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ひとりぼっちの魔法学院

 今日も暖かい布団で目が覚めた。窓の外では小鳥がささやき、風が優しく吹いて流れるのが聞こえてくる。

 誰かが作る飯炊きのニオイが、ささやかに部屋に訪れている。


 雪山を出てから何かと騒がしいけれど、吹雪の音しかしない村よりも心地よかった。


 今日も気分はすこぶる良かった。




 朝の内に、私の精霊が今日もよろしく、と挨拶をするので、同じくよろしくお願いしますと答える。

 特に何も思う所もなかったのだが、今日は珍しく、言葉をつづけた。


『スノー。何か、その、えーと。不満とか、思ってる事とかってあるか?』


「? 特にないですが?」


『ですよねー。(そりゃあ面と向かって不満言う奴いないよな)』



 また精霊が小さな声で何かを囁いている。隠しているように喋っているが、内容は聞こえてくる。


 ……でも、精霊の話を聞いても、たまにわからない事がある。



 昨夜、精霊マダオと私の精霊がとても親し気にしていた時にも、よくわからない話題をずっと騒いでいた。


 その事を考えると、何故かはわからないが心が少しざわつく。


 理由はわからない。ただ無性に二人の会話を止めたくなる気持ちになる。

 でもそれを止める権利を自分は持ち合わせていないと思っているので、何とも思わないようにと考える。



 それに、願いという物はどれだけ叶えても尽きぬ欲望だと母から教えてもらった。願いを叶えるのはほんのわずかで構わない。



 いや、僅かなんてとんでもない。


 私は私の精霊のお蔭で、あの誰もいない村を出て、雪のない外の世界を歩いている。それだけで私の心は満ち足りている。はずなのだ。






 今日は魔法学院という場所で魔法を覚える。


 アゲイルは朝陽が昇る前にワイバーンに乗って帰国したらしい。別れの言葉を言いそびれてしまった。ただ、すぐに会えるという話だったので、それほど気にしなかった。

 あとは朝食後にアリッサが魔法学院へと案内してくれた。案内が終わったら、アリッサはダンジョン攻略の準備をするためにあちこち回るらしい。


 そして私は今から入る建物を見上げ、ただ呆然としてしまった。



「ここが、魔法学院……」



 大きい。


 ただただ、大きい。王都に到着した時にも思ったが、建物が山のように高くて圧倒される。目の前の建物だって村の教会がちっぽけなウサギ小屋に思えてしまうほどだ。


 その大きな建物で出迎えてきたのは、黒髪に白髪の目立つ、楕円のメガネをした人間の中年男性だった。


「アリッサ様より仰せつかっております。本日、スノー様を案内させていただきます、魔導教員のネビルズと申します。今日はよろしくお願いいたします」


「スノーです。よろしくお願いします」


 たしかこんな風に精霊がいつも言葉を返していたので、それを真似てみた。男性は心良く受け取ったみたいで、「こちらです」と案内してくれた。


「ネビルズさんは魔法使い?」

「そうですよ。ただ、今では魔法を使うより、教えてる事の方が多いけどね」


 ネビルズさんは自虐を混ぜながら笑っていた。

 彼が魔法を教えてくれるらしい。


 特に会話もなく、案内されるままに実習教室、とかいう部屋までやってきた。


「アリッサ様には一日で魔法の分野を開発してくれと言われているからね。申し訳ないが、説明しながら実践してもらうよ」

「わかった」


 私の精霊のぶっつけ本番と同じようなものだろう。

 どうするかは本当にお任せするしかないので、言われた通りにこなそうと思う。


「まずは自分が習得可能な属性を探ろうか。この魔法陣を踏んでもらえるかな?」


 足元に元から書かれていた八芒星(オクタグラム)。それぞれが均一な頂点の角度で、8本の蝋燭が周囲に立っている。


「その蝋燭に火が燈った物が、キミの得意な属性だ。とはいっても、別に燈っていなかったら取得できないという訳ではない。努力して8属性全てを扱えるようになった人もいる」


