父上、王座が欲しいです
クラスがバトルアサシンとなっていた。
何でまたクラスが変わっているのか。
武器だけでココまで変わるものなのか。だったら、牙剣を握った際にも何か変化があったはずだ。
謎だ。
『またなにかあった?』
「えーと、実はですね。装備変更を終えてステータスの確認をしてるんですけど、軽剣士ではなく“バトルアサシン”なんてものに変わってまして」
『ふうん? また妙な事を発見したんだね』
わからないけど、これは一応研究会に報告するか、と考えてやっとその存在を思い出した。
もしかしたら研究会の誰かが既に発見しているかもしれない。
そう思って、元第一パソコンで研究報告をしているスレまで飛ぶ。
ちなみに元第一パソコンはグラフィックボードを完全に抜いて、ネットサーフィン専用機となっている。完全に壊れるまで使い潰すつもりである。
掲示板で文字検索をして探るとすぐに答えは見つかった。
「えーと、武器、防具、装備品を変更するとクラスが変化する……らしいです」
『へえ、じゃあアゲイルも装備を変えたりするとクラスが変わるの?』
「どうなんだろ? ああ、他にも報告者がいるな……。えーと、ステータスの比率とかスキル構成なんかでもクラスが変わったり、進化した名前になるらしいぞ」
『クラスが進化!? なにそれ激アツじゃん! で、進化するとどうなんの!?』
「……さあ? そこまでまだ進んでないんじゃない?」
『研究会、結果はよッ!』
「言われなくてもしてるだろ」
とはいっても、スノーのステータス値が、特別変わった様子はない。
レベル9の頃と比べて能力数値もスキルレベルも変化なし。特殊なスキルが増えた項目もない。
ただ、操作してみると凄く動きやすくはなっている。
たぶん、剣を振る速度とかも上がっているだろう。
「クラス変更による数値は隠しデータなんだろうな。これは調べるの大変だろうな……」
計算式チームが匙を投げてしまわないか心配だ。ただでさえダメージ数値が出ないゲームなのに。
そのうち、悪魔の決断で解析ツールを使わないか心配になる。
『で、ゼタ君的に、その“バトルアサシン”のクラスはどうなの?』
「そうですね」
ちょっとだけスノーに操作をさせてもらう。普通に移動すると軽やかで、速度が上昇している。次に広い場所で小剣バデレールを振り回す。モーションスピードは速いし、突く、エグる、反す、裂くと、コンパクトな動きと足回りの良さが際立ち、隙の少ない大変素晴らしい動きだ。動きやすいし、使いやすい、文句の無い優等生な武器だと言える。リーチが短いのは元からだ。
次に、小剣を収納してナックルダガーを両手とも順手で構えてもらう。攻撃をすると、こちらは複数の攻撃ボタンで操作する感じだった。スノーが無理な体勢だと感じると、動きにラグが発生したりする。逆に、巧く繋がると、隙を作らずに連撃を繰り返してくれる。
「なにこれ、ナックルダガー楽しい」
色々と試してみると、格闘ゲームのコンボみたいだと思った。繋ぎ方で色んな動きを発見する。しかもスノーの和服の裾が舞い上がって動きに躍動感がでる。
そして極めつけはコマンド入力だ。
格闘ゲームみたいだと思った時から試したかったのだが、右、下、下右を入力後、攻撃を入力する。有名な必殺技『昇竜○』を出すときのコマンドだ。
するとSPゲージが消費されると同時に、スノーが体を独楽のように回転させ、空中に昇りながらの斬撃だ。アゲイルの頭は優に超えたので、3mくらい跳躍したか。
さらに思い付きで空中にいる間に下二回と攻撃を入力。すると二刀のダガーを振り下ろしつつ、地面着地をした。キャンセルもできるし、コンボも華麗だし、最高じゃあないか。
「なにこれ超楽しい! スノー、逆手持ちに変えて!」
今度は、逆手持ちでモーションが変化するのか気になった。もう一回同じことをしてみたい。
『あ、あの、精霊さん――?』
「スノーはやく、ハリーハリーハリー‼」
『えぇっと、ちょっと待っ――』
これは一気に楽しくなってきた。コマンド入力で攻撃を出せるのなら、もしかしたら突進系の技もあるかもしれない。いや、きっとある。
さらに予想するなら、MPゲージを使う超必殺技なんかもあるかも知れない。
やっぱり接近戦はキャラの動きが激しいし、キレがあるからいいよね。
スノーの戸惑いも今はまったく聞こえなかった。
だが、ラックさんの力の入った声が聞こえた時には、思考が待ったを掛かった。
『ちょっとゼタ君。ストップ!』
「え? ラ、ラックさん? なんで?」
『街中! 周囲がビックリして騒ぎになるから!』
「あ……しまった」
時間帯は夕方を過ぎて、既に夜になっている。しかし周辺は都会というだけあって街灯も多く、こんな郊外の小道でも人の姿はハッキリと解る。
さらに遠くの方から怪しそうにこちらを覗いている人々がいるのも確認できた。
『用は済んだ。とりあえず宿に行こう。騒ぎは色々とまずい。ゼタ君、今度から気を付けよう、ね?』
「はい、すみません。スノーも悪かった」
『別に、大丈夫』
しかし言葉とは裏腹に、スノーがほっと一安心するように小さくため息をこぼした。ホント、すみません。
そもそも街中で武器をいきなり振り回す事がナンセンスだった。
