――運命なんてモノは大抵の場合、望んだ結果にはならない
時刻は夕方を迎えており、そろそろ陽も沈む頃。
件の容疑者である松葉の家を調べに来たのだが、そこは閑散とした住宅地にあった。近くに線路とか大きな道路とかもないので、とても静かな地域だった。確かに、コレだけ静かで音が通りやすいならば、騒ぎ声が聞こえてきたというのもよくわかる。周囲は木造建築の家もあり、中には明らかに人も住んでいないと思われる怪しい家もあった。
それに件の松葉住宅の家の裏には土手の堤防を挟んで河川敷が広がっている。彼の住んでいる家は、田舎独特の敷地の広さがあった。だからというか、手荒いことをしても、きっと人的被害はそれほど大きくはならないだろうな、などと脳裏に過ぎった。
「何かわかるか?」
「そうですね。この建物には……二人しかいません。妙なのは、他の建物からは一切ないのに、この家からだけ、マナが漂っています」
「わかった……。きっと奴の精霊付きが魔力切れを起さない仕掛けでもあるんだろう」
昼間とは違って、夜に近づくと自然と冷静に考えられるようになっていた。
だけど冷静な頭であったとしても、小田を殺した犯人を殺そうか殺すまいか……。その選択が己の中で妙に憤りと静としたもの同時にせめぎあっていた。胸の中では動き出そうという気持ちと、両耳の奥深くで冷静になれと自分自身が囁いている。
この感覚は、大舞台に立つときの緊張感に良く似ている。
いつもはこうも複雑ではなかった。答えを出そうものなら自分なりの答えを見つけてきた。でも今は、何をしても失敗する気がする。何を選んでもダメな気がする。
どうすれば良いのかはわかっている。だけどそれをそのまま実行してしまうのは疑問が残ってしまう。殴って解決するだけなら簡単だ。
だがわからないからと言って、このまま脅威を野放しにするのは論外だった。
そうだ。今一度考えねばなるまい。
俺は……どうしたいのか。どうするべきなのか。
「許してやれ、か」
不意に、そんな言葉が頭に浮かんだ。
許してやるなんて、そんな簡単にできるもんじゃあない。そもそも誰かを許すだなんて、友人ならともかく、恨みを持つ相手にするなんて考えたこともなかった。そしてその後の――
「――勇者……ねぇ」
まったく、首を傾げるような言葉であった。
本当、今更だけど意味がわからねえよ。あいつはどういうつもりで俺にそんな言葉を吐いたのか、もしも生きているのなら今すぐにでも聞き出してやりたい、なんて考えてしまう。そうすると、余計に犯人に対してムシャクシャした感情を抱いてしまう。許せるはずがないと憤りも湧いてくる。
それを理性的に止めようとすると、それだけで疲れて溜息が漏れてしまう。
「ゼン太郎、どうかいたしましたか?」
「……ああ。悪い。まあアレだ。ちっとだけ悩んでる」
「善太郎でも悩むときがあるのですね」
「その通りさ。悩むなんて時間の無駄だからな」
悩んで、クヨクヨして、うずくまって、同じところをグルグルと永遠に彷徨い続けるなんて、時間の浪費でしかない。そんなことをするくらいなら手早く済ませるか、忘れるかした方が絶対にいい。
だから今回、あえて不必要な危険を冒す。解決するだけなら直接対面する必要など一切ない。
『叩いて潰す』だけならば、俺は転移の空間にでも引き篭もって、そちらからスノーに指示を出すだけでよかった。スノーの暗殺術でも構わないし、魔法でも唱えて上から叩き潰しても良い。別に奴の家族が巻き込まれたところで奴の自業自得だ。復讐するならば根こそぎ徹底的であるべきだ。その方が報復の危険性もなくて済む。
でもそれじゃあわからないこともある。わからないまま、物事を力でねじ伏せて解決する方法では、きっと後悔する。
……親父の言っていた「怒りの行動は後悔を生む」とか、そういうのなのかはわからないけれどさ。
今の自分は、ただ“己の納得”が欲しいだけだ。
「頼んだぞ、スノー」
「任せてください」
夕日が沈み、寂しさのある住宅地の中を歩み、できるだけ音を消し、スノーの鍵空けスキルを駆使して目的の家に侵入した。中は薄暗く、現時点から見えるのは二階に続く階段と、扉がいくつか確認できるだけ。玄関から見えることはそれくらいか。
スノーが先方に立ち、口での意志疎通は控え、スノーの指先のみでどこに何人いるかを確認する。
スノーが上に指を差してから二本指を立てる。精霊付きが待ち伏せを仕掛けている様子はないらしい。
……家に明りが点いていないから、他の誰もいないだろうと予想していたし、在宅人数も想定通りだった。だが妙なのは、明らかに世帯持ちの家だというのに、夕方……それも連休の最中に誰も帰って来ていないということだった。
しかしながら、そういう家庭事情もあるのかもしれないと考えると、別に違和感もなくなった。
ともかく、そこから先はスノーに先行してもらい、自分は後ろについていく形で階段を上った。相手の本拠地であるにもかかわらず罠が仕掛けられている様子もないので、逆に警戒心が強くなる。……よくよく考えれば自分だってお世辞にも現実側の警戒が足りていたとは思えなかった。今後はその辺も意識した方がいいだろう。
ともかく、やっと二階に上がりきろうというところで、何故かスノーが手で制した。
何かあるのだろうと警戒したが、スノーは判断に困った様子をしていた。気になったので携帯のアプリを通してスノーの視点からなにが見えたのかを確認した。
するとそこには『何か』の死体があった。表皮が緑色の何かの生物なのか。人型にも見えるけれど、ひも状に変異したそれは魔物と呼ぶに相応しい造形であった。
それが、一つの扉に向かって破ろうとした痕跡がある。扉には亀裂が入っていて、割れた隙間からパソコンの画面のライトと思わしき青白い発光が漏れている。
(この死体は……もしかして魔物が現実に転移してきた、とかだろうか。それで昨日は焦ってキャラを呼び寄せた、とか?)
疑問だらけの憶測だったが、一先ずそれは保留しておいた。それで自分の命が助かったのだから御の字だ。
それよりも今は、痛んだ扉を蹴破ればすぐにでも邂逅できるであろう殺人犯に一瞬でも早く会いたかった。会って、このどう処理するべきかわからない決断を、とっとと済ませたかった。
その前に、こちらに聞こえてくるような大声で会話が始まった。
『オイ、主サマよぉ。いい加減にしねえと、本当にウンザリだぜ。いったい何時までオレはここで子守なんぞ――』
「うるせえ!!!! お前が、オマエのせいで……全部お前が悪いんだ!!」
部屋の中のスピーカーと、耳に装着したハンズフリーから翻訳された男の声が聞こえてきた。間違いなく、俺を襲った異世界人の男のモノだった。その口調から男の性格なりが少しでもわかるのだが、どうやらプレイヤーとはそれほど関係は良くないらしい。
当のプレイヤーである松葉は、癇癪を起した子供みたいにかなきり声を上げていて、耳障りでしかなかった。なんとも腹の虫が収まらない感情が呼び起こされてくるのだが、まだ耐えることができた。
『ったく。……このままじゃあオレもお前も両方とも殺されるぜ? ……なにせ、部屋のすぐ目の前に敵が迫ってるんだからよぉ』




