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クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
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43点の答え合わせ

 諸君、悲しいお知らせだ。十連休がいつの間にか終わっていた。


 ゴールデンウィーク前半は例の事件絡みで消化され、後半になるとすぐに小田の葬式が行なわれた。


 俺と聖は当然だが、スノーも何食わぬ顔で一緒に出席した。本人から葬儀に参加したいと申し出たからだ。

 スノーは屋敷のタンスに眠っていた喪服を見事に着こなし、なんだったら他人の見様見真似でお辞儀から焼香もこなして帰ってきた。どういった意味合いがあるのかはさっぱりだっただろうけど、気持ちは嬉しかった。


 ちなみに髪型は黒のカツラを結って耳の尖った部分を隠すようにかぶせた。我ながら見事に誤魔化せた。……のだが『なんで周りの連中はあのチビの異常さに気がつかないの?』とは聖が後に漏らしていた言だ。確かに一人だけ顔立ちが外国人みたいで浮いてたし、子供なのに保護者もいない風だったけどさ……。



 あとは警察関係者が自宅に来たのだが、そっちは煙にした。覚えてないとか記憶があやふやでとか。なんだったらその日のことを思い出すと吐き気がするなどと言って見せた。

 俺の中ではもうすでに終わった事案だ。できれば蒸し返すこともなく、俺は何も知らぬ被害者だったというポジションを維持したい。余計な問題は増やしたくない。



 それから残りの時間はスノーと一緒になって戦闘に関する動作チェックみたいなことをした。別段、新しい発見はしていない。携帯端末が何かしらのキーになるとは思っているのだけれど、未だにどうすればいいのか自分で触っていても答えは出ぬままだ。携帯が何かしらの重要な要素だとは思っているのだけれど、やはりパソコン操作の方ができることが多いし、こちらの方が何か隠されている様な気がしてしまう錯覚も覚えてしまう。




 そんな考え事ばかりしていたらあっという間に五月の二週目の月曜日。

 長期休暇は過ぎ去り、通常通りの日常が帰ってきた。


 すると当然、今まで棚の上にでも隠しておいた問題が自ずと脳裏にちらつき始めた。



「なんで俺から譲歩しなくちゃあならないんだか……」

「そんなに嫌なのですね」



 ああ、腹が立つ。

 どうして俺の方が折れなきゃあいけないのかと思うと、全く持って腑に落ちない。やはり腹も立つ。納得がいかない。納得がいかないのならばやめたいところだ。……スノーが頼みさえしなければな。


「スノーには悪いが、こう、腹の虫が収まらない感覚がする」


 胃腸の上、肝臓と背骨の丁度中間に位置するであろう部分がもぞもぞする。


 そうさせるのは憎きあんニャローである超脳天気男、ダイスこと竹林大輔のことである。どうにかして奴を亡き者にできないだろうか。



「……あ、名案を思いついた!」

「却下します」

「即答する前にまずは聞け。いいか? 今からダイスをブッコロス。そしてティンのアカウントを奪い取る。これで俺の心はハッピーエンドだ」

「そうなったらティンによって善太郎の命もエンドしかねませんよ?」

「軽いジョークだよジョーク。ブラックユーモアって奴よお?」



 最後にスノーから『どうしようもないなコイツ』と言わんばかりの溜息をもらって、この冗談に扮した願望は潰えた。あとその反応は地味に傷つくからやめてください。


 何故、俺がスノーからこんな塩対応を受けなければいけないのだ。折角、聖が実家に帰って二人っきりの朝に訪れた甘いひと時が、なんだかしょっぱくなっちまってるじゃあないか。……いや、甘さにしょっぱさが加わり、あまじょっぱいになるならむしろ美味しいのではなかろうか。女将、米を持ってこい。



「ああ、もうやだ。スノーよ、我は今日学校行きたくないぞ。布団を用意し、早急に休ませよ」

「善太郎、みっともないですよ。それともベッドで休む理由をご所望でしょうか?」

「待て待て、その手に用意した武器はやめるのだ、スノーよ」


 スノーの手の平で三本の氷小刃が音もなく生み出されると、見せ付けるように片手でジャグリングし始めた。なんだか行動が徐々に脅迫的になってないか。



「善太郎にはこれ位がいいかと思いまして」

「……俺は暴力よりも性的なサービスの方が言うこと聞くと思うん――「おっと」


 俺の言葉を遮るように突然、鼻を掠める冷たい刃が落ちてきた。知らぬ間に一本ジャグリングからなくなっていた。ちょっとマジで洒落にならんって。もはや純粋なる脅迫じゃないか。



