性質
スノーと相棒の誓いを交わした。自分から始めておいて小恥しくなるのだが、同時に心の中で覚悟が根付いた気もする。いつもとは違う、そんな気分にさせられたのだ。
その後、黄金の杯を教台へと戻すと教会の扉が慌てた様子であけ開かれ、何者かが入ってきた。……というか聖が帰ってきた。
「なんだ、どうした?」
「ヤバいって! でっかい鳥かと思ってたら、なんかドラゴンっぽいのがこっち来てるんだけど!?」
「お、そうか」
「なんで冷静なの!?」
このタイミングならアゲイルだろうと予測できるし、俺としては間のいいヤツだよなって思うくらいだ。そして丁度、教会の窓から雪埃が舞っているのが見えたので、入り口でアゲイルを出迎える。予測通りに、姿を見せたのは黒い鎧に身を包んだ竜騎士のアゲイルだった。
彼は教会に入るなりすぐに兜を外し、俺やスノー、それから聖の顔をみた。その表情には遊びはなく、いつもより気難しそうな感情をした目であった。
「……随分と、久しぶりな気がする。スノー、ゼンタロ。ひとまず、事情は察している」
「ありがとう。助かるよ」
「と、言いたい場面なのだが、まずはそちらの見慣れないお嬢さんは何方か?」
見慣れないお嬢さんとは当然、聖のことを指すのだろう。あまり重要ではないけれど、とりあえず「妹が異世界を知りたがったから付いてきた」程度に簡素に説明しようとした――
「コレは全く関係ない存在ですので放っておいてください」
――のだが、スノーが聖に対して相変わらずの邪険っぷりを発揮していた。なにか恨みでもあるって扱いに、聖は気に喰わない顔をしてスノーに意思表示をすると、最後にスノーは顔をプイっと明後日の方向に振って言葉のない会話は終わった。
……なんか、もういいや。スノーさんは聖さんが嫌い。うん、誰にでもそういう毛嫌いしちゃう相手は十人や二十人はいるよね。俺にだって幾数多はいるのだからきっとそんなもんさ。
「……仲が悪いのか?」
アゲイルが聞き難そうにして俺に聞いてきた。
「相性が悪いんだろ。まあ、もったいぶることもない、コイツは俺の妹の聖。そんで聖、この人はさっきのドラゴンに乗ってきた竜騎士がアゲイルだ。……小田の相方だ」
「竜田アゲイルだ。よろしく」
「あ、はい。はじめまして。辻風聖と申します」
とりあえず妹はしばらく放置でいいだろう。既に「小田と一緒にやってきたネトゲが本物の異世界だった」と説明してはいる。その情報を飲み込めるかどうかは本人次第だ。
「では、ゼンタロ。そろそろ教えてはくれまいか? どういった終結を選んだんだ?」
「……アゲイルに納得してもらえるかどうかはわからないけれど、まあ、なんだ。報復は済んだ。……最終的に、殺したか殺せなかったのか、まあ微妙なラインではあるんだけどさ」
「詳しく聞こう」
そうして、自分が行動した内容を事細かに説明した。
妹も聞いていたが、どうせ何れは知れることだろうし、そのままにしておいた。
そしてやっとアゲイルに真実が伝わった。
何故、小田が殺されてしまったのか。本来、俺が狙われていただけなのに、アイツは巻き込まれてしまった。どうやって敵を探し出したのか。精霊付きとはアリッサ側の手下ということで戦闘となり、精霊は殺してしまおうかとしたけれど、小田の言葉が脳裏に浮かび上がる度に殺せなかった、と。でも殺すつもりで俺は異世界に放流した。個人的な意見として、自分はどちらも選んだつもりだ。
アゲイルはそれを何も言わずに聞き続け、最後には目を伏せ、再び目を開けると次の瞬間、堅そうだった目は哀れみの篭もった目をしていた。
その目は、確かエルタニア王国を去った時に、スノーに向けていた憐憫めいたモノに近かった。
「アゲイル?」
「どうしたの?」
「……全く……なんとも、度し難いな。キミ等は……。特にゼンタロ、私は貴殿のことを再度、評価しなおさねばなるまい」
アゲイルは、厳しい顔をしていた。その目にはまだ哀れみの感情が纏わりついていて、その瞳には俺が映っている。
そして、その哀れみの中にはなんと、僅かに怒りが混じっていた。
どういった心境なら、そんな目になってしまうのだろう。
「いやなに、そう戸惑うな。これはただの……そうだな。私の個人的な価値観の問題だ」
「アゲイルの物差し、か」
「そうだ。……私は、生けるヒトとは、何かしらの“属性”を持って生きているのだと思っている。……魔における八色の基礎属性の種類を言っているのではない。
それは性格や性質、生き方、役割、思想、倫理感……そういった個人〈ヒト〉が何を思い、基準とし、成せるのか。そういう行動原理の話だ。
私は冒険者ではあるが、事実上、ドラグラン王国の一兵士だ。他者の殺生に疑問はない。槍を振るうのは得意だ。盾は少し慣れない。他者と戦う時は誇りを懸けて対峙する。空を翔けるのは気分がいい。酒が好きだ。馬鹿騒ぎが好きだ。多少手癖の悪さには自信がある。竜王様を敬愛している。……私はそういう、属性だ。
……そして、友を殺した者に対して一辺の情けなど無ければ、首を刎ねるのに戸惑いすらないだろう」
なるほど。
アゲイルの言いたいことはわかった。まあ、そう思われるかもしれないと解っていたことだ。
「つまりアゲイルは、俺が奴に少しでもチャンスを与えたことに、不満なんだな」
それに関しては何を言われても仕方がない。ほんの僅かでもあの男に対して、許すっていうのが小田の願いだったとしても、結局は俺の主観的な解釈の問題だ。本来は、もっと別の意味だったのかもしれない。
それに、小田を大事に思ってくれているアゲイルからすれば、奴の処罰は最大の刑であって欲しいはずだ。不満が出るのは当然だ。
きっとアゲイルは、弔いを半端に済ませられた小田を思って哀れに感じて、俺に怒りを向けているのだろう。……そう、俺は予想した。……ならばその怒りを俺は甘んじて、受け入れよう。それが当然の成り行きだろう。
だが、アゲイルは俺の予想を否定した。
「それは私の言いたいこととは少し違う。確かに、私の望んだ結果でなかったことは違いないが、マダオの親友であったゼンタロが決めたことだ。その決断に、異論は言うまい」
「じゃあ、なにがアゲイルは言いたいんだ?」
その憐憫は、どこに向いている?
