リアフレを誘ってみる
「ゼタっちなにしとん?」
友人は遠慮なく人の携帯を覗き込む。
小田真雄。ゲームではマダオと名乗っていて、リアフレである。自分の名前をもじっただけで、別に「まるでダメな男」という設定はない。
ちなみに今メインでやっているゲームでも同じチームに所属している。
実力はガチと同類レベルである。
「なにこれ。別ゲーはじめたん?」
「昨日から。記憶に無いけどβテスト応募してたみたいで、なんか当選してたっぽい」
「ほーん。それで昨日はログインしてなかったんね」
「あー忘れてた。悪かったよ。というか、貫徹してて余裕なかったわ」
「それ、そんなにおもろい?」
まだわからないと答えて、とりあえず昨日の激戦について軽く説明してみた。
小田は少し驚いた様子を見せた。
「……ゼタっちが『ひんぬースレンダー』が好きなのは知ってたけど、まさかロリコンだったとは」
「おい、学校でそれ言うのやめろ」
「いいんじゃん。俺はそんなキミを誇りに思うぜ、相棒」
「俺はオマエの減らず口にウンザリするよ、腐れ野郎」
友人をぞんざいに扱いながら画面に集中し始めると、彼はおもむろに自分の携帯を見せてきた。
何をしたいのかと見やると、そこには見覚えのあるメールがあった。
「俺にもβテスト来てたわ。ちょっとやる気無かったけど、ゼタっちがやるんなら俺もやってみるかな」
「マジかよ……。覚悟しとけよ、それ。キャラメイキングで一日潰せるから」
「明日から休みだしヨユーだって。それよか今日泊って良い?」
「きさま俺の二号機を使うつもりか! 別にいいけど」
「いや、ノーパソくらい持参するし。つーか晩飯よろし!」
「お前ほど厚かましいリアフレを俺は知らないよ。妹に一人前追加頼んどくわ」
いつもの事くらいに聞き流していたら、授業が始まり、俺はスヤスヤと睡眠学習に勤しんだ。なおツケは後ほどやってくる模様。
それから下校の時間まで寝たり、ゲームのチェックをしていた。ちなみに携帯アプリの「サモンズ ワールド」ははっきり言って謎だった。
キャラクターの確認画面以外は、特に何も動かせない。
他のタグには状態や現在地などが記されているけれど、本人の状態が待機中となっている。
指示するというタグもあったが、灰色となっており、まだ使用不可であった。
まあ、βテストだしこんなものかと思いながらも、気がつけば下校時刻となっており、家に帰って早速「サモンズ ワールド」を起動した。
さあ、やっと冒険を始められるのか。待たせたな我が半身。と意気揚々と操作確認をしてみる。
開幕はどこか厳かな雰囲気のある無人の教会の中だった。目の前には白い天使像、少し格式ばった教壇、年月を感じさせる古い長イスがずらりと並んでいる。
三人称視点でベーシックなタイプだ。そして背景とは別に、画面の右下にはHP、SP、MPの三項目のゲージと、ショートカットキーらしき物が下に並んでいる。右上にはボタンアイコンが一つあり、クリックすると装備変更やシステム周りなどの動作が可能だった。
今更になって思ったが、このゲーム……何一つ説明がされていないことに気がつく。ヘルプ項目でもないかと探すもそれらしいモノがない。
意気込みに感心する点は多いのだが、やや不親切設計が気になる。βテスターとして一応報告しておこう。
まだ教会の中だが、さっそく動作確認をしてみる。マウス操作もパッド入力も可能で、攻撃動作や回避行動、走る、全力疾走、防御、魔法の使用などを確認した。唯一所持している魔法は魔撃《属性:魔》だが、禍々しい色をした球体の弾であった。弾は微妙な速度を保って、直線を進み続け――破壊不可能と思われるオブジェクトを破壊していった。
教会の扉に大穴ができてしまったのだ。
「お、おう。え、扉って壊れるんだ。マジか。自由度高いな」
普通、こういう建設物……しかも凄く重要そうな出入り口を破壊可能だなんて、想像した事もなかったのだ。穴から外が見えるが、僅かに極寒の地が覗ける。
『さむい……』
そして恨めしそうに作ったキャラクターが自ら吹き出しで感情を伝えてきた。
少し思っていたが、やはりというかこのゲーム、プレイヤー=キャラクターではないのだろう。ステータス項目に性格とあるくらいだ。本人の意思がある設定なのだと想像するのは簡単だった。