「何かさえずりましたか?」

「――ナンデモアリマセン」



 まったく、前の借りて来た猫状態のスノーの方が幾分と扱いやすかった。困ったもんだ。俺ってばその内、冗談のやり取りで殺されちゃうかもね。

 ……その方がいいかもって思うくらいには今回の要望は嫌なのだけど。スノーの頼みでなければ絶対にやらない。



「まじめな話、善太郎はどうしてそこまで拒絶するんですか? 精霊騎士団に居た頃はそこまで嫌ってもいなかったのに」

「あの頃は別にギルドメンバーってだけで、何にも感じなかっただけだ。要するに他人行儀してればいいって相手」

「で、今は?」

「俺は奴みたいな頭パッパラパーで、その場の空気でしか知らないクセにとやかく口を出しする軽薄な正義感持ち連中が一等嫌いなんだよ!」



 あいつ等、自分が正しいと思ったらなんでも好き勝手言いやがるからな。しかも自分は第三者の位置にいるから非攻撃対象だと思ってやがる。自分は何も被害を受けない状態から一方的に殴るのが大好きなんだから、俺からすれば害悪以外の何者でもない。


 なんでも願いが叶うのならば、俺は奴等をこの世から消し去りたいって思うね。まだ自分が悪だと自覚のある連中の方がマシだ。



 まあ、ダイスに関しては最初からこんな評価はしていなかったとは思う。しかしながら、奴とは顔を会わせた時から波長が合わなかった気がする。うん、やっぱり他人のままの方がいい。



 しかし俺が本気で嫌悪の感情を表した後、スノーの方から「仕方がないですね……」という声が聞こえて来た。



「では善太郎、もし頑張ったらご褒美になんでも言うことを聞きますよ」

「……おい、いまなんでもと言ったか?」

「言いましたよ。ただし、私の善太郎に対する感情までは加味しませんが――」

「スノー様、頑張ってお勤め果たしてまいりますッ」



 うむ、今日だけ一日頑張ろう。今晩はお赤飯だな。帰ったらスノーを一晩中『グェッヘッヘ(自主規制)』なことをしてやるぜ。恨むのなら軽はずみでも『何でも』などと言ってしまった己を恨むがいい。後の事など知らん。


 そうして朝の会話でウッキウキになって屋敷を出るのだった。






 ……まあ、気分上々だったのはスノーに「行ってきます」を言うまでだ。屋敷を出て学校に着く頃には一言でも口から何かを言えるような気分でもなくなっていた。


 電動自転車で坂を駆け下りるたびに、ダイスに対して第一声をどうするべきか考えた。だけど考えれば考えるほど、自分で自分の顔面を殴りたくなる衝動が滲み出てしまう。


 奴がどれだけ阿呆だったとしても、俺だってお世辞にもまともな態度をしてきたわけでもない。むしろ、邪険にし続けて、なんなら貶すような態度を取り続けてきた。存在そのものをなかったものとして扱ってきたのだ。


 そのことを振り返ると、たとえ自分が奴を許したとして、奴が俺を許すとは思えなかった。


 当然だ。俺が奴の側だったら、今更心変わりしたところで何言ってんだよってなもんさ。



 ……なんというか、我ながら都合の悪い状況にしてしまったものだ。認めたくはないが、コレってあれだ。親父の言っていた『一時の怒りによって身を任せてしまった結果』と言う奴だろう。その所為で結構な不利益を生んじまった。親父に見透かされたようで認めるのは癪だがな。


 まあ今後は気をつけるとしよう。でもそれは今後の話であって、目前の問題をどう対処するかどうかはまた話が違う。




 結局、学校の駐輪場に到着してから、なんだかさらに教室へ行くのが嫌になって、下駄箱のあたりで教室からわざわざ遠回りしようと、別の学棟に進んだ。


 普段の自分らしくないのはわかっている。こんなものは納得ができないのならば最初から選択肢にいれるべきではないのだ、と。



 でもスノーからお願いされたのならば、まあやってやらなくもないか……などと言ってしまっている。それもまた、理由を他人に押し付けているみたいで、自分らしくないし、なんだったら反吐が出てくる。



 ……じゃあなんだ。俺は本心では、奴と仲直りでもしたいとでも言うのだろうか?


