スノーからの要求
ドラグラン王国の王との謁見を申し込まれた。
「またえらい急展開だな」
「無論、今すぐとは言わない。陛下も多忙の身だ。だが近い内に、必ず会っていただきたい」
どうやら将来的にという話だったようだ。早とちりだったな。
しかしながら少々思惑がハッキリしない。どうして俺が竜人国家の王様と会う必要があるのだろうか。王様が精霊と直接会いたいと思っているのか、もしくはアゲイル個人の思惑だろうか。まあ礼儀として必要だといわれるとその通りなのだけど。
……でもこれは色々と聞き込みが出来るチャンスかもしれない。神様ではないにしろ、竜の王様だ。現在の手探り状態を打開する何らかの一手になるかもしれない。
それにこちらの世界の窓口が一つ増えるのは俺にとってはプラスだ。状況は未だに不透明だが、仲良くできるのならばそれに越したことはない。……決して、社交的ではない自分が言うのも実に滑稽だけどさ。
そういえば以前、スノーがドラグラン王と対面したとき、俺はかの王を目撃してはいなかった。いつの間にかドラグラン王との謁見は済んでいて、見逃してしまったことを後悔したのだった。
でも話だけならスノーから聞いていた。一般的な竜の姿と言うより『巨大樹』のような姿だったそうだ。あんまり想像ができないが、皮膚が樹皮のように堅そうで、ついでに碧い感じに所々で苔むしているとか、きっとそんなだろう。
「わかった。タイミングは任せるよ、いつでも呼んでくれ。日程は最優先で作るよ」
平日だったら学校サボろう。そう考えたら少し楽しみになってくる。
「……あ、そうだ。アゲイル。俺からも一つ頼みたいことがあったんだ」
今になって思い出したことがあった。
それは松葉宅から回収したヒモ状の魔物だ。どうせ俺が調べたところで、初見以上のモノがわからないだろう。ならばいっそ、アゲイルに頼んでみてもいいのではないのだろうか。
「実は……」
その話題をしようとして初めて、隣りにいた聖が邪魔だと思えた。いや、ちゃんと説明するとも言った後だし、ここで誤魔化すのも後々厄介、か。何れ知れることだ。
まあ、聖だったらバカな真似はしないだろうし、たぶん大丈夫だろう。たぶんね。……たぶん。
「兄貴? なぜに私の顔を見る?」
「いや、聖の存在が邪魔かなーって一瞬思っただけ」
「なに、喧嘩売ってるの?」
そんな簡単に怒らないでよ、そういうところだぞ。
「善太郎、よければこの女を排除しますが?」
「せんでいい」
それからあとでスノーに、聖が気に入らない理由も詳しく聞いて、できれば解決しよう。ちょっと問題だ。
聖の顔もそろそろ我慢の許容量がオーバーしそうだった。『あと一つ後押ししたら爆発しそうだな』くらいに眉が痙攣しているし、これ以上スノーが煽ったらストップだな。
「今持ってくる。聖はこの件、あんまり大っぴらに言わないようにな」
とりあえず最低限の釘は刺しておいて、例の遺体を持ってきて二人に見せた。遺体袋なんぞなかったので、松葉宅にあった布で包んで教会の奥の部屋に放り込んでいたのだ。
覆った布を剥ぐと聖は気味の悪い物体でも見るように、一方のアゲイルはこの死体に何か問題でもあるのかという様子で見物していた。
「見たこともない魔物だが、植物系の魔物だな。これが?」
「コレは地球で死んでいた魔物なんだが、どうにも所々に元人間だったんじゃあないのかって点がいくつかあるんだ。状況的に考えても、その可能性はゼロじゃあない」
「……ふむ。コレが、元人間……とな」
アゲイルも、いかにも眉を歪めた。
「あと俺の世界に、こういう魔物は存在しないんだ。だけどこれは現れた。アゲイルの方でなにかわからないか?」
「……人間が魔物になるという禁忌の術やお伽噺などは幾つか聞き覚えがあるが、実物を見せられるのは穏やかではないな」
できれば伝聞とか物語ではなく、そういった事象が確認されているという話が聞きたいのだけれど、やはりアゲイルでは専門外か。