 得意な属性と聞いて、脳裏に過ぎるのは魔属性の存在だった。


 目の前の蝋燭は8本、世間一般的な属性は火、水、風、雷、氷、土、聖、闇らしい。魔は含まれない。

 このまま円の中に入ってしまってもいいのかとも考えたが、立ち止まっていると怪しまれる。ではバレてしまった場合はどうするか。


 上手く考えがまとまらない状態がつづき、ネビルズさんがついに口を開いた。


「大丈夫だよ、別に爆発したりしないから」

「そう、ですね」

「エルフは魔法が得意だと言われているからね。自信を持って進むといい」


 何かあったら大変だと考えながらも、しかし入らずには話も進まない。

 最後には恐る恐ると言った具合に魔法陣の中に足を踏み入れた。


 中央までやってくると、星の線が白い星が灯る。すると周囲に炎が灯る音が3度した。



「ふむ、風、氷、闇か。その中でも、キミがもっとも優れた属性は氷だ」

「……そう」


 少しだけホッとした。魔属性の事は察知されなかったらしい。

 ただ、ネビルズさんは少しだけ考え込むような素振りを見せた。そしてすぐに口を開いた。



「スノーさんは、もしかして普通のエルフではないのかな?」



 緊張が走った。

 どうして突然、そんな事がわかったのだろうか。恐れるあまり、ネビルズに対して警戒の視線を向けてしまう。


「ああ、失敬。話したくなければいいんだ。ただ、普通のエルフとはちょっと違った結果だったから、ついね」


「……どう違うの?」


「本来のエルフであれば、最も得意な属性に違いはあれ、水と風と聖の属性は必ず取得しているからね」


「必ず?」


「必ず。取得できる属性は親の遺伝や、住んでいた環境に左右される事が多いんだ。ただし、先に説明したように、長期の訓練を積んで会得する事もできるし、運がよければ触媒を用いて簡単に習得する事もある。


 でもその逆、扱える属性を失くすというのは殆どない。森を去って旅を続けるエルフ達でさえ、水、風、聖の三属性は必ず持っている」


 普通のエルフは持っている属性を、私は持っていない。


 闇エルフである私の属性は風、氷、闇。



 ……マズイ。



 普通ではないとバレてしまったのだ。闇エルフの存在は伏せておくように、と精霊にも言われた。察知されたらダメだ。どうにかしなければならない。


 だがどうすればいい。


 逃げるか?


 勝手に逃げ出していいのか? アリッサ達との約束を反故にする訳にはいかない。だが自分の状況も大事だ。



 ならばどうする?



 わからない。




 ――本当に?




「ま、どうでもいい話だけどね」

「……え?」

「余計な詮索で時間を取って申し訳ない。さっそく、属性習得の触媒から試してみよう」



 ネビルズはいそいそと棚から箱を持ってきて、中から飾りつけされた石や、装飾の多い短剣などを取り出し始めた。


「あ、あの――」


 気にしないのか、と。詮索しないのかと聞きたくなったが、ネビルズは私の言葉を即座に切って捨てた。


「聞かないから。ヒトはね、キミが思っているほど、他人に興味はないんだよ。キミが何者だったとしても、危害がない限りは手を出したりはしない。安心していいよ。ただの好奇心で僕も殺されたくはないからね」