 そんなことは一切なかろう。俺はそこまで奴に対して恩情を感じない。強いて言えば、その横にいるティンに同情を覚える程度だ。だったらそのティンが大事なのかと自問自答してみるが、ティンもまた自分にとってはどうでもいい対象だ。



 ではいったい、なにが一番の要因なのか、と。




『許してやりなよ』

「またかよ」



 ふっと耳元で囁かれたように思い出した言葉に、苦笑混じりで返答していた。


 小田の言葉だ。親友が残した遺言が未だに脳裏にこびり付いている。


 全く、とんでもない呪いを残してくれたものだ。


 厄介すぎて本人が目の前に居たら首を絞めてやりたいところだ。……だというのに、この呪縛を手放すのはどうしたって気が引けてしまう。それは、小田との最後の友情を壊してしまうような、胸の奥から冷え込んでくるような……寂しい感覚を覚えてしまうからだ。


 寂しい、か。

 なんともまあ、我ながら心が弱いな……。


 少しだけ勝手にセンチメンタルな気分に浸っていたら、唐突に誰かとぶつかってしまった。



「スミマセン」

「おい、辻風。なにを呆けている」

「……アンタかよ。……いや、スンマセンでした」



 何の因果なのか、普段から滅多に通過しない教務員室の前で、偶然にも自分のクラス担任の悪態教師が廊下の角から出てきたところだった。この場合、ぶつかった相手が最悪だ。よりにもよってなんで奴なんだ。


 すると奴は間髪いれずに口を開いた。どうせ「朝の挨拶を気持ち良くしろ」など辟易としたくなるどうでもいい指摘でもするつもりなのだろう。



「珍しいな。お前が私に返事するとは、な」



 挨拶の話の前に、先に不思議がられた。


 出鼻を挫かれた気にもなるが、それもそうかと思えた。何せ奴に対しては、ダイスと同等かそれ以上に邪険にしてきたのだ。視界に入れば見なかったことにするのは当然として、聞こえた声も知らないフリして、なんだったらこの男の授業にだけ出席しなかった。


 とにかく、いないものだと決め付けて、存在そのものを自分の中で抹消し続けてきた。だのに今日に限ってこの男の存在を認知するなんて、我ながら余程の偶然……もはや奇跡だ。



「だが都合がいい。面談室に来い」

「……は? 普通に嫌ですが? しかも今から? 何ゆえ?」



 普段の生活態度が悪いという自覚はあるし説教でもされるんだろうという予想はつくが、それをどうして今からするのかが疑問だ。


 なにせあと数分で朝のホームルームも始まり、なんだったらその直後に授業も始まる。この男も一応は担任業務持ちだし、余計な時間は持ち合わせてもいないだろう。



「二者面談だ。お前とはまだしていない。すぐに済む」

「……一時限目をサボれるのであれば」

「構わん」



 なんと、サボりの許可までもらえるという。それならば少しくらいこの男が垂れる説教に付き合ってもいいかとそんなの気分にもなる。


 ……真実は別に、偶然でも奇跡でもない。単純にダイスのことを許すくらいなら、このワンマン教師と部屋を共にする方がまだマシだということだ。単なる時間稼ぎでしかないかもしれないけどさ。



