意識の排斥
「ごめんね、スノー。ウチのバカが余計なことしたばっかりに……」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。ゼンタロウがあそこまで怒るとも思っていませんでしたので……」
ティンとダイスの二人が倉から追い出され、気まずい雰囲気が漂っていたので、結局私もティンの後ろを追いかけた。その後は、ダイスは反省した様子を見せながら重い足取りで門の外へ行ってしまった。見ているだけでこちらが心配になりそうな程だった。
「ダイスは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃない? 一日経てばきっとケロッとしてるわよ。でも、それはそれでダメな気がするわね……。私からキツく言っておくから、ゼタさんにもよろしく言っておいて」
「うん、わかった」
とはいえ、上手くいく自信はなかった。
つい先ほどまでのゼンタロウの剣幕は私が知る中でも、一位、二位を争う程の激怒だった。いままでそれと同じくらいと言えば、王都でアリッサに謀られた時くらいだろうか。
それに……ほんの一瞬だけど、何かの間違いなのか。……ゼンタロウから睨まれた時、アリッサから受けた怒りと似た恐怖を感じた。
まるで自分さえも怒りの対象にされたみたいに、首筋がゾワリと強張った気がした。
ゼンタロウからそんなモノを感じるなんて、今まで考えたことも無かった。
それにうまく言えないのだけど、何か、嫌な予感がした。
その何かが具体的に要領を得ないので、とても曖昧な物でしかないのだけど……今のゼンタロウはそれだけ注意が必要だと思えた。でも、だからと言ってゼンタロウとどう接すればいいのか、私にはわからなかった。
「とりあえず、さ。私達はどうすれば良いと思う?」
答えのわからない問題を考えていたら、ティンは別の事を気にしていたようだった。ティンはらしくなく、何か気まずそうに頬を人差し指でかきつつ、口を開いた。
「えっと……ほら、別に精霊が私たちの主ってワケじゃないからさ。私はこれからもスノーと一緒に仲良くしたいと思うし、こっちの世界のこととか、聞きやすそうだから、スノーと仲良くしたいなって、思うんだけど。さすがにダメかな……」
「……確かにそっちの問題も何とかしないと、ですね」
ゼンタロウの様子から見ても、今回怒っている相手はダイスに限っている。ティンに関しては一応、マナの吸収を終えてから行くようにと指示していた。これはもしかしたら、何か意味があるのかもしれない。
「……ティン。一度、私達の世界の側……異世界と呼んでますが、そちらで会いましょう」
「どうして?」
「おそらく、ゼンタロウはティンには異世界側に帰ってもらいたいのだと思います。理由は……そうですね、常識の不一致だと思います」
こちらの世界では魔物が居ない。凄く平和だし、目に見える争いが見当たらない。まあ、隠れて見えないだけかもしれないけど、私はそう思えた。
それにエルフやドワーフやビーストと言った主だった種族が居ないことからも、自分たちが地球という枠組みでは異物であるという認識をなんとなく覚える。
「私も今はゼンタロウから教えて貰っている最中ですが、少し面倒が多いので、ティンは向こう側で待っていてください」
「待って、どうすればいいの?」
「私が異世界と地球を行き来して、ティンに色々と教えに行きます。たぶん、ティンにもそれが必要なことなのだと思います」
実は何がどう必要なのかは私にもわかっていない。でも、ゼンタロウが私に教えようとしていることなのだから、きっとティンにも必要になる筈だと感じたのだ。
「わかったわ。私もこっちについては色々と興味あるし、ユキノを信じて向こうで待つことにするわ。落ち合う場所は?」
「この前、雪崩のあった杉林で。時刻は明日にしましょうか。人のいる村にあまり顔を出すとアリッサに居場所がばれるから……」
「あれ? そういえば、なんでスノーって王都に戻ってこないんだっけ?」
「……そういう話もちゃんとしないと、ですね」