「――――」

「だから、その怖い表情はやめてほしいかな」



 言われるまで、気がつかなかった。

 自分は今、怖い顔をしていたのか。よく、解らないが、他人から見てそう思われたのならそうなのだろう。



「とりあえず風、闇、氷の触媒を試して、習得できた属性から下級魔法を習得してみよう。それで僕のお仕事も終わりだからさ」

「……はい」



 なにも、言えなかった。ただ、返事をするくらいしかできなかった。

 おかしい。今朝まで楽しいと思っていたはずの外の世界が、急に怖いと思ってしまった。






『スノー、どうだった? 色々とできたか?』


 お昼頃になると、精霊がいつも通り、言葉を掛けてきた。お昼休みという時間らしい。精霊が声を掛けてくる時間はだいたい決まっていた。


 いつもは問題ありませんと答えるのだが、今日はあまり良い事がなかった。


「……ごめんなさい」

『おっと、珍しい返答だな。なにかあったか?』

「……実は――」


 午前中の出来事を、順を追って説明した。


 自分の習得できる属性が風、闇、氷である事。

 その関係で、自分が普通のエルフではないとバレてしまい、どうすれば良いのかわからなくなってしまった事。

 その事を、あえてネビルズさんは詮索しなかった事。


 さらに触媒での属性習得は風と闇、両方とも習得できなかった事。


 下級魔法は氷属性のアイスニードルを教えてもらっただけである事。



『アイスニードルか、如何にも初級って感じの名前だな。どんな魔法なんだ?』


 精霊は何よりも先に習得した魔法について興味を示した。


「地面を伝って逆さの氷柱が連立していく攻撃です」

『射程、範囲、速度、威力、持続時間、感覚で教えてくれ』

「射程は約5m、範囲は一本線ほど、速度は人が歩く速度とほぼ同じ、威力は魔撃以下、持続時間は5秒程、正直申しますと魔撃の方が使い勝手も強さも上かと……」

『みょーんだな』

「みょーん?」

『微妙ってこと。まあ、教えてもらった魔法は強化していけば強いんだろうけどな。でも、使うかな……』



 精霊は良い反応を示さなかった。やはり、他の属性を習得しなければダメだったのだ。


 氷だけではダメだったのだ。


「ごめんなさい」

『いや、スノーは悪くないって』

「でも、属性が少ないから、できることも少なくって……」

『どうせ教えてもらう下級魔法なんてどれも大して変わんないって。属性が増えないのはたぶんレベルが低いからだろう。現在のクラスが魔術(メイジ)系じゃなくて盗賊(ローグ)系ってのも関係あるかもしれないし』

「そう、なんですか?」

『たぶんだけどな。とりあえず一緒に考えよう。だから一人で気負いしないように』

「……はい」

『そうだ。ネビルズって人からオリジナル魔法の作り方を聞いておいてくれ。なんか道具が必要らしいし。それで帰ったら一緒につくろう』



 そう言って精霊は『時間だからもういく』と言って、会話を終えた。


 なんだか精霊は忙しそうである。なにをしている存在なのか把握しきれないが……彼等も、もしかしたら大変なのかもしれない。


 自分も、この変な気分から早く立ち直って、やるべきことをしてしまおう。



「オリジナル魔法の作り方? ええと、正気かい?」



 ネビルズさんに教え請おうとしたが、真っ先に正気を疑われてしまった。


「ダメなの?」

「ダメというか、無謀だよ。いくらアリッサ様の紹介と言っても、昨日どころか今日の昼間に魔法を使い始めた子が、魔法を構築だなんて」

「魔法自体は前から使ってる」


 三日前からだけど。



「今日、初の属性下級魔法を覚えた子がかい?」

「精霊がいるから、心配ない」

「……精霊付きだったのか」


 彼は一度悩んでから、頭を一度人差し指で搔き、最後には溜息をして「わかった」と堪えた。


「ただし、どんな魔法なのかは監視させてもらうから、そのつもりでよろしくね」

「わかった」


 監視が付くとは思ってなかったけど、精霊は魔属性の魔法を使わないといっていたので、たぶん大丈夫だろう。


 とりあえず、ネビルズに一通りの手順を聞き、魔法用のインクとペンを用意した。これで一つの魔法の設定を書き出していくらしい。



「字は書けるかい?」

「一応、標準語とエルフ語は知ってる」

「上出来じゃないか」


 文字は教会の聖書で学べる。相当古い本だけれど、標準語とエルフ語、両方の文字盤が本の裏にあるので覚えるのにはうってつけである。村にいた時は一人で覚えたものである。ほかにする事もなかったし。


「じゃあ書きやすい方でいいから、まずは試しに自分の名前を書いてほしい」


 言われたとおり、スノーをエルフ語で書いてみる。だが、このペンというのは紙に引っかかって書きにくかった。羽根なら先端がやがて丸まって書きやすいのに。ペンではなく、羽根はないかと聞こうとすると、ネビルズの表情は固まっていた。


「あの、どうかしましたか?」

「……スノーさん。あなたが今書いたのは、古代エルフ語ですよ?」

「今の字とは違うの?」

「今では読めるエルフも全くいないと聞きます」


 そっか。おかしいのか。それじゃあ怪しまれると思い、標準語の方を書いた。


「……今度は古代バルシア語ですか」

「これも変?」

「七百年以上も前に滅んだ帝国の字です。スノーさん、まさか冬眠でもなされていたのですか?」


 何かをすればするほどボロがでる気がしてくる。どうしろというのだ。


「…………さあ?」


 考えるのも無駄な気がしてきたので、とぼける事にした。酷い回答だと自分でも思う。


 今から新しい文字を覚えるのも時間が掛かるので、古代エルフ語で書くことにした。読み手に意味が通じれば成立はするらしい。それからペンより羽根は無いかと聞くと、快く用意してくれた。




 しばらくすれば準備も終わり、後は魔法の創作を開始できる段階になった。

 後は精霊がなにを要求するかである。



 なぜか、今日はいつもより精霊が待ちどおしく感じた。

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