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クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
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善太郎の秘密フォルダ

 善太郎が久しぶりの学校に出ている頃。


 私の方といえば倉の二階、善太郎が普段生活している場所でパソコンを使っていた。

 善太郎からアカウントを貰ったのだ。『コレで退屈でも潰してくれ』と。あ、でも『エス、エヌ、エス』というモノはやらないで欲しいと釘を刺された。今は不明だが、まあ、その内わかるだろう。


 それでも、私はこのパソコンという魔道具(機械?)の利用方法も目的もある程度は理解した。こんな物があるならば、もしかしたら殆んどの書物などはいらないのではないかとも思えてくる。ちょっと文字を打つだけで必要な知識が手に入る。なんなら文章だけではなく、画像や映像といったものでもだ。凄い代物だし、これだけで数時間は忘れられるだろう。



 ……一応、以前話にあった雪山からの拠点移動をするべきなのでは? と善太郎に聞いてみたのだが、今は待つべきだと言われた。理由は、アゲイルと一緒に行動するのが手っ取り早いからだそうだ。確かに空路を得られるのならばそれを利用するのが一番だし、アゲイルと一緒に行動できるのなら、そっちの方が安心できる。


 そのアゲイルは現在、善太郎とドラグラン王陛下の謁見の調整を行なっているので勝手に国を出る訳にはいかない。なので現在の私は暇を持て余している状態と言って差し支えない。



 とはいえ、このパソコンのお陰で、退屈はしない。これを使えば『こちらの世界』の知識や常識をある程度計り知れる。


 それに善太郎のDVDコレクションはなかなかどうして面白い。本来は毛嫌いしている殺し合いをしているはずなのに、画面の中では痛快さを覚える。既に善太郎から作り物だと聞かされて理解しているからなのか。しかし逆に、主役が家族を大事にするシーンなどは感動を覚える。時には涙するほど悲しくなったり、登場人物の感情に影響されて悔しくなったりする。所詮は作り物だとわかっているのに、感情が揺さ振られる。……なんとも不思議だ。



 そうしていくつかのDVDの中から『イミテ○ション・ゲ○ム』なる映画を手に取った。個人的にはそれほど期待できないパッケージだったが、史実に基づくらしいのでこちらの世界の歴史のことを少しは理解できる物だと思って試した。



「……ふむ、暗号解読ですか」



 その映画は戦時中の物語らしいのだが、あまりにも他の映画とは違って戦闘がなかった。ネットで調べながら視聴していたのだが『第二次世界大戦』というモノは実在し、何千万という桁外れの人命が失われたようだ。私にしてみれば非常識な規模の戦争で、酔っぱらいの妄言みたいだと感じたが、しかしこの世界では実際の出来事らしい。


 実感するのは難しいが、しかし作中の彼等の緊迫感は伝わってくるからコレも不思議だ。



 話は映画の内容に戻るが、この映画で重要になるのが敵国の発信する暗号。それを解読することが主役らの目的となる。それを見ていて私は、いつしか彼等に触発されていた。



「少し私も試してみたくなりますね」



 敵国の暗号解読を成した時の主役達の喜びに、それ程までの味わいがあるのか。


 今にして思えば、御神殿やダンジョンでの謎解きは善太郎や他精霊達がすぐに解いていたし、暗殺ギルドで交わしていた暗号は既に答えを知っていたものだ。改めて、自分で謎解きをしようなんて思ったこともなかった。


 自分でも挑戦してみたいとやる気になってみたのだが、だからといって今この場に暗号や謎解きなどそんなに目にすることでもなく……。



「そういえば……」



 暗号ではないが、パソコンにログインする時のパスワードなどがそれに該当するのではないだろうか。私も善太郎から作るかどうか聞かれて、試しに作ってもらった。要は自分の部屋に入る為の合言葉みたいなものだ。


 その合言葉を調べ上げるのも、一種の暗号解読のようなものではないだろうか。



「良い暇つぶしにはなるでしょう」



 それではさっそく試しに、善太郎がいつもメインパソコンと呼んでいた一番大きなパソコンに電源を入れてみた。こちらはインターネットには繋がっていないし、私が触っても無意味だそうだ。無意味ならば私が触ってもきっと無害だろう。



 数秒後、先ほどとは別の画面に善太郎しか知らないパスワードの入力を要求される。


 最初、私は忘れた時の為にヒントなどを付け加えられるらしいので、それを基に謎解きをしようと期待していた。だけれど善太郎はそんなものは用意してはいなかった。


 これでは謎解きにはならない。


 ……いや、そもそもの話、別にヒントを見ることもなく私は善太郎のパスワードにある程度の推察がつくのだ。



「……いつも善太郎はキーを八回叩いていた。しかし八文字とはいえ、別段ワードの組み合わせという訳ではないでしょうし、どころか単なる羅列ということもありえますが……」