しかしこれほど自然に感情を伝えてくるとは、予想外だった。
「……これ、チャットとか俺がしたらどうなるんだ?」
ゲームのプログラムがボイスチャット用のマイクを認識しているようなので、一応「ゴメン、気をつけるよ」と謝罪してみる。
するとキャラクターが一瞬びくりと驚いたようにしてから『うん』とだけ返事をした。
思った以上に凄い。主に方向性が。
ゲームのキャラクターに人工知能でも入植しようとでもしているのだろうか、と妄想が膨らんだ。試しにオートモードなどができるかどうかを確認する為、思い当たる操作をしてみる。
システム周りの欄にモード変更があったので、マニュアルからオートに変更してみる。
するとキャラクターから『やっと自由になった』とコメントを頂いた。
少し感慨深い気持ちになりながらも、キャラクターに話しかけてみる。
「はじめまして。これからよろしく」
『……よろしく』
と、なんだか思った以上にギコチナイ挨拶となってしまった。
『しばらく自由にさせてください』
そう言って彼女は教会の外へテクテクと小走りに出ていった。自分で作ったキャラなのに、軽く拒絶された気分だ。当然、三人称視点なのでゲームの画面は彼女の後ろをついていくのだが、俺はそれを見なかった。
ちょうどその頃、小田がやって来たからだ。玄関まで迎えにくると、いつも通りというようにペットボトルコーラを手渡してくる。ショバ代と俺は認識している。
「おっつー。やってきたべ。早速やってんのか? ほい、コーラ」
「ありがと。まあ俺も全然進んでないよ。コマンドのチェックしてたから」
「そっか。今から急げば追いつくかね?」
「余裕だろ。というか、俺のほうはキャラクターのAIに任せてるから暇潰してるよ」
「うん? AI? フルオート機能じゃなく?」
「なんだろ。その辺の自動操作じゃなくて『自立動作』っぽいから」
「ほーん。なんか変わってるな」
気になって再び画面を見てみると、ゲームのロリエルフが雪景色に染まった村の中で動き回っていた。薄着のような服装なので、見ているこっちが寒くなってくる。
そして一軒の家に入り、毛布を被ってから暖炉に火を点け始めた。
「これ、育成ゲーム?」
「俺もちょっとそう思い始めてきた」
ステータスとか見ても、まあ戦闘がメインなんだろうなとは思う。その上で、どうやらキャラの指示を出したりできるあたり、モンスターズなどの「育成系ゲームかも」と感じさせる。
それにキャラ本人の行動がまさに『生活してる』って感じが伝わってくる。世界観とかゲームの目的とか、それもまた説明が一切なので把握しえないが、そういう手探り感は割と好きだ。
「まあいいや。俺も始めよっと」
そうして小田はパパッと迷わず決めていく。渋いおっさんキャラで行くと豪語し、半魔族を選ぶと、俺のようにパーツを吟味することも無く、「適当にこの番号で」とランダム気味に選び、それでも割とまとまった鬼人の大男の『マダオ』が出来上がる。
「早ッ」
「もちろんです、プロですから」
「お前死ぬぞ」
脳みそ空っぽの脊髄会話をしながら俺達は『新たなゲームの世界に飛び込み共に遊び尽す』というワクワク感を隠さずにいた。
だが、俺達の期待は三十分後には不安に変わり、三時間後に完全に霧散して虚無ゲー(何も得られないゲームの蔑称)を体感している気持ちにさせられた。ようやっと、俺達は『サモンズ ワールド』という恐ろしいゲームの真なる味を知ったのだ。
曰く、その味は七変化するらしい。甘く、酸っぱく、苦く、しょっぱく、辛く、エグく、無味。
なにせ人生をガチャで決めるようなものだったからだ。
もっとも……小田に限って言えば「マズイ」の一言に限るスタートラインであった。
なにぶん数が多いので巻いて紹介していこう。
一人目『マダオ』。
プロフィールは鬼人の半魔族。彼のスタートは『サーラフ砂漠』という場所から始まった。レベル1の時点で俺のロリエルフよりもステータスの総合値が圧倒的に上回っていた。
名前:マダオ 性別:男
種族:鬼人族
HP:69 SP:55 MP:42
筋力:21 体力:30 体格:18
魔力:15 知性:12 精神:15
敏速:11 器用: 9 感知:14
俺のロリエルフとはHPが絶望的に違う。52も多いなんてズルい。しかもロリエルフは魔術師タイプの筈なのにMPの数値でも負けている。間違いなく現時点でゼタよりマダオの方が強い事がわかる。