 そういう訳で話をする場に連れて来られた。さっそく椅子に座らされると、思っていた対応とは全く違ったもてなしを受けた。


「コーヒーか紅茶、どちらがいい」

「いりません」

「わかった。コーヒーでいいな。淹れてくるから待ってろ」


 要らないと言ったのに勝手にコーヒーにされた。そして給湯室へ行き、紅茶を淹れるような口の広いティーカップにお湯を注いで両手に持ったカップの片方を差し出された。


 なんなんだコレ。俺のイメージとは全然違う説教の入り方だ。


「ああ、怖い刑事、優しい刑事って奴か」

「……『ちょっと違うな』とでも言って、頭を机に叩きつけたら良いのか?」

「それって誰がバ○トマン役やるんだよ」

「あのツルッパゲの教頭にでもさせておけ」

「――ッぶふ」


 そりゃあ偽バ◯トマンみたいな見た目してるからな。

 なんて思わず笑っただけだ。


 最悪だ。こんな男の冗談なんかで笑わされた。笑った後、すぐさま嫌悪感がするくらいには屈辱だった。


 アレだ、普段からそんな冗談を言い出すような印象が全くないから、不意打ちをもらってしまっただけだ。というかまさかこの男にアメコミ映画ネタが通じるとも思わなかった。


 笑った後だが、すぐに溜息を吐いた。とにかく気分を一度、平静に戻そう。どうにもいつもと勝手が違う。いつもの自分らしさを乱されている気がする。



 改めて目の前の男に目を向けると、奴はコーヒーで乾いた唇を濡らす最中だった。だがその後、窓際に移動するとそのままカップを逆さにして捨てやがった。何がしたいんだと思いながら俺も出されたコーヒーを口に運んだが、それで理由がわかった。


 飲めたもんじゃないほど不味かった。

 何をどうしたらインスタントでこれほどまでにエグイ味になるのだ。酸化したとかそんなもんじゃない。単純に粉の分量を間違えやがったんだ。なんだか馴れた風にコーヒーを用意していたけれども、もしかしてこの男、普段からコーヒーなど飲んでいなかったのでは?


 嫌がらせにしては自分から先に飲んでいたし、よくわからん。


 黙って様子見に徹していると、再び男が目の前に戻ってきた。もうコーヒーは用意しないらしい。



 そしてやっと本題に入ってくれた。


「知人を目の前で失ったと聞いていたんだが、なんだ。堪えているとでも思っていたが、案外普通だな」


「……ああ、なるほど。そういう方向か」


「理解が早いな。先生だ教師だなんて言っても、所詮は生徒の子守だ。見たくもない面倒まで見せられる」



 あたかも二者面談が他の生徒連中も同じく行なっていた風に体を装っていたが、そうではなかったらしい。


 きっと、学校側としては生徒の一人が事件に巻き込まれて、なんだったらその友人も死んじゃったから、形だけでもメンタルケアとかカウンセリングやっとけ、と。


 こんな男にそれが勤まるのかどうかは怪しいもんだがな。



「見たくもない面倒なんて言わない方がいいんじゃあねえのか、先生様よぉ?」

「そういう訳にもいかんのが大人だ。あと、わかっているだろうが辻風、私はお前のことが大っ嫌いだ」

「ああ、そう。俺だってアンタみたいな横暴教師、大っ嫌いだよ」

「お前に対しては横暴ではないがな」



 今度は別の意味で笑っちまいそうになった。そんな明らかな嘘をいけしゃあしゃあと、よくも言えたもんだ。



「横暴じゃあないんだったら、なんだよ? その辺、詳しく聞かせて欲しいね」


「単なる仕返しだ」



 そんな恨みめいた言葉を聞かされてしまった。

 身に覚えならば数多くあれども、俺からすればその理屈は通らない。


 馬鹿馬鹿しいじゃあないか。なんで俺が仕返しされるのだ。意味が全くわからない。先に攻撃を受けたのは俺の方だろうが。だのに奴はまるで自分が先に被害者だと言う風に語る。



「俺を恨んでるって、俺が何をした。先に仕掛けたのはアンタだろ。四月一日に、アンタが俺に言ったんだ。俺の作品が落第だか駄作だってな」


「ああ、言った。無論覚えている。辻風が提出した入試作品だ。確かタイトルは『同盟』だったか?」


「それだ。俺はその時、宣戦布告と受け取った。それすらも仕返しと言うのなら、それ以前でなければ俺は納得しない」



 そういうと奴は呆れたように息を吐き、頭を一掻きし、ふんぞり返るように椅子の背もたれに体を預けた。そして顔をあげると、歪ませた表情と共に再び俺の顔と対面し、断言した。




