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駒じゃない

 一時の波乱も過ぎ去り、ゼンタロウにも詳しい事情を説明した。とはいえ、ゼンタロウは今回の内容にあまり興味もなく、むしろ技の方が気になるようだった。話し合うのも三分ほどで終わってしまい、後は精霊ブラック・ラックが来るまで待機とのことだ。


 そこでやっと、こちらの事情が済んだことを察してくれたのか、ホークさんと、他二人の冒険者が話しかけてくれた。


「ありがとう、スノーさん。助かったよ」

「いえ、こちらこそすぐに助けられずにすみませんでした」

「そんな事ありません! 本当に助かりました、ありがとうございます」

「アタシからもお礼を言わせて、ありがと!」



 後ろ二人の冒険者が強くお礼を言ってくれた。どちらも女性だ。


 ホークの次に来たのは、教会でも見た事のある白くて分厚い服の丁寧口調な人。

 もう一人は弓を装備している。皮の装備が主体で随分と身軽そうだ。たぶん狩人だろう。


「すみません、そういえば自己紹介がまだでした。俺はホーク、剣士だ。このパーティのリーダーをやってる。で、こっちの僧侶が妹のニル。弓士は妹の友達のジェシーだ」


「私はスノーです。さっきの男に邪魔されて言いそびれたけど、一応前衛。それから精霊付き」


「そうみたいだね。誰かと喋ってるみたいだったから、なんとなく精霊付きだと思ってたよ」


「すっごく強かったの! なんなの、あのカッコいい動き!」



 ジェシーは興奮していて声も大きく、妙に眼を輝かせていた。でも確かに凄い動きではあった。自分でもどうやってあんな動きができたのか、不思議でならない。……精霊のしている事だから、そういう事もあるのだろう、と納得はしているけれど。


「……別に、私が凄いわけじゃないから。精霊ゼタが、たまたま、今回だけ凄かった」


 今思い出しても雪山の時は散々だった。白獣三匹に囲まれるし、精霊は突然操作をやめるし……。


 だが、ホークは私の皮肉になど気付かずに感嘆混じりにつぶやいた。


「精霊付きって凄いんだな」


 そう思うんなら精霊付きになってみたらいいと思う。勝手になれるものなのかは知らないけど。教会の偉い人にでも聞いてみたらいいと思う。


 ただ、アゲイルの話では精霊にも良し悪しがあり、悪い精霊に当たると自由を奪われたままどうなるかわからないらしいし。


 ――そういえば良し悪しで一つ、疑問が浮かんだ。


「三人は元々知り合いで、スーカって人は?」

「……俺の友達だった。どうして今それを聞くんだ?」

「なぜジェノバみたいなのをパーティに入れたのか気になった」


 大体の事情はアリッサから聞いている。ランクDになった時に、ジェノバを途中参加させたのだとか。という事は、ジェノバ以外は基本的に皆知り合いで構成されたパーティだったのだ。