そういえばまだ、その話は解決せずに残っていたのか。今回の話し合いで説明するものだと思っていたから、完全におざなりになっていた。たぶん、喋っても大丈夫な気がするのだけれど、勝手に喋っても良いものなのか。
背後の倉で怒り心頭していたゼンタロウを思うと、勝手に色々と教えるのは蔑ろにしているみたいで気が引ける。今は慎重になった方が良いかと思えた。
「その辺も追々、しっかりと説明したいとは思いますが、今はちょっと……」
「あー、うん。今ので察したわ。そっちも大変ね」
「すみません。でも気をつけてください。もしかしたらティンも、既に私と同じで狙われる立場にあるかもしれません」
「……わかった。用心するわ」
精霊側――ゼンタロウとダイスの方は変な状態になったけど、私たちの方は問題なくお互いに関係を築けたと思う。それだけは今回、良かったと思える点だった。
しばらくしてからティンも去り、私もやっと倉の方へと足を踏み入れた。まだゼンタロウがあの怒りのままなのかと想像すると手にする扉が重く感じるけど、気持ちを切り替えて中に入った。どうにかしなくてはいけないのだと自分に使命でもあるように感じながら扉を開けると、そこには……。
「……ゼンタロウ?」
一人の男が灰色の床の上で、なぜか土下座してた。どういう状況だろう。
「あの、なにをしてるんですか?」
『……スマン。ついカッとなった。止めてくれて本当にありがとうございます』
「えっと、それは私に謝っているのですか?」
『もちろんでございます。あ、ティンは帰った?』
「ええ、まあ」
するとゼンタロウが腕を組んで難しく唸り声を出していると、しばらくすると今度は溜息に変わり「まあいいか」と言って、端に倒れていた魔銃を肩に掛けて二階へと移動していった。
凄く奇妙だった。
つい数分前までアレほどの怒りを見せていたのに、今はこんなにもあっさりとしている。どういうコトなのか。もちろん、いつも通りの軽い態度で安心はしたけれど、不自然すぎるくらいの落差があった。
そういえば以前、怒りのピークも6秒とか言っていたし、もしかしたらそういうことなのか? と思って、なんだったらと提案しようと思ってゼンタロウを追いかけた。
「あの、ゼンタロウ……一ついいですか?」
『はいはい、なんでございますか?』
「もしよかったら、ティンとダイスを呼び戻してきましょうか?」
その後しばらく、ゼンタロウから一言も言葉が発せられなかった。何も言いたくないとか、言葉を捜しているとか、そういう感じではなかった。
明らかに……無視した態度だった。
「あの?」
『――スノー』
もう一度、聞きなおそうかとしたのだが、その前にゼンタロウが遮った。
『俺はダイスなんて奴、知らない。以上だ』
ゼンタロウは淡々とした表情で、言葉で、態度で……だけど肝を締めつけてくるほどの恐ろしさを込めて吐き捨てていた。
(ごめんなさい、ティン。これはムリそうです)
ゼンタロウにとって、彼の名前は既に禁句のような扱いになっていた。存在そのものを否定している。まさにそんな状態だと理解した。
だったら、ティンの方はどうか。
「あ、あの……ですね」
『今度はなんだ?』
「えっと、ティンと色々、話をしたいと思いましたので、異世界の方へ明日は行こうかと思うのですが……」
『ああ、なるほど。いいんじゃあないか? むしろティンには謝っておいてくれ。迷惑かけたってな。でも明日からまた学校にいくから、その間は紋章陣を消すぞ。簡単にこっちに戻ってこれないけどいいか?』
「だ、大丈夫です」
『わかった。まあ、何度か合間を見て連絡するから、何か問題があったらその時に言ってくれ。あと俺からもいいか? ちょっと調べたいことができたんだよ。今から異世界側に行きたいんだが、転移を頼んでいいか?』
ゼンタロウは件の原因となった魔銃を指して言っていた。
先ほどの剣幕など、何事も無かったみたいに。
でも決して、許したワケではなく……。
「わかりました」
気分が重くなった。こんなゼンタロウをどうやって説得すれば良いのか、全然わからない。
しかも一番の問題は、いつも頼りにしてきたゼンタロウに答えを聞くことができないという点だった。
ようやっと……本当の意味で、自分が今までゼンタロウにどれほど頼ってきたのかを思い知らされた。