そもそも「人間が妖怪になる」程度でいいなら、地球にも山月記とかあるし。
「ふむ。ゼンタロよ、私の知り合いにその筋に理解のある者がいる。もしよければ彼女に頼んでもみたいのだが、どうだろうか?」
「ああ、助かるよ」
そういうのを期待してたんだよ。
こんなの、専門家の様なキーマンに頼んで調べてもらった方がいい。少しだけ現代の科学で分析してみたらどうなるのだろうかと興味が湧くのだけど、自分にはドラマみたいに都合よく大学教授の知人なんて居ないからな。
ともかく、件の死体は布に包みなおしてアゲイルに頼んだ。
これで肩の荷がまた一つ降りたな。あとはこれから先の目標でも決めたい所……なんだが、まあそれはまた今度でいいだろう。先に女子二人……特にスノーの方が煽ってるからそっちが重要か。
「……アゲイル、その件は任せた。また連絡するよ」
「ふむ、ではそちらも健闘を祈っている」
祈られてしまった。
アゲイルには何も言わなくても伝わってくれるらしい。この場から何の未練も無いかのように死体を担いで去って行った。ちょっとくらい「いや、手伝おう」とか言って食い下がって欲しかった。なんていうのは欲張りだな。
でもまあ、今から爆弾解体に挑むわけだし、とばっちりは少ない方がよかろう。
「さて、善太郎。そろそろ私の用件もよろしいでしょうか?」
アゲイルが扉を閉めた頃、スノーの方から持ちかけてきた。
丁度いい、俺もそろそろ何とかしないといけないと思っていたところだ。
さて、いよいよ爆弾処理に挑もうと考えていると、スノーから予想もしなかった“劇薬”が来襲した。
「善太郎、如何でしたか?」
「うん? いかがとは?」
「私がこの女を煽っていて、空気を濁して、すると自分が『どうにかしないと』と思いませんでしたか?」
「…………待って、まった」
頭の中で思考が走りだすと、何か、とてつもなく嫌な予感がしてきた。
いや、もうそれ以上だ。
自分の脳内にある危機信号が激しく点滅するナニカだ。
「待ってもいいですが、私が言いたいところはわかりますか?」
「……スノー、お前は意地が悪いぞ」
「意地の悪さは善太郎譲りです」
なんだ。なんということだ。
これがカウンター、とでもいうのだろうか。
全力で誤魔化したい。……だけど今目の前にいるスノーさんはそれを許しはしないといわんばかりに俺の目の前に立っている。
わかってる。……要するに、俺がどっかの誰かさん……ダイスの奴に対して行なっていた態度だといいたいのだろう。
「ちょっと、チビ。状況がよくわかんないけど、もしかして私の事、ダシに使ってない?」
「一応、どこぞの狂犬が勘違いされないように言っておきます。貴女は善太郎を困らせる悪い女なので、嫌いなのは変わりませんので、どうぞご安心ください」
「……あっそ。よかったね兄貴、慕ってくれる子がいて。でも私、そろそろコレに限界きそう」
すると聖さんが右手をニギニギと動かして威嚇し始めた。ならばとスノーは余裕の表情を見せて「なにか?」とでも言いたそうな顔をしていた。それが更に聖の怒りのボルテージを上げていく。
聖とスノーでは戦闘能力に差がありすぎる。
聖は確かに俺より強い。なんていうか、コイツは昔から暴力の天才だ。誰に教えられたでもなく、的確に人の急所を攻撃する。普通の人とは筋肉の質が違うのか、しなやかなでバネが利いている。奴の拳からは鋭い痛みのあるパンチを生み出してくる。いままで男女関係なく喧嘩してきて負け知らず。
両親は同じく思ったらしい。聖に格闘技を教えてはならない。アレに技術を与えればいつかリングの上で誰か殺すだろう、と。
……だがスノーの前には“たった”のそれだけだ。スノーの戦闘力は常識の範疇を超えている。きっと赤子の手を捻るより簡単に聖を蹴散らすだろう。
