せっかくの魔銃だったのに……
雪の深い山の中、スノーが重たそうに狙撃銃を両手で持って構えていた。
特に目標を作る意味はないのだけど、遠くの岩を撃ってもらうことにした。むしろ注意点として、チートみたいな存在である魔属性は意識せず、氷魔法を扱うようにと頼んでおいた。
今回はただ撃つだけが目的だ。というのも、魔銃の特性を見極めたかったからだ。サモルドというゲームにおいて魔銃は特殊な武器で、オートマタが使っていた実弾銃とは別物らしい。弾倉がない時点で鉛の弾丸が中に入っている訳ではないだろうとはわかっていた。ではいったい、何を撃ち出しているのか? どこからそのエネルギーが来ているのか?
そういう確かなノウハウを知らなかったので、今回はそれを調べたかった。
あと余談ではあるが……この魔銃という武器には一部の愛好家が居て、色々と参考にさせてもらった。ネットに書かれている設定は事実とは違うであろう“プレイヤーの妄想”も混じってはいたが、かなり深い考察もされていて、すべての内容に目を通した。とりあえず、それらを総合的に判断して、今はそれを確かめるつもりだった。
スノーが引き金を引くと、その瞬間に小さな体が大きくのけ反った。同時に風を切る音が静かに聞こえてきた。サイレンサーを付けているみたいな、発砲音の消された射撃だった。魔銃は属性によって、その特性も用途も大きく違うようだ。
ちなみに銃口から飛びだした氷の針は目標の近くの雪の原に着弾し、突き刺さって見せていた。
「重いです」
腕が疲れたのか、溜息混じりに構えるのをやめて銃口を降ろした。
「撃てないこともないけど、やっぱり使い辛そうだな」
装備品に関しては適性装備ってだけであって、絶対に取り扱えないって訳でもないらしい。その辺は察してはいたけど、やっぱり実際に試さないとだな。
それより、問題なのは消費MPの方だ。
携帯のアプリの方でスノーのステータスを確認したが、MPが5だけ減っていた。
魔銃術を習得していない素で撃っただけの射撃だったが、結果はスノーの初期魔法攻撃『魔撃』に毛の生えた程度しかなかった。そもそもスノーなら素手でもっと凄い魔法が出せる。
もしかしたらこの辺は、スノーの持つスキル『魔弓術』と同じ扱いなのかもしれない。
魔銃術も、スノーが既に持っている魔弓術と同じで、魔法を独自にアレンジできるみたいなものだろう。
スノーの魔弓術は威力もあるし、攻撃範囲も広い。消費MPの効率もいいし、応用の幅もあった。
とすれば、スノーは剣を使った近接戦闘よりも、弓を使った中距離戦闘をさせるべきかもしれない。スノーの近接戦闘のスタイルは俺の好みでやらせていたことだ。今更だけど、接近戦をさせること自体が間違っているのではないだろうか。もともと得意な弓を持たせるべきだろう。
コマンド攻撃をどうこう言う前に、その辺を考え直した方が良さそうだった。
今度、地球産の弓でも用意して使ってみてもらうことにした。スノーなら扱いきれるだろうし。
……いや、違う話題に移動していた。そういうことを今回試したかったわけではない。
「スノー、今撃ったのって魔法を使ったって意識はあったか?」
「いえ、全くありません」
だとすると、この魔銃という武器は、魔撃が使えない人間が使うことを想定された武器なのかもしれないとも想像した。
そして次に考えるは『魔法の知識なんか全くない俺でも撃てるのか?』という点だった。どっかの男が暴発させていたが、アレは雷属性の魔撃だったと思われる。
もしかしたらそういう適性があったのかもしれないが……まあその話はどうでもいい。一々、奴のことを考えるのも煩わしい。
さっそくスノーから魔銃を受け取って、今度は俺が狙撃銃を構えた。FPSのゲームはそんなに得意じゃないけど、何も知らないほどでもない。スノーが外した岩に当てるつもりで引き金を引くと、弾丸は――……いつまで経っても発射されなかった。
どころか、なにやら覗いているアイアンサイトと思わしきちょっとした銃口の上の突起物から、気味の悪い燃え上がり方をしている黒い炎が吹き上がっていた。
