マダオのお悩み相談電話
アゲイルと話した。己の心の整理がつかないのだと……。
アゲイルや他のキャラクターたちを、まるで無機物と同じ次元で考えていて……。それが未だに感覚として抜けきれない自分がいることに、自分自身が納得できなかった。そして何より、相手に対しても申し訳ないと思えた。
だから、というのも変な話かもしれないけれど……。僕はアゲイルに責めてほしかったのかもしれない。
でもアゲイルは咎めることもなく、いつもと変わらない態度で許してくれた。
『我が精霊マダオ。貴方が何に苛まれているのか……。正直なところ、私にはいまいち理解できない。我々のことを道具として見ていたとも説明したが、私にはとてもそうだとは思えない。貴方は十分に我々と向き合っていた。向き合ってきたのだと私は感じてきた。だからこそ、あまり自分を責めないでほしい』
アゲイルはそれ以上の言葉を使わなかった。
一切の責を使わずに、ただ僕がいつもの僕に戻るようにと、口にはせずに、思いで伝えてきた。
でも、それじゃあ僕自身が納得することができずにいて、結果として中途半端な感情が宙ぶらりんの状態になっていた。
いっそ、善太郎に決意表明みたいなことをすればなにか変わるのかと思っていた。
だのに、やめてしまえばいいとまで言われてしまって、どうしても最後のところで、手放したくない事情が僕の心の中で顔を覗かせてしまった。
やはり僕は根底のところで心が弱かった。本心を隠して、気付かれぬようにと虚勢を張って、いままでなんとか善太郎の隣に立ってきた。
「……こんなこと言ったら、きっと善太郎から絶対に嫌われるよな」
一方的に憧れてた。善太郎みたいになってみたい、と。
善太郎の弱さを僕は知っている。でも弱さを感じさせないほどの前向きさを善太郎は持っていた。
悟られないように、気付かれないように、感じさせないように。
弱くて、強い。そんな男が、どうしようもなく心配で……でも、憧れていたのだ。
そんな男が僕に言うのだ。ここから先は別の道だと。
「関わるな……かぁ」
関わるな。その意味を正しく理解した時、まず真っ先に思いつくのがゲームの削除だった。
ノートパソコンのアンインストールメニューを開いて、サモンズワールドを選んだ。
あとはカーソルを合わせて『はい』を押すだけだ。
これを消してしまえば、僕はアゲイルとの絆を一方的に投げ捨てることになる。それだけではない。きっと善太郎とも関係を失くしてしまうだろう。その最後の部分で、踏ん切りがつかなかった。
また今度にしよう、なんて自分を騙しながら、結局ずるずると決断できずに日常を送り続けて、いつの間にか一週間も経っていた頃だった。
固定電話の知らない番号から電話が掛かってきた。
もしかしたら以前、善太郎がスノーちゃんに電話番号を教えてもいいかとメッセージがあった。それのことかと思って通話をしてみたところ、まさしく大当たりだった。
『もしもし、こんばんは。マダオですか?』
「うん、そーだよ。久しぶり」
いつものふざけた言葉遣いを使おうとしたが、スノーちゃんの方が聞き取れるか心配になって、中途半端な具合になってしまった。どうにもスノーちゃんとの接し方がわからなくなっていた。どうすれば自然と会話できるのかを忘れてしまったみたいだ。
「えーっと、何か用事かな? アゲイルと連絡したいからとか、善太郎から聞いてたんだけど?」
『……それではなくて、マダオにソウダンがしたいのです』
かなり流暢だけれど、どこか違和感の残る喋り方だった。そういえば一から言葉を覚えているのだとか聞いた気がしたけれど、そう考えるとかなりの上達の早さだ。
だが、今気にするべきはスノーちゃんの言う相談の方だ。スノーちゃんなら普通、何かあれば僕なんかよりも善太郎に頼るはずだ。これは何か深い事情があったに違いない。
「えっと、じゃあまずはその内容を聞こうかな」
『はい、ゼンタロウがキレました。どうしたらユルしてもらえますか?』
一瞬思考が固まった。
今の文脈は、どう捉えたらいいのだろうか。スノーちゃんが善太郎を怒らせてしまったのだろうか。どのタイミングでだろう。少なくとも最後に電話したときはスノーちゃんと喧嘩しているという内容は思い浮かばなかった。
そもそも善太郎がスノーちゃんを許さないという思考がありえない。善太郎はスノーちゃんのことを大事にしていると思うし、そもそも負い目みたいなものを感じているだろうから、何かあっても許してしまうだろう……。
だとすると、善太郎にとっては他人で、少し仲良くなろうとして距離を測り間違えてしまった他人とかだろうか。と、ここまで考えた後、色々と質問の答えを考えて、でもそれほど悩むほどもないことで……。
「スノーちゃん。一つ確認するけど、善太郎が怒ってる相手はスノーちゃんではなく、別の誰かって考えでいい?」
『はい。そうです。ダイスという人なのですが』
「……ダイス? もしかしてそれってティンのプレイヤー?」
『はい、そうです』
肯定されて、思考の違和感を落とし込むと、その後は恐ろしく簡単な言葉を口にするだけだった。
「………………ムリ」
『エ?』
「気を許していない時点で善太郎の逆鱗に触れたら、もう間違いなく無理だと思う」
その逆で、一度でも気を許すとどこまでも簡単に心開くのだ。その辺の線引きの理由が僕にも理解できないのだが、そこが善太郎のポリシーみたいなものだった。
長年の付き合いだから知っているのだけど、その価値観は腐れ縁の小学生の頃からそうだった。
「そもそも、どうして善太郎が怒っちゃったの?」
『……それはですね――』
そうしてしばらくの間、スノーちゃんから事の始まりから終わりまでを聞いて、何をしでかしたのかまで具体的に聞いて……。
最終的には僕まで、少しイラついてしまった。
ダイスの考えが浅いというか、能天気というか……。しかしそれを指摘する人間が今のところ誰もいないというのが問題だと言うか。そもそもサモルドの件から離脱を決めた僕が何か言うべきでもないのだけれど。
この場合、指摘できる人物は善太郎、スノーちゃん、ティンの三人となる。
でも善太郎はあの性格だから、当然教えたりはしないだろう。
スノーちゃんとティンにしてみれば……もしかしたら二人とも気が良すぎるだけなのかもしれないと推察すると、発想そのものが浮かばないのだろうと思えた。
(その辺のことをスノーちゃんには教えた方がいいだろうか? しかし善太郎の許しもなく、勝手に吹き込んでも良いものなのか?)
