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クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
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決断④

 ジェノバは倒れた。悲鳴もなく、血が噴き出て、流血で辺りを所構わず汚すこともなく。


 たぶん、流血しにくいのは剣が刺さったままだからなんだろうな。などと、冷静な頭で判断すると、取り合えず尻餅を付いたままでは格好がつかないので、起き上がろうとした。するとどうしてなのか、起き上がり方を忘れてしまったかのように動けなかった。


 何故かと思ったら、両手がずっと剣の柄を握っており、起き上がるのに手を使っていなかったからだった。無意識なのか、手が硬直したように剣から離れなかった。左手が辛うじて柄から離れたので、まずは左手から無理やり外した。次に左手親指を使って強引に右手の小指、薬指、中指と順に開かせて人差し指は崩れ落ちるジェノバに引っ張られて、勝手に剣が零れ落ちた。


 間違いなく、奴は死んだだろう。自分でやったことだ。わかっている。一々、神経質にならないように心では覚悟していたが、体の方は勝手に反応するらしい。


 罪の意識なんて感じてなるものか。今のは、お互いに殺し合いをした結果だ。一方的な殺戮とは違う。弱者を食い物にする為だけの下衆な殺しとは訳が違う。


 そう思えと自分に念じた。でないと心が病んでしまいかねない。



「立てますか?」



 スノーから小さな手が差し伸べられた。一瞬それを握ってしまいたくなったが、やめておいた。

 男としての矜持と、今まで散々スノーに殺させてきたのにいざ自分の番になってこれでは立つ瀬がなかろう。ありがたい誘いだったが遠慮して、えらく軋む膝を腕で押さえて、自力で立ち上がった。



「大丈夫。それより、いいタイミングだった。助かったよ」

「いえ、すみませんでした。私はヤツを侮っていたようです」

「失敗したことなんか忘れろ。反省点だけ覚えてれば経験は役に立つ」

「気楽な考え方ですね」

「気楽にいかなきゃ辛いだけだ」



 なんてな。いつもみたいに何も考えずにスノーを慰める為に言ってみたが、自分自身にも言えそうな言葉だな。


 とにかく、ジェノバの死体は異世界にでも送り返してやればいい。あるいは、スノーに魔属性で消し飛ばしてもらった方が面倒な証拠も残さずに済むのではないかとも思えた。雪山の村に送ったところで、処理する手間もあるだろうし。


 結局はスノー頼りだな。全部スノーの能力ありきだ。それにジェノバのトドメだって、スノーがやったようなものだし。


 ……まあ、なんだっていいか。とにかく一難去った。あとは落ち着いて事後処理に勤しもう。




「ざ、ざまあみろ! 好き勝手に殺しまわるから、こうなったんだ!」




 ふと、眉をゆがめたくなる様なことが起きた。いや、言い出したのか。


 松葉の野郎が命の危機から脱したかのような、恐怖から解放されたような歪んだ笑い顔を作って声を上げていた。


「お前、何勘違いしてるんだ? 次はお前が死ぬ番だぞ」

「……へ?」



 何を素っ頓狂な声をしていやがる。今の今まででお前が無関係だったとか、そういった話が一つでもあっただろうか。そんなモノはないし、心変わりの一つすらない。小田を殺したテメエを都合よく「はいそうですか、今度から気をつけてね」なんてなる訳がない。


