表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
139/181

紅茶の香が勝利の合図

 ビルテの居場所は自分よりも高所の……それも霞んで見えなくなるほどの遠目に立っていた。それもたった今、魔銃の引き金を引いたという構えでいたのだから、最初は訳が分からなかった。


 さっきまで一緒にユキノを探していたはずなのに、その探していた当人を撃っていたなんて、理屈の通らないちぐはぐな出来事だと思っていた。



 だが、やがてビルテの顔が私を捉えると今度はその銃口の先を自分に向けられた。長銃のロングバレルに二重の魔法陣が展開される。属性は炎と雷の二つだ。


 その時も自分はまだ、何をされているのか、どういう状況になっているのかが理解できなかった。



 防寒着で全身を隠した彼女の動向はまったく読めなかったが、防雪ゴーグルの奥に潜む眼に宿った……『平気で誰かを踏み躙れる邪悪さ』を無意識下で感じ、迷っていた思考が全て振り払われた。



「どういうつもりよ! アンタ何してんの!?」

『んなことより回避回避‼』



 ダイスが体を操作し始めた。その瞬間、雷の魔力が全身を駆け巡り、急いでその場から自分の姿が消えた。後から聞こえてくるのは容赦のない爆発音だった。まさに本気の殺意だった。


 ともかく、偶然に見つけた杉林の中へ侵入し、その一本に隠れることになった。



「つぅ……ダイス、やるならやるって先に言って」

『ゴメン。でも急がなきゃマズかったって』

「それもそうかもだけど」



 自分の体に電流を流して一時的に身体能力を向上させる固有スキル『電光石火』らしい。自分も痛みを受けるのだけれど、その分の恩恵は非常に大きいのが特徴だ。


 ただ今回の場合、体が冷め切った状態での突然の動作だったので、足の筋を痛めたかもしれない。いつもは準備運動を終えた後で使う技なのに……。


 ……愚痴を吐いてもしょうがない。それよりも、だ。



「ねえ、ダイス。最初のあれ、本当にユキノだったと思う?」


『いや、わかんねえ。オレは全然見てねえし。それよかゼタのネット通話が切れやがった』


「“ねっと通話”って、たしか精霊同士の連絡手段とか話してたヤツよね……。いったいどういうこと? まさかユキノが本当に死んだとか言わないわよね?」


『それは関係ないと思うんだけど……まさか回線落ちしたとかか? ぜんっぜん繋がらねえし』



 相変わらず精霊の常識とかはよくわからないんだけど、詳しいことは後で考えよう。それよりも今はビルテだ。


 何がきっかけで襲ってきたのかもわかってないけど、今の攻撃は本気で殺そうとしてきた威力だった。ただの事故や思い付きなどでは決してない。絶対に意図していた。



『やべーな……。さっきの位置からどのくらい移動したか全然わかんねえ。これマジで遭難したか?』


「とっさの判断が過ぎるわよ……。まあ、たぶん南東へ五百くらいじゃない? あと、そろそろ体――」


『ああ、ハイハイっと。今、返すよ』



 やっと自由になった。

 今となっては慣れたことだけど、やはり体の主導権が精霊にあるままというのは、実はあまり好きではない。前に一度、ダイスとはちゃんと話をして、約束や条件なんかを取り決めたので、約束さえ守ってくれている間は特に何も思わない。



「さてと……」



 フードを脱いでから木の陰より顔を出した。続いて息を止め、ある一点の方角へと集中して耳を研ぎ澄ませて音を聞き分ける。相変わらず風がうるさいけど、方向さえ間違えてなければ少しはわかる。兎人族には負けるが、伊達に大きな耳は持ってない。