「無知は罪というが、貴様は自覚のなさが罪だな」


「……何の話だ」




 今、この場では俺と奴の視線が火花を散らして交差していることだろう。それくらいの睨み合いだった。互いに怒りをぶつけ合っていた。


 だが、そう思っているのは俺だけで、きっと第三者がこの場を見たのならば実際は違っていたに違いない。



 俺は安っぽい対抗心を燃やしていただけだ。

 だが奴は違う。




 燃えていた。燃え上がり、炎上していたのだ。



 奴の背後が、目が、心が――



 意地と言う名の誇りが――



 さながら真紅のように鮮やかに燃えていた。




「キサマは侮辱したのだ。キサマはまさに、入試作品を通して我々造形作家を侮辱していたのだ。それに気が付かないのだから自覚がないと言うのだ」




 そう言われた途端に、喉の奥で焦げ付いていた文句や反論が、一気に体の中に消えてしまった錯覚に陥ってしまった。


 なぜだか、無性にわかる気がした。



「文芸、画家、音楽、詩……どのジャンルにだって、制作者の息吹は作品に写る。人に興味のない作者ならば人は実物からは遠ざかり、死を切望する者からは死を尊ぶ匂いを発する。素人だろうが玄人だろうが力量や技量に差はあれど、思いの有無には関係がない。必ず作品には『作った者の魂』が宿る」



 その通りだ。

 人の手で作り出された作品からはその者の主義主張が必ず、どこかで現れる。なぜなら作品の土台から、人の見える世界を投影してしまうのだから当然だ。


 そこに作り手としての楽しみがある。読み手にはわかるまいという傲慢さも、本当の気持ちも伝えたいという切実さも混ぜて送り出す、暗号のようなもの。


 この男が言いたいのは、それのことだろう。



「お前の作品から感じ取れたのは、『諦観』と『惰性』だった」



 諦観、惰性。それもわかる。見事に、言い当てられてしまったかのような気にさえなる。



「お前の実力は買おう。知恵も、才覚もある。空想的な『両手のある一本の腕』を精巧に作り上げただけでも計り知れる。だが同時に、貴様は明らかな手抜きを働いた。お前の作品には『所詮この程度だろう』という、いい加減さが介在していたからだ」



 ……手を抜いたと言われて、そんなことはないと否定する気にもなった。

 あの時、俺は自分らしく、なんだったら調子に乗ってやりたいようにやった。自分の感性を好きなだけぶつけていたつもりだった。


 でも、奴の全身から湧き出るような熱気の所為なのか、うまく反論できなかった。それ以上に、そう思われた理由を知りたくなっていた。



「辻風、キサマに聞きたい。あの銃は何だ。どこの国の銃だ? それかお前の妄想物か? それとも単純にあり合わせで用意したものか?」


「……適当に買ってきたおもちゃをばらして用意しただけだ」


「いう必要もないが、あれは非常にマイナス点だった。他の者も感じたようだが、まあいい。私が気になるのはもっと別だ。そもそも、あの作品の腕はなぜ服を着ていない。それとも衣服を着ない人種の腕なのか? なぜ奴に袖を通さなかった。それとも何らかの意図があるのならば教えてくれ」


「……その発想はなかった」


「浅はかだ。お前はある種の思いつき、閃きで良い気になって、それ以上の追求をしなかっただけだ。もう少し真剣に取り組んでいたならば、その選択肢も生まれていたはずだ。……仮にもし、私が貴様の作った『同盟』の作者ならば、ズタボロの汚いシャツと綺麗な襟袖を縫い合わせて着せただろう。無論、そんなモノを作る気は無いがな」



 聞いてみれば、聞き終わってみれば、押し黙るしかなかった。

 なにせ、その通りだと思ってしまったのだから。事実だし、制作した頃を振り返ってみると、真剣なつもりでも、俺は真剣になりきれずに手を抜いていたのだ。制作期間だって、実際にはあり余っていた。追求できなかった理由はちっともない。


 そこは言い逃れできないし、奴の言う通りだよ。



 でもさ……。だったらさ……。



「他にも気に入らない箇所は多々ある。あるのだが、言ったらキリがない。だが先の二点だけでも、お前が手を抜いて仕上げた作品だという私なりの解釈の証明にはなるはずだ。私がキサマを気に入らない理由はな。実力もある、知恵もある、才覚もあろうキサマが、あれほど我々を舐め切った作品を提出したことに腹を立てているのだ」


「……だったら、なんだ」



 そんなの言われたところで、だ。

 それがどうしたというのだ。


 不真面目でなにが悪い。


 芸術なんかに心血を注いでまで真剣に取り組むなんて、俺はもう御免だ。芸術の世界なんてこっちから願い下げだなんだよ。俺はもう見限ったのだ、そっちの世界のことなんて知るものか。



「その通りだよ。諦観も惰性も結構だ。

 俺はいい加減で、面倒臭がりで、自分の好きなことしか興味ねえよ。

 芸術なんてクソ面倒な世界、俺が好きだとでも思うか?

