正義感で動く奴は面倒だが、恨みを忘れない奴も大概だ
『頑張って足掻いてください』
明らかに騒動を予期した上での確信犯とも取れるメッセージの送信者を、殴ってやりたくなった。
だが、だったら自分には何ができるのか……。
そんなもの考えなくても答えは決まっている。何もできない。
相手は押しても引いても態度のわからないサモルド運営だ。メッセージは一方的で、こちらの疑問には一切回答しない。存在自体が不確かで、実在するのかも怪しいという相手。居場所も、人数も、代表の名前も顔もわからない。もしかしたら、この運営は別次元の神様だといわれても、不思議ではない。それくらいの出来事を実際に起しているのだから、思わざるを得ない。
「……ダメだ。まるで雲を掴むような話だ」
自分達がまるで……実体の見えない巨大な手の平の上で、面白おかしく転がされているような気分だ。
そんなモノを相手するのはとても疲れることで、個人で相手取るには現実的ではないだろう。
そもそもの問題点として、サモルド運営の正体を突き止めたところで、事態解決の糸口が見つかるとも思えない。どうにか収拾を着けるタイミングなど、とうに過ぎている。既に事態は転がり、巨大な手の平から転がり落ちている。
何せサモルドの運営と異世界の住人たちは、別モノだ。運営はケツに火のついたプレイヤーに対して、さも他人事だと言わんばかりに「頑張れ」と何食わぬ物言いで抜かしやがった。それはつまり、地球人側でも異世界側でもない『第三者』だからこそ出てくる言葉だ。
この運営の真意は知らないが、目前に迫る問題はそこではない。
異世界の住人の方が、今はよっぽど危険だ。
俺達の「そんなつもりは無かった」などという事情など、異世界側の連中からしてみたら知らない話だろう。そんな理性的になるよりも、もっと根源的な感情に支配される方がずっと楽で、シンプルで、簡単だ。
人の感情を司る喜怒哀楽の内、最も行動の原動力となる『怒り』だ。
今、地球人が相手にしなくてはいけないのはどこに居るのかもわからない黒幕ではない。
目の前に迫りつつある問題、異世界の住人達から来るであろう、反撃の対処だ。
例え同じ相手に嵌められていたとしても、そういう状況になりつつある。少なくとも俺が異世界側の一人であり、制限された情報の中から物事を推察すれば、自然とそうなる。
間違いなく、波乱が起きる。
ならば自分のやるべきことはと考える。……いや、実はもう考えた後で、その答えも決まっていた。
『山の中で猛獣に襲われ逃げる時、猛獣より速く走る必要はない。隣の誰かより早く走れたらそれで良い』
つまり、当事者の中でも自分だけは助かろう。たったそれだけだ。とてもシンプルで、誰もが当たり前のように選んできた手段だった。
……その後、何事もなかったかのようにスノーと食事を取って、このまま外の世界と切り離されて、永遠に時間が止まれば良いのに……などと気持ちの悪いロマンチストみたいなことを思ったりして。
平穏な時間は無情にも過ぎ去った。
それから次の日。
面白くもない平日、学校の昼休みにて、忘れ掛けていた奴がきた。
自販機の缶コーヒーでも目的にぶらついていると、誰かに肩を掴まれ引き止められたのだ。
「なあゼタ! ちょっと待ってくれって!」
誰かと思えば、ずっと無視をし続けて、最近は無事に他人としての距離感を確実なモノとしていたハズのダイスだった。面倒だからいつものように無視しようかと思ったのだけれど、有無を言わさずヤツは自分の携帯を俺に見せてきた。
「なあ、これ! 見てくれ!」
画面にはニュース系の記事が映っており、昔はやった空想記事みたいな内容だった。
曰く『住宅の全焼の謎』だとか『空飛ぶ魔女の目撃』とか『奇妙な叫び声が聞こえてくる』『ズングリ図体で大斧を持った不審者の目撃』などなど……。
奇怪な事件としてトレンド化でもしているのか、それとも先んじて誰かが準備していたのか。……中にはガセも混じっているだろうが、全国でそういうのが起こっているらしい。
原因は恐らく、昨日の時点で一日一人毎の通行権配布が変更されて、昨日の夜時点で一気に何十人という人物が更に増えたからだろう。ネットの掲示板を見ていたら、やっと異常事態だと一部で理解する空気が生まれていた。
きっとダイスもその例に漏れず、今更になって理解し始めた一人なのだろう。
「これ、やばいくないか? 特にこの映像とか、もろドワーフじゃねえか!?」
住宅が全焼した事件で、誰かが動画でも取っていたのか、燃え盛る家の中で見えた人影が写っていた。長髪で背の高い者と、明らかに背の低いズングリ体型の二つの影が見える。それ以上の詳細なことはわからない。