 この悪天候の中だ。視界も悪いし、遠くへ行けば全然と言って良いほど見えなくなる視界だ。少なくとも私からではビルテなんてちっとも見えない。いま頼れるのは音のみだ。



 何のつもりか知らないけど、私に攻撃したことを後悔させなければ気が済まない。そのためにも、ビルテの動向を探って、なんとしても接敵しなくては――




「――見えてますよ」




 それは独り言だったのか。しかし、確かにそんな風にビルテの声が聞こえた気がした。その直後、嫌な予感が襲い掛かり、直感のままに体を伏せた。


 そして案の定、自分が立っていた場所に杭の様な大きさの鉄針が木の幹を貫通して襲い掛かってきた。これでは木を盾に隠れている意味がない。



「ああ、もうアイツ!! なにが見えてんのよ! ちょっと、ダイス! はやく情報ちょうだい!! アンタの役割でしょ!?」


『イライラしたらオレに当たるのやめてくれない!? それにレンジャークラスの魔銃使いなんて滅多にいねえから情報とかわかんないんだよ。……でも、今の技は見ただけでわかるぞ。土属性の“ニードルバレット”の派生だと思う。魔銃術のカテゴリーになってるから、ただの魔法よりも威力と飛距離を強化してるハズだ』


「そこまでわかってるなら調べなくてもいいわよ! あと、隠れてたり見なくても目視できる方法は?」


『赤外線暗視カメラとかかなぁ……? いや、一緒に居た時のは防寒ゴーグルだったよなぁ。……そういうスキルか魔法かも?』


「……特定する範囲広すぎない? 何かもっと絞れる要素はないの?」


『そう言われてもなぁ……そういや、ビルテって砂漠出身だったとか言ってたっけ? だったらこの雪嵐の中でも砂嵐とかの環境に慣れてるか、何とかする術を知ってるのかもとか……』


「じゃあ今も普通にあっちは見えてるってことでいいのね?」


『だと思う』



 だったらこの状況は完全に不利じゃない。私は雪山の下方にいて、ビルテはかなり上の方にいる。駆け上るにしても雪で足が取られるし、出た瞬間に魔銃で撃たれてしまう。自力でビルテに近付けるビジョンが浮かばない。


 まったく……。そもそもダイスが操作をした時、慌てて林に突っ込んだお陰で助かりはしたけれど、欲を言えばそのまま軌道を変えてビルテの首に襲い掛かってくれれば……と今更ながらに考えた。いや、それは言うまい。助けてもらった側なのに、悪くいうのは間違ってる。



『お、ちょっと待ってろ。ゼタがコメントの方から送ってきた』

「え? 大丈夫だったの? そもそも、ユキノは生きてたの?」

『……さあ? それになんだろ。どっかに隠れるか、頑張って表面を泳げって言われた』

「隠れるか、泳ぐ?」



 なんだ、その二択は……。まあ隠れろというなら、この林の中が丁度それなのだけれど。泳ぐというのはどういう意味か。この場所に泳げるような川や水辺は見あたらない。どころか、こんな雪山で水なんて入ったら凍えてしまいかねない。



 いったいどういう意味なのかとかんがえていたその時、重く圧し掛かるような何かの気配を感じた。


 木材が軋む音にも似ていて、でも決定的に何かが違っていて……。




 そんな雪が踏み潰されていく音が、山の上のほうから聞こえてきていた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・




『よくも我が最愛の子を殺してくれた、人間』



 それは……人が発する声ではなかった。ビルテの頭の中に直接語りかけてくる声であった。

 そして、声色――とでも呼べばいいのか。とにかく通常の人間が出せる音ではなく、別の音域に変質させられたような不気味な声が、ビルテの頭の中に入ってきていた。



「誰ですか?」



 ビルテが構えた狙撃銃ほどの大きさのある魔銃は今、林の中に隠れるティンには向けられてはおらず、彼女よりも高所に陣取る何者かを狙っていた。



 巨大な岩の上に、一頭の獅子の姿をした氷の塊があった。いつからにそこに居たのか、ビルテはその存在を全く気取る事ができなかった。それの周囲には氷雪の嵐が渦巻いており、獅子の両の目は赤く爛々とし、目下にいるビルテを見下ろしていた。



 ビルテはこの時、首筋に嫌なモノを感じた。



(言葉を操る魔物。初めて遭遇したかも。しかも見たことがない。まるで命がないみたいに動かないのに、威圧感が半端じゃない)