 何かあったらうるさい連中がピーピー喚いて囀りやがる。お前等は作った奴の出自だけで良いだの悪いだのいい加減に決め付けるクセして、勝手はどっちさ。こちとら好きであんな親父の子供になった覚えなんざねえんだよ!

 誰が作品を正しく評価すんだよ、誰もしねえよ! どいつもこいつも自分の都合と利益ばかり。

 あとテメエみたいに自分だけは正当者ぶってる顔して自己満足を満たすためだけに出しゃばる奴もいる!

 ふざけんじゃあねえ、付き合いきれねえよ! なんでお前等みたいな連中の相手してまで、お行儀よくしなくっちゃあいけないんだよ!」



 いつの間にやら、自分の中であの忌々しい五年前のことを思い出していた。自分でも知らぬ間に息が荒げてきた。怒りで興奮して、思ったことをそのまま吐き散らしていた。


 だというのに、奴の燃えるような目はそのままに、しかめっ面の表情を変えようともせず、再び口を開いた。



「そうだな。世の中、勝手な連中ばかりだ。どいつもこいつも人の事情もよく知らずになんでもかんでも口を出す。本当にお前の言う通りだ。辻風も含めてな」


「……それで野次ってるつもりかよ」


「否定しないか。――つまりは自分も悪いのだと自覚があるならばまだマシだ。だが、自覚症状のないお前は特に覚えておけ。自分に嘘を吐き続けると、いつか本心まで霞んでしまう。気を付けることだ」



 耳を疑った。今度は、まるで俺が自分を騙している風に言いやがった。



「何がわかる。何を知った気になって語るんだよ! テメエがッ!!」



 何も知らないくせになんて、そんな女々しい悲劇のヒロインみたいなことを思わず言わされちまった。こんな我が侭なガキみたいな暴言、回答すら馬鹿らしいはずなのに……わからないくらいしか言えないはずなのに――。


 奴は今だに情熱という鎧を装備したまま、真っ向から答えてきた。




「わかることなど数少ない。だが、あれだけ偏見と自己主張の塊で作った作品だ。特に傷痕のメイクには『らしさ』が宿っていた。深い傷から掠り傷、火傷の痕など、作られた傷の位置や質は、どれも作者なりの価値があった。作った者はきっと、没頭して楽しがっていたに違いない……と思ったのだがな」


「―――――……ハ」



 反射的に奴の言葉を否定しようとした唇だが、口の中が乾燥して喉から声が出なかった。開いた口を閉じることもしなかったからだ。


 理解されない、できる筈がないと高を括っていたものが、あっさりと手に取られた。


 そして奴からは『どうだ、この考察は?』と言わんばかりに、卑しい笑みが垣間見えた気がした。目を疑った後に二度見すると、そのにはしかめっ面をしたいつもの憎たらしい担任の顔があった。単なる見間違いだったのか、瞬く間に表情を変えただけなのか、あるいは俺の妄想なのか――



 いずれにしろ、俺には奴が笑った風に見えてしまったのだ。その踏ん反り返るような態度が、いつもなら憎らしいと思ってしまうところなのだが、思わず首の後ろを撫でて誤魔化した。




 憎しみが湧いてこない。


 むしろ別の何か、計り知れぬ感情が湧いて来る。それは――悔しいような、反抗心のような、熱くなるような、信頼のような、まぶしいような、クサいような、認めたくなるような……。



 これは、形容しがたい感情だな。今まで出会ったことがないって程に、謎の気分だ。




 すぐさま手で顔を覆って隠した。訳のわからない感情なのだから、表情までその通りなのだろう。見られるのはいやだった。


 ついでに溜息まで勝手に出てきた。やってられん。その上さらに、今まで一度だって無くならなかった胃の中で育ってきた黒い塊までもが、一緒になってストンと落ちてしまった気がした。




「……ダッセェな」


「悪いか?」


「アンタじゃあない。自分がだよ」




 芸術なんて好きな連中は最低だとは思うけれど……まあ、うん。


 好きだよ、創作するのはさ。


 そんな単純なこと、指摘されるまで忘れちまってたよ。

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