ただし、勘違いしてはならないのは――
三日ほど大変失礼いたしました。また今日からボチボチ再開いたします。
「……なんで、なんでだ。チクショウ……なんでボクがこんな、ありえない……」
松葉少年は“平和主義”を信条としていた。それこそが正しいと彼は信じていたからだ。
敵を作らずに平凡を生きること。劇的など求めず、停滞を望み、平穏という温室で安息としていることこそが、彼の根本的な理念だったからだ。
だが……だからと言って、松葉少年が周囲に対して何の負の側面を持たなかった訳ではない。むしろその逆、彼は周囲の人間を常に見下していた。
いつも教室の中で野生の動物みたいにわめき立てる同級生の声に煩わしく感じては“我関せず”を大義名分としてきた。争いが起きても自分は中立だと主張し、どんな場面であろうと何かに味方するでもなく傍観を決め込み、心の中で馬鹿な連中だと蔑んでは、澄ました己に対して、ある種の陶酔の気すら感じていた。
そんな性格のせいか、彼は人との親交を強く求めたことも無く、交友関係は浅く、そして狭かった。
そんな彼が不良と呼ばれる現代の怪物らの標的にされたのは、単なる偶然でしかなかった。要は“運が悪かった”だけであった。
例えばクラスが一緒だったとか、席が近かったとか、帰り道が一緒だったとか……そういう、些細なことでしかなかった。
だが、絡まれた以後の話。彼が不良達に餌食にされ続けたのは決して運ではなく、彼自身の性格がもたらした経過と結果であった。
松葉少年に好んで味方する者は居らず、自然と教室の中で不良達の生け贄となった。彼は目立つことをしてもいないのに、己が餌食にされるとは想定していなかったのだ。自分の身の守る方法を彼は考えたことも無かった。
そんな彼が外に呼び出されては不良達からサイフと称して扱われるのに、時間はそれほど必要ではなかった。
そんな松葉少年が自分の部屋に閉じこもる前、一つの偶然があった。
夏休みのとある日。校内で有名人であるところの辻風善太郎の存在であった。
自分が恐れて言いなりになるしかった連中に善太郎は迎合するのではなく、反発した態度を見せつつも、堂々とした態度で去っていったのだ。
それが松葉少年が善太郎への興味を持つ最初の要因であった。
それから時は過ぎ、松葉少年は外出する気もなくなり、夏休みが終わる頃には自然と登校拒否を起した。
彼の中では既に自分から何かをしようという気持ちはなくなり、ただ時間を浪費してはゲームやネットの動画という娯楽に没頭して現実逃避を繰り返していた。
その頃になって、松葉少年は善太郎のゲームのプレイ動画を見つけたのだった。
彼にとって動画の中の善太郎は、強く、生き生きとしていて、何のしがらみも無さそうでいて、とても楽しそうにしていた。
それが羨ましくもあり、妬ましくもあり、しかし心の中で特別な尊敬のような印象を覚えたのだ。
松葉少年は善太郎の動画が切っ掛けでサモンズワールドを始めたのである。
会って直接話してみたいと安易に希望を漏らしたこともあったが、彼も善太郎が会いに来るとは思ったこともなかった。善太郎の文書など、彼の母親が目を通した際に破棄されていたことすらも知る由も無かった。
だから、彼が善太郎に確固たる恨みを抱くはもっと後のことだった。
善太郎やスノーには全く記憶に残っていないのだが、サモンズワールドというゲーム内にて、彼等は松葉少年と出会っていたのだ。
それは新年の明けた頃、戦争準備の真っ只中あり、善太郎の所属する精霊騎士団が忙しくしていた頃だった。松葉少年も戦争に参加しようとした一人であった。半年以上もの時間をサモンズワールドのためだけに費やし、同時期に始めたプレイヤーと比べても、実力も理解も育成具合も進んでいた。
だからこそ松葉少年は今こそ善太郎と肩を並べるときが来たのだと決心をして、本来の活動拠点からエルタニアへ遠路はるばる到来してきたのだった。
『ゼ、ゼタさん! あ、貴方の動画で始めたんです! だから、一緒に戦わせてください!』
『そういう話ならどっか最寄のギルドへ行ってください。あと今忙しいから――』
