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クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
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時を遡れば――①

 握りこぶしを血に濡らしていた。

 何度も何度も、殴り付けては、己の中に篭もった憎しみを男にぶつけた。


 相手はしきりに何かを訴えていたが、聞く耳などなかった。だが相手の恐怖と絶望に充ちた声音を聞くと、とても清々しい気分になれた。



「もっと鳴け、泣き叫べ。今のお前にはその程度の価値しかない」



 なんだったか。楽しすぎて、嬉しすぎて、今がどういう状況だったのかをついつい忘れてしまいそうになる。


 ……そうだ。まずは二人の男を熔かした鉄で腕や足の身動きを奪ったのだった。

 そして男共の目の前で女からなぶり殺し、息の根が止まったら、また新に次を取って殴り始めるのだ。


 順番は決めてあった。守るべき女からだ。その方が屈辱的だからだ。もっとも連中は、次に殺されるのは自分かも……という恐怖の方が強かったらしい。助けに入ろうとするどころか、うじ虫のように床を這って逃げだそうとしていた。


 それからもう一つの基準として、歳の取った方が先だ。その方が、親を自分の目の前で死んだという苦しみを、自分の精霊にわからせることができるだろう、と。



 だが待ち焦がれていた時間というのはあっという間に過ぎてしまうらしい。さながら、飴玉の味をより強く楽しみたいがために、噛み潰してしまうようなものだ。力を込める度合いを増やすごとに、快感と勿体無さが同居する。だが、どうしてもやめられないのだ。


 この喜びは酒なんかよりも度が過ぎる快楽だ。



「まだだ。まだ潰れてくれるな? こんなもんじゃ、俺はちっとも満足しない」

『―――――ッ!』

「わからんなぁ。お前がなんと言っているのか、ちぃっともわからんなぁ」



 結局、最後の一人まで堪能する頃には、同行人は欠伸をしていた。退屈をさせてしまったのかと考えたが、彼女はこの惨状を前にして、気分を良くしたように微笑を浮かべていた。



「バスティ、終わったな」

「ああ、王女さんよぉ。アンタのお陰で心がとてもスッキリしたぜ。この借りはただ感謝しても返せそうにないなぁ」



 自分一人ではここまでの行動は不可能だった。この王女さんの力で、精霊のいる精霊郷にやって来れた。だから復讐も果たせた。腹いっぱいに殴ることができた。物足りなさはまだあるが、今はそれよりも達成感の方が溢れていた。


 だが、王女さんは俺の態度に納得がいかないのか、再び目を曇らせた。



「ドワーフの王子、バスティよ。お前はこの程度で満足するのか? 家族をその手で殺させられ、国を蹂躙され、未来を脅かされ続けたお前の恨みは、こんな程度で終わってしまうものなのか?」


「……なんだ? その言い方はまるで“つづき”が用意されているみたいじゃねぇか」


「当然だ。そんな安っぽい命を叩き潰したくらいで終わるほど、我々の恨みは浅くはないだろう?」



 そういわれると、極々自然に笑いがこみ上げてきた。確かにその通りだと。王女さんの言った通り、まさしくこの程度で済ませるのは面白みに欠ける。

 気が付くと、ヤツの表情も良い顔をして笑っていた。



「もったいぶらずに言えよ。気になるじゃあねぇか」



 王女さんは男の死体の体を漁ると血に濡れた小さくて黒い板を取りだした。その板の表の面から青白い光が漏れ始めると、奴は巧みに操り、転移の陣を新に作り出した。



「今はまだ内緒だ。だがバスティには特別に、大きな祭りを計画中とだけ伝えておこうか」


「ほぅ、祭りは好きだ。酒が飲めるのならば特に、な」 


「ドワーフらしい言い分だ。だが、ただの祭りではない。それを行なうには相応の準備と手駒が必要になる。……お前はどうする?」



 暗がりの中、奴の黒塗りの影と、金色の目が輝くように俺を見ていた。

 まるで悪魔との契約をも連想させられたが、それも良いだろう。


 もはやこの先に己の幸福などどこにもない。ならば地獄の果まで突き進むのも悪くない。



「王女さん、アンタが何をしたいのかを聞きたい」


「……そうだな。一先ずは――」



 王女さんが自分の腰に差した剣を引き抜いた。体には不釣合いなほどの重量があるだろう両手剣を片手で一振りすると、部屋にあるものすべてが燃え始めた。



「――こっちの世界を盛大に焼き払うこと、だな」


「……いいねぇ。炎も俺は大好きだ。あとは花火も綺麗に咲けば、言うこたぁねえな」






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 砂漠の真ん中、日に照らされた灼熱地獄の中。


 襤褸切れのようなローブを着た人物が、何もない場所から姿を現した。少しばかりシワの付いた手は装飾の施された虹色の輝きを蓄えた宝石の付いた長杖。指にはそれぞれに指輪をつけており、どれも極大の大粒と呼ばれるほどの大きさの宝石だった。



「……そういえば∞のヤツめ、昔は移動していたのだから、当然か」



 しわがれた声で現状に悪態を付けた男は、ローブの中から一冊の本を取り出した。これまた男と同じく汚れた本で、中に書かれているのは文字ではなく、蚯蚓が這ったような線の集合体だった。……否、這い続けているように線が動き続けている本だった。



「うん。……ああ、そうだ。世界を救うのは救世主の役目だ。……だから、まずは例の場所に行こうと思う。未来を知っているっていう強みは、活かさないとな」



 男は絶えず動き続ける線を、まるで会話するように見定め、やがて本を閉じてどこへとなく歩き始めた。


 彼は風に巻き上げられた砂塵に姿を紛れさせると、この砂漠から姿を消してしまった。



 これは松葉が異世界へと追放されるよりも、少し前のことだった。

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