 丁度足元にジェノバの手から落ちた大振りのナイフがあったので、それを拾い上げた。あとは、これを奴に突き刺すだけでいい。そう思うと、足は自然と前に出た。



「ま、待ってくれ! ぼ、僕は悪くないんだ! 全部、アイツが勝手にしたことで――」

「お前の頭の中は空っぽか? さっきは全部俺が悪いって言っただろ?」

「そ、それは言葉の綾で、ぜ、全然違うくて!!」


 うるさいヤツだ。正直、今なら迷いなくこの虫けらみたいな人型の生き物を、魚の活け締めみたいに処理できる気分だった。



「ゼン太郎。彼を手に掛ける価値が、本当にあるのですか?」



 僅かばかりの抵抗感からなのか、スノーが口を挟んできた。


「……正直、わからなかった。でも直接話してわかった。コイツの性根は腐ってる。放置しておくのは論外だ」


 だからココで息の根を止める。厄介ごとを招く前に。

 私怨はある。だけどそれだけではない。


 この男は次に何をしでかすのかわかったもんじゃあない。ならば間引くしかあるまい。だからこれは、やるべきことだ。


 それにしても、全く。



「い、いやだ、た、助け、死にたくない!」

「俺だってお前なんぞ殺すのも面倒だ」



 むしろ迷惑掛けてごめんなさいくらい言いやがれ。どころか、コイツはまだ、一言だって謝りもしていない。全部、アイツが、コイツが、お前が……と、未だに自分はまるで悪くないと主張する。


 冗談じゃあねえ。


 生きてる内に悪くないヤツなんて、赤子くらいだ。自分の汚点すら認めず、都合が悪くなれば自分以外の悪を前に突き出して、ヘイトコントロールを計ろうとする。小賢しいにも程がある。……それこそ、逆鱗に触れる行為だ。


 松葉の目の前までくると、獲物を逃がさないようにと胸倉を掴んで刃を突き立てる場所を考える。


 頭蓋骨をナイフで貫くのは至難だと聞く。ならば無難に首か、胸か、腹だろう。

 真正面を切ると噴き出た血を浴びて鬱陶しいかもしれない。ならば消去法で首にするか。首は骨さえ絶とうとしなければ簡単に刃は入るだろう。一度やれば致命傷となり、助からないことだってままある。


 異常に冷めた気分で「さて、やるか」とやる気を整えていると、今度は松葉の野郎がグズグズに壊れた表情で、泣きながら何かをほざき始めやがった。


「いやだ、ご、ごめんなさい。ゆるしてくださいお願いします。な、なんでもしますから――」

「往生際が悪いぞ。この期に及んで――」

「おねがいします助けて! 一生のお願いだ! 許してくれ! 僕が悪かったから! ホントにごめんなさい! イヤだ! 死にたくない! 許してくれよぉおおお!」



 うるさい黙れ、気が散る。何度も何度も、許してくれだとか簡単に言ってんじゃあねぇ。それを言うにはもう遅すぎる。


 だというのにこの男は、男だと思うことも不可能なほどに喚き散らし始めて、お願いと、ごめんと、許してとを何度も何度も、壊れた音声データみたいに繰り返しやがる。本当に自分と同じ歳のなのかと、本気でわからなくなった。


 まるで今から俺が殺すのは、何歳も年下のクソガキだと錯覚するような、そんな不可解な気分にさせられた。



「うるさい、本当にその臭い口を開くんじゃあねぇ。なんでこの俺が、こんな最低な気分にならなくっちゃあいけないんだ」



 さっきからナイフを握る手に無駄な力が入ってうまく首を狙えない。


 正気じゃあないとわかってる。正気で人なんか殺せるかよ。だったらやめるのか? そんなのは既に選択肢から失せている。この知性的でない男は、既に殺しを覚えた。野生の動物だって人を殺したら狩猟者が出てくるのだ。これもそれと同じだ。ココで誰かがこの人殺しを間引く必要があるのだ。警察では裁けない、この悪を刈り取るのだ。



 そもそも奴は三人殺した。三人だ。突発的な行動の数字ではない。確固たる意志を持った行動だ。そして殺された三人の内の一人は、何も悪くないまともな男で、俺の親友だった。


 俺を憎むのであれば、俺を殺せばそれでよかったのに……。


 だのに、関係のない俺の親友を手に掛けた。


 許す道理など、あってたまるか。



「ゆ、ゆるしてください、お願いします」

「いい加減にしろよッ」



 その黙らない口にナイフを滑り込ませてやろうかと本気で考えた。そして喉元を突き刺してやれば、などと色んな殺しを考えた。


 けど、どうしたって邪魔をする。







『……許してやりなよ』







 ナイフを持った手が、いい加減疲れたのか、手の平から滑り落ちて、床に刺さった。



「許す――ねぇ」



 死んだ後にまで、止めるんじゃあねえよ。馬鹿野郎。

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