早く経験値をよこせ②
『まずはどうするんですか?』
「そりゃもちろん、敵の大将首を頂くぞ」
ズバリ、体力のあるうちに一番強い個体の首を頂く事である。
雑魚を掃討してからボスを倒すのでもいいが、それだと時間が掛かりそうだし、いざ異名持ち相手に戦う時になってスノーの疲労が溜まっていたら、元も子もないからだ。もっとも、雑魚相手にし続けるのも面白くなさそうという考えもある。それに、ボスと乱戦にした上で周囲を巻き込みながら戦った方が効率的だ。奴等の攻撃なんて当たる気がしないし。
多少奴等を舐めている節はあるが、相手の異名『軍を束ねる』存在であることを考慮しているからでもある。一体しかいない統率者が討たれれば、全ゴブリンの統率が乱れる効果があるかもしれない。
さて、いつまでもゴブリン達に囲まれてギーギーガーガーと、耳障りな鳴き声を好き勝手に騒ぐのを終わらせよう。
部屋中央の高台の間に向かってスノーを走らせる。行く手を阻もうとするゴブリン達は回避動作ですり抜けつつ、攻撃はしっかりと行って首を切り裂いていく。血が噴き出す前には既に走り出し、そうやって2、3のゴブリンを葬る。矢を構えているのがいるので、矢を放った瞬間に少し進路をずらして避ける。無駄に回避を使わされるとSPが足りなくなる。自分の意思で使うのはいいが、使わされるのは問題だからな。
そうやって難なく高台まで到着すると、成人男性ほどもある体躯のゴブリンが待ち構えていた。
個体名『ゴブリン』 レベル13 異名持ち“軍を束ねる愚妖精”
緑色の皮膚に、トゲ付の亀の甲羅のような肩当て、黒い鈍ら大刀を杖のようにして立ち上がり、肩に背負って吠え立てた。
他の奴等と違って、咆哮が重低音で骨身に響く感じだった。体格が違うから、声を出す器官の影響かもしれないな。そんな裏設定みたいな事を感じてちょっぴり感動した。
それはともかく、高台の足場なのだが、およそ8畳ほどの広さで角にはそれぞれ銅像が内向きに天を仰いでいる。柵とかなく、高台に上るためのちょっとした階段があるだけだ。階段はそれぞれ四箇所、ゴブリンがそこから次々と乱入してこようとする。
向こうからやってきてくれるのはありがたいな。
ただ、考えなしに突っ込んでくる事はなく、スノーを取り囲むような陣形を取っているので連携をしているらしかった。
「……位置が悪いな」
さっさと大将首に切り込みたいのに、間に入るように一匹のゴブリンがいる。あれを処理しようとすると、後ろの大将がおそらく攻撃してくるだろう。さらに手間取っているとスノーの周りにいるゴブリン数匹がちょっかいを出してくるはずだ。
じゃあどうするかと言えば、まあ陣形を壊すのが一番だけど。
そういう遠回りでスマートじゃない戦い方は趣味じゃない。
「……ふむ。スノー武器変更、左ダガーはそのまま、右をバデレール」
スノーは言われた通りに武器を変更してくれた。そういう装備方法はありませんとかケチな事を言わないのは流石である。
右手装備を変更が終える瞬間に、お馴染みの半回転コマンドで魔迅残影剣を行う。右手装備の方が主体となっているので動作が軽剣のときの、居合い切りのような構えをしてから疾走して前方を斬った。目前にいた邪魔なゴブリンは胴を分かたれ、切り口は凍りついて血も流れない。
そして攻撃モーションを終えたスノーに対して、大将のゴブリンが仲間のゴブリンの死体ごと、大刀を振り下ろした。
「待ってましたッ!」
すかさず、旋風翔を行う。無敵時間のある対空技、最初の技をチェインしてカウンター技を使って無理やり相手の戦法を打ち崩す算段である。
スノーは体を捩りながら上に切り上げる動きで、縦に落ちてくる大刀を、体を横に逸らすことで避け、今度はスノーの剣が奴の腹から顔面を一直線にあた――らなかった。
「おっと、互いのリーチを考えるのを忘れてたぜ」
『……ゼンタロウはなにかやらかさないと気が済まないんですか?』
「わざとじゃない、うっかりだ」
スノーの剣の刃渡りが50cm、対して大刀の剣は1mを超している長剣だ。
読みは正確だったが、それに満足して互いの攻撃範囲を忘れていた。
まあやってしまったのならリカバリーするだけだ。
今度は空闊歩で空を蹴り、相手の頭上まで移動し、滑空落下しながら攻撃を行う。顔面を通り過ぎて、頭から落下しながら剣を縦に振るう。その反動でスノーは空中一回転し、地面に着地する頃には地面と足が合わさった。
さて、一回転した時の斬撃の結果はというと、肩口の下辺りを僅かに掠め、傷を付けていた。まともなダメージにはならないだろうが、これはこれで痛かろう。
「リーチの短さが露骨に疎ましいな」
もうちょっと長い武器だったらもっと深く切り裂いていたのに。そう考えずにはいられない。