『それだとゼタさんとは違う部隊だと聞いたので、そっちは抜けてきました!』
『……。いや、そりゃダメだろ。そもそも編成は既に決まってて、選出してるのも俺じゃないし――』
『それなら勝手に付いて行きます! 気にしないでください!』
『人の話くらい最後まで聞けよ! お前の脳みそは腐ってんのか、アァ!?』
この時、善太郎の沸点は少し低かった。
それは忙しい時期だったり、スコア報酬の品がとんでもなく不要なものだったり、思い通りに行かないことが多くて機嫌は良くなかった。
それに松葉少年がどれほどの覚悟で今回の機会に挑んでいたか、善太郎からすれば知る由もなかったし、だからこそ断片的な情報から、単なる迷惑なストーカーにしか見えなかったのである。
戦争という大イベント間近ということもあり、野良の勝手で動かれては困ると善太郎は松葉少年を見せしめに使ったのだ。
『プレイヤーのストーカー行為を確認。牢屋に捕獲して放り込んでくれ。他の連中も気をつけろ。この国で迷惑行為をした奴はこのクソ気持ち悪い奴と同じく牢屋にぶち込むことになるからな。知らないなら確認しておけよ』
余談ではあるが、松葉少年の操作していたキャラクターは彼が無防備な体勢であったこともあり、スノーの氷魔法にて簡単に氷漬けにされ、すぐに牢獄に連行されてしまった。
……そういう、経緯があったのだ。
ただし、この出来事を善太郎は全く気にしていないし、記憶にも留めることもなかった。どうせネットという現実との繋がりが見えない世界で、偶然自分の動画を見かけた千人か、二千人という動画視聴者の一人でしかないのだと、本気で思っていた。現実の自分に危害など加えられることなど毛ほども考えることもなかった。
だが松葉少年からしてみれば、酷く裏切られた気分だった。最初に芽生えていた感情は自分勝手な妄想と混同し、時が経ったことで変貌を遂げていたのである。
現実の善太郎と、松葉少年が考えていた『きっと自分の気持ちに答えてくれる』という願望は、決して相容れることはなく、半年ほどの時間を掛けて育んできた彼の一方的な友情は、彼の思い描いた未来と同時に簡単に潰えることとなった。
……本来ならば。
この出来事の後には何もなく、この際の出来事はこれ以上の肥大化などするはずもなかった。
だが、そうならなかった。
松葉少年の操作していた精霊付きが現実となったことで、妄想はしても決して自らでは行動に移せなかった自分が惨めになる原因を作った連中に「思い知らせてやる」という復讐心に火を付けたのだ。そして彼は、復讐という個人的な正義の元、不良少年達を何の罪も感じることなく殺害してしまった。
そして次に標的として捉えていたのが善太郎であるのだが。
彼にとって善太郎に向けた怒りに関しては、先の不良達と違って『自分を裏切ったことを後悔させ、もしも反省し、自分と向き合ってくれるのならば、許してやっても構わない』という、身勝手な欲望に塗れたものでもあった。だから善太郎に関して言えば、本気で彼を殺そうなどとは考えていなかったのである。
話をしてみたい。
あわよくば、仲良くなりたい。
自分が認めた相手に認めてもらいたい。
松葉少年は人が誰かと接する時に起す当たり前の感情、その手段が恐ろしいほどに歪んでいただけであった。そこさえ違っていれば、別の運命もあったかもしれない。
もっとも……。
「なんで、なんで……」
自分の相棒である精霊付きが「標的を脅してこい」ではなく「出てきた男を殺す」という命令に置き換えたせいで、その意味は全くの別物になってしまったのだが。
「なん、でだよ。どうして――」
それも、今の彼にとってすればどうでもいいことであった。
自分の知らぬ他人がどうなろうと、どうでもいいことであった。
「どうして、魔物がぁ――アぁ、アアアアアア! アアアアア!!」
松葉少年は息を粗くさせて、現実から目を背けた。自分の精霊付きを使って殺害した“ソレ”を見て、吐き気を催した。
……彼は“平和主義”ではあったが、それを貫く確固たる意志はなかった。
松葉少年は一人、異常事態に恐怖して部屋の隅で震えるのみだった。




