁ』と言っていた。
一応、覚えたので使ってみたが、妙な抵抗感もあり、うまく発動する事ができなかった。火とはとことん相性が悪いらしい。
代わりにアリッサとアゲイルは新たな魔法に少々嬉しさをあらわしていた。
「なかなか便利そうな魔法だ」
アリッサは炎の壁を生み出て、凶暴そうな微笑を浮かべていた。
彼女は属性を炎、聖の二つを所持しており、魔法はちょっとだけ使えるらしい。ただ、魔撃の“溜め”ができないらしく、私のように魔法を作ったり、即席で魔法を撃ち放ったりはできないようだ。
「私でも扱えるようだ。ほう、盾に纏わせる事もできるのか」
アゲイルも盾に炎を纏わせると、得意な顔をして喜んでいる。
彼が魔法らしい魔法を使っているところを見るのはこれが初めてだった。ほかに何ができるのかなどは知らない。
二人とも、戦闘に関しては随分と乗り気なので、新たな力とやらにはご満悦であった。
私は別に、それほど興味はなかったので、使えない事にガッカリもしなかった。
ただ、ゼンタロウが満足するかしないか、それくらいだ。
『ゴメンな。スノーだけ、何もなくって』
「いえ、それは特に。それよりも以前から気になっていたのですがよろしいですか?」
『何が気になってるんだ?』
「はい。どうやって私と結婚なさるつもりでしょうか?」
――瞬間、場が凍りついた。
ゼンタロウ以外の二人の精霊が妙に静かになったのが余計に異常さを感じさせた。
『ゼタっち? ナニナニ、どーいうこと?』
『ゼタ君。もしかしてキミ、そーいう事いっちゃう系だったの?』
『……え、俺そんな事、言ったっけ?』
『『え?』』
ゼンタロウは全然覚えていない様子だった。
むしろ覚えていない事が驚きだったようだ。
『ときにスノー、それっていつの事?』
「月の御神殿でシャドウナイトと戦っている最中です」
『一週間も前か。思い出すからちょっと待って。あと、何で今頃になって?』
「いえ、ずっと悩んでいたのですが、精霊とエルフがどうやって男女の契りを結ぶのかと……どうにも理解ができず」
私は一人で悩んでいたのだが、一方のゼンタロウはさっぱり覚えていなかったとは、なんとも不条理だ。なんだか少しだけムッとなった。
『うーん……あ! あの時か。スノーが恐怖状態だった時か』
「はい。結局どうするんですか?」
『わからんけど、そもそもスノーは俺と結婚でいいの?』
「この身は既に精霊ゼタに委ねております。如何様にも」
『もはや既にそれが結婚なのでは?』
そうなのだろうか。よくわからないが、まあ悪い気はしない。
気が付けば先程の不快感もなくなっていた。
「では、不束者ですが今後とも、よろしくお願いします」
『あ、はい。よろしくお願いします』
ちょっと胸がポッポと脈打っている気がする。でもそれが何故か心地いい。……聞いてよかった。
『ゼタ君も、ついにアッチの次元へと行ってしまったのか……。今までゴメンね。ちゃんと向き合ってあげられなくって』
『病院、はよ来てッ! ここに重症患者がいます! 頭が手遅れになっちゃった人がいます!』
『うるさい! 悔しかったら信頼度MAXにしてからにしろ!』
『そんな隠しデータ、本当にあるのかな?』
『俺とスノーがそうでしょう!?』
精霊達は今日も賑やかである。普段はうるさいだけなのだが、たまに、こんな賑やかなのも良いと感じる時がある。……この違いはなんなのだろう。
ダンジョンでの目的も終えてキャンプまで戻ってくると、冒険者達がキャンプで休息の準備を整えていた。
拠点の守備をしてくれたり、旅の食事を用意してくれたりと、なくてはならない存在だと今では思う。
彼等とも、随分と親しくなった。
ホークは世話焼きの御兄さんという感じで、気が利くし、目配りもできる。ニルは優しいし、尖った物言いがないので、すぐに打ち解けられた。ジェシーはちょっとお調子者な所はあるけど、明るいし、料理が上手だ。
今日はここで一日を終えて、明日の朝に出発するらしい。精霊達もこれ以上はもう活動しないといっていた。
ではあとは食事をして、ゆっくり休める。そう思ってホッと一息ついて石の上に座ると、ホークが話しかけてきた。その後ろには、なぜかニルとジェシーもいる。
三人の冒険者が私を見ていた。
「あの、スノーさん。御話があるのですが……」
ホークが、その後ろの二人もが、とても真剣そうな面持ちで彼は私の目を見ていた。
「なに?」
「……俺達のパーティに入ってくれないか?」
そういうことだった。
「一応、聞かせて。どうして私?」
するとジェシーが歯に絹きせぬ物言いで言ってのけた。
「えっと、信用できるから。あと、強いし、別にアリッサさんの付き人って訳でもなさそうだったし」
「精霊同士のコミュニティみたいなのがあるのは理解してる。でも、どうだろうか? 一応、精霊に聞いてみるだけお願いできないかな?」
「……わかった」
まあ、断るんだろうな、という事は大よそ予想していた。たぶん、ゼンタロウは冒険者にはならない。魔法学院あたりに入って変な魔法を作ったりするか、或いは本当にアリッサの部下になる事にするのか。その辺りだと思っていた。
「精霊ゼタ。どう思いますか?」
『スノーはどうしたい?』
何故、そこで私に聞くのか。
「私は特に。どちらでも」
『……じゃあ、断っておいて。冒険者になる意味って特になさそうだし』
やはりか。
答えを聞いても、特に残念だと思う気も起きなかった。ただ、ちょっとだけ可哀想だなとは思った。
「すみません。やはり、お断りだそうです」
「そっか……。いや、やっぱダメか……」
三人のガッカリした姿には、やはり考えさせられるものがある。心情は別にしろ、彼等の気持ちは理解できるからだ。
それに、私自身、彼等と金輪際のお別れというのも、寂しいと思うくらいはあった。
「……冒険者として仲間にはなれませんが、友達なら大丈夫でしょう」
「え? それって?」
「精霊ゼタも、友人を作れと言ってました。それが貴方がたで悪いこともないでしょう」
その回答に、ホーク達は喜んでくれた。
ゼンタロウはやはり何も口出ししてこなかった。そういうのが、ちょっと嬉しかった。




