善太郎は魔法をおぼえ……た?
四月も終盤、あと数日でゴールデンウィークに入る頃。
魔属性による簡単な魔法がついに完成した。
主に日本語で書かれたスクロールだが、書いたのはスノーだ。
スノーはいつもの手順の通り行い、文字に魔力を通したあと、血判をしてスクロールは完成された。最後に、スノーは自分で作った魔法を一瞬で読み込み、試験的に使用してくれた。
『フォール・ヘイズ』
右手の平で魔法が具現化すると、目には見えない陽炎のような揺らめきが発生していた。試しにその辺にあった紙屑を放り投げると、揺らめく範囲に触れた瞬間、吸い込まれるようにゴミは引き寄せられ、圧縮し、手品みたいにどこかに消えてなくなるように消滅した。
『地味な魔法ですね』
「その方が良いんだよ」
使うのはスノーではなく俺だし。
それに目には見えない魔法だから俺の精神的にも優しい設計。恥かしい黒歴史なんぞ量産せずに済むからな。
発動から継続時間はおよそ3秒。消費MPは10。意識さえすればMPを消費し続ける代わりに持続もできる。単純で楽だし、異能力みたいなものだと考えれば、十分に優れた技だと言えよう。
……作った後で思うのだが、これを自分が使うのだと考えると、様々なことに利用できるとか悪知恵が働いた。
例えばテストのカンニングの証拠をこれで消したり、犯罪の証拠とか跡形もなく……いや、殺害そのものを可能とするだろう。そう考えると何気に恐ろしくはあるのだが、結局こんなのは拳銃と同じで持ち主の良識次第だろう。正しく使うか、己の欲望に使うのか、その違いだろうさ。
『……これを、善太郎が習得するのですか?』
「ああ、そうだよ。手伝ってくれてありがとうな」
『……まあ、はい』
なんとも微妙そうな顔をしていた。なんだか不満があるみたいな感じだったけど、何かスノーのご機嫌を損ねるようなことをしでかしてしまっただろうか……。いかん、思い当たる節が多すぎてわからない。
でも魔法に関しては「作るのを手伝ってほしい」と頼んだ際には問題ない様子だったし……。まあ、いくら考えても答えが出ない問題は後回しにしよう。何時までも悩むほど時間は有限ではないのだ。
それにちゃんと魔法が使えるのかどうかも気になるし。
「えーと。スクロールを読み込んで、理解すればいいんだよな……」
とりあえず読んで、目で追いかけて「ぬ」と「め」がゴチャゴチャになってたり、拗音である小さい文字が大きいままだったりしていた……。おそらく、ワザとわかり難くしているのだろう。数字に関してはアラビア数字ではなく、異世界側で使われてる数字だし。他の誰かがうっかり読み込んで使わないとも限らないだろうし。
ちなみに数値を指定したのは自分なので、その辺は全く問題なく理解は進んでいた。
「よし。読み込めたぞ」
さて、いざ魔法を使ってみよう。しかしながら、ここからどうすればいいのだ。
とりあえず名前でも呼んでみるか。
「フォールヘイズ」
特になにも起こらなかった。気合いが足りなかったのだろうか?
「……。”Fall haze”! フぉール・へェいズ! ふぉーッゥる・ふぇいッず!! ……え、どうすんのこれ?」
『ふざけているのですか?』
「いやいや、違うって!」
そもそも、魔法ってどうやって使うの?
