お、お前はッ……――誰だ?
自己紹介を終えてから、しばらく他の連中のそれにも耳を傾けた。すると将来の夢がありませんって奴は、別に俺だけではなかったってことを陰ながら実感していた。専攻したい分野が決まってない奴は大体そうだ。
そもそも学力も微妙、進学校なんかに通うのもいまいちって連中も、この芸術高校には入学する。普通に商業高校に入学した方がいいんじゃないのかとも考えるのだが、その辺は彼等の自由か。それに本心を隠しているだけで、この中から本気でデザイナーになりたいんだって本物もいるかもしれないし、何の突拍子もなく芸術家になりたいんだ! なんて笑えない冗談を口にする奴もいるだろう。
まあどうでもいいか。
一々他人なんかに干渉してたら時間がいくら有っても足りない。
それよりも俺には解決しなければならんことが他に山積みだ。
しかもそれほど重要でもない話で……だ。
「部活動、ねえ」
部活道の一覧表を見て、グチャっとしてポイしたい気分になった。
後日になるのだが、希望する部活に入部しなくてはいけないらしい。
一度はどこかに入らねばならないとか、いらない制度だろ、これ。入部を希望しない奴はどうすればいいんだよ。帰宅部ってのを用意してくれ。無論、そんなのないんだけどさ。
そうなると思いつくのは幽霊部員歓迎で、特に何もしなくても許されるような場所に入るしか選択肢がなくなる。自分にとって都合のいい部活をいろいろ探して見つけないとだな。間違っても漫画研究会なんて所に入ってはならない。あそこは漫画好きの集まる場所ではあるが、好きのレベルが一般人より確実に一線越えてるからな……。絶対に素人が入ってはならない世界だ。
とりあえずさっさと帰ってスノーと一緒にお昼でも食べたいなぁ、とか甘いことを考えていると――
「なあ、キミ。辻風って言ったっけ?」
――前の席の男が授業時間を終えた途端に話しかけてきた。今は非常に機嫌が悪い。恨みも何もないが思いっきり邪険にしたくなった。
「何いきなり話かけて来てるわけ?」
「自己紹介終わってすぐに誰オマエなんて言われるとは思わなかった……」
「……貧弱一般人には興味ない」
一発目のネタから通じてないようじゃあただひたすらに面倒なだけだ。
そもそも自己紹介とか聞いてねえし。俺より後の連中なら少しだけ聞いてたけど、自分より前の奴に関しては全く知らん。聞く気がなかったからな。
それで、問題の前の席の男はどんな奴かとちゃんと判断しようとすると……一言で言えば間違ったチャラ男だった。
おしゃれな黒縁メガネの高校デビューしましたって印象を受ける茶髪男で、全く俺とは趣味の合わなさそうだ。なんだか色々と勘違いしてそうだと思うほどには頭が弱そうで、そのメガネもきっと伊達かもしれない。
「オレは竹林大輔。名前で呼んでくれてもいいぜ。あと、後ろの席だから今後は色々とよろしく」
「……知らねえし、聞いてもねぇよ」
人との距離感の踏み込み方を間違えてるのか、不自然で気持ち悪いほどに急接近してくる。こういうタイプは初めてだ。邪険にしても本人は気が付かないし、面倒極まりない。
「それよりさ、オレの勘なんだけど辻風ってさ、ゲームとかスゲー得意じゃね?」
「人の話を聞かん奴だな……。大の苦手だよ」
「えー、ホントかぁ? じゃあオレも苦手ってことで――」
「間違えた。大好きだよ。三度の飯よりゲームが好きさ。お前とは気が合わなさそうだからもう放っといてくれ」
「ちょちょちょちょ! それだったら俺だってゲーム好きだぞ! つーかお前言ってること支離滅裂じゃね!?」
口にしなければわからないのか。邪険にしてるからいい加減な返事してるだけだ。
しかもさっきから下手に仲良くしようとしているのか、距離感が無駄に近い。厄介な相手だ。頼むから関わらないでほしい。
そうだ、他人でいよう。それが俺にも相手にも最善の選択だ。
無視を決め込んで帰る支度を済ませて駐輪場まで目指す……のだが、それでも奴は金魚のフンみたいに付いてきた。
「なぁなぁ、待ってくれって。そんな警戒すんなよ。ちょっと確認したい話があるだけなんだって!」
鬱陶しい奴だな。俺、コイツに何かしただろうか。
もういい。逆にここまで意固地に無視すると『孤高な俺カッケー』とかクソみたいな認識を周囲に与えかねない。業腹だが、今だけは目を瞑って一度は我慢しよう。
「わかったよ。孔明の“三顧の礼”に習って、今回だけは聞いてやるよ」
「三顧の礼? なにそれ?」
「俺もよく知らん」
小田に一度聞いたことがあるだけだ。実は内容も全く覚えちゃいないけどな。
「なんか相変わらずというか、キミっておかしな奴だよなぁ」
まるで前々から知ってたみたいな言われ方をされた。今になってやっと妙だな、と思う事ができた。
しかし、この男に見覚えや面識があるかどうかと言われると、間違いなく『ない』と断言できる。
ではこの男の反応は明らかに妙だ。どこかで知られてなければこの態度はおかしい。
一度、記憶の中から色々と情報を集めてみた。例えば、この黒縁メガネを外したとして、この高校デビューしちゃったと思われる茶髪を黒髪に変えたりして……。そうやって竹林大輔という男の事を思い出そうとしてはみた、が……。
残念ながら、本気で覚えがなかった。……新手の詐欺だろうか?
