怖い人
ダンジョンと言えば、この世界では“魔物の巣”の事である。
例えば、小さな洞穴に蜘蛛型の魔物が子を成せば、それもダンジョンとなる。
空に浮かぶ島に飛行型の魔物が集まって繁殖したり、森の中で多様な魔生物が群生したり、湖畔に魔物が集まっていても産卵していれば、それはダンジョンと呼び得るのだ。
今回攻略をするダンジョン『月の御神殿』も魔物の巣窟となっている。
どうやら、ダンジョンの奥にある“魔法を授かる泉”に魔物が引き寄せられて、結果的に魔物が住み着いてしまうらしい。
昔はダンジョン内部が管理されていて、魔物の駆逐も速やかにされていたらしい。それも例の理由でおざなりになり、今では中がどうなっているのかは不明だそうだ。
ただ、過去の記録を読み解くと、そこまでひどくはないらしいとアリッサが言っていた。
話によると、固定の魔物として“シャドウナイト”という、中身が空っぽの鎧戦士の魔物が出現するらしい。そのシャドウナイトは常に人と魔物の両方を標的としているので、それほど魔物が増え続けるという状況は考えていないようだ。
よって、攻略難易度もそれほど高くなく、地理的にも王都から一番近いというのもあって、三つのダンジョンのうちのはじめに月の御神殿が選ばれた。
魔法学院で魔法を二つ覚えた翌日、私とアリッサは馬車に乗って移動していた。
尚、アリッサが雇った冒険者4人組も同行している。以前から補助として依頼していたとの事だ。ダンジョンに入ったときの荷物運びや、食事の準備や野営の見張りなどをしてもらうのだそうだ。……いわゆる雑用だ。
仕事の内容からして、それほど高位のランク冒険者ではないらしい。Dランクは、下から数えた方が早い実力だそうだ。全員がまだ二十歳前に見える。
ちなみに、私はまだ冒険者登録をしていない。そもそも冒険者とはなにをする職業なのかもわかっていない。ゼンタロウも登録するのは今すぐじゃなくて良いと言っていた。
あと、ダンジョンは夜から攻略するらしい。馬車での移動中に仮眠をして休んでおくようにとアリッサから聞かされた。
私はアリッサと仲良くしておくべきだと考えていたが、目の前で目を瞑って黙り込んでいる彼女を見て、どこかホッとしながら諦めた。
(やっぱり怖い……)
普通に返事をしたり、挨拶する程度であれば問題ない。
でもアリッサの雰囲気は、どこか他者を寄せ付けない圧倒した何かを纏っているのだ。アゲイルはその辺がなかったから、打ち解けやすかった。彼からは嫌な空気を感じなかった。
だが、アリッサには邪魔をすれば排除する。……という意思を感じる。
言われた訳でも、過去の経験からそう思う訳でも無い。理由のない、ただの直感だ。
……やっぱり他の人にしよう。
時間ができた時にでも同行している冒険者と話をしてみようと心に決めた。彼らは自分とも歳が近そうだし、アリッサよりかは話しやすいだろう。
何度かの休憩を挟み、時刻が夕方になった頃に、目的地である月の御神殿にも到着した。
私は冒険者たちと一度も話す事なくココまできてしまった。
話そうと思っていたのだが、どうにも話しかけるタイミングがなかった。
雇った冒険者の数が少ないからか、各々、別の役割をこなしており、せわしなく行動していたからだ。仕事の邪魔をするのも気が引けたので、大人しく馬車で待機してしまい……。気がつけば移動が終わり、この状況だ。
我ながら情けない。心の中で己を非難しながらも、彼等の不可解な雰囲気には近寄りがたいものがあったのだと言い訳をしたくなる。
なんというか、ピリピリと肌を刺すような何かが場に隠れ潜んでいた。お互いが近づくと不味いような、そんな感じで距離を取っている。
それがどうにも、関わってはいけないと思わされてしまう要因となっていた。
溜息を心の中で一度して、考えるのをやめるために体を動かす事にした。
トレーニングである。
ただし、今回は筋トレだけではない。技術的なトレーニングを追加されていたのでそれも始める。
投げナイフの練習だ。
ゼンタロウ曰く、両手の技量は同じくらいが安定するらしい。私は元が右利きなので、左手でのナイフの扱いが下手らしい。
練習の内容は、左右の手でアイスダガーを投げ渡したり、一回転させてキャッチしたり、左手で的に向かって投げたりするだけだ。そのうち、上達すれば左右交互に投げたり、同時に投げたりしていくとゼンタロウは言っていた。
一応、左で投げたナイフを的に辛うじて刺す程度にはできるようにはなってきた。もう少し集中力が高くなれば、狙ったところに綺麗に刺せる気がする。
「ねえ、キミって斥侯係なの?」
四人組の冒険者の中で、雰囲気が一番マシだった男が練習中に話しかけてきた。ちょっとだけタイミングが悪いが、自分としても話してみたいと思っていたので丁度良かった。
「どうしてそう思う?」
「軽装だし、投擲の練習なんてしてるからだよ。それにエルフは感知能力も高いらしいし」
