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クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
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心が変われば行動が変わる

 気が付けば、自分は手術室の横の椅子に座って待機していた。


 知らないうちに、包帯だとか縫合だとか、余計なものが体中に巻かれたり、縫われたりしていた。仰々しい扱いなんかされたことで、やっと自分が襲われたことが現実の出来事だったのだと理解した。



 それから後は、まるで寝ていたかのように時間が過ぎさっていた。


 警察官の制服を着た人たちが話をしたがっていたが、上手にデタラメを吐く自信がなくて、放心したフリをしたことは覚えている。その後で短く「記憶が曖昧で……」と明らかな動揺を見せてやり過ごして頭を空っぽにして自分の足でも見つめていた。気に入っていたはずのお気に入りの靴だったが、今はなにも感じなかった。


 外が暗くなっていた頃、小田の母親が息を切らせて到着すると、ずっとその手術中の赤い表示板を見ていた。



 その後、誰かが俺に話を聞きに来る様子はなく、気が付けば手術は終わっていて……。



 扉から出てきた医者の言葉を聞いた小田の母親が泣き崩れたのを見て、自分の心臓を引き裂きたくなるような衝動に駆られては、そんなことをしても意味などないと悟って、じっとそれを聞き続けていた。




 俺の親友は何の奇跡もなく、当然のように――……死んでしまった。




 わかっていたことだった。わかっているはずだった。受け入れられると、理解できると、覚悟はしているつもりだった。


 でも、そんなのは全部口からデマカセみたいな物で、実際にその情報は俺の手には余る物で……。息を続けるのも、面倒になった。



 そしたらさ、警察の連中が来て言うんだよ。小田の体は事件が絡んでるから一度署で預かりたいって。それ自体はいい。調べることは重要だ。大事なことだ。許可をもらっていることは、それだけ真摯だというコトだ。だが、その後の言葉が許せなかった。




「我々が必ず、犯人を捕まえます」




 捕まえて、どうするんだよ。法律の下、裁判によって平等に裁くって言うつもりかよ。またいい加減な裁量で、どこの誰だか知らない他人が、全部決めるつもりかよ。



「ふざけるな」



 激しい怒りと、拭いきれない悲しみと、途方のない虚脱感が混じりあい、その結果、毒の詰まった本性が勝手に言葉を吐き出していた。


 相手が何者かなんて知らない。誰かなんてわからない。だがそいつは殺した。小田を殺した奴が、牢屋に入ってのうのうと生き続ける未来など、俺には許容できなかった。


 捕まえるなんて生温い。即刻、引きずり出してこの世から抹殺してやりたい気分になった。




 そうすると、ここにきてようやく、眠っていた頭が活動を始めてきた。



 そもそも、そいつの罪状は何になるんだ、と。

 詳しいことなんてなにもわからない。だが殺人罪が通用するのか? という単純な疑問だけは思い浮かぶ。



 まず初めに、殺したのは誰だ。直接、手に掛けたのは姿を消す異世界の剣士だ。だとすれば、罰を受けるのはその剣士ってことになる。

 でもそれは間違っている。その剣士はただ、操られていただけかもしれないのに。


 だが真犯人がいたとして、遠くで操っていて、人を殺したなんて、現状の法律が適用されるとも思えない。であれば、法律の方から変えねば正しい裁決など導けるわけもない。



「キミ、今の言葉はどういう意味かな?」



 俺の目の前に警官のチョッキと青い制服を着たオッサンが、無害そうな顔をして近寄ってくる。まるで俺には危険がないって言う風に。


 仮に、だ。……もし俺が様々な魔法を使えたとして殺意を持ってこのオッサンを殺したとしたらどうなるのだろう。


 きっとこの警官は何が起きたのかも理解できないまま、死ぬことになるだろう。そして俺は素知らぬ顔で「なにが起きたのかわからなかった」なんて言えば、いったいどうなるのやら……。