「……俺とは初対面だよな?」
「まあ、一応? でもネットでは何度も会ってるぜ」
「ネット?」
掲示板とかだろうか。いや、それで個人を特定するようなスキルがあるんならこんな学校にはきてないだろう。情報システム科か進学校にでもいく。
「いや、ほら、オレだよ、オレ。声で思い出さないか?」
「……声? チャットでもしてたか?」
「あーもうじれったいな! ダイスだよ、ダイス! ティンのプレイヤーの! 精霊騎士団で一緒だったろ!?」
はて、どうだったか。
そういえばダイスって奴が居たような、居なかったような、正直なところ覚えてない。
でもティンははっきり覚えてる。
黒髪、縦耳の獣少女で、ハイスピード格闘戦術のエキスパートと評価しても過言ではないキャラクターだ。関わる頻度は少なかったが、それなりに好成績を収めてきた戦闘部門の実力派だ。
精霊騎士団の中でも湯呑太子さんの次に遅くに参入した人物だけど、恐らく戦闘に関してはアリッサよりも確実に強いだろう。……とはいえ、アリッサって本来の持ち場は中衛援護キャラだし。近接戦闘でアリッサと比べるのは少し違うか。
「ああ、思い出した。ティンのプレイヤーか。うん、居たな」
「やっと心当たりにヒットしたか! いやぁ、自己紹介で声を聞いた時はビビったぜ。いや、ビビッと来たのか? オレ、お前のサモルド動画とかワリと好きだったから、もう生声とか聞いた瞬間に“コイツ、ゼタじゃん”って、すぐわかったぜ!」
なるほどなぁ。そういう経緯だったか。
そういえば、ゲーム実況者が身内にバレるとかよく聞く話だったな。まあ、そういうこともあるのか。
「ふーん。あっそ。じゃあな」
「おーいおいおいおい!! なんでそうすぐに拒絶する!?」
「もう用事は済んだろ? それに拒絶してるってわかってたんなら話しかけんなよ……」
「いや、まあ、こういうのってさ、運命とか感じるじゃん?」
鳥肌が立った。もう、つま先から全身という毛穴がすべて立って、脳天に向かって駆け巡る感じだった。
今、俺は何をされた。まさかスタ○ド攻撃でも受けたとでもいうのか? 冗談じゃあないぜ。
「いや、勘違いすんなよ? 決してそういう意味じゃねえからさ? ほら、わかるだろ? 普通、同じネトゲ仲間、しかも同チームでさ! 偶然進学先の高校で一緒のクラスになるとか、ありえねえじゃん! しかもサモルドなんて鬼畜ゲーでだぜ? 親近感とかスゲー湧くじゃん!」
「……気持ちはわからんでもないが、とにかく距離感が近い。少し離れてくれ」
「え、ああ、すまん」
本当だよ。知り合いからじゃあなくて「恋人からスタートしましょ(ハート)」っていきなり迫ってくるストーカー女並みに気持ち悪かったよ。そんな経験は俺にはないから単なるイメージの話だけど。
でも大輔って男は、言えばわかるってくらいにはまだ常識が残ってるらしい。まだマシだ。
「それでなんだ。これからよろしくって言いたいだけか?」
「いや、実はそうなんだけどよ。……つか、お前アレだな。ネットと性格全然チゲーじゃん。めっちゃ態度わるいな」
「文句言いたいのなら付き合うぞ。ただし、俺の返事は肉体言語だけどな」
「それだよそれ! 拳を作るな!」
おっと、すまない。つい無意識だった。だけどもういい加減、自転車に乗って帰りたいんだが……。
「ほら、あれだ。お前、今どこで活動してんの?」
「言えるワケないだろ」
「なんでだよ?」
「……こっちは今、追われの身だぞ。簡単に情報を伝えるとでも思うか?」
「まあそうらしいけど、ちょっとした行き違いとかなんだろ?」
この男と話していると頭が痛くなってくる。
なんで事情を知らないんだよって言いたい。
でも冷静になってみると、確かにグループアプリの連絡では明言もあまりせず、脱退するとしか伝えなかったし……。
そういえば王都で追放騒ぎがあった頃、ティンはダンケルクで活動していたな。すべてを終えて帰って来たら、知らないうちに消えてた……みたいなものだと考えれば、正確な情報なんてほとんど知らないのか。
でも一々解説するのは面倒だ。事情説明はお断りさせてもらおう。
「いつエルタニアに帰って来るんだよ?」
「今すぐは無理だ」
