なあ、俺は確かに言ったよな?
ティンが地球にやってきた翌朝のこと。お昼前頃に鞍馬の駅に到着した。一人で来たら良かったのだけど、スノーも一緒に付いてきた。それほど彼女もティンのことを気にしていたのだろう。まだ完全に気を許して良いものなのか判断しきれないけど、まあいいか。俺が一人気にすれば良いだけだろうし。
そんな風に考えつつも、駅の外でスノーと指相撲でもして暇を潰していると、少ない利用客の中から奇妙な二人組みが出てきた。
一人は普段着みたいな服着た茶髪の伊達メガネ男。こっちは別にいい。
問題のもう一人は……一言で表すと不審者だった。頭部に何かが入っていると思われるニット帽に、もう暖かい時期なのに大きなコートを着ていて、靴はスポーツメーカーのロゴ入りのサンダルで、ついでに素足だった。足首まで見ると包帯を巻いているから、怪我人としては見えなくもないが……。やっぱり総合して見るとチグハグで変な格好だな。
「ゼタ、オッス」
「オッスじゃねえよ。なんて格好させてんだよ。もう少しどうにかならなかったのか?」
「いや、コレでも割と精一杯なんだけど……」
「……お前どこに住んでんだよ?」
「山科の方。あ、言っておくけどここよりは田舎じゃねえからな!」
「なに張り合ってんだよ。あと山科くらい知ってるよ」
それはともかく、スノーとティンがお互いに近寄って軽く抱き合っていた。ティンからすれば知らない土地で知人と再会できた安心感があるのだろう。スノーだって街に出た初日はグロッキーになってたし。
それにサモルドのアプリで翻訳はしているので、二人が何を言っているのかはわかる。
『ユキノはやっぱり変装も上手ね。私はぜんぜんよ』
『ティンも中々、面白い格好ですよ』
ティンの見た目が変という認識は二人にもあるのか。
「ところでティンさん。足の方は大丈夫なの?」
『え? あ、その声! 貴方がゼタね!』
「……そういえば、そっちからしたらこれが初対面か」
『うん、一応ね。あ、足に関しては大丈夫。ほら、獣人は治癒能力高いから』
一応、納得しておく。本当はハーフなんだろう? という事情は知っているが、それは口にしない。わざわざ秘密なんて晒す必要もないだろう。
それにここまで普通に歩いてきたみたいだったし、走ったりしない限りは大丈夫だろう。
とりあえず、ゆっくりとした足取りで二人を屋敷まで案内した。ティンはスノーと並んで歩き、必要もないのにダイスは俺に寄って来た。
「なあ、ゼタはさ、いつからなんだ?」
「アプデのことか? それなら四月の頭だったな」
「はやいなぁ。それで色々と知ってたって感じなのか?」
「一応、自力でわかることだけ手探りでな」
その辺の簡単な情報くらいは言っていもいい気がする。ゲームステータスのスキルが通用するとか、魔力が回復するとか。
「……で、スノーちゃんを変装させてた理由は?」
「こっちの世界の見聞を広める為だよ」
「なんで?」
「何でって……必要だと思ったからだよ」
「なんで必要に思ったんだ?」
質問攻めかよ。それにしても何か変だ。俺とは根本的に考え方が違うみたいな意識のズレみたいなのを感じる。
今更なんだけど、ゲームの存在が現実になって現れるとか、疑問に思っていないのだろうか?