 それがどうしてあんな性格の悪い男を仲間に迎え入れたのか。


「その話か……」


 ちゃんとした事情があるのか、ホークが申し訳なさそうな顔をしていた。その罪悪感はニルとジェシーに向けられていた。



「私は反対したんだけどさ、ホークが――」


「ジェシーやめて。最後はやっぱり必要だって、皆で話し合ったじゃない」


「……そーだけどさ」



 なんだか、また妙な雰囲気になってきた。お互いに敬遠し合って、距離が離れていく、この感じ。馬車での移動中に感じたそれと同じだ。少しマズい話題だったかもしれない。


「ムリに聞かないから、答えなくてもいい」


 一応気を利かせたつもりだったのだが、パーティリーダーのホークが苦々しく口を開いた。


「いや、話すよ。スノーさんも依頼主の関係者だし。……実は俺達、Dランクには最近なったばかりで、どうしても本格的な戦士タイプの人が仲間に必要だったんだ」


「本格的な戦士? どういう事?」


「えっと、たぶんだけどスノーさんはエルフだし、外国から来たから、冒険者のイメージが俺たちと違うと思う。そもそもこの国では冒険者って『何でも屋』なんだ」


 冒険者が何でも屋。それは初耳だが、言い方としてはこの国限定みたいな感じだ。丁度いいし、教えてもらう事にした。



「詳しく教えて。何も無い村から出たばかりでわからないから」


 するとホークは神妙な趣で丁寧に話し始めた。


「冒険者ギルドは色んな仕事を多方面から聞き入れて、それを組員に斡旋してる組織なんだ。


 建築の手伝いとか、街の外に出て薬草を採取したり、危険な場所の探索とか調査、今回みたいな旅のお供をしたり、行商隊の荷馬車護衛……。挙げれば限りがないほどの仕事がある。それと一応、魔物の討伐もするかな」


 本当になんでもやってるイメージだ。だから何でも屋か。でも肉体労働が主らしい。


「でも、それならどうして“本格的な戦士”が必要になるの? それにホーク自身が剣士だと言ってた。戦えない事はないはず。本当に必要だったの?」


「Dランクから上は戦闘技能が必須になってくるんだ。まあ、対魔物戦の依頼が多くなってくるんだよ。ウチの国は戦士ギルドと魔法ギルドはあっても、ハンターズギルドがないからね」


「……他のギルドがわからない」


 いきなりいろんな種類のギルドを言われたので混乱しそうだ。

 ややこしいので簡単にまとめてもらった。


「戦士ギルドは言ってみれば傭兵が所属する組合かな。有事の際は国から兵士として雇われる事もある。それに冒険者よりも戦力を重視してるから貴族の護衛とかするし、たまに引き抜きでスカウトされたりするから人気もある職業さ。腕に自信のある人は戦士ギルドに登録しているね。


 魔法ギルドは本来、魔法を極めるための集いなんだけど、色んな事に手を伸ばしているね。魔道具を開発して、それを商品として売るとか。でも彼等の商業の儲けは全て研究費になっていると聞いた事があるから、本質は変わってないんだろ。ちなみに魔法学院の運営も彼等主導だ。ま、俺達には縁のない場所かな。


 あとはこの国にないハンターズギルドだけど、魔物を狩るのが主な生業だ。でもこの国に生息している魔物は殆ど弱いから、ハンターが仕事にならないんだと。だからこの国では冒険者が代わりに魔物狩りをしているんだ」



 そういえば、ゼンタロウもゴブリンが弱すぎると言っていた。魔物が弱いのは良いことだとは思う。平和な事はいいことだ。そのかわりが冒険者へのしわ寄せという形なのかもしれない。


「でもそれなら別に弱いままでもいいのでは?」

「そういう訳にはいかなくってね。この国だけで仕事が成立するんならいいけど、商人達の馬車護衛とかだと国外に行く事も多いからね」


 なるほど。外の地域だと魔物が弱くないから結局は自分達が強くならないといけないのか。



「ランクDより下は殆どが雑用で、俺達もこの前までは荷物運びとか王都外壁の見回りとか、そういう仕事しかしてなかったんだ。でも今度から魔物の討伐とか、行商の護衛なんかもするし、経験のありそうな人と組んで慣れていこうって事だったんだけど……」