 この現実のどこに、いったい誰が、俺を殺人者として立証できるのだろう。


 考えてみたら、馬鹿みたいに腹の好かない状況になっていたのだ。



 そうだ。

 誰かがやらなくてはいけない。




 いち早く、奴を殺さなくては――……。




「善太郎、帰るぞ」



 肩を強く握られていた。打ち身の所為か、ただ肩を叩かれただけなのに痛かった。……いや、痛かったのは、肩を掴んだ親父の手が食い込んでいたからに、違いはなかった。今まで近くにいたことすら気が付かなかったのだから、自分は相当に冷静でなかったのだろう。



「それとも今日は病院(ココ)に泊るか?」



 そんな俺とは対照的に、親父は極めて冷静な声で諭してきた。その二択ならば、俺の選択肢は一つに定まっていた。こんなところでジッとなどしているワケにはいかないからだ。



「……いや、帰る」

「……すみません。今は冷静に考える余裕がないんで、忘れてやってください」

「いえ、ご友人を亡くされたなら、なおさらです。気持ちはわかります」



 そうして年甲斐にもなく、連れ去られていくみたいに駐車場まで運ばれて、車に乗って家までの道を辿った。後ろには聖が乗っていて、暗く沈んだ表情をしていた。


 何で聖が一緒にいるのか知らないけど、車は病院の敷地内から出た。そのまま家にでも行くのだろうと思っていたのだが、なぜか車は高速道路へと向かっていた。



「……待てよ、親父。どこに向かってんだ?」

祖母様(ばあさま)の所だ」

「……どういう話なんだ?」

「あんなことがあった後だ。お前と聖はしばらく向こうで生活しろ」



 それで、なんとなく話はわかった。聖の避難先としてのその話に、自分も納得せざるを得なかった。それのついでに、自分が送り返される意味も、なんとなくわかってしまった。家族を守れ、と。


 そんな道理が、今は無性に腹立たしかった。


 だからこそ、俺は黙ることにした。何も言わずに、ただ己が決めたことをそのまま行う為に。


 なにをして、どうすれば奴を殺せるのか。どこでなにを調べれば、犯人を見つけ出すことができるのか。その二つだけを、運転する親父の隣りでずっと考えていた。




「善太郎、お前は自分が“もう二度と他人など信じない”と言っていたのを覚えているか?」




 親父がなにを急に、と思った。



「何だよ、急に……。覚えてねえよ」

「だろうな。お前はその後、小田くんと友達になって帰ってきたんだからな」



 そんなことも、あった。覚えてるよ。

 でも今はそんな話を聞きたくなかった。真っ先に、別のことを考えたかった。




「結局、人なんてそんなものだ。不滅などありえない。永遠になんて続かない。だから心も変わる。行動も、習慣も、人格も、いつかは変わる。……だから、今は正しいと思ったとしても、やがてそれは過ちになる」


「……なにが言いたいんだよ」


「怒りによって起した結果は必ず後悔を生む。……今は、それだけを言いたくなっただけだ」



 そんな優しげな雰囲気で、珍しく親父の口から言われてしまった。


 それ以上、親父は何も言わなかった。


 考えていた。復讐だけを考えていたかった。


 でも、そんな風に言われて、その後なにもなかったら、余計に考えてしまって。



 今の自分は、まさにその怒りによって行動しようとしていたわけで……。



 でも、だったらこの気持ちはどうすればいい。小田を殺した奴はどうしようもなく許せなくて……。だけどその許すって言葉が小田の最後の言葉として脳裏に甦ってきて……。




 そうしたら、もう何を考えても答えが出なくて、何を考えていいのかもわからなくなった。

 無意識に、ポケットの中にあった小田の携帯を強く握りしめて、暗い夜の遠くを見た。窓の反射で見えた自分の顔が、とても酷い、今にも泣きそうなバカタレのガキに見えていた。



 あのクソ親父からも心配されるくらいのダメさだった。……もはや自分自身に呆れるしかなかった。

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