 記憶の中の探り、善太郎がパスワードを入力する時の“音”を注意深く思い出す。


 善太郎がキーの同じ位置を叩く時、決まって同じ音がする。“タイピング”と言っていた技術を使って、決まった位置を同じ指で押す。そうするとキーボードを見ることなく文字を入力できるらしい。私からすれば音で何処を入力しているのか、順番までわかってしまう。


 ……これは暗号の解き方ではない。ただの盗み聞きの技術だ。


 それでも一応、記憶を頼りに入力をしてみる。



「えー……S・R・A・W・R・A・T・S。……スラウ・ラッツ? なんでしょうか……。あ、逆さにしたら――」



 善太郎の映画コレクションの中のタイトルに同じのが一つあった。

 案外、ヒントは近くにあるものらしい。それに文字を逆さにするという発想もなるほどと感心させられた。これはこれで面白い。


 とにかく答え合わせだ。いよいよという気持ちで入力完了すると、これまた自分が見た映画のように試行錯誤を繰り返すこともなく、簡単にパスワードを突破してログインできてしまった。


 ……まあ自分はこんなものだろう。使える手段をつかったまでだ。


 しかし映画のように全く感動を覚えない。やはり謎解きをしていないのがいけなかったのだろう。


 別に善太郎のパスワードを解きたかっただけでコレと言った目的もない。面白くない。



「……おや?」



 折角だったけれど、シャットダウンしてしまおうか――というところで、デスクトップ上に南京錠のマークが付いたファイルを目にした。触ってみると、どうやらパスワード付きの特殊なファイルらしい。そんなものがあるとは初耳だ。



「そういえば、善太郎がこのファイルを開けているのを私は見たことがないですね」



 興味本位で、先ほどと同じ言葉を入力するが、ファイルは開かなかった。


 ノーヒントのパスワード、善太郎がわざわざ私の前で開けたことのないファイル。



「……これはもう少し楽しめそうですね」



 もしかしたら善太郎はガッカリさせないようにわざわざコレを用意していたのだろうか。だとすれば私は彼の手の平の上だ。しかし私は嬉しい。善太郎は私のことをよく理解してくれている。なぜならこんな遊びを予め用意していたのだから。


 私は再び、自分が映画の主役になりきるつもりでさっそく暗号の推理を始めた。


 彼等も言っていた。暗号には作った者の思考性……クセが出るのだと。


 ログインのパスワードからわかる通り、善太郎は映画のタイトルを使って暗号を作る。あるいは漫画の作品の名前かもしれない。文字を逆さにするという手法も使ってくる。文字の並びも変えてくる可能性もあるだろう。


 そして、きっと善太郎のお気に入りのタイトルが選ばれているはずだ。私は既に善太郎の好みを知っている。オススメとして私に渡してきた作品はきっと善太郎の好みで間違いないからだ。とにかく、それ等を集中してパスワードに入力していく。



 やってやれないことはない、と意気込んでいたのは最初の一時間だけだった。


 少し厄介だったのは数回間違えるごとに三分間の時間を取られることだった。その度に推理と推考を重ねていくのだが、いくらやっても間違いだったと門前払いを受ける。その度に小さな不満が募り積もっていく。


 時は過ぎ去り、いつしか日も落ち、諦めかけていたその時、ふと最初のパスワードの映画に着目してみると、随分と映画の年期の違いに違和感を受けた。それを見て思ったのが、この映画の制作時期が数字通りではなかったことだった。



「……ふぅむ」



 試してみた。『45612378』。あるいは八文字の英字の文字順を入れ替えて『R・W・A・S・T・A・R・S』……と。これではもはや何の単語なのかもわからない文字の羅列だった。疲れの所為なのか、暗号の推理も徐々に雑になっていた。



 しかし、こんな雑な推理だったのに、頑なに開こうとしなかったファイルが開いてしまった。



 最初に湧いてきた感情は『やられた』だった。まさか、どうして、という期待を裏切られたような気持ちだ。


 だけれどそれに続いて、今度は『勝った』という感情が追ってくる。そうだ、私は勝ったのだ。善太郎との知恵比べ……いや、思考性の推理に勝利したんだ、と。


 そうして最後に感情が静に沈んでいくと、淡々と、目の前のパスワードに対して妙な感慨を抱いた。



「……単純なのに、少し手心を加えただけでこうも難しくなるなんて」



 しかし、お陰で私は味わうことができた。暗号を解いた瞬間に得られる快感というものを。これは善太郎に感謝しなくてはいけないだろう。





 そう、一瞬だけ思った。



 同時に、思い知ることになった。……善太郎の愚かしさを。



 それは奇しくも、善太郎が丁度、門を潜ってきたのと同じ頃合だった。

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