あっちが立てばこっちが立たない!
今日は久しぶりにゼンタロウとは完全に別行動として異世界側で活動することになった。その際、リュックサック一つ手渡されてゼンタロウに送り出された。中身はお昼のお弁当や水筒、火を簡単に付けられる道具や、地球の本やノートなどもあった。つまりこちらでも文字の学習ならば可能だというコトだった。でもなぜか、本の中に『漫画』と呼ばれる物も混じってはいたが……。
「……まあ、ティンが来るまでの暇つぶしにはなりますか」
ゼンタロウがこれを読んで面白がっているのを何度か目撃したことがあるので存在自体は知っていた。偶にそれを横から覗いてもみたが、私にはまったく面白さがわからなかった。だから興味などなかったのだけれど、折角だからこの機会に読んでみてもいいかもしれない。
そんな気軽な動機で漫画を読むことを決めたあと、外の天気などを確認して、出られそうだと判断した後に移動を開始した。
ティンとの合流場所の手前までくると、周囲に誰かがいないかと注意しつつ、誰も居ない事を確認してその辺の岩に背中を預けて待つことにした。林の中は日光がなくて寒いし、ティンが訪れたら音でわかるはずだ。
そんな風に思いながら漫画を手に取り、暖かいお茶で体を温めて待っていた。
漫画を読むこと十数分。まだ読みかけだったが、そっと本を閉じた。
別段、漫画の虜になる、惹き付けられる……ということもなく、むしろ内容を理解することの方が難解であった。まだ教わっていない文字や言葉も使われていたりして、それがまた今一つ内容がわからない要因となっているのだろう。
ただ、絵が面白い。その点のみ気に入ったので、後は絵だけを目的として読み進めていた。それをやめた理由というのは、ティンが到着したからだ。だから続きはまた今度にするとして、さっそく林の方へと向かう。
「おはよ、ユキノ。もしかして先に来てた?」
「そうでもないですよ。それより、足は大丈夫?」
「ま、ボチボチ。無理しなければ全然って感じ。……それより休めるところない? さすがに外でずっとは寒いわ」
「それもそうですね」
一番いいのは隠れ村まで案内することなのだけどゼンタロウがそれを許してくれるかと考えた時、少し難しい顔が思い浮かんだ。まあここから遠いし、今回は紋章陣を設置している洞穴の場所まで案内した。そこでたき火でもすれば幾分もマシだろう。
そんな風に提案して、薪木にできそうな枝を拾いながら洞穴に戻ると、さっそくティンが例の話題を取り出してきた。
「昨日はホントにごめんね。ダイスも結構反省してたから、たぶんもう同じことはない。……と思う」
「そうですか。ティンも大変ですね」
「……もしかして私、心配されてる? 確かにダメなところもあって面倒なヤツだけど、でも本当、一度言えばわかるヤツだからさ。ちょっと今回はアレだっただけで……」
「ティンがそういうのなら、私も信じることを善処します」
「そこはハッキリ信じるとは言わないのね」
二人は精霊と精霊付きの関係として、長い間を共に過ごしてきたのだ。私がゼンタロウに思うものと同じで、ティンにもそういう絆があるのだろう。そうでなければティンだってもっと反抗的な態度を見せているはずだ。
ただ、今のところダイスの良い側面が私にもわからないから、なんと言うか「本当なのだろうか?」という懐疑的な意見を持ってしまうのだ。
「まあそれはそれとして、問題はゼンタロウです……」
「もしかして、ダメだった?」
「現状、取り付く島もないという言葉が適切ですね」
嫌いになった人物をとことん否定しているというか、存在そのものをなかったモノにしているみたいだった。
あれではダイスが目の前で謝ったところで、ゼンタロウは聞き入れもしないだろう。そんなことは容易に想像できた。
「でも大丈夫、糸口はあるから」
「そうなの? じゃあ期待しておくわね。……ところで気になったんだけど、ゼタさんってそんなに怒るイメージなかったけど、ユキノは見たことある?」
「実はあんまり……。王都のいざこざ以来ですね。そもそも基本的に何をしても、ゼンタロウは許してくれるイメージがあったので……」
「……それ、ユキノをベタベタに甘やかしてるだけに聞こえるんだけど」
やはりそうなのだろうか。
どうやら、自分がゼンタロウに甘えていると感じていたのは間違いではなかったらしい。しかもティンに指摘されるほどとなると、本格的に直さなくてはならない問題であろう。
「あ、王都のいざこざで思い出したけど、ユキノが王都に居れない理由ってなんなの? その辺、まだ聞けてなかったんだけど」
「そういえばそれも説明する約束でしたね」
そうして話題は回想話になっていき、どこからどこまでを話したのかわからないくらいの出来事を喋っていた。
ただし重要な点として、ユリアス王子はまだ生きていてそれを探している最中だとも説明した。最初はゼンタロウの言う通りに完全に信用しても大丈夫なのか迷ったのだけれど……私はティンを信用したいと思っていた。ゼンタロウには後で「勝手に決めたらダメだろ」と言われるかもしれないが、これ以上ティンを試すようなことはしたくなかった。
それから途中でお弁当を出してティンと別け合って食べたり、地球の世界の話しも少ししたりして……。
気がつけばあっという間に夕方になって、ゼンタロウの声が聞こえて向こう側に戻る時刻になっていた。紋章陣が現れると、向こう側に帰る寸前という頃合になってると別れ際の会話が少しだけされた。
「やっぱりユキノはさすがね。私の時はもう死ぬかもって思ったくらいに魔力持ってかれたのに」
「それほどでもないとは思いますが……。もともとエルフ族は魔力保有量に優れているので、そもそも獣人であるティンがあれほどの魔力を持っていることの方が凄いのだと思いますよ?」
一般的に獣人はそれほど魔法に対する適正がないと考えられている。ティンやアモンを知っているので少々疑問なのだけれど、実際にほとんどの獣人は魔法を行使しない。
ティンの魔力量がどれほどなのかは知らないけど、それでも転移にはかなりの魔力を必要とする。だからきっと、ティンは獣人の中でも特別な存在なのだと私には思えたのだけれど――
「あー……それも色々と理由はあるけど……。うん。別に凄いって言われるほどのことじゃあないから」
――なぜか、この時のティンの表情には曇りが差していた。何か、間違ったことを言ってしまったような気がしたけれど、でもそれがなんなのかはわからなかった。ティンも特に言及はしなかった。それどころか、ティンは話題を変えようとして、とんでもない提案してくれた。
「あ、そうだ。ユキノ、もしよかったら、そのなんとか王子とかいう人、私も手伝おうか?」
「え? 良いんですか?」
「当然。それに今の話を聞いたら、なんか私も王都に居ずらいし……」
「それは……すみません」
意図せず巻き込んだみたいで悪い気がしてきた。
代わりと言ってはなんだけど、ゼンタロウとダイスの関係修復に関して必ず何とかしてみせようと勝手に心の中で誓を立て、それから紋章陣を利用して転移した。
それからゼンタロウと夕飯を食している最中に、ティンが抜け策王子の捜索に協力してくれるという話をしてみた。勝手に決めて怒られるだろうとも覚悟していたのだけれど。
「そっか。わかった」
ゼンタロウは何も文句を言わず、ただ受け入れることしかしなかった。でもその時のゼンタロウの顔は、どこか、平静を保とうとしている風にも見えて……。
それでいて何かに耐えているようにも見えて、そう思ったら今度は私が申し訳ない気持ちになって、最終的にそれが自分の中でモヤモヤとする原因となっていて……。
結局、色んなことがわからないまま、時は過ぎてしまった。