種族的な差なのだろうが、さすがに理不尽を感じざるを得ない差であった。だが、一人目のマダオはその後あっさり終了することになる。
教会を出て、外が砂漠の街だったことに驚く俺達。合流する事を目的に動こうとするが、その前にマダオに対して小石が投げつけられたのだ。一回目は無視したが二回、三回と続き『おいおいいい加減にしろ、この野郎』と犯人を捜すと、そいつは剣士のような姿の男だった。なんだ初戦闘かと無手で殴ると、いきなり兵士に囲まれて、数の暴力で殺された。
発端の石投げは、おそらく友好種族が同族の半魔人以外△と×しかなかったからだと思われる。そして信頼されていない半魔人はそのまま兵士に囲まれ、冤罪さながらの殺され方をしたのだった。
しかしそういった情勢を知らずに殺された小田は、あまりの理不尽さに困惑していた。さらに驚きは終わらない。一人目マダオはキャラロストしていたのだ。オンラインゲームなのでオートセーブみたいなモノだから気にしてなかったのだが、消失してしまった事には俺も動揺した。
「……まあ、アレだ。うん。合流しやすいように今度はエルフにしよう」
若干、雲行きが怪しくなるのだが、気にせず二人目。
二人目『マダオ』はエルフ族。
しかし開始場所は雪山ではなく、完全に森の中にある村であった。
「もしかしてスタート地点ってランダムか」
ステータスを軽くチェックすると、半魔族のような異常な数値ではなく、ゼタと比較してもそれほど極端な差は無かった。まあそんな事はどうでもいい。二代目マダオは間もなく死ぬ事になる。
教会を出て散策する事一分後、黒鱗のドラゴンが突如として襲来してきた。
二つ名“大災厄”と称された個体名『ディアボロス ドラゴン』。レベル90であった。なお、一瞬で黒焦げにされて死んだ模様。負けイベとかでもなかった。出落ちである。
三人目『マダオ』はドワーフ族。先の鬼人、エルフよりもほんの少しだけ長生きではあったが、アイテム採取クエストで坑道に入ると、落盤に遭い死亡した。事故死があると理解させられた。
四人目『マダオ』人間。この際、全種族死んでみると意気込み、その期待通り、ウルフの群れに襲われ数の暴力により死亡する。敵の全体レベルが低い平原でも油断できないと知る。
五人目『マダオ』オートマタ。オートマタだけ画面が一人称視点で混乱させられた。さらにゲームシステムが完全に別物で何が何だかわからない内に突然やってきたドワーフに狩られて死んだ。
六人目『マダオ』は獣人。獣王かという厳つい獅子の風貌であった。
ステータスは半魔人の次くらいに優遇されており、友好種族も人間とエルフとビーストが○、オートマタとドワーフが△、半魔人が×とかなり顔の広い種族とされているので、少し安心させられた。
が、やはり死亡する。
いきなり木の柵で囲われた広場に連れてこられて一対一のドッグファイトをさせられ、マダオはギリギリの所で敗北した。
そして感想。
「初めてだよ。これほどまでにプレイヤーを楽しませる気がないゲームはよぉ」
小田は煙草でも吹かす仕草で棒付きキャンディーを味わっていた。
俺も妹からの愛情が籠った食事を食べながら、小田の後ろで攻略サイトを確認していた。
どうやら数多くのプレイヤーも小田と同じらしく、阿鼻叫喚な声が寄せられていた。ただ純粋に理不尽なのだとか。ときおり見られる辛辣なコメントも、現状を知っていれば否定できない。
だが、コメントの中でも好感色なものもある。「人間で貴族スタートなんだけど」や「Lv1でスキルが5つもあるんだけど」などだ。彼らは特に苦労も無く、財の力で最初から強い装備を手にしたり、多様なスキルを使って魔物狩りに勤しんでいた。
さらに気になったのが「魔物が教会から現れたので石を投擲していたら殺されかけた」「邪竜の卵を持って帰ったら村が焼かれた」「坑道でダイナマイトを間違って使用して死んだ。二次災害もあるみたい」「試しにトレインできるか検証してみたら村人に移って死んでた。村には連れていけない模様」「教会に偶に現れるロボット狩るのが美味い。楽して経験値と金がザクザク手に入る」「獣人でプレイしたらいきなり試験みたいなことさせられた。ギリギリ勝てた」というのが見られたことだ。