と、ここで踏みとどまりそうになった時、またしても自分が嫌になった。
そもそも善太郎の許しとはどういうコトなのか。未だにスノーちゃんを善太郎の“所有物”だと思っているから、そんな風に感じるのではないだろうか。そう感じた矢先に、やはり考えを改めることにした。
「スノーちゃん。よく聞いてほしい。スノーちゃんは善太郎のことを、たぶん恨んではいないよね?」
『はい、トウゼンです』
「……でも、きっと他の皆は、善太郎や、他の精霊を恨んでいるハズだ。僕らはそれだけのことをしてきたハズだ」
『それは……そうかもしれません。ですが、すべての精霊にウラミがある。というワケではないかと』
「人はそれほど器用に他人を区別しない。大きな枠組みを一つの存在として認識した時、中身の精査なんかしないんだ。同じく等しい扱いになる。だからきっと……それほど遠くない未来に、僕等は殺されると思うよ。スノーちゃんの世界の人たちにね」
『そんなハナシ、ゼンタロウは一度も――』
「ああ、やっぱりしてなかったんだ……。まあ、そうだよね。言ったら、何かあった時に守ってくれって言ってるみたいだからね」
勢いのままに言ってしまったけれど、なんだか失敗だった気がする。
善太郎が言わずに居たことを、僕が喋ってしまった。でも、こんな簡単に隠し事がばれてしまうようでは、善太郎が悪い。あるいは、僕に気を許しすぎているだけか。……ああ、この場合だと、やっぱり僕が裏切ったみたいで、悪いのは僕か。
『どうしてゼンタロウはダマッてるんでしょう。なぜ、わたしをタヨッてくれないのでしょう』
「それは……きっと巻き込みたくないから、じゃないかな……?」
そこまで本心はわからない。でも恐らくそうなんじゃないかな、とは思ってしまう。
『……やはり、モヤモヤします』
「スノーちゃんも、もどかしいんだね」
『どういうことですか?』
「助けたいのに肝心なところで頼ってくれないってのが、さ。なんだか悔しいよねって話さ」
『いえ、そこではなく……。わたしのナマエのあとに“も”とおっしゃいましたので、ダレかとオナジなのかと……』
「……なんでもないよ」
うっかりで隠したい本性が出てきてしまった。
どうしてか、スノーちゃんは偶に鋭いところがある。言葉が拙いから無意識に侮っていたのだろうか。怖い子だ……。
『ですが、ええ。いいヒントになりました』
「ダイスのことで?」
『いえ、わからなかったことが1つ、わかったので』
それはよかった。……と言い切るのも問題か。
ダイス氏のことは、正直どうにもならないと思う。それこそ、天地がひっくり返るような出来事がない限り、善太郎の意思はどうしようもなく変わらない。そういう他人に対する容赦のなさが心配になるのだけれど。
でも、今一番善太郎の近くにいるスノーちゃんが心配してくれているのなら、彼女に任せてしまった方が――。
…………。
『それはそうとですね。もしよろしければ、またマダオとハナシをしたいのですが、かまいませんか?』
「はは……お手柔らかにお願いするよ」
『それではバイバイです――』
そういって、淀みのない言葉でスノーちゃんは通話を切った。
相談に乗っていたつもりが、いつの間にか自分の都合に当てはめて考えていた。
「……うん」
今まで押すのに戸惑っていたアンインストールの『はい』の文字を見て、勇気を持って押した。
きっと、こんなデータを消すくらいではなんの意味もないだろうとはわかっている。それでも、なんだか少し、前進できたような気だけはするのだ。
「まあ、こういうのは気分だよね。なんて、善太郎なら言いそうだな」
次は携帯の方だと、指を動かし始めるのだった。