もしもそんな結果になったら、聖がどんな行動にでるかなんて俺には想像できない。だが良くない行動を起こすのは予想するに容易い。
もう嫌だ、こんな火を見て明らかな爆弾、放置して帰りたい。偶に修羅場を火薬庫とか時限爆弾とか比喩されるけれど、現在の状況はスノーさんが純粋に聖に対して火薬粉を吹っ掛けてるだけだ。もはやこれって一種の脅しだよ。
「わかった、わかったから! 聖ステイ! とりあえず時間をくれ!」
ともかく聖を遠ざけて爆破時間を遅らせた。
早いところ、この愉快犯みたいなスノー様を何とか止めなければいけない。
「まずスノー、お前の要求を聞こう。どうしたらその危険行為をやめてくれるんだ?」
「では言わせていただきます。ダイスとの和解をしてください。そうすれば善太郎の要求を聞き入れましょう」
「……それは――」
言葉が詰まる。
絶対にそれだけはイエスなどとはいえない。そんな気がしてならないのだ。
即急で言葉を返す余裕もなく、少し動揺しつつも、しかしながらスノーの言葉だけはしっかりと脳裏に刻まれた。
わかってはいた。予測出来てしまった。案の定、ダイスの案件だった。
とにかく、今は頼み込むように、言葉を返すしかなかった。
「……スノーさんでも、さすがに勘弁してくださいませんか?」
でもスノーはまだ言い足りないのか、ささやかな反論は却下された。
「正直、私もこんな風になるとも思っていませんでしたが、いい機会です。二人がギクシャクすると……こういう言い方もどうかと思いますが、私もティンも迷惑しています」
「それ、あの馬鹿に言ってくれない?」
「善太郎も善太郎です。あの程度のことくらい、無視してやってもいいではないですか。別にあんな暴発、どうとでもなります」
どうとでも、ですか。いやぁ、強さの物差しの規模が違うと危機感の差も違うんだな……。
でも今回の根本的な問題はそこではない。
「奴のモラルの問題もあるだろ」
「それに関してはダイスも謝罪したではないですか。それではいけませんか?」
「謝罪すればなんでもいいとは思わん。……あの手の馬鹿はいつか取り返しの付かない大事やらかすぞ」
「そうならないように、善太郎が手綱を握ればいいではないですか」
「そんなのは死んでもゴメンだ!!」
「じゃあティンに任せればいいじゃあないですか」
雑に意見を変えやがった!
おいおいおいおい、さっきからもうああ言えばこう言うって感じで、なんだかデジャビュを感じるんだが……。
「なあ、もしかしてそれ、思い付きで言ってない?」
「そうですがなにか?」
あ、これもいつもの俺だわ。
「善太郎、何はともあれです。ダイスのことは嫌ってもいいです。しかしフリだけでも復縁していただけませんか?」
「なんでそんなに奴を庇う」
「これでは、ティンがかわいそうです」
「……それを言うのは、ちと卑怯じゃあないか」
ティンのことは、あまり感じないように考えてこなかった。
現状、ダイスは自業自得で別段心は痛まない。そのまま一生反省して行動を起こさないで欲しいと願うくらいだ。
だがティンはどうだ。
足元がおぼつかない状況下でいきなり梯子を外されて、今まで安定してあった拠点を失った挙句に、スノーの目的に協力させているのに、その見返りが期待できない。
まだティンを完全に信用していいのか俺にはわからないが、もしも彼女が悪意のない存在だったとしたら、この状況はきっと良くない。人の心は磨り減っていく。今は大丈夫でもどこかで休ませないといつか折れる。そういうものだ。
それに、スノーはティンと仲良くしたいのだろう。そのことを考えたら……。
俺はあの馬鹿野郎の存在を、許してやらねばならないのか?
「……ここでもまた、許す、かよ」
頭痛が増した。眩暈までする。
正直、逃げたい。だけどそれはさせないと言う風にスノーが真っ直ぐに俺を見ている。
……スノーに遠慮がなくなったお陰で、俺の試練はまだ続くらしい。