らしい、という言葉を使ったのは、彼が……または彼等がエルフをあまり知らないからだろう。
彼らのパーティは全員が人間で、王都でもエルフをあまり見なかった。エルタニア王国は元々が人間族主体の国らしいので、他種族も多くはないのだろう。
「で、どうなの?」
彼は柔和な笑みを浮かべて、最初の質問を改めて問いただした。
とはいえ、自分が斥侯として能力があるのかどうか、考えたことも無かった。ゼンタロウは私を戦士として育てようとしている節があるし、前衛とでも答えておけばいいだろうか。
「おいおい、そんな頭のおかしな格好してる小猿の勧誘なんかやめてくれよ、ホーク」
――無意識に、声のした方を見た。
長剣を背に抱え、アイアンアーマーを装備した茶髪の男だった。
「なんとことを言うんだ、ジェノバ! 彼女は依頼主の御付きの方だぞ!」
「変なモンに唾つけようとすっからやめてくれって言ってるだけだろ」
「ジェノバ! 失礼だからやめてくれ!」
「へいへい」
ジェノバと呼ばれた男は私を不愉快といわんばかりに下目で睨みつけていた。
なんだか感じが悪い男だ。関わりあいたくない。
「なんだ、小猿? なんか文句あるって顔だなぁオイ?」
いつになったら視線を外してくれるのかと警戒していただけなのに、さらに言いがかりを付けられた。
なんなのだろう、この人。アリッサのような怖さはないが、面倒臭さが私の知る中でも一番だった。
格好が変なのは認める。和服というのは精霊たちには受けがよかったので流されていたが、周囲から明らかに浮いているのは確かだった。
でも、エルフの事を猿と呼ばれるのはこれで二回目だった。その事には多少なりとも苛立ちも感じる。
言われっぱなしも癪なので口で返してやろうかとも考えたが、ホークが先に怒鳴り声を上げた。
「だからやめろって! いい加減にしないと怒るぞ!」
「おお、怒ったら何だってんだ? やるのかよ?」
「誰の所為で、スーカの代わりを探してると思ってんだよ、この脳筋野郎!!」
「あんなザコ、最初から死んで同然だろ? なに寝ぼけた事言ってやがる」
「……ジェノバ、テメエ!!」
何がどうなっているんだ。
気がつかないうちに目の前の二人が剣を抜いて、にらみ合いの喧嘩……いや、戦闘になり始めた。
他の二人の冒険者は我関せずと言ったように離れた場所へ移動し始めた。
アリッサはといえば、遠くの岩の上に座り、ひじを岩に立て、頬を手の甲に置き、見物客のように黙って眺めている。
現状を細かく考えている余地はなかった。
とにかく、事情を知っていそうなアリッサに話しかけに行った。
「アリッサ、どういうこと?」
「ああ、そういえば話してなかったな。実はあのパーティ、二日前に斥候役のスーカって仲間が死んだらしい。原因は、あのジェノバって男らしいが、まあ詳細は知らん。だが、憶測なら簡単だ。聞くか?」
アリッサは憶測と言っていたが、その言葉には確信があると言いたげだった。だから私はアリッサの言葉を真実だと思って聞くことにした。
どうやらジェノバという男、このパーティには中途加入らしい。Dランクで一人だった彼は、同じくDランクに成り立てのホーク達と合流したのだとか。それ自体はよくあることらしいのだが、合流がアリッサと契約をした後だったとか。
アリッサは一週間前に「三つのダンジョンを回る、その手伝い」としてホークたちを雇い、準備期間として一週間を待った。その後にジェノバが参入し、一度連携を覚えるためと言って、一つ二つの簡単な魔物討伐を受けたそうだ。そしてついこの間、斥候のスーカが命を落としたのだと。
あとは、現状の通りである。
「しかもスーカが命を落とした討伐依頼の主は、ユリアンの息がかかった貴族が出した者だ。臭わないわけがない」
アリッサは淡淡と現状を口にしていた。私は、不可解でならなかった。
「……他の冒険者に変更はできなかったの?」
「別に変更は不可能ではなかった」
「じゃあなぜ?」
「彼等の意思だ。ホーク殿から、どうしてもやらせてほしいと懇願されてな。どの道、わかったのは昨日の時点で、突然他の冒険者達を探すのも面倒だった」
「今のほうが面倒になってませんか?」
「そんな事はない。むしろ、このままパーティが崩壊してホーク達が消えてくれれば依頼達成の報酬を払わなくて済む。それどころか依頼失敗でギルドに違約金を請求できる。ジェノバが本性を見せれば、ユリアンの手駒も合法的に始末できる。私にとっては何の問題もない」
ああ、やっぱり……と、思ってしまった。
どこか腑に落ちたように私はアリッサから離れた。
アリッサ。
エルタニア王国第一王女。
ウェーブの掛かった長い赤髪をした長身の女性。その眼には、深い、底知れない闇が詰まっていて、獲物がやってくるのを今か今かと待ちわびている。きっとその時が来れば、彼女は口から僅かに覘いている牙で、喰らい付き、決して敵を離さないだろう。
やっぱりこの人は、怖い人だ。