あえて小田には伝えないが、彼の6度の死は幾つか他のプレイヤーが関わっていたかもしれないと、有り得るかもしれない事象に感心してしまった。
そして理解した。おそらくプレイヤー同士でお互いが確認ができないのかもしれない、と。だから相手をNPCだと思ったりするのだろう。もっとも、うちのロリエルフは今のところ誰とも会っていないのだが。
こういう所で、俺はトラキオン――運営のやりたい事を察する。
リアリティの追求だ。
すべてのプレイヤーの行動が他者にも繋がっているとすれば、疑似的であろうとも一つの完成された世界と言えるのではないかだろうか。
一度死ぬと生き返れないという縛りもその一つかもしれない。
キャラクターにAIを積んでいるのも、もしかしたら「プレイヤーが操作していない時でも、彼等は生活しているよ」という意味を持たせたかったのかもしれない。
まあ、モンスターのレベル分布が酷かったり、ゲームとして楽しいと言えない難易度なのはどうかとは思う。
ちなみに俺のゼタも、周囲を確認する為に家を出て外回りをさせてみた。
村は誰も住んでおらず、建物が複数崩れていたり、初めは気がつかなかったがかなり荒廃が進んでいた。食糧は教会の棚に木の実やイモなどが置かれている。
村の外はと言えば、早くもレベル39のホワイトジャガーを遠目で発見した。
もちろん何も言わずに来た道を戻った。無謀な事はしたくない。せっかくの貫徹で作りあげた俺のロリエルフが消えるなんて冗談ではない。
俺もマイナスからのスタートらしい。
そして俺達は、互いに一息吐いてから、結論を語ろうとする。
「なあ。このゲーム……『サモンズ ワールド』。続くと思うか?」
続く。それは俺達がというのもあるが、サービスが続くのかという意味でもある。
つまり運営が終了宣言するかどうかという意味でもある。
正直、人気のないゲームは半年もしない内に息を引き取る。バグだらけでまともに遊べないまま終了するのは例外として、このゲームは少なくとも遊べる範囲ではある。ただ、運の要素が強く、敵が強すぎてレベルアップができない。戦闘技術でどうにかなる問題ではなく、数値が圧倒的に違うのだ。
まさに、システムの暴力である。
多くのコメントでも既に半分くらいの人間が評価を最低値に設定している。
俺も、正直な感想を述べた。
「……生き残るのは難しいな。理不尽だし説明がほとんどされないし。単純に難しいって感じじゃあないよな。『異世界で人生をはじめたら』っていう疑問に答えたようなゲームだと思う。制作側がこだわり過ぎて、遊べるって感じのゲームではないから、一部のコアな層向けの、かろうじて生き残るタイプだ。絶対に覇権向きじゃあないと思う」
「偉く否定的だな」
「続くかどうか聞かれたから答えたんだ。でも俺は続けるよ」
演技の利いた声で「ほお?」と何処かの麻婆神父風に小田が笑う。
「なんでよ?」
「この一寸先は闇の手探り感。まだ手付かずの世界に一番に足跡を付けていく優越感。話を聞くだけでも無駄に広大なマップ。やりたい放題できそうな予感しかしない自主性。ステータスが低い? そんなもの腕の無い奴等の言い訳だ。むしろ向かない武器で殺戮してやるぜ」
すでに脳内で二刀の短剣を逆手に握り、軽剣士の如く戦うロリエルフの姿を思い描いていた。おそらく本来であれば弓使いか魔術師の方が適性があるんだろうが、この際構わない。それに敏速も割と高い方だったし、うまく戦えれば超回避で接近戦もやり過ごせるかもしれない。当たらなければどうという事はないを実践すれば良い。
「それに、今からはじめたら、ランカーになれそうだと思わないか?」
ランカー。
それは俺にとっては憧れみたいな言葉だった。実力は群を抜いており、ランキングで常に名前を見る者達。記録を残してきた先駆者。自分のような、途中参加組の中堅プレイヤーでは雲の上のような連中である。
「ゼタっち、ランカーになりたかったのか?」
「小田だって少しくらいは考えたことあるだろ?」
「まあな。じゃあ……やっちゃう?」
「やっちゃう?」
三秒沈黙……から拳を二回あわせあい、腕を交差させて――
「「やっちまうかッ!!」」
こうして、目指せランカーという事で俺達は行動を開始した。
尚、妹から「うるさい静かにして!」と怒鳴られました。
遅くなりました。その分ちょっとだけ長いです。