だが、俺としては既に知ったことではない話だった。勝手に暴れて鬱憤を晴らして向こうに帰ってくれたらそれでいい。
「一々それだけを言いに俺に話しかけてるのか?」
「いや待てよ! なんかやべーな、とか思わねえのかよ!?」
思うよ。考えたよ。だけど、ネット連中は俺の心配をあっさりと突っぱねた。そうなったのならば、一々気に掛ける意味などない。俺は既に連中のことなど「もう知らない」と決めたのだ。その考えは変わらない。勝手に殺されてくれ。
大丈夫、酷いことさえしてなければ、きっと慈悲くらいもらえるさ。
「今更過ぎるよ、その発想。一々、事が起きた後でわめくなよ」
「な、なんだよ、その言い方……まさか、オマエは気付いてたのかよ!?」
知らない内に、掴み方が乱暴になっていた。肩を掴むではなく、服を掴んで握りこぶしを作っている手だ。
「おい、なんだその手は?」
面倒くさい。ただでさえバカなのに、歯止めの利かない暴走機関車みたいになっていやがる。しかも地味に腕力がある。何か武術などしてきたのだろうか。力で対抗するのは骨が折れそうだ。
まあ、そういう時は言葉で対抗するのが一番だ。
「オメェは、誰かが死ぬってわかってたのに放置してきたのかよ!?」
「大きな声を出すな。耳が痛いだろ。それにそれくらい、少し考えれば誰だって気付くだろうが……。お前はわからなかったのか? そりゃあ大マヌケってヤツだ。それとも俺を殴らなきゃあ気がすまないってか? お前が戦う相手は本当に俺でいいのか? 何もしてない相手を殴れるのか?」
「違う!? 別に、オレはただ――……人が死んだから、何とかしないとって思っただけで――」
「何とか? なんとかってなんだ? お前は何とかできるのか? 知らなかった。俺には何にもできねえよ。大前提として言っておくが、凄い力を持ってるのは俺でもお前でもない。スノーやティンっていう異世界の住人達だ。プレイヤーでしかない俺やお前は、特別な力なんて何一つないんだぞ。それがまさか、誰かを助けられるとでも思っているのか? それとも、お前は誰かを強制的に操って助けさせたいのか?」
いくつかの言葉の刃が見事に奴の心をえぐったのか、同時に肩を掴んだ拳の力が弱くなっていた。
都合が良いのでそのまま手で払いのけ、やっと茶髪黒縁伊達メガネの顔が見れた。
すると目の前の男は非常に情けない顔をしていた。
自信の無さそうな、それでいて動揺して迷いが生じている目だった。
なんとも、わかりやすい。
「こりゃあ驚いた。この期に及んでまだお前は禄に考えもせずにいたワケだ。そんなに都合の良い正義の味方にでもなりたかったのか? ああ、よく見りゃあそんな顔してるよ。スゲーいかしてるよ、お前。じゃあ頑張れよ、これからのヒーローさん。これから殺されるかもしれない連中を助けて回るんだろ。俺とは違ってご立派なことさ。
だが正義を持ってるのは連中の方かもしれないけどな。先に厄介ごとを持ち込んだのは俺達だ。だというのに、一人二人こっち側が殺されたからって、都合よく拳を振り上げて叩いて解決して、心に何の痛みも感じないのであればそうすりゃあいい。それさえすれば、お前のいう『ヤベー問題』は解決するだろうさ」
ただし、コイツでは実現できないだろうとは簡単に予想できるけどな。それに正義とかいうけれど、実際はただの恨みや復讐、私怨だ。まあ、どうでもいいがな。
そもそも……こんな馬鹿げた空想話、誰が耳を傾ける。一億何千万人いる日本で、アクティブユーザー数が千人前後くらいだろうと思われるオンラインゲームしていた連中が殺されて、姿を消して……。その原因がキャラクターに殺される?
どこのアニメや漫画の影響だよ。当事者以外、誰も相手にしないさ。
それに、たった千人ほどの話だ。
全体人口一億何千万以上もいる日本だけで、たった千人だ。いや、もしかしたらこの千という数字だって日本だけじゃあないかもしれない。海外からログインしてる奴もいるだろう。随分と狭い世界の話だ。……そう考えたら、どうってことない数字だ。
「応援だけはしてやるよ。ただし、俺を巻き込むな。この前みたいなウッカリで暴発は御免だからな」
しっかり傷口に塩を塗りこんでおくと、奴も観念したように追いかけてこなくなった。これで今後、奴のほうから関わってこないことを願おう。
その後、試しにブラックコーヒーを気分で飲んでみた。
正直、信じられないほど不味かった。買わなければ良かったと後悔さえした。
いつになっても、後悔する。
どれだけやっても、また後悔する。どうしてあの時、と。
そうすれば、少しは未来も変わっただろうに……。