呪文とかないし、魔法陣に触れたら勝手に発動するタイプでもないし。意識を集中すればとか、念じればできるとか、そういう次元だったりするのだろうか。
試しにそういった感覚的なことをしてみたけれど、まったくそれらしい感じは発動しなかった。
「スノー先生、一つ質問。先生はどうやって魔法を意識して使ってきたんだ?」
『先生……? 急に言われましても……息をしない人はいないですよね?』
「そうだな」
『つまり、そういう次元の話かと』
「……なるほど、わかった」
説明できないといわれた。しかも、できて当たり前である、とも。
まさかそんな、ここまで来て、こんなオチがあっていいのか? いいやダメだ。どうにかして使えるようにならねば使った時間の割りに合わない。どころか、一枚しかないスクロールを使用したんだ。血判まで押して完成させてしまったからには、もう変更など不可能なのだ。
だからなんとしても、元は取り返したい。
だがどうすればいい。まさかここで俺の修行編とかが始まってしまうのだろうか。そんな毎週月曜日に発売する週間少年雑誌みたいなことが俺に必要とされているのだろうか。
「マジか……。もっと簡単に使えると思ってたのに……」
『……あの、ゼン太郎?』
「うん、何だ?」
『もし何かあれば、私がゼン太郎を守りますよ?』
いったい何の話だと理解ができなかったが、きっと励ましてくれてるのだろう……と考えて、深くは追求しないことにした。もしかしたら「お前には才能無いから」と言われている可能性もあるのだけれど、もしそうだったら俺ちゃん泣いちゃいそう。
「ありがとな、スノー。お返しに、今日はアツアツのキッシュを用意してやろう」
『……キッシュ? それもまた美味しいのでしょうか?』
「そりゃあもう頬っぺたをぶち抜く美味さよ」
『お、お手柔らかにお願いします』
なにが恐ろしいのやら、まさか口の中が破裂するとでも思っているのだろうか。
そう思うと、調子に乗って本格コーンスープも作ることを決めて、これは忙しくなりそうだと一人で勝手に気分を良くした。今日は倉の簡易キッチンではなく、向こうの厨房で料理をさせてもらおう。オーブンも向こうにしかないし。
その間、スノーには離れの方で待ってもらい、自分は厨房で料理を黙々と作っていた。その後、ある程度の工程を終わらせ、暇な時間に携帯でソーシャルアプリやニュース系の情報サイトを利用して、情報を収集してみた。
たまに時間があれば、最新の情報を毎回調べていたのだ。もしかしたら、ラックさんに関わる事件でも発見できないか、と。そうすれば真偽を明らかにして、ある程度の諦めもつくのだと期待したのだけれど……残念ながら今までそれらしい事件はなかった。
しかし、今日は違った。
ニュースの記事で気になるものを見つけた。
「一家全員が暴行を受け死亡、その末に放火され……ねえ」
どうやら昨日の夜の出来事らしい。
一言で言えば異常な事件だ。殺害目的で一家を殴殺し、その後証拠隠滅を図るために放火したとか。よほどの恨みでも買わなければ起こりえない事件だろう。だが近隣の住民からは至って普通、特に悪目立ちするような話はなかったらしい。
世帯主は馬場という人物で、年齢は60歳前後。妻と息子と娘の四人家族。世帯主以外の詳しい年齢はわからないが、予想される年齢は二十代後半から三十代……ラックさんのイメージと少し近いだろうか。
(いや、ラックさんは一人暮らしだったハズだ。たぶん違うだろ。……でも、もし実家に帰省していた、みたいな事情があるとしたら?)
そう考えると、どっちだかわからなくなった。
どうやら事件現場は関東らしい。確認しに行くには遠い場所だった。
「いや落ち着け。動揺するな、俺。そもそも連絡が取れないのはもっと前だった。昨日の時点で火事なんか起こす理由がない。だからこれじゃあないだろ」
とにかく、これはラックさんとは無関係の事件だ。おそらくは、別の誰かが異世界の住人から恨みを買ってしまった可哀想なヤツだろう。ただ、予想通りの事件がひとつ起きただけに過ぎない。
「中々、難しいな」
溜息が出てきた。
その時、タイマーがキッシュの出来上りを知らせた。とにかく今は、解決しない話を考えても仕方がない。
俺は俺の考えうる限りのできることをただするだけだ。今はスノーとの楽しい食事だ。
食事をするために携帯のアプリを開いてスノーに呼びかけた。
「スノー。今からそっちに持って行くから、準備しておいてくれ――」
と、画面を見ながら話しかけていると、息が詰るような出来事が起きた。
スノーが見えていたアプリの画面に、一通の便箋マークが見えた。
……これはつまり、運営からのメッセージである。
『ゼン太郎?』
「ああ、ちょっと待ってくれ」
このタイミングで何を通知したいのかがわからないが、とりあえずその中身を確認してみた。
『回答該当者三十名による結果、86%の賛同を得られました。有権者過半数以上の同意を得られたため、更なるアップデートを開始いたします。通行権については権利をお持ちの方から順次、段階的に配布して参ります。機能拡張につきましては各々、ご研鑽されてください。ご利用いただきありがとうございました』
なにが賛同を得られました、だよ。詐欺みたいなことばかりしやがってからに……。
たぶん、全員が実態を正しく知っていたら、賛同もなにもないと思うんだけどな。
しかも更なるアップデートって響きが嫌な予感しかしないな……。頼むから何もしないでほしい。
いや、文句を言っても止まるような相手では無いか。今は現状を正しく理解しよう。
通行権っていうのはおそらくは紋章陣のことなのだろう。アッチとコッチを移動する権利。これはわかる。
だがその次の機能拡張ってどういうことだ。まだ何かあるのか、色々と試せということなのか……。
何か引っ掛かる物言いに、メッセージには更に下があることに気がついて、ゆっくりと下の方を覗いてみた。
するとそこには、明らかに確信犯としての文字を残していた。
『それでは皆様、頑張って足掻いてください』
なんというか、月並みで本当にどうしようもなく、つまらない言葉しか出てこないのだが……。
この文を書いたヤツを、ぶちのめしたくなった。