「ゼンタロウ! はやく手放して!」
言われるまでもなく魔銃をすぐに投げ捨てた。どうやら銃口の部分が消え去っただけで済んだようだ……と一安心していると、次にグリップの部分から軽い爆発がしてビックリさせられた。
「おおいッ。まったく、なんだ、その時間差は……」
「それより、いったい今ので何がしたかったんですか?」
「ん? いや、俺でも魔法が使えるかなぁと」
今まで魔法なんて物を自分が使うなんて「何を夢見てるんだ、バカらしい」と思っていたが、存外捨てたものでもないらしい。だがその前にさっそくチェックをした。
もしかしたら自分が得意になっているつもりで、スノーのMPが減ってるのではないか? という謎の理論を想定していたからだ。しかし――
「――減ってないのか」
ステータス画面のMPは何度見ても減っていなかった。
となれば、自然と今の魔銃が破壊されたエネルギーは俺から出た、という結論で問題ないとは思えるのだけれど……。
(今のって、アレだよな。どうみても、スノーのユニークである魔属性だよな)
何か無関係ではない気はするのだけれど、これ以上はわからないことだ。折角手に入れた魔銃が壊れたのは残念だけれど、お陰で一つ良いことを知れた。
どうやらスノーが使ってきた魔属性というチートみたいな存在、俺にも使えるらしい。ただし、問題なのはスノーみたいに俺が魔法をポンポン使えるような体質じゃあないって所なんだが……。
この際、大事に残していたスクロールを使ってみるか?
「あの、ゼンタロウ?」
スノーが呆れた様子で何か言いたそうにしていた。
「それ、そんな簡単に壊しても良かったんですか?」
「……ああ、別にいいよ。どうせスノーも扱いきれないし、持っていても邪魔だっただろうし。とりあえず調べたい事は済んだから、もう戻ろう」
「わかりました。……はぁ」
珍しくスノーの口からハッキリとした溜息が聞こえてきた。原因は……まあ大方、昼間のことなのはわかる。スノーには悪いことをしたとは思っている。気まずい気分にさせてしまって本当に申し訳ない。
でも、今回の件はダメだ。ああいう、わかってない大馬鹿者は何をしでかすか知れない。ああいう手合いはその内、とんでもないことをしでかす物だ。誰かが監視でもしてない限り治らない輩だ。
無論、その誰かに俺は巻き込まれたくない。よしんば既に巻き込まれているのだとしても、それでも俺は他人という立場を今からでも選ぶ。
だからこそ、本当はティンとも完全に関係を切りたい、またはティンとダイスを離れさせるべきだとも思考が過ぎる。……だが、そこまでするのはさすがに俺の領分ではない。スノーはティンと仲を持たせたいだろうし、それを否定するのも絶対に間違っている。スノーの意志を捻じ曲げることはしたくない。
そんな風に考えていると、俺まで溜息を吐きたくなってくる。ここはどうにかして気分を変えよう。
「……スノー、今日はなにが食べたい?」
「なんでも構いません」
「ならパスタでいいか? なんならカルボナーラでも作るか」
材料あったかなぁ。とか、気軽に思いながら、その日の夜はいつも通りに時間が過ぎ去った。その後もこれまたいつも通りにスノーに言語学習に付き合っていた。
それから一枚しかないスクロールにどんな魔法を作ろうかと思いを馳せていたり。
しかし自分がどれほどのMPが保有しているのか全くの不明だったので、そんなに大それた魔法は考えない方がいいとも考えたり。
……そういえば以前、紋章陣を踏んだ時に転移は一応したのだったか。……向こう側には行けなかったけれど。
ということは、白い海に漂い続けたのは、半端に転移が発動した結果だということなのかもしれないと今更ながらに考察した。そのついでに、自分にもMPがあるとすれば、その量は必然的におよそ350以下なのでは、という推測ができた。
それらを踏まえて、下級魔法の括りで作ろうと脳内会議で答えまとまった頃だった。
久々に、小田から連絡がきた。