 それがジェノバだったのか。


「ジェノバがパーティ募集で来た時は、戦士ギルドにも所属してるから丁度いいと思ったんだ……」

「……本当、最悪だったわ。アイツ、何でも威圧と暴力で解決できるって思ってたっぽいし」


 ジェシーの辛口には少し同意できる。あの高圧的で相手を見下す態度には私も好きになれない。



「これからは、仲間は慎重に選ぶ事にしましょう。スーカさんのように、私は兄さんもジェシーも失いたくないです……」



 ニルが最後に締めくくると、彼等は重い表情で沈黙した。まあ、これは彼等の問題だ。私が口を出す事もないし、手を貸す事もない。


 話はこれで終わり。後は自然と持ち直すだろう――と思っていたところで、アリッサが話に入ってきた。




「さて、冒険者諸君。話はまとまったか?」



 全員が「何?」という思いをした事だろう。


「仲間割れしたので仕事ができないのか……或いは、早く仕事に取り掛かるのか。拠点の設置と食事の用意、どちらも無理なら先に言ってくれ」


 アリッサは無感情に、彼等の感情も知らずに、働くか、辞めるかの二択を求めた。



「す、すみません。今すぐ用意いたします!」


 すると彼等はそそくさとテントやたき火などの準備を開始した。どうやら三人でもするらしい。……まあ、もともと抜けた穴であるジェノバは戦闘以外は特に何もできないと思われるので、雑用だけなら問題もないのか。


 ……でも、アリッサの物言いには少し癇に障るものがあった。



「少しでも彼等に優しくできませんか?」

「なんだ、スノー。お前の性格は、内気で、冷静で、冷血だと聞いていたのに、随分と暖かい言葉が出てるじゃあないか?」


 何の話だ。自分の性格の事なんて知らないが、誰から聞いたのだろう。……いや径路は簡単か。

 どうせゼンタロウが精霊ブラック・ラックに話して、そのままアリッサに伝わったのだろう。


「ジェノバを殺さなかったのは失態だな。お前の情けは一時の自己満足だ。不必要な恩情は人をより腐らせる。そんな偽善は早急に捨ててしまえ」


 何故そんな風に言われなければいけないのか。

 あれ以上、あの男を懲らしめて何の価値があるというのだ。


 これ以上ないほどにアリッサに対して反抗心が芽生えた。



「自分の精霊に感謝するんだな。でなければ貴様の価値は捨て駒以下だ」



 いままで相手が王女だという事で反論はつぐんでいたが、そこまで言われて黙ってる訳にはいかない。


「……どういう意味?」


「敵を殺せぬ兵は駒にすらならんという事だ」


 殺せぬ兵? なんだ、それは。とんだお門違いに呆れてくる。


「私はいつ、貴方の兵士になったというんですか?」

「違ったのか? 私はそうだと認識していたのだが」

「協力すると言っただけです。私は精霊ゼタが決めた事にしたがっているだけです」


 アリッサは一度、右の口角を上げて楽しんだ表情を見せた。なんでそんな風な態度なのかがわからないが、やはりこの人は普通じゃない感じだ。ヒュードラ雪山にいた神獣に睨まれた時のような危機感と似ている。まったく違うものだが、どこかで似ているのだ。


 まるで人ではない、別の生き物のようだと感じるほどに似ているのだ。



「それは失礼した。だが、あの手合いは今度から殺せ。余計な手間しか作らん輩だ」


「それも精霊ゼタが決める事です」


「果たして、それはどうかな?」


 

 明らかに、私自身に聞いていた言葉だった。『自覚があるんだろう?』と言わんばかりの言葉が裏から聞こえてくる。苦虫を噛んだ気分になった。


 その後、捨て台詞を吐いた後はアリッサは元居た岩の上に移動し、くつろぎだした。

 私はどこでもいいので、適当な木の傍で腰を下ろす事にした。……アリッサからは見えない位置で。


 今後はアリッサと距離を取りたい。ゼンタロウにも相談してみよう。




 ……これくらいは、別にいいハズだ。

雰囲気ぶち壊しあとがき。


スノー様の性格が妙にお優しいだって? いえ、基本的に他人に興味がないのは変わらないです。ただ、王女様の他人への配慮の無さに「おいおい、コイツ空気よめねえの?」的なモノを感じ取っただけです。お葬式に出席している人に「仕事するか会社辞めるか決めろ」と言ってるようなものです。わーこわい。

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