「ダイス、お前は何とも思わないのか? 今までゲームだと思ってた連中が、実は生きていた人物だったとか。今まで操作してきたのとか、悪いなって思ったりしないのか?」
ダイスは、小さく唸り声を出して考える風にしてみせるが、最後にはケロッとして、ムカつくほどに能天気な表情で答えた。
「いやよ? オレって別にサモルドがゲームって途中から思わなかったからさ? むしろなんつーの? ホラみろ、やっぱりな! みたいな感じなんだよ。まあ昨日は突然で驚いたけどさ――て、聞いてるか?」
「……聞いてるよ」
本当は聞かなかったことにしたかった。
正直、頭が痛くなってきた。コイツはただの阿呆なのだろうか。
ゲームではないとわかったんなら、普通はもっと考えるだろう。どの時点で確信を得たのか、または安易に豪語しているだけなのかは知らないが、戦争なんてことをやってたんだ。誰を殺したとか、そういうことの重みみたいなのを、コイツからは全く感じなかった。
精神力が人並み外れた持ち主なのか、もしくはただの狂人なのか、あるいは何も考えていない阿呆なのか。
いずれかはわからないが、俺の印象だけで決め付けるなら、ただの阿呆が一番有力だった。
きっとダイスは、ネットの掲示板とかでゲームの世界が「実は異世界と通じてるんだよ!」とか可哀想なコメントをしている連中と同じだ。そういう気分でゲームにのめり込んでいたってだけなんだろう。……さっきの発言がヤツの見栄でなければな。
この先、ダイスに対して不安しかしなかった。
まあダイスについてはこの際、棚上げにしておく。
これもまた、ティンとダイスの問題だ。当人達が納得しているならばそれでいいのかもしれない。そうだ、不干渉でいこう。
それに一々、他の奴等まで気にしていたらキリがない。
少しばかり長い道のりを終えて屋敷に到着すると、ダイスとティン、両者共に驚いていた。予想は大方していたけど、説明するのも面倒くさくなっていたので、普通に案内だけする。
「え、なにコレ? マジ? お前どこの武士様?」
「うるさい。あとこのことは誰にも言うなよ」
『なんだか、この家だけ凄いわね……。あ、中はマナがある』
『そうなんです。この建物だけ不思議なんですよね』
そういえば、ダイスの家ではMPが回復しなかったとか言ってたな。異世界と繋いだ時にマナが流れてこなかったからなのかもしれないが、そういう話でいいのだろうか。
……まさかこの屋敷が特別だとか、そういう話ってあるんだろうか。……それはそれで気味が悪いな。実際気持ち悪い祖母がいるだけに、軽く恐怖すら覚えた。
とりあえず入り戸から入って、外から倉に向かっていこうとした。だが、ダイスが勘違いして普通に屋敷の玄関に入って行きやがった。
「なあなあ、ゼタってスゲーお金持ちなのか!?」
「おい、そっちじゃあ――」
早く呼び戻そうとしたら、声に反応して中から女中さんが出てきてしまった。溜息が出てきた。
「あらあら、ようこそ。どこから迷い込んできたんでしょう……おや。善太郎様もご一緒でしたか。これは失礼いたしました。どうぞ、あがって下さい」
「すみません。倉で話をするだけなんで」
「それでしたら、そちらへお茶をお運びいたしますね。失礼いたします」
偶然出くわした女中さんは、そのまま中へと戻っていき、姿を消してしまった。とりあえず何とかなったとは思ったが、一つ注意が必要だと気付いた。
「おい、ダイス。勝手にウロウロしないでくれ」
「あー、悪い。でも普通こっちだって思うだろ?」
「……何かあっても勝手に触るな、近寄るな、行動するな。わかったか?」
「なんかお前、気難しいな……」
こっちも善意で言ってんだよ。ダイスは知らないだろうけど、屋敷の中には云十万円する皿とか壷が普通に飾ってあったりするんだぞ。普通じゃあないんだよ。
頼むから何も問題を起こさないでくれよと願いつつも、やっと我が家と言っても差し支えない倉に戻ってこれた。
「ここに居れば、もう変装しなくて良いよ」
『え、そうなの?』
スノーも頷いて、ティンはやっと分厚いコートやニット帽を脱いだ。そこにはやはりというべきか、隠れていた毛深い尻尾と三角耳が現れた。
「……とりあえず、MPでも回復してるといい。なんでか知らないけど、ここならマナがあるんだろう?」
『あ、はい。ありがとうございます』