今どきオープンワールドのゲームで、街の中で暴れたら衛兵や憲兵と戦闘するなんてザラなのにね。
足早にアリッサの案内に従っていると、武器屋からほど遠くない場所に宿屋らしい建物を目にした。
複数の街灯が店を照らし、暖かな光がコテージ風の宿屋を照らしていた。看板もわかりやすく掛けてあるし、植木鉢に花を育てて飾ったり、ちょっと小奇麗だけど普通の冒険者の宿屋といった印象を受ける。
しかし宿の中に入るとその印象も消え失せた。
出迎えたのが如何にも老紳士で、第一声が『お帰りなさいませ』だった。どこかの御姫様のお世話をするように、アリッサの上着や装備の剣を預かったりしたので「ああ、普通じゃあなかったか」と考えを改めた。
何故こんな老紳士がいるのか、というのは簡単に予想できる。
アリッサの身分が王族なのがわかっているからだ。何らかの理由で冒険者として行動していて、彼等はそれを支援している。肝心の理由はわからないが、大方そんな感じだろう。
きっとラックさんのお願い絡みなんだろうな。
そのお願いとやらは、宿の食堂で説明を受ける事になった。
第一声は、ラックさんだった。
『さて、コッチ側の二人には既に話してるけど、スノーとアゲイルにはどこまで説明してるのかな?』
スノーには王族の人と合流するという話はしているので、流れを察していれば問題なくアリッサが王族だという事は気がついているだろう。
「スノー、突然ですがクイズです。彼女は何者でしょう?」
『王都に入った時に第一王女アリッサって聞いたけど?』
「……そういえば検問所で王女だって聞いてるのか」
流れも何も関係なかった。
『じゃあ、皆だいたいわかってるってことでいいね』
全員肯定し、ラックさんが早速とばかりに現状を述べた。
『早い話がこの国、王子と王女が次期国王の座を賭けて争っている真っ最中なんだ』
事情を知っているアリッサを除いて、それぞれが「ん?」という顔をしていた。もちろん俺もそうなった。
「え、そんな感じだったんですか? え、でも……」
色んなゲームや創作物なんかを読んできたので、王様の座を賭けて争う状況がどんなものかは簡単に想像できた。
大概が支持貴族を囲んだ王族同士の内紛となるのだが、ちっともそれっぽい雰囲気がこの王都にはなかった。なんだか普通に日常を営んでいる穏やかささえある。
そもそも緊張状態であるなら、外から来たスノーとアゲイルが街に入る事など簡単には許されないだろう。
どんな状況であれば、こんな隠れ潜むような行動をしておいて、誰も敵にはしていないみたいな状況になっているんだ。
『間違ってはいないが話が急すぎる、ラック。彼等が困惑しているぞ』
『ごめんね、でもちゃんと順を追って詳しく説明もするから』
アリッサに怒られる形でラックさんが今一度、順を追って説明しようとする。
『エルタニアの国王アイデンテス・ドラン・エルタニア……長いからアイデン王様って呼ぶね。アイデン王は現在も存命なんだ』
『あれっすかね? 生きてるうちに次の国王を決めちゃおうってことっすか? にしても、こういっちゃあなんだけど、王女を次期王様候補に入れるのってこの国では普通なの?』
『うむ、マダオ殿の言う事はもっとも。父上も本当は弟のユリアンを次代の王として決めていたんだが……』
アリッサが口を噤むと、スノーが空気も読まずに次の言葉を聞いた。
『何か問題があった?』
『……最初から問題が無かった訳ではない。本妻の子供が私ただ一人。側室の弟たちは実力に難あり。貴族の姦計に手を貸すし、色々と騒ぎもあった』
「火薬だらけだな」
『それでも男系である事の方が重要であったから、最初は第一側室の子のユリアンが……という話だったんだが』
するとラックさんが苦笑い気味に続きを述べた。
『ユリアン君、周囲に叩かれちゃうほど、お手手が真っ黒みたいでね』
それはまた、なんと言うか、呆れた話だな。
要するに、悪事がバレてしまうほど、やりすぎたのか。
「そのユリアンって王子は今どこに?」
『王様の慈悲で現在保留中。お城で監禁してるよ。表向きはね』
裏では動き回っているのか。王子様、全然懲りてなさそう。
『話を戻して、次期王座の件なんだけど、ユリアン君の他になると、色々と多方面に思う所があってね。貴族にも派閥があって、古い家の人たちは特に「アリッサを王座に、結婚して生まれた子を王にするべきだ」という人たちもいてね』
『元々、母上の家系はエルタニアの貴族でも古参貴族の筆頭であり、古い貴族達が私を引き合いに父上に進言するのは必然だった。もっとも、私も情けない弟達に国を任せたくはなかったから快く引き受けたがね』
アリッサ王女は口の中の犬歯が見えるような、凶暴そうな笑みをホンの僅かに浮かべていた。静かで落ち着いた人だと思っていたが、本当は獰猛な人だったか。
『アリッサはこの通り、王座に座る事には乗り気だ。王様もアリッサには悪い感情はもってなさそうだしね。それで最終的に、アイデン王が一つ、次代の王になる条件を提示したんだ。それが、今回の相談の肝でね』
つまり、これが本題。
俺達がなにを手伝うのか、という話でもある。
ラックさんは非常に楽しげに口を開いた。
『王は、石に突き刺さった聖剣を抜いた者こそが、次代の王だと宣言したのさ』