「なんかのイベントか? もし良かったら手伝うぜ。何でもいいから早く帰ってきてくれよ」
「そんな簡単に……――え?」
ティンが手伝ってくれるという可能性を聞いた瞬間、飛びつきたくなる程のエサに思えてしまった。
あのティンが力を貸してくれるのならば、王子捜索は間違いなく楽になるだろう。彼女の足はそれだけ価値がある。なにせ精霊騎士団の中でも最速の足を持っているからな。……ただし、実体のわからないルピアは除く。
それに捜索能力だって伊達ではない。獣人族特有の鼻の良さで、匂いさえ記憶していればどこまでも彼女は追いかけられる。
ティンに協力要請できるのであれば、どれほど良かったか。
……残念ながら、協力を頼むのは難しい。というよりも、問題は別の側面だ。
正直言って、この男とティンをどこまで信用していいかがわからない。あのアリッサの毒牙に掛かっている可能性もある。
この男はどうでもいい。重要なのはティンの方だ。
アリッサからティンに何か吹き込まれている可能性は、確かに存在する。その場合、王子を先んじて取られてしまう未来もありえる。またはスノーを攻撃してくる可能性だって……。
この話は、慎重にならざるを得ない。
何故なら俺は知っている。……知ってしまっている。
サモンズワールドって世界が、単純な仮想世界ではない事を。
「おい? そこまで考える内容か?」
「……いや」
しばらくの間、自転車の前で立ち尽くした。
考えて、どうするか決断しようとして――
「ゼンタロウ」
スノーが乱入してきた。一瞬で集中していた思考が乱れた。
いったい、何を考えているんだ。
「お、おい。ちょっと、隠れてるんじゃあなかったのか? 見つかったらマズイだろ」
「ゼンタロウ」
すると、スノーが装着したヘッドホンをトントンと軽く指で叩いた。翻訳してくれと伝えてくる。仕方ないので携帯のアプリを起動する。
「え、なにこの子?」
「……親戚の子」
「へえ、可愛いね」
「触ったら殺す。見つめたら目を潰す。話しかけたら喉を潰す」
「こえーよッ!?」
とりあえず大輔とかいう男に画面を覗かれる前にポケットにしまってスノーと会話する。
コイツに気付かれないようにしているのは、説明が至極面倒くさいからだ。どうでもいいし、説明する義理もないし、魅力も感じない。
『ゼンタロウ、遅いです。何をずっと付き纏われているのですか?』
「悪い。ちょっと、な」
この話も誤魔化そうかと思ったのだけど、スノーが続けていった。
『ダイスとティンと聞こえました。詳しく聞きたいのですが?』
ばっちり、気になる要所は聞き取っていたらしい。そりゃあスノーだって精霊騎士団に長く籍を置いてたんだから、二人の名前には気付くよな。
「……それ、帰ってからじゃあダメ?」
『また誤魔化しませんか?』
口から疲れた悲鳴を出したくなった。こう「ひぇー」って感じの。なんだか完全に信用を失いつつある発言に俺の心に槍が貫通したみたいに痛みを感じた。どうしよう、悲しみで死んでしまいそうだ。
『あと、ゼンタロウ。お腹がすきました』
「それは俺も同じだ」
どこかで飯でも食べにいきたいくらいだ。そう考えると、どこかのファミレスでもいきたいなぁとか考えてしまった。そこで詳しく話を聞く、という流れはどうだろう……?
まったく、なんだかいい感じに誘導されてるな。スノーだから許せるけど。
仕方がない。本当はお断りするつもりだったけど、この男……ティンのプレイヤーと、もうちょっとだけ話をしてやるか。
「えっと、ダイス。これから飯食べにいくから、そこでなら話くらい聞いてやる。と、こちらのお嬢様が言ってらっしゃる」
茶化したらまた脛を蹴られた。気に入らないことがあった時に蹴るのはやめなさい。
「……え、なに? お前じゃなくて、そっちの子なの? というか言葉通じねえっていうか、何語だそれ……」
「問題があるか?」
「いや、色々とあるだろ……」
「じゃあな」
「うおい! わかった! わかったから、待ってくれ!」
なんだか、嫌な方向に話が進んできたぞ。主に俺が面倒を被るという点で。
誤字報告、大変ありがとうございます。
いつも間違いにはっとさせられ、勉強させていただいております。大変感謝です。