それを補うための敏速であるのだが、自分が、まだスノーを完全に操りきれていない証拠なのだろう。間合いの取り方が甘い。
「今度は首を飛ばす。スノー、右をダガーに変更」
こうなったら超近距離の乱打で膝を落とし、降りてきた頭を刈り取ってやる。
装備変更時間に、大将のゴブリンは既に振り返り、今度こそは仕留めるという表情で大刀を肩に背負い直した。
高台に上ってくるゴブリン共も数が増してくる。
「……少し集まりすぎじゃあないか?」
何の警戒もなく、ゴブリン達は高台の上や周りに集まっているし、部屋のゴブリン全てがスノーの魔撃範囲内にいる状態だ。
『どうかしましたか?』
「いや、まさかコイツ等、スノーを剣振り回すだけの剣士と思ってるのか?」
『実際、剣しか振り回してませんから』
ふむ。そうか。そうなのか。自分達は殺されない位置にいると思っているのか。それじゃあ、仕方がない。遠慮なくやってしまおうか。
魔撃の溜めを発動して、キーボードに『全域魔法』と入力して変換する。すると既に消費MPや威力、攻撃範囲が定められた文が変換される。
まあ、ショートカットキーみたいなものだ。ただし、元々のパソコンの機能を使ってる。入力ツールの『単語/用語の登録』を使っているだけだ。「~~魔法」と入力すればその魔法に調整した設定を語句として出力してくれる。この方法を考案してくれたHN『ころぽん』さんには大変感謝である。
ただし、この設定、問題がある。
スノーの協力なしで設定を組んだ魔法なので、適当にしか作ってない。
まあ、設定はMP65消費で作ってある。上級の領域だが、スノーの魔力なら足りてるので問題もないだろう。
『ゼ、ゼンタロウ? この魔撃、今までの中で一番、疲れるんですが……』
「“クリーヴ エクシェレイション”。スノー、十五秒間、目を閉じて息をするな。絶対だぞ」
『え!?』
慌ててスノーが深呼吸をして息を止めた。
それを確認してから魔法を発動させる。直後、スノーを中心に半径15mの半ドーム型の白いエリアが発生した。その内部も、一寸先も見えない白い闇に覆われていた。
急激に冷やされる空気。その中では息をするだけで、内部が切り刻まれていく。
この魔法、単純な攻撃ではなくて、言ってみれば毒のようなものである。
埃のように微細な氷の破片がこの白い闇の正体で、ただ呼吸をするだけで、決して温度が上がらない魔法でできた絶対零度の氷の欠片を体内に入れる事になる。それをちょっと吸い込むだけで、気管や肺が凍り、ダメージを受ける。
魔物が普通の生物と同じなのかは知らないが、生物は基本、臓器が攻撃される事はない。だから臓器は突然の攻撃には無力なのだ。
内部から急激に冷やされ“息をするだけで身体が引き裂かれる”技なんて、どうなるのかなどわからない。普通はそんな状況にならないからな。
まあ、設定時間、たったの十五秒で、実際どこまでうまくできているのかはわからない。もしかしたらただの不発で終わってしまうかもしれない。どこまで被害を出せるか。人間の半分ほどの大きさのゴブリンだ。呼吸しないわけにも行くまい。そもそもしてはいけないとも考えてないかもしれない。
15秒間、何事もなく時間が過ぎると、そのまま白い霧があっという間に晴れて消えてしまった。
するとそこには、半数以上のゴブリンがひっくり返った状態で倒れていた。
中には生きも絶え絶えに生き残っているのもいるが、既に虫の息だ。
異名持ちの大将ゴブリンはというと、自分の首を強く引掻き、息も苦しそうにもがいて今も生きている。
「ほお、流石だな」
だが、戦闘続行できるような様子でもない。スノーのバデレールで首を切り落とし、簡単に絶命させた。
割とあっさり終わったな。
『さ、さすがに……さむかったです』
本気で寒かったのか、スノーが歯をガチガチ鳴らしながらの言葉だった。
「ごめん、たぶんもう使わない」
どうやら吸い込まなくてもエリア内は寒いらしい。それに危惧していたとはいえ、自分にまで影響がでる魔法はやはり問題だ。
失敗作として用語登録から削除しておこう。
その後は倒れてる連中にトドメを刺すだけの作業となった。それほど難しいこともなく、大広間のゴブリンたちを全滅させた。
お陰でスノーのレベルは13まで上がった。急成長したと思うか、たったそれだけかと思うかは、微妙な線であった。
スノー様の使う対空技、旋風翔だけど格闘ゲームならこれ一つで狂キャラ待ったなしな性能してる。
なんだよ、無敵対空が硬直無し、着地せずとも動作可能、絶対壊れてる。
まあ、実際の所は避けられるなら避けて攻撃してるだけで、格ゲーみたいに相手の攻撃を完全無視してるわけじゃあないんですけどね。回避できないほどの攻撃しても普通にダメージ受けて死ぬ。スノー様は紙みたいに耐久力ないからね。しょうがないね。