「ゼンタロ、貴殿だ。貴殿の属性の問題だ」
哀れみを売られてたの、俺かよ。
「私は貴殿を『大嵐』だという印象を持っていた。吹き荒れる風は苛烈に全てを薙ぎ倒し、しかし渦の内側は無空のように静かで凪だ。敵には容赦なく、友には安らぎを。……もしゼンタロが、荒れ狂う暴風が何かを薙ぎ倒そうと思ったならば、そこには何の呵責も無く、躊躇もなく、さも当然であるかのように、敵を吹き飛ばすであろう。……と、私は思っていたのだ。だが、キミは私が思っていたほど『ヒトをやめていなかった』と言いたいのだ。
……辛い役目に、共に居られなかった。自分が情けない。許してほしい」
そういって、アゲイルから軽く頭を下げられた。なんで、アゲイルから謝罪の言葉が出てくる。これは予想外だった。
「いやおかしいだろ。なんでアゲイルが謝る。そもそも、今回同行するのはやめておいた方がいいと断ったのは俺だ」
「それでもだ。結果的に、私はゼンタロの属性を見誤っていた。キミはまだ、殺しに罪悪感を感じ取れる優しい男であった。人が当たり前に感じ取れるはずの『他者への情』を持っていた。それがわかっていたのならゼンタロに、報復など任せたりはしなかったさ」
そんな風に、言われてしまった。
なんと返事をすればいいのかわからなくなった。ただ、優しいとか言われるのはさすがに心外だ。直接手を下さずに殺さなかっただけで、それは優しさには繋がらないだろう。逆に、自分でケジメもつけられない甘ちゃんだとも言える結果だ。
それに情けを掛けたのは純粋に俺の本音ではない。
小田の奴が『許せ』なんて言って死んじまうから、スノーがしつこく奴を助けたりするから、ついつい俺も二人の優しさが伝染してしまっただけだ。
「アゲイル、謝罪も心配も必要ないですよ」
スノーが唐突に自分の存在をアピールしたかったのか、俺の背中に飛びついたと思ったら右肩に顎を乗せて喋り出した。
「私が善太郎の相棒なのです。善太郎の隣には私がついています。まさかアゲイルは、私が付いていたにも関わらず不安でもあったのですか?」
そういって、スノーがここぞとばかりに相棒アピールを始めた。
いや、まあグッと口には出さないようにするのだが、心が勝手に思ってしまう。
「……実を言うとゼンタロよりもスノー殿の方がより一層、不安定で心配になる――」
「え?」
「――という冗談は、今は言わぬ方が良さそうだな」
「あ、冗談でしたか」
スノーが前言をジョークだと安心した瞬間、俺とアゲイルの目が交差した。
……どうやら俺とアゲイルと心は一致していたようだ。まあ、口にはするまい。
それはそれとして、ここからは先の話をしよう。
「時にゼンタロ、聞きたいことがある。そのケイタイ? と言う存在が、精霊が我々と交信する為の魔道具、ということであるのだったな?」
「まあ、大よそそんな感じだ」
詳細は違うけれど、細かく指摘すると逆に厄介だと判断し、訂正はやめておいた。
「そしてマダオのケイタイは今、ゼンタロが所持している。つまるところ、私の精霊との契約は今、ゼンタロに上書きされている、ということで間違い無いか?」
それは、どうなのだろう。精霊の契約権が移動したといっても、単純に携帯の所持者が移動しただけなんだ。感覚的な話をすれば、俺とアゲイルの関係は特に何も変わってないだろう。
いや、俺は小田から『頼む』といわれて託されたのだ。だったらこの場合は同じ意味だろう。
「そういうことになっている。……と思う。だけど、以前のように体を乗っ取るとか、そういったことはないし、考えてないから安心してくれ」
「そうか。それは別段構わないのだが、私の契約者がゼンタロであるならば、一つ頼みがある」
「頼み、なのか?」
すると、アゲイルが今までの態度とは一変して真摯的な顔になると、態度を改めてからその頼みごとを口にした。
「ゼンタロ、我が主殿、ドラグラン陛下に一度、お目通りしていただきたい」