「お前の住んでるところって、大分特殊だな……。つーか、倉庫か? お……なんだコレ」
入った後、とりあえず椅子でも用意して、会話をする空間を用意しようと思っていたのだが、ダイスが端に寄せていた魔銃に興味を示していた。俺がさっき言ったこと、本当に聞いていたんだろうか。
「お、意外と重いな……」
しかも制止する前に、ダイスはすでに手に持っていた。
なんでそういう軽率なことができるんだろう。甚だ疑問だ。まあ確かに魔銃は弾倉もないし、こっちの世界の普通の人間が撃っても何も出ないだろう。けれど、それが武器であることには変わりない。
「なあ、コレってもしかして、ビルテが持ってた魔銃か?」
「……さぁな。知らん。落ちてたから拾っただけだ。あとそれを持つな」
「えーなんだよ。これだって、魔力がなければ撃てないんだろ?」
ダイスは余裕そうに銃を肩に乗せて笑っていた。何の危機感もありませんって感じに。それが余計にイライラしてしまう。
「いいから降ろせ、引き金に指を掛けるな」
「わかってるって。ただの冗談だって――」
――そう言って降ろした瞬間、雷が弾ける音がした。
なにかの冗談か……肩に乗せた狙撃銃の銃口を下に向けて降ろそうとした時に、引き金に掛かった指に力でも入ったのか。
本人は全く意図してなかったんだろうが、こんななんでもないところで、奴は魔銃を撃ちやがった。
その銃口の先はコンクリートの床であったので、特に被害という被害もなかったけれども――今のがもしも、俺やスノーへ偶然にも向かっていたらどうするつもりだったんだ。
そう思ったらいい加減、キレちまった。
何もかもを放り出して接近し、奴の胸倉を掴んだ。
未だに自らの軽率さに理解ができていない奴の双眸を忌々しく睨みつけた。
「なあ、俺……確かにお前に言ったよな? 勝手に触るなって」
「……いや、その……」
「おい、おいおいおいおい? なんだその返答は? いや? その? 何か言いたいのか? だがお前の意見を聞く前に、俺の質問にハッキリと答えてくれないか? 俺は触るなと言った筈だ。違うか? それともこの場合、人の手が届くところに置いてた俺が悪いのか? なあ、答えてくれないか? ハッキリ答えろよ? 竹林大輔。俺は今、理由を聞いてるんだぜ? お前は日本語が使えるんだろう? なあ、異世界の言葉を使えなんて難しいことは言っちゃあいない。なんならYESかNOでも構わねえ。どっちだ? お前の頭には、勝手に触るなって俺の言葉が聞こえていたのか、どうなんだ? ああ?」
『ゼンタロウ、少し落ち着いてください』
声がしたと思って後ろを振り向くと、スノーが背中の裾を引っ張っていた。
その表情は、とても、不安そうで、何かに怯えるようにも感じ取れた。
なんだか妙な気分だった。……いや、不愉快だった。まるで、俺が危ないみたいに扱ってくるその目はなんだと言いたくなる。
今だけは、そんな風に思った。
すると今度はティンが俺と奴の間に入ってきた。足を怪我ているのにも関わらず、すんなりと割り込まれた。距離が離されてダイスの前にティンが立ちはだかり、奴の目を睨んだ視線が外れてしまった。
「ティン……」
『いいからアンタははやく謝って!』
ティンは状況をよく理解しているようだった。だがダイスはティンの口にしている言葉がわかっていなかった。しばらくの間、動揺していたのか、しばらくしてからやっとその軽い口を動かした。
「その、悪かった……ごめん」
そんな目を反らされて、逃げた風に言われても、だな。
もうどうでもよくなった。いや、我ながら気が短いかもしれないが。
それでも、今日のところはもう我慢の限界だ。
「……ティン、MPは?」
『え? あ、はい。少しだけ……』
「じゃあ回復し終えたらもう帰れ。それから大輔、お前は外だ。もうここに居ないでくれ。それから、話し合いはナシだ」
そういうことにした。
異世界人の間で言葉が翻訳され続けてきた弊害により、実はスノーとティンはお互いまったく違う言語だった。
……という設定を考えていたのですが、シナリオ進行上、無駄に長くなりそうなのでやめました。本当は違う方が良いかと思ったんですけどね。……これ以上の進行の遅れはダメです。
ただし、まだ彼女等が同じ言語圏内だったという可能性もありますので、別大陸の人物が出てきた時にでももう一度、その設定を使うかどうか、考えます。