 構えた魔銃の狙いは赤く光る二つの目と思われる真ん中の位置……眉間だ。それでも微動だにしない氷獣が再び怒りの言葉をビルテに投げかけた。



『人間、下へ逃れた女は、お前の仲間か?』

「……それを聞いてどうするつもり?」

『我が最愛の“スノー”に奉げる命の数が変わるだけよ』

「……ならば、肯定でもしておきましょうか。もっとも――」



 ――ここで一番先に死ぬのはお前だ、と口にする前に体が動いた。


 ビルテは引き金を引く瞬間、すべての迷いを捨て、覚悟のみを滾らせ、ただ目の前の氷の化物を殺す事だけを考え、実行した。


 銃口から遠慮なしに眉間へ落雷を突き刺し、着弾後に爆風を生んで氷塊を粉々にした。


 初撃で使った“ブリッツ・エクスプロージョン”である。炎と雷の二つの属性を織り交ぜた、魔銃の着弾地範囲攻撃だ。


 ビルテはスノーが広範囲による攻撃に弱い事をアリッサから聞いていた。威力もあるし、何より使い勝手もいい。ビルテがよく使う魔技の一つであった。だから刺客として最も有力な位置に配置されていた。



「……まさか、こんなにも呆気無いのですか? 肩透かしもいいところです」



 嫌な予感はしたのは最初だけだった。撃ってみれば案外に脆い。スノーを殺した時もそうだった。なにが特別なのかもわからないまま死んだ。弱すぎる。あるいは、自分が強くなりすぎただけか。――と、そんな風にビルテが考えている最中、再びあの声が聞こえてきた。




『後悔するがいい。どの道、貴様らは二人とも、あの世に送ってくれる……』




 そんな声がした後、ビルテの足元が意図せず滑った。いや、踏み固まった硬い雪がズレた。



「……え?」



 ビルテは知らなかった。今から五秒後に起きる出来事を。


 ビルテよりも少し高所の位置に、横に長い亀裂が入った。ひび割れは瞬時に広がり、色んな積雪の表面を割っていく。


 朝日により一時的に解け、その後の雪嵐により再び凍った結果、湿気により重く、硬くなった雪があった。それよりさらに下の層……接着されていない積雪があり、それがすべり面となって雪崩だと思わせる現象が起きた。



 無論、これは誰かが意図的に起こした現象だ。



 しかしそんなことを考えている暇などビルテにはない。


 軋む音が轟音のように一辺に響き始めると、余裕がなくなったのか、ビルテはどうにかしようと必死に考えて、得物である長い魔銃を雪の深くまで突き刺した。それを地面に付き立てたアンカーとして考え、決して流されないようにと踏ん張るつもりであった。



 だが、いざ雪崩が押し寄せた瞬間、想像以上の負荷に推し負け、さらには硬く重い雪に圧し掛かられていくように巻き込まれ、本人さえも気が付かないうちに出した叫び声は当然のようにかき消されて雪崩と共に飲み込まれた。


 最終的にはどこへ消えてしまったのかもわからないほどに雪煙が舞い、濁流が山の下を破壊するように飛沫を上げながら、下方を派手に押し潰していった。




 そして、氷の化物と思われた氷像があった岩の裏手から、静かに暖かな湯気が立ち上がりはじめた。


 そこでは分厚いコート(善太郎の私物)を装備し、保温性に優れた水筒から地球産の紅茶の香を放ちつつ、事態が終わるのを静かに待っていたスノーの姿があった。


 もう存在を気取られる必要はないと水筒を空け、スノーは悠々と暖かい紅茶を飲み始めた。



『そうそう。今も聞こえてるかどうかは知らないけど、良いことを教えてやろう。雪崩に巻き込まれたら、できるだけ表層に居られるように泳ぐといいらしいぞ。何せ雪崩の一番の死因は窒息死だからな』


「ゼンタロウ、そういうことはもっと早くに言って上げないとダメです。あと声を早く戻してください。